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開催終了HORIZON presents HOUSE LEGEND SPECIAL "Going Back To Our Roots"

詳細

2010年01月12日 13:22 更新


6th Feb 2010 / 2010年2月6日
HORIZON presents HOUSE LEGEND SPECIAL
"Going Back To Our Roots"

UNIT
DJs: Alfredo (Ibiza)
Terry Farley (JBO.UK)

SALOON : Erection

Open/Start : 23:30
Adv \3,000 Door \3,500


HORIZON presents HOUSE LEGENDが2010年第一弾は2nd Summer Of Loveの発火点となりそれ以後のヨーロッパのダンスシーンのルーツといわれるDJでありBalearic Soundの生みの親でもあるAlfredoとUnderworldやChemical Brothersを世に輩出した伝説のレーベルJUNIOR BOYS OWNのオーナーであり90年代のUK HOUSEシーンをリードしてきたTerry Farleyをダブルで招聘!

二人はともに80年代末、黎明期のDJ / HOUSEシーンからその活動をスタートしその後のヨーロッパのダンシシーンに多大な影響を与えており、いまこの情報が溢れ画一的になってしまったダンスシーンに彼等の衰えることのないサウンドでほんとうに楽しめてかつダンスビートがメッセージであることを教えてくれるパーティーを提示したいと思います。
YODA (HORIZON , yodataro.com)

Alfredo
アルゼンチンで生まれ、「La Capital」新聞社の映画・音楽評論家を経て、1970年代半ばにクラブ・シーン勃興前のイビサ島に上陸する。その後、1982年にDJを始め、「アムネシア(amnesia)」のレジデントDJとなる。そして、1987年の8月のある日、現在も伝説として語り継がれている、ヨーロッパのクラブ・カルチャーにとって最も重要な夜が訪れる。数名のイギリス人の若者達がヴァカンスでイビサ島を訪れ、「amnesia」でアルフレドのプレイを体験したのだ。
その若者達とは、当時まだ無名だったポール・オークンフォールド(Paul Oakenfold)、ダニー・ランプリング(Danny Rampling)、ニッキー・ホロウェイ(Nicky Holloway)、トレヴァー・ファング(Trevor Fung)、ジョニー・ウォーカー(Johnny Walker)である。
この頃のU.K.のクラブ・シーンは細分化が進み、膠着状態に陥っていたのだが、ロック、ソウル、レゲエからアシッド・ハウスや映画音楽まで一つの文脈でプレイする、
アルフレドのオープン・マインドなバレアリック・スタイルは、彼らにとてつもなく大きな衝撃を与えた。
すぐさま彼らはイビサで体験したバレアリック・スタイルをU.K.に持ち帰り、ポール・オークンフォールドは「スペクトラム(Spectrum)」、ダニー・ランプリングは「シューム(Shoom)」、ニッキー・ホロウェイは「トリップ(Trip)」と、それぞれ新しいパーティーをスタートさせた。
これらの新しいパーティーと新しいスタイルは、瞬く間にU.K.中を席捲した。
例えば、今や伝説となった「シューム」には、当初50人の客しか集まらなかったが、
1年後には毎週末クラブに入りきらない2000人ものクラウドが道端に溢れ出すという、とんでもないビッグ・ムーヴメントに成長する。
この様な状態は1987年から1989年までの間、ずっと続いた。
この3年間は、いわゆる”セカンド・サマー・オヴ・ラヴ”と呼ばれる時期と完全に一致する。つまり、”セカンド・サマー・オヴ・ラヴ”、”レイヴ/ウェアハウス・カルチャー”、”マンチェスター・ブーム”、ひいては昨今の”ディスコ・ダブ”まで、イビサに端を発する一連の出来事の引き金を引いた張本人が、アルフレドなのである。

もし、アルフレドと彼らの出会いが無ければ、現在のヨーロッパのクラブ・シーンは全く違う物になっていたであろう。
彼は正に、バレアリック・カルチャーの伝説の生き証人であり、イビサの代名詞的存在である。


Terry Farley
Junior Boys Ownレーベルの創設者であるロンドン出身のテリー・ファーリーはおそらく、アンダーワールドとケミカル・ブラザースをこの地球に紹介した功績でもっと も知られているだろう。 7インチのレゲエのレコードを集めていた少年時代のテリーもいつしか80年代にはいると、DJとして活躍するようになる。ロンドンのクラブでポール・オークンフォールドと共にレア・グルーヴをプレイしていた縁でオーキーと音楽制作も始め、90年代になってハッピー・マンデイズやプライマルスクリームなどのダンストラックを制作して音楽業界に旋風を起こす。アンドリュー・ウェザーオールやピート・ヘラーとともにチームを組んで、音楽制作にさらに力を注ぐようになり、遂に、マイケル/ジャネット・ジャクソン、U2、ニューオーダー、シンプリー・レッド、カイリー・ミノーグらのリミックスを手がけていく。イギリスにハウスミュージックを伝えたのは実はこの男なのだ。「でもあの時代にもしロバート・オーエンスの曲のリミックスのオファーがあったら、マンデイズやプライマルの話は即座に断って、それに打ち込んでいたと思うよ」イギリスでもっとも音楽のトレンドが読める人物として名高い彼が現在追求するサウンドとはどんなものなのだろうか…「今じゃみんながダニー・テナグリアがかけているような、洗練されすぎたトライバルなだけのつまらない曲を作ってるけど、僕等が最初に聴いたハウス・ミュージックはもっとざらついた生のサウンドだったと思う。デリック・カーターの新しいアルバムには'86年に聴いたようなリアルなハウス・ミュージックのフォームが詰まっている。前に進む為に、振り返るってことも、ハウス・ミュージックには必要なんだと思うよ。そんな時代がこようとしているんじゃ ないかな」。

Terry Farley - DJとして既に活躍していた彼の正式なデビューはRun DMC/Beastie Boysのアフターパーティーである。Paul Oakenfoldからのオファーで、Tim Westwood と共にプレイをしたのだが、彼はそこでの出来の悪さからHip-Hopが彼の音楽ではな いと悟ってしまう。以降彼は様々な音楽の中からhouse music を見出しJUNIOR BOYS OWN (以下JBO)を創設することとなる。JBO はTerryと友人のAndrew Weatherall, Cymon Eccles, Steve Mayes, Steve Hallらにより創設され、アンダーグラウンドなhouseに関する雑誌、イベント、更にレーベル を立ち上げる。そして何よりもJBOはThe Chemical Brothers, Underworld, Xpress2 など数多くのアーティストを世に送り出した事で知られている。TerryはJBOの活動の 他、Pete Hellerとチームを組み、Robert Owens, New Order遂にはMichael Jackson といった面々のremixを手掛け、音楽業界に旋風を起こす。また彼は1999年より友人 のStuart Patterson, Dave Jarvis, Leo Elstob, Bill Brewsterらと共にFAITHとい う名のパーティーを開始。FAITHはロンドンのThe Key, Turnmills, Ministry of Sound 等有名なクラブで行われ、最近のゲストにはDixon, Ame, Dennis Ferrerそし てKarizmaらを迎えている。

UNIT: http://www.unit-tokyo.com/

3度目のサマーオブラブに向けて今体験しておくべきパーティです。是非!

コメント(1)

  • [1] mixiユーザー

    2010年01月12日 15:01

    マッシュルームにアルフレド、ダニーランプリング、テリーファーリーが来たときの事覚えている人がいたらコメント頂戴ませ。
mixiユーザー
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