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開催終了7/29 瞑想会 in 仙台

詳細

2007年07月24日 00:04 更新

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光と愛への、もっと大いなる生への、慈悲への、創造性への、エネルギーの変容。エネルギーは多くの形を取ることができる。だが、あなたはまず、いかにその源にあるかを学ばなければならない。そうすれば、あなたの潜在能力がどこにあるのか、その源が決めてくれる。あなたは源でリラックスすればいい。

Osho The Zen Manifesto: Freedom from Oneselfより
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7/29の瞑想会は、深い呼吸とカタルシス(浄化)を伴う瞑想であるOSHOダイナミック瞑想と、ゴータマブッダに由来するアナパンサティヨガ瞑想を行います。

日時:7/29(日)(Jul.29th Sun) 9:00 - 12:00
  9:05-10:05 OSHOダイナミック瞑想(OSHO Dynamic Meditation)
 10:30-11:30 アナパンサティヨガ (Anapansati Yoga Meditation)
 11:30-12:00 シェアリング、後かたづけなど (Sharing)

参加費:800円
会場:仙台市富沢市民センター 2階第1会議室
Tomizawa Simin-Center 1st meeting room in 2F
登録団体名:「心と体のバランスの会」

10分前までに会場にお越し下さい。 瞑想途中の部屋の出入りを禁止します。1つ目の瞑想に遅れた場合は、1つ目が終了するまで部屋の外でお待ちください。
床に座りますので、クッションや座布団の持参もお勧めします。
服装は自由です。動きやすい着替えをお持ちください。

OSHOの瞑想が初めての方の参加も歓迎します。

富沢市民センターの説明:
 住所:太白区富沢南1丁目18番地の10  TEL 022-244-3977
 交通:仙台市営地下鉄富沢駅より徒歩7分
 駐車場:あり(40台)
 地図は下のURLを参照して下さい。
http://www.stks.city.sendai.jp/hito/WebPages/sisetu/simin/sisetu/taihaku11.html

コメント(12)

  • [1] mixiユーザー

    2007年07月24日 08:50

    参加手(パー)します。よろしく。

    って、ことで、ちょこっと感想を書いておきます。

    このトピのOshoタロットを見ると、丸い地球が書いてあります。ここは以前和尚の写真が入っていました。現在ではこういう形に「進化」したものと思われます。

    最近でているOshoの本なども、以前ならかならず表紙に大きく特徴的に掲載されていたOshoの顔写真も、現在はほかのデザインに置き換わっていることが多いようです。この点について、私は違和感はなく、むしろ歓迎すべきことと感じています。

    以前、プーナ2でOshoカウンセラートレーニングを受けたときには、瞑想空間に和尚の写真を飾るように、という「指定」がありました。小さなものでも、枚数も特に指定はなかったのだけど、それは当然という雰囲気でした。

    その後、マラも廃止されており、プーナではOshoの写真もかなり限定的にしか使われなくなっていると聞いております。

    細かい内容はともかくとして、Oshoが一人の人間でありながら、「ひとり」というパーソナリティを薄めていくために、個人的にはそれもあり、だろうと思っています。

    外から見てカルトを思われないように、というような説明や推論も成り立ちますが、Oshoの言葉からすると、現在のような方向性は、ひとつのあり方としては当然という気がするし、私の方としては特に違和感を感じるものではありません。

    瞑想会の時には、私はマルーン色の服装をすることが多く、また、Oshoから直接もらったマラも、したりしなかったりします。マラそのものはいつも枕もとに、一番親密な場所においてあります。

    ところで、先日の瞑想会の時に、
    1)Oshoの大きめな写真が4枚飾られていた。
    2)瞑想をリードする立場の人たちが、全員マラをしていた。
    3)ダイナミックの音楽も、Oshoの声が入っている、というところにいささかのこだわりをもっているようだった、感じました。

    これらのことに違和感とまではいかないまでも、特徴的なものを感じました。そして、そのOshoの声の入っているCDに、なんらかの「著作権」的なクリアすべきテーマも残っているように聞き及びました。著作権うんぬんはともかくとして、それは便宜上の方便としてみた場合、私は、Oshoの「声」にこだわるところに、何があるのか、いまだつかみかねています。

    そこで、私の現在の率直な意見。
    1)あえて、Oshoという「肉体」にこだわるのはいかがなものか、ということ。顔、声、あるいは「言葉」。
    2)個人的には、ダイナミックをやるなら、いままでのノーマルなスタイルのほうが好きです。Oshoの声の入ったテープは音質的に気が散ることが多いようです。ましてや、翻訳つきのガイド瞑想になっていて、私は、ストップのときにも日本語で語りかけられると、気が散ります。
    Oshoが何百人という人を(しかも初心者が多かったのではないかな)野外でリードしている時と、われわれが体験している時間と空間を考えた時、インド人に語りかけているOshoのヒンディーの声(音質)にこだわろう、という傾向は、私の中ではつよくありません。

    3)アナパンサティヨガについても、全部を知っているわけでもないし、そのような体験をさせてもらうことも大変ありがたいことだけど、意見はあります。
    Oshoの声を文章化して、それを翻訳して、そのOshoの声に日本語をダブらせながら聞く、というのは、たまにはいいだろうけど、毎回やる必要はあまり感じません。
    瞑想のやり方を覚えてしまったら、あとは、Oshoとの「直接」のつながりを感じながら、自ら瞑想にはいっていくやり方もあるのではないか、と思います。

    4)ダイナミックの時、目を閉じてカタルシスとかやっている時に、リードする人たちが急に後ろに来て大きい声を上げるなど、「恣意的」なプロボークがあったことはいかがなものかと感じています。
    私がトレーニングで感じていたことは、リードする立場の人間は、目を開けてみていても構わないが、人々が互いにぶつかり合ったり、怪我をしたりしないようにすること。万が一、外からの侵入者や干渉があった場合、それを防止し、瞑想者を守ること、に主なるポイントがあったと思います。
    すくなくとも、ブッタホールでダイナミックをやっている時に、急に後ろから「意図的」に吼えられたことはありません。
    今は今のやりかたがあるのだろうし、いろいろなやり方があることは歓迎です。
    しかし、もし積極的にそのような瞑想のやり方をやろうとするなら、私は私なりに納得してからやりたいなぁ、と思っています。

    以上、メモ。
  • [2] mixiユーザー

    2007年07月24日 13:49

    参加します。
  • [3] mixiユーザー

    2007年07月24日 19:23

    前回の仙台瞑想会に参加していないのだけど、OSHOリードのダイナミックのキャンプにずっと参加している一人として、Bhaveshにひとこと。

    要は「トータルにやる」ということ。そして受容性。
    それなしには変容は起きません。
    変容とは、つまりエゴが溶けていくということ。

    Bhaveshは従来のダイナミックで、変容が起きた?

    もし起きていたら、上のような意見は生まれないはず。

    全身全霊でやったら、マインドの理解を超えたことが起きまくります。

    少なくとも、キャンプでは、毎回そんな奇跡が起きてるよ。

    先ずは、マスターにお任せしてください。

    リードしてる人たちは「意見」というのを持っていません。
    みんなOSHOと直につながっているので、流れに身を任せてるだけなの。

    どんなに妥当な意見であっても、意見を持つ「自分」が消えない限り、消えようと決心しない限り、何十年瞑想やっても、多分、あんまり変わらない。

    マスターは常に私たちを招待してくれてる。
    受け取るかどうかは、私たち次第。

    リードしてる人たちは、みな、OSHOに明け渡した人たちです。

    そして奇跡を体験してきた人たちです。

    この稀有なチャンスを無駄にしないで欲しい。

    OSHOのInvitationをどうか、受け取ってください。




  • [4] mixiユーザー

    2007年07月24日 20:59

    >Vismaya

    ご意見どうもありがとう。
    反論は山ほどありますが、ここにはかきません。

    LOVE
  • [6] mixiユーザー

    2007年07月25日 00:16

    日本語がうるさいというのはごもっともで、本当にそうなのですが、英語がわからない人も多いから、その点はしょうがない面があります。
    たまたま全員が英語がわかる参加者達だったら、もちろん日本語なしバージョンで可能なのですが……

    まあ、この日本語のことは、他のこととちょっと次元の違うことなので、上のように別途コメントさせてください。

    で、他の一連のご意見に対してですが……

    bhaveshが(あるいは他の人が)こういう意見を持つことは理解できますが、ひとつ根本的な理由は、これが瞑想会で瞑想キャンプじゃないというのがあるんですよね。
    つまり、和尚も講話で行っているように、瞑想の技法というのは確かに効果的なのですが、マスターの臨在に直に触れることは、技法でいろいろやっていくのとは遥かに次元を越えたものがあるんですよね。
    直接の静寂の伝達、炎の伝達が起こるときは、本当に量子的跳躍が起こるんです。

    で、経験上言えるのは、このマスターのタッチが最初に浸透していくのは、初日の瞑想キャンプを終えて、眠っているときが多いんですよね。
    だから、まず一晩寝て、翌日のダイナミックになると、大部分の人が、前日とは全然違ってきます。
    一晩では、そうはならない人も、稀にいますが、周りを見るとみんな全然違ってきているのは一目瞭然だから、そういう現象があるということは、我が身に起こらなくても、目撃してしまうので、歴然としたものがあります。
    そしてそういう人でも、二晩寝るか、あるいは数回キャンプに来れば、まず、体験が起こります。

    だから瞑想キャンプの場合でも、ワンデーだけで参加して帰ってしまう人は、その辺の醍醐味に触れていない人が多いです。

    なお、和尚の写真等については、その臨済に触れていくための方便で、仏教徒か禅でも、少し違った形で、そのシステムは使われてきています。
    和尚の場合は特に数珠(マラ)の伝統的なスタイルに反して、あえて写真を入れちゃったところが非常にユニークで、そこに和尚の方便としての狙いがあると思います。
    マラの写真やローブについては、和尚自身、多くの人に理由を問われて、再三講話の中で話してきてもいます。
    たとえば「この写真は、私の写真ではない」とか。

    禅は禅スティックみたいなものを方便として使いますが、和尚はもう少しソフトで、同じようにがつんと来る方便をいろいろ持っています。
    写真とか、マラとか、ローブとかもそのひとつで、方便という観点が無いと、理由はつかみづらいと思います。
    別にグルとして、自分の写真を飾っているわけではないんですよね。

    それに個人の自由ということもあるし。
    別にマラをしたくない人はしなくていいわけですから。

    ただ、ある日それがガツンと一撃食らわしてくれると、ああこりゃ危険物だったんだ〜〜〜と分かることもあるかも〜〜〜 (^_^;;)
  • [7] mixiユーザー

    2007年07月25日 10:07

    あと、このこと……
    > そして、そのOshoの声の入っているCDに、なんらかの「著作権」的なクリアすべきテーマも残っているように聞き及びました。
    この書き込みは、取り消し削除をしていただけませんか?

    瞑想会の時にお願いしたのは、『「著作権」的なクリアすべきテーマがあるわけではないけれど、OIFの著作権の考え方が、一般社会の良識からかなり逸脱したものなので、ネットなどの場であえてそれが問題になるような取り上げ方をしないで欲しい』と言ったつもりだったのですが。
    ちょっと終わりの時間が差し迫ってしまったので、説明が不十分だっで、意味がつたわらなったのかもしれませんね。

    とにかくご存知だとは思いますが、アシュラムを管理している人たちは、かつて『和尚』という言葉にさえ、著作権をつけて使用を制限しようとしました。
    もしそんなことが正しいことでそうできるとなれば、「居酒屋・和尚」みたいなお店があったら著作権違反の屋号ということになります。
    お坊さんや住職さんが、アシュラムの許可なく「和尚」を名乗るのは著作権法違反ということになっちゃいます。
    「山寺の〜♪ 和尚さんは〜♪」と歌えば、これまた著作権違反。
    これはナンセンスなので、結局は却下されたわけですが、アシュラムを管理している人たちは、本気でこんなことをしようとしたというのが事実。
    この種の問題をいろいろ巻き起こして、結局インドでは裁判にまでなって、インドのサニヤシンたちが勝訴して、アシュラムのコントロールグループが敗訴したのはご存知の通り。

    で、結局裁判まで行っちゃったということです。
    それを分かって欲しいわけです。
    誰だってどんなことだって、お金とヒマさえあれば、いろいろ裁判を起こすことはできます。
    でも、お金とヒマを唸るほど持っている人はいいでしょうけれど、吹けば飛ぶような庶民の僕がそんなことに巻き込まれたら、たまったもんではないということを分かって欲しいわけです。

    たとえば(最近はどうなってるのか、確認していないからひょっとすると今は違うかもしれませんが)osho.comかどこかには、和尚の言葉を引用転載するとき、最大限何文字(ワード)までしか許可しないという警告文が載っています。
    こんなのは、著作権法からしても社会良識からしても、完全にナンセンスです。
    引用転載に関しては、キチンとしたルールが存在するわけで、それを逸脱して、アシュラムの管理者グループがそんな主張をする正当性はありません。
    でも、それを言えるのも、公的なパブリックな場における良識としてであって、アシュラムとかの私的な場での極私的なルールだと言われたら、それは内部ではアシュラムの勝手かもしれません。

    で、そんなことで揉めると、そのための手間ひまが大変だということです。
    そして中には、ワザワザそういう情報を見つけては、アシュラムにご注進にあがるのが好きな人たちもいるわけです。

    で、慣例上、みんなが今までやっていることは、まあ問題にならないでしょうけれど、少しでも毛色の違うことをやると、いろいろ問題視されて揉め事になることがあるんですよね。
    それこそ、極普通の自分のホームページのタイトルに「OSHOなんとか」とつけていたのを、問題視されて取り下げられてたひとだっているわけです。
    よほど特殊なケースは別でしょうが、当然ごく普通のホームページタイトルなんか、著作権法の問題として、問題視されることではないはずですけれど。

    だから、考えようによっては、通訳をつければ翻訳権の侵害です。
    みんなで集まって瞑想をやれば、上映権の侵害です。
    講話の中の質疑応答の、2番目の質問だけビデオで見ようかとやれば、上映内容の侵害や改編を言うことだって可能です。
    そういう主張が正しいわけではないかもしれないけれど、正しいか正しくないかは裁判で明らかにしよう…といわれたら、大変な手間ひまになるということ。

    ということで、誤解を受け問題視されるようなことが無いように、配慮をしていただきたいしだいなわけなのです。
    よろしく御願いいたします m(_ _)m
  • [8] mixiユーザー

    2007年07月26日 22:08

    ありがとうございます

    月をさす 指につられまいります
  • [9] mixiユーザー

    2007年07月26日 23:04

    > プーナム、Kazzさん

    いつも参加ありがとうございます。

    指が指す、その月をどこかで知りつつ、、、指につられて、

    っていうのもなかなかいいですね。魚
  • [10] mixiユーザー

    2007年07月29日 06:21

    ☆何駄無@訳分乱珍

    書き込みありがとう。

    うっかりして、いままで、この書き込み見逃していました。ごめんなさい。
    ご意見、私もいろいろ考えるところありますが、この場には書かないこととします。
    ひとつだけ、著作権のことですが、私にはその部分だけ削除することはできないので、ナダムの書き込みで、これを読む人が判断できればいいと思います。

    いろいろな側面はともかくとして、瞑想会で個人的内面的にハプンしたこともありますので、そのことも付記しておきます。

    LOVE
  • [11] mixiユーザー

    2007年07月30日 17:01

    >いろいろな側面はともかくとして、瞑想会で個人的内面的にハプンしたこともありますので、そのことも付記しておきます。


    うれしいですね。
    ほんとうに、思いがけないことが起こったりして‥‥。

    それぞれの開花を楽しみ、
    わかちあえてゆけたらとおもいます。


    あとは、どこまでも 
    >月をさす 指
    ですものね。


    みんなで、月との出会いを楽しんでゆきましょ!!

  • [12] mixiユーザー

    2007年07月31日 18:33

    まだ、時期ではありませんが、
    いつか、仙台の瞑想会にでようと、おもってます。

    口で、説明するより、
    存在で、説明したほうが、はやいと、おもうからね。

    だから、仙台でも、
    3日間の、瞑想キャンプを、ぜひ、やってください。

    やはり、深く、深く、深く
    ものごとの、流れがが、あるがまま、おこっていくには、
    3日間は、必要です。

    初期ダイナミックの、いろいろな声がうるさいと思うのは、
    最初だけで、
    うるさいと思っているのは、エゴなので、
    その声の向こう、その音なき音のほうに、
    すうーーーと、入って行けば、

    起るべきことが、ただ起っているだけって、
    わかってくるよ〜〜〜。

    いつか、仙台で、会いましょう。。。
mixiユーザー
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  • 2007年07月29日 (日) (日) 9:00 - 12:00
  • 宮城県 仙台市富沢市民センター:Tomizawa Shimin Center
  • 2007年07月29日 (日) 締切
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