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開催終了「仏画セラピー」 のお知らせ

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2007年11月14日 20:19 更新

人はなぜ絵を描くのでしょうか?



夢中になって、紙に絵を描いている子供を見ていると・・
紙の中に一つの「世界」を表現しているようにも思えます。

描いている本人が・・その中に入り込んでいるような・・そんな状態です。


もちろん、必ずしも絵の中に「自分」が描かれているわけではありません。
たとえば、「動物画」とか「風景画」とか・・・自分がいない世界を描いていても、描き手は、その中に入り込んでしまいます。


たとえば、「動物画」なら・・・動物を書いているとき、
描き手は、あたかもその動物がいる空間に溶け込んで
同化していくようなそんな感じさえあります。



絵というのは自己表現・・といいながらも、何か自分がどこかに(他のものに)同化していくような・・そんな気さえするのです。


しかし、自分が溶けて他のものに同化していく感覚・・というのは、とても心地よいのです。

時間を忘れて没頭します。



そして、それが作品として出来上がると、また別の喜びがあります。



・・・


私は 「仏画セラピー」 というのは、絵画療法の一つであると捉えています。

http://www.honesty-net.com/art.htm


絵を描くことによって、自分が癒されます。

そして、できた作品を見ることによって、・・・もう一度、自分が癒されます。



なぜ、仏画を描くことで、人は癒されるのでしょうか?


描く前、人は、「自分が本当に仏画なんてかけるのか・・?」と心配しています。
いままで、そんなこと(仏画を描く)なんて、やったことがないからです。

けれど、書いているうちに、絵の中の世界に没頭していくのです。
それは描く対象が「仏像」であるというのも、一つの原因です。

自分自身という存在を超えた感のある・・「仏像」だからこそ、
絵の中に引き込まれやすいのだと思います。


そして、絵を描く際には、写実的であるかどうかは問いません。
つまり、「絵の中の仏像」と「実際の仏像」がまるっきり異なっていてもいいのです。


なぜなら、これは写真ではないからです。


絵です。



書きあがる絵は・・すでに既存の仏像ではないからです。


書き手というフィルターを通した時点で、絵は「描き手の何か」を象徴します。

いや・・象徴してしまうのです。


それは、ある意味で、描いた本人の分身です。



つまり、描かれているのは、仏像ではなく「描いた本人」なのです。



自分が描いた作品を見て、自分という存在を知ることができるのです。



<仏画セラピーの開催予定はこちら>
http://www.honesty-net.com/art.htm

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