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開催終了高田渡追悼 朗読とギターで綴る 「高田渡が愛した詩人たち」

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2005年06月14日 20:06 更新

高田渡が亡くなってがっかりしている者の一人として、高田渡の詩の世界を検証する試みを行います。

高田渡が現代詩の最高の目利きの一人であったことは、誰もが同意するところです。「荒地」の同人、黒田三郎の「夕暮」、「列島」の同人、菅原克己の「ブラザー軒」などをとり上げ、高田渡にしかできない世界を作り上げた、その感性のメカニズムのようなものの一端に触れることができればと思います。

『菅原克己全詩集』(西田書店)の「栞」で明らかになったのですが、高田渡が曲をつけようとしていたもう一つの詩、菅原克己の「蟋蟀」に曲をつけて歌うという試みもあります。

声楽家であるとともに朗読・ナレーションの分野で新境地を拓きつつある真琴の朗読、若手ギタリストの成川修士の演奏、逸脱のワインバー、LA CANTINETTAの店主、安藤文隆の解説・進行による朗読ライヴです。
詩の世界で高田渡を偲びましょう。

ワンドリンク(結構美味い南仏ワイン)付き2800円。
大井町 LA CANTINETTA (品川区大井3−4−8 電話03−3771−4936 メールアドレスeros@la-cantinetta.com URL www.la-cantinetta.com)

JR 京浜東北線大井町駅中央口下車。改札正面に「アトレ」入り口を見て右手へ、突き当たりのシースルーのエレベーターの左手の階段を下りるとかつては「阪急百貨店」だった「阪急デイリーショッパーズ」が前方にあります。この建物と線路に挟まれた線路際の道を横浜方面へ約50メートル、踏切の右手にある小さな時計台を右折して「三叉商店街」へ入り(決して薄暗い方の道に入ってはいけません。駐車場と「ツレイシ鞄店」に挟まれた、煉瓦っぽい舗装が成された若干の上り勾配の道です)、短い商店街なのですぐに抜けたところが「三叉」という複雑な五叉路。正面の、1階に「ファミリーマート」のある打ち放しコンクリート造8階建ての建物"VENCEREMOS"の真裏にあって、駅からちょうど5分です。入り口は、その8階建てを左に回り込み、この建物と、「桃屋化粧品店」が1階に入っている古い4階建てに挟まれた背の高い門柱です。このポイントを通りすぎてしまう方がいるやも知れませんので、打ち放しコンクリート造8階建ての"VENCEREMOS"のすぐ隣であることを強調しておきます。当店は表通りからは見えません。「く」の字に折れた長さ20メートルの路地のどん詰まりにあります。細い路地ですがひるまずにお入りください。おそらくこのご説明で100人中99人の方までが迷わずにお越しいただけるはずです。

コメント(4)

  • [1] mixiユーザー

    2005年06月15日 01:31

    参加します、よろしくお願いします。
  • [2] mixiユーザー

    2005年06月29日 07:01

    3ヶ月ほど構想を温めていたイヴェントを開催して、30人の盛況だった。嬉しい。
    菅原克己、黒田三郎、ラングストン・ヒューズの3人の詩人に焦点を当てて、朗読とギター演奏と歌で構成した。ラングストンヒューズの「短いおなじみの手紙」とボリス・ヴィアンの「脱走兵"Le Deserteur"」の共通点と相違点を指摘できてよかった。
    楽しい催しになったと思う。こっちの方がよっぽど高田渡的だったわい。

    『菅原克己全詩集』や『陽気な引越し』を出している西田書店の方も、2〜3日前に紹介してくれた「朝日新聞」の記事を見て来てくれた。光栄だ。高田渡が選者になった詩のアンソロジーのような本を企画していたのだそうだ。実現できなくて残念!
  • [3] mixiユーザー

    2005年07月06日 00:49

    先月末のイヴェント「高田渡が愛した詩人たち」では、当初予定していた内容の三分の一位しか伝えることができなかった。以下の「ブラザー軒」にまつわる話はしたのかしなかったのか。念のためわたしのサイトから再録しておく。

    この正月に訪れた「甘露書房」なる古書店で『定本菅原克己詩集』(1979年、永井出版企画刊)を手に入れた。全詩集ではなく、『手』、『日の底』、『陽の扉』、『遠くと近くで』、『叔父さんの魔法』といった詩集におさめられた詩のいくつかと、それぞれの詩集の刊行時には収録されなかった未刊拾遺詩篇からなるアンソロジーであった。巻末の阿部岩夫による詳細な年譜に以下のような記載がある。

    大正一〇年(一九二二)一〇歳
    四月、父新兵衛、県立角田高等女学校校長となる。家族を仙台に残したまま角田の女学校に赴任したため、土曜日ごとに帰る。教育者で謹厳な父は、子どもと親しく接することが少なかったが、七夕の頃になると、家族全員をひきつれて、仙台の繁華街の東一番町というところによく出かけた。
    大正一二年(一九二三)一二歳
    一月、父新兵衛、県立角田高等女学校校長室にて急死する。

    「東一番町」にあるのがブラザー軒だったのだ。同じ年譜によると詩「ブラザー軒」の発表が1956年、菅原克己45歳の時とある。この年にいわゆるスターリン批判、前年に日本共産党第六回全国協議会(いわゆる六全協)があり、戦後日本の左翼運動が転換点を迎えている。そういった空気の中で「ブラザー軒」が生まれ、翌々年(1958年)詩集『日の底』として実を結ぶ。

    写真はイヴェントの模様。
  • [4] mixiユーザー

    2005年07月06日 00:54

    写真をアップするのを忘れた。
mixiユーザー
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  • 2005年06月26日 (日) 14時30分開場、15時開演
  • 東京都 品川区大井3−4−8 LA CANTINETTA
  • 2005年06月26日 (日) 締切
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参加者
2人