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開催終了奄美本島2日で一周チャレンジ no1

詳細

2009年09月25日 23:29 更新

 奄美シーカヤックマラソン2009 ハーフ1位 春山さんの 2日で奄美一周チャレンジの記録です。
 〜55歳のチャレンジ〜

2009.8.18〜19   no1

 思わず、もどしてしまいそうな感覚が胃を突き上げてくる。本当に漕ぎ続けられるのだろうか?期待と不安で胸がいっぱいだ。今まで過去5年以上もこの企画を思い続けチャレンジしているが全て途中リタイアに終わっている。(過去3回チャレンジし内1回のみ単独)

 今回は、入念な計画?のもと、何の根拠もない自信に後押しされてのチャレンジ・・・使用するカヌーは、自作のサバニS・シットオンタイプ、長さ5m・幅65?。試作で造ったためかなり重く、25?〜30?はあるだろう。これに荷物を入れるとなると、上陸する際には引きづらないとあがらない。パドルはブラチャチルドレン(ウイングパドル)、ラダーは今回、自作ではあるが、多くのシーカヤック等で使用されているアップ式に変えてのチャレンジだ。これが後にアクシデントを起こす要因になろうとはこの時は知るよしもない。夜間漕航に備えて、前後にはストロボライトを取り付ける。普通の照明ライトも付けたいところだが、『ダツ』(口の尖った魚)が飛んでこないようあえて取り付けないことにした。昼は、プレジャーボートや漁船などに遠くからでも気付いてもらえるよう、アルミ缶を切って、短冊にしストロボライトを取り付けている棒につり下げた。

 8月18日、AM2:30起床。最後の出発準備を済ませ、自宅からカヌーを運び出す。その時、一台の自転車がライトを点滅させながら私の横を通り過ぎた。
「こんな夜中に自転車で走るのは屋仁川で飲み明かした人に違いない」。そう思っていると、私を見て「見送りに来た」と言うではないか。見るとそこには、カヌー・トライアスロン仲間の川畑茂輝さん。こんな早い時間(遅い時間?)にもかかわらず、本当に僕に負けない物好きだ・・・(本当は心から感謝している)。感謝といえば、今回は妻も本当に色々な面でサポートしてくれた。過去3回は、心配させたくないという一心から出発ぎりぎりまで妻には黙り、かえって心配をかけてきた。だが今回は、何の根拠もない自信?があったので、前もって話すことができたおかげで準備も集中してできた。(こんな私のバカげた挑戦に5年以上も付き合ってくれている妻には本当に頭が上がらない。)

 
AM3:30。全ての準備が整った。空に月は無く、星が空いっぱいにきらめいている。計画では、AM4:00の出艇だったが客船入港の時間と重なってしまう恐れがあったため、30分繰り上げてのスタート。後に知った話だが、4時の出発に合わせ中学時代の恩師・直木先生、今回のツーリングの情報、陸上サポートをしてくれた森山卓逸さんも出発地点に見送りにきてくださっていたようだ。申し訳ない。

 カヌーを海に浮かべいざ出発。毎回のことながら、カヌーに乗った時の浮遊感と冒険に行くような感覚がたまらない。朝仁海岸からのスタートは安全に外海に出る為、コースを北にとる。暗い夜でも海の上は意外と明るい。約1?漕ぐとリーフを超えて外洋に出た。外洋に出たとたん、カヌーとパドルでできた小さな波に反応して夜光虫が幻想的に青白く光り後方へと流れていく。黒い海面に輝く光の流れはとても神秘的だ。海面に無数の夜光虫の光、頭上には無数の星々・・・この幻想的な光景にいつしか私の不安も消え、この二つの光が、最良のツーリングになる暗示をしてくれているようにさえ思えた。

 北に向けていた針路を少しずつ北東に変える。その先には、有良灯台の眩しい光が私を招いている。この灯台下の海域は「釣った魚がサメに食べられてしまう」と言われるくらいサメが多いと聞かされているが、私はまだ一度もお目にかかったことがない。

 灯台を過ぎると有良集落が見えてくる。AM4:30。予定通りだ。その時、海岸線から海に向けて車のライトが照らされる。何度か点滅されるライトに、私の友人であることは直感的に分かった。私も揺れるカヌーの上からライトを点滅させたのだが彼に届いただろうか?単独ツーリングとはいえ、陸からのサポートがあるので一人ではないのだと心強かった。(ちなみにこの時の友人は、森山さんと宮原初美さんということでした)

 AM4:45。予定通りに鹿児島からの定期客船クインコーラル・プラスが入港してきた。名瀬港沖で出会うことがなくて本当に良かった。(他の船からは、私のちっぽけなカヌーなど、流木にも見えないだろうから・・・)

 AM5:30 龍郷町・嘉渡沖
 AM6:30 龍郷町・安木屋場・今井崎沖通過。ゆっくりではあるが、それでも予定通り確実に進んでいる。

コメント(7)

  • [1] mixiユーザー

    2009年09月25日 23:18

      no2

    AM7:00。笠利湾の今井崎と蒲生崎中間あたりに辿りついた時、蒲生崎後方の山から太陽が昇ってきた。太陽が少し顔をのぞかしたところで私は手を合わせ、今回のツーリングが出来ることへ感謝し、無事完漕できるよう太陽に祈った。

     AM7:30。佐仁沖に到達。この時にはもう空も明るく、島の風景もはっきり見えてきた。ここからは今回のツーリング最初の難所として予想していた用岬。思っていた通り、そして聞かされていた通り、うねりが出てくる。岬を回り込んでいくうちに、波の来る方向が不規則になり、岬にあたって帰ってくる波と、岬に向かってくる波、風によってできる波、それらの波が混じりあってもうメチャクチャ。この時、波の高さは私の使用しているパドルの長さ(約230?)をゆうに超える。(約4mぐらいはあったかも・・・)。それでも、私はこれまでの練習で得た艇の性能の高さを信じていたので、この海域は漕破できる、そう思っていた。

     AM8:00。用岬を回り込み針路を南南東に向ける。すると、今度は左後方よりの追い波に転じる。真後ろからの波に乗ってしまうと、ブローチング現象に陥り、ラダーが効かなくなりカヌーが横を向いてしまう。それを避けるために、ラダーを少し沖側(この時は左側)に向けて、波を斜めから受けるようにして漕ぎ進めた。30分程格闘しただろうか・・・。なんとか用集落沖まで抜けることができた。だが、ラダーはそのまま左方向へ切り続ける。

     AM8:30。用集落沖通過。アヤマル岬まで約1時間
     AM9:30。予定通りアヤマル岬通過。我ながら「少しすごいんじゃない!?」自我自賛の弁も出てくる。そんな思いもつかの間、前方に見えてきた土盛海岸沖の岩場には岩をのみ込んでしまわんばかりの白い波の塔が立ちはだかっている。岸よりに艇を進めては、大変な目にあうだろう・・・。この海域も波が高く、相変わらず後方よりの追い波。さすがに嫌気がさしてくる。

     「これがサーフスキータイプのカヌーだったらどんなに波を楽しめるだろう・・・」などと安易な考えが頭をよぎる・・・。

     土盛沖からは、針路を南西に向ける。何度も何度も高いうねりに押されながらも懸命に漕ぎ続け、どうにか宇宿漁港手前まで達した時、突然カヌーの動きに変化が現れてきた。

     「おかしい。何か今までと少し違うぞ・・・」。何が起きているのかよく分からない。近くに宇宿漁港が見える。「原因を確かめなくては・・・」。無寄港を予定していた私にとっては、かなりのタイムロスだ。だが、これからのことを考え入港を決意。

     慎重にカヌーを進めていると・・・海面になんと海ガメ出現!波が高いせいか、私が2〜3mのところに近づいてくるまで気づきもしない。この海域には何故か海ガメが多く生息しているらしい。この海域だけで、7頭も出会った。ラッキーセブンだ!他の海域では一頭も見なかったのに。

     なんとか港奥のスロープに無事上陸。休む間もなく、さっそくカヌーの点検に入る。すると、ラダーに使用しているアルミ板が、根元あたりから約80度ぐらい曲がっているではないか・・・岩や浮遊物に当たった記憶もない。なんでだ・・・。おそらく波の抵抗を受け続けた結果だろう。こんなことは初めてだ。

     しかしそれだけではなかった。さらに追い打ちをかけるかのように、前部の荷室フタを開けてみると何ともビックリ!前部の荷室は海水でいっぱいになっていた。目が点になった。言葉を失った。中に入れていたアンパンがぐちゃぐちゃ、ラジオも泳いでいる。この状態で、あの海原と波の中を漕いでいたのかと思うとぞっとした。私は恐る恐るではあるが、念のためにと後部荷室のフタまで開けてみた。ほっと一安心・・・。

     思いもよらないアクシデントに少々戸惑いながらも、とりあえずラダーはどうにか手で押し戻し、前部の荷室には、何かに役に立つだろうと持参していたパドルフロートを入れ、中で膨らませることにした。こうすることで中に入ってくる海水の量を少しでも抑えることができればと思った。そしてペットボトルも前に積み込むことにした。これでどうにか大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせた。

     上陸したついでに、今の現状を妻や友人たちに連絡。予定外の休憩を終えて、再び海へ。
  • [2] mixiユーザー

    2009年09月25日 23:23

     no3

     海水を抜き、ラダーを直したことで寄港前とは見違えるような動きを見せる。ほどなく奄美空港の沖にさしかかった時、一隻の漁船が遠目にこちらを観察している。無理もない。後に知った話だが、18日付の地元新聞に『サンドン岩海域で漂流漁船の船長を救助!』の記事。確かに私のカヌーなんて少し離れた海面から見れば波間をライフジャケットを付けて漂流しているように見えるだろう。様子をうかがっている船員に手を振って見せるとすぐにその場を去って行った。

     この時すでに30分遅れ。このあたりから針路を西南西に向けると島影に入ったらしく、波も穏やか。気持ちがいい。

     AM11:40 明神崎通過
     PM12:00 ばしゃ山村沖通過。ここで定時の写真を撮る。予定通り位置にいる。明神崎という名前が付いている場所だけに、ここは神様が存在する場所に違いない。こんな勝手な思い込みを胸に私は再び手を合わせる。すると不思議なことに、しばらく止んでいた追い風が再び吹き始め、私のカヌーを押してくれる。『信じる者は救われる』。

     そんな中、舟足も速くなり、戸口・崎原沖では約40分も短縮。トラブル後の状況を仲間に連絡できずにいたので、ここで再度連絡を取るために、小湊漁港に入港することにした。この港は前回も来たことがあり、問題なく無事上陸。

     港の防波堤では数人の子供たちが海にダイブして遊んでいる。一方では公園のベンチで主婦が暑さを避けながらの井戸端会議。あまりにものどかな光景で『昼睡でもしたい』という思いにかられた。だが連絡を終え、給水・給食を済ませると休む間もなく海へ出る。

     PM1:30 予定コースへ向け出発。PM2:00にはコースに戻った。
     PM3:00 和瀬沖。さらに東城地区・スタルトビラ沖を通り市崎へと進む。しかし、ここでまたまた波が高くなり、追い波となった。再びラダーを使っての斜め漕航をすることとなった。

     PM4:00。予定よりも30分早く目的海域に到着。しかし、ここでまたしてもアクシデント。再びラダーが曲げられてしまった。正直嫌気がさした。私は海上で直し、ヤドリ浜まで行こうと考えたのだが、その為には、自分の体とカヌーをロープで結び、またパドルもカヌーと離れないようにロープで結び付けなければならない。そうした上で、海に飛び込み力づくでラダーを直すことになるのだが、岸から遠く離れた、ましてやうねりの高い海に一人ぼっちで飛び込む勇気など今の私にはない。一か八かの賭けなどこんな広い海の上でできるはずもない。
    残念ではあったが、本日の目標にはあと約20?届かなかった。あと3時間半もあれば行ける距離ではあったが、ラダーが効かない状態では、さらに時間がかかり、暗闇の中、荒れるホノホシ海岸沖を渡り、更には皆津崎の強い流れを克服しなければならない。そう思うと『安全第一』の言葉が頭に浮かんだ。
     「よしっ!ここは逃げの作戦だ」。決心すると、市崎手前から市集落へとカヌーを方向転換。横から波を受ける。効かなくなったラダーをあげ、横倒しになりそうなカヌーを、海中に足を入れたり出したりしながら、またパドルを駆使しながら懸命に耐える。何がなんでもこの海域から逃げなくては・・・その思いだけで頑張った。

    市崎と言えば、以前大規模な崖崩れが起きている。私は住用方面へ行く度に、新和瀬トンネルを抜けると正面に見えてくる市崎に、『いつか和瀬からカヌーで行ってみたい』という思いがあった。アクシデントが私の夢を一つ叶えてくれた。

    そうこうして頑張っているうちに市集落に近づいてきた。だが集落の港に入るよりも、その手前にあるトビラ島が気になり、島の裏側に回り込んでみた。すると、そこには2頭のヤギが放し飼いにされているではないか・・・ここに上陸してヤギに変な目で見られるのも嫌だと思った私は、対岸へ上陸し、再びラダーの修理に取り掛かった。

    この時、古仁屋に先回りしていた妻に連絡を取り、西仲間にあるカヌー発着所で落ち合うことにした。市からカヌー発着所までは、それでも1時間はかかった。約6?の道のりが想像以上に遠く感じられた。

    PM6:30。 住用マングローブ原生林の中を流れている役勝川を上流へ向かって漕ぐ。ようやくアイランドサービスのカヌー発着所へ到着した。
    曲がっていたラダーを取り外し、防水パッキンのない荷室のフタを外す。迎えに来てくれた妻や二人の孫とともに、名瀬の自宅へと向かった。

    家に帰り着くとすぐに、ラダーを固定式に取り換え、フタには防水パッキンゴムを張り付け明日に備える。2〜3時間の睡眠をとり、19日、AM2:00にはサポートをしていただいているエコー奄美の店長・森山卓逸さんと打ち合わせ。2日目の予定と気象状況、海洋状況、コースの取り方など入念にチェックをする。
  • [3] mixiユーザー

    2009年09月25日 23:25

     no4

    AM4:00。カヌーを置いている発着所へ向けて名瀬を出た。約50分で到着。さっそく準備にとりかかる。『昨日の遅れを取り戻さなければ・・・』そんな思いだった。

    AM5:00。市崎に向けていざ出発。まだ暗い海の上ではストロボライトを点灯させる。今度は陸づたいに漕いでいくのでサポート車からは私の位置がよく見えているだろう。

    サポート車は山間・戸玉・市まで行き、そこから折り返して、私とは瀬戸内で落ち合う計画だ。市集落で妻と別れ、私は2日目の外洋へと艇を走らせた。

    市岬を右手に太平洋に向かって進む。すると昨日と変わらない、日の出が私を照らしてくれる。私はまた手を合わせ、航海の無事を祈った。どうやら今日は波がおさまっているようだ。

    AM6:00、市崎へ到着。再び予定のコースへと休まず漕ぎ続ける。岬を通り過ぎたあたりから、針路を青久・嘉徳へと向ける。宇宿・市崎でラダーを曲げられたので、少しでもラダーに負担のこないよう選んだ針路だった。

    二日目の今日は、ラダーを固定式に取り換えていたので、折れる心配はそれほどない。朝日を背中に浴び、きれいな島の風景をしっかりと目に焼き付けながら確実に艇を進める。昨日は晴れてはいたものの、遠方はもやがかかっていて水墨画のような景色でしかなかったため、岬から岬へ渡る時も、本当に行きつけるか不安で仕方がなかった。

    今日は朝からとてもいい気分。市崎から瀬戸内の入り口皆津崎までは予定通り3時間で漕破した。快調なペース。追い風のせいか疲労感も全くない。今回のツーリングの難所の一つ『ホノホシ海岸沖』も思いのほか穏やか。皆津崎周辺も変わらず穏やかで、私の心は次第にルンルン気分になっていく。(この時は・・・)

    19日、この日は大潮でAM9:00は外洋へと流れる強烈な引き潮の真っ最中。私の目の前では、部分的に渦を巻いてる所、川のように流れている所、下からわき上がって海面が盛り上がっている所、波と波がぶつかりあって三角波になっている所とさまざま・・・それだけ海底が変化に富んでいて、潮の流れが早いことを物語っている。とても不思議で不気味な海域だ。私はそうとも知らず、この時間、潮の流れが最高頂に達している皆津崎に足を踏み入れてしまったのだ。本当に浅はかだった。潮夕表をみていなかったのだ。さっきまでルンルン気分だったはずの心に一気に暗雲がかかった。

    見えている岩々が動いていない。動いていないどころか前方に移動しているではないか。つまり、私の乗ったカヌーは今来た方向へとどんどん流されているのだ。
    『やばい・・・』そう思った時には、すでに海峡の中央部まで流されていた。こんなの初めての体験。夢であってほしい・・・そんな気もちになる。ケンムンにバカにされたのではないか・・・とさえ思えた。

    のんびりと漕いでるわけにもいかないので右手の岸に向かって懸命に漕ぐがなかなか岸に近づけない。岸の方からも海峡の中心部に引き込まれる波があるからだ。

    その時、フッと『離岸流』のことを思い出した。流れに逆らっては、ここから離脱することなんてできない。ならば、流れに乗って少しずつこの流れから外れて岸に着けばいいんだ。

    ということで、カヌーの向きを再び皆津崎に向け漕ぎ始めると、うまい具合に岸にたどり着くことができた。ホッとした。そこから改めてヤドリ浜を目指して進むことにした。

    しばらく進んでいくと、今度はカヌーの前方から三角波が近づいてくる。さっき乗り越えたという自信だけを胸に私は漕ぎ続けた。しかし、またしても試練・・・あろうことか、再び海峡の中心に流されているではないか。もう何がどうなっているのかわけがわからない。
    『何だ〜?これは・・・????』。
    カヌーの下からは海水がわき上がってくる。もうパニック寸前・・・。海峡の流れのすさまじさ、恐ろしさを目の当たりにする。さすがの私も『もう許して』と祈るほどだ・・・。でも、ここで力尽きたら、請島さらには与呂島まで流され漂流するかもしれない。
    『漂流などしてなるものか。自分を取り巻くみんなに迷惑をかけることなんてできない。絶対このピンチを乗り越えてやる』


    前回よりもさらに力を込めて漕ぐ。昨日、今日と漕ぎ続けてきたとは思えないほどのパワーで一心不乱に漕ぎ続けた。
  • [4] mixiユーザー

    2009年09月25日 23:26

     no5

    「ヤドリ浜周辺で海水浴や海洋レジャーをされる皆さん、流れにはくれぐれもご用心を・・・とんでもないことになるかもしれませんよ。とりあえず自分のことは棚に上げて申し上げます」

    今度こそは、さらにさらに岸づたいにヤドリ浜を目指す。この辺りは反流になっているらしく、カヌーもスムーズに滑り出す。前方を見ると、海面はとても穏やかなのに、後方からは川を逆流する海水のように『ザザー』と音をたてながら三角波が迫ってくる。さらにカヌーを押してくれる。これでようやく助かったと感じることができホッとした。

    瀬戸内海峡内。ここからは無風状態となり、日差しが背中に痛い。この辺りは加計呂麻シーカヤックマラソンのコースということもあり、毎年出場しているレース中のことを思い出しながら漕いだ。

    そんな中、前方に一隻のヨットが見える。無風に近い中、帆を上げてのんびりと進んでいる。人力とほとんどスピードは変わらないだろう。

    AM11:00ちょうどに古仁屋上陸。潮流にほんろうされて、皆津崎から2時間、予定の2倍もかかってしまった。妻たちは、海峡で格闘している私を見つけることができず、嘉鉄集落手前の展望所で何時間も海を眺めていたという。ここで妻たちと軽く食事と休憩をとることにした。

    PM12:00。1時間休憩した後、大島海峡を西古見に向けてスタート。今日は東北の風が吹いているが、この海域は島影になっていて、無風のため、海面も凪状態だ。

    このツーリング前日は、なかなか寝付けず、4時間ほど・・・昨夜も2時間程度しか睡眠をとっていなかったこともあり、外洋の緊張感から解き放たれたせいか少しずつ眠気が襲ってきた。
    『これはまずい・・・』。眠気を吹き飛ばすため、海水を頭からかぶる。これしか海上で暑さと眠気を防ぐ方法はない。これを何度も繰り返した。


    すると、私の眠気を防ぐためか、とんでもない出来事が起きた!なんと、ダツの襲来だ。カヌー右前方より、私の方を目がけてバットの太さぐらいはあろうかと思われるダツが海面から飛び上がってきた。
    『うわー!ヤバイ!』さっと体を左に傾ける。すると、真っ黒に日焼けした私の顔を見て恐れたのか、ダツは飛ぶのをやめ、身をくねらせカヌーのわずか手前で海中に飛び込んで行った。またしても救われた。
    PM3:00。3時間漕ぎ続けて、西古見集落沖に点在する三連立神のうちの真ん中の岩場に上陸。現在の位置を妻に連絡するためだ。が、圏外マークの表示。慌てて場所を移動し、集落側の岸に上陸するが、ここも圏外。この地域全体が圏外のようだ。これからが、大変な時間帯に入っていくのに・・・寂しさと不安が私を襲う。

    不安を感じつつも、曽津高崎(西古見灯台)へと向かう。岬を回り込むと、これまでの無風状態がうそのように、北東の風が激しく吹く。もちろん波も高く、風波特有の連続パンチだ。それでも私は直接、枝手久島西側を目指す。だが、東シナ海側へ押し流されるばかりでなかなか曽津高崎から離れることができない。このままではいっこうに前進できそうにない。風景もほとんど変化がない。

    そこで私は、森山卓逸さんと打ち合わせをしたコースを取ることにした。それは、直接焼内湾を横断するのではなく、陸づたいに屋鈍集落手前の岬を目指し、その後、枝手久島に渡るという作戦だ。

    もがきにもがいて、木の葉のように揺られているカヌーを右に左に操りながら、歩腹前進するかのような姿勢で、力いっぱいパドルを漕ぐ。なのにそれでも風景に変化が感じられない。予想以上の風波だ。

    今回のツーリングに採用した‘Sサバニ’の性能からして、沈する心配は全くしていなかった。だから、ひたすら漕ぎ続ければ絶対にこのピンチも乗り切ることができる、そう信じていた。とはいえ、舟足の遅いこと遅いこと・・・
    本当に音を上げてしまいそうになる。

     必死に頑張っていると、遠方に、太陽の光を浴びて、オレンジ色のブイがくっきりと見える。ほんのわずかな人工物があるだけで洋上では元気がでるものだ。

  • [5] mixiユーザー

    2009年09月25日 23:27

     no6

     ツーリング中、私は決してネガティブにならないよう心がけている。
     『このようなピンチを乗り越えてこそスキルアップできる』、そう思うようにしている。ネガティブになると、恐怖で体がこわばり思うように動けなくなるのだ。

     屋鈍岬近くまで来ると、さっきまで風の音で消されていたパドルの水をかく音が聞こえるようになってきた。この海域も頑張って乗り切ることに成功したのだ。一安心して、今来たコースを眺めると、徳之島・古仁屋を経て、名瀬港へと向かう喜界丸が現れた。あれほど私が苦戦した海域を、『しれー』っと進んで行くではないか。『あ〜うらやましい。やっぱり機械はすごい!』変に感心した。

     屋鈍岬を横手に見ながら、焼内湾を横断。枝手久島東側の砂浜に上陸する。曽津高崎から2時間。直接行けたら1時間で横断できる距離のはずが、またしても倍かかってしまった。

     『まっ、自然が相手だから仕方がないか!』。携帯電話を防水ケースから取り出し、電波を確認。よかった、アンテナマークが3本たっている。さっそく妻と川畑さんに状況を知らせる。残念ながら、森山さんには連絡が取れなかった。

     すでにPM6:00を過ぎた。今回は何とか全行程を完漕しようと考えてのチャレンジだったので、夜間でも漕ぎ続けるつもりだ。
     「夜11:30頃には、朝仁にゴールできるだろう」そう告げ、宇検村宇検集落へと回り込み、初めて通る水路を抜ける。水路には、人工なのか、自然なのか分からないが、見事な庭園が存在していた。特に小島に生えている松は、まるで人の手が加えられたかのように見事な姿だ。

     この水路はかつて貿易船が沈み、貴重な品々が眠っているということで、現在も調査が行われているらしい。

     水路を抜けると、再び東シナ海の水平線が見えてきた。すでに太陽は水平線へと沈み、雲がオレンジ色に光っている。夕暮れが始まり、と同時に、私の気持ちもだんだんと心細くなっていく。

     

    PM7:30、宇検村の海水浴場の一つ。船越海水浴場から伸びる岬に近づく。またしても三角波が現れ始めた。そんな中、小さくはあるが、サメの背びれのようなものが2つ動き回っているような気がした。三角波なのか背びれなのか定かではない。でも、ここで不安がっているわけにはいかなかった。

     岬を回り込むと、とたんにまた強い波・風が押し寄せてきた。今度はピッチの短い波頭がくずれる、うねりを伴った危険な波だ。Sサバニでも横波を受けると沈しかねない波だ。

     太陽も沈み、薄紫色から濃紺色の空に変わった今の海上はもう薄暗くて、回りの海上や遠方の様子がまるで分からない。見えているのはただ一つ、恐ろしく高く感じられる波の頂きに不気味に光る白い波頭だけだ。その白さは、まるでキバをむき出しにして、カヌーもろとも私を飲みこんでしまう怪物のようにも見える。その恐ろしい波が次々と襲ってくるのだ。残りの行程は約30?。この波が延々と続くように思われる。

     とたんに戦意を失った。これ以上夜間の海を進む自信はない。
     『ここで終わりにしよう』。そう私は決意した。だが、ここで気を抜くわけにはいかない。まだ私は荒波の中にいる。次になすべきことは、最後まで沈することなく、無事上陸しなければならない。最後の力を振り絞って、波に対して斜めにカヌーを操り、ゆっくりと砂浜へ近づけていく。
     
     PM7:45。波うち際でカヌーから飛び降り、慌ただしく砂浜へと引き上げる。無事上陸。だが、上陸はできたものの、私の胸の中には、ぽっかりと穴が空いてしまった。完漕後、ゴールで友人たちと手を握り合って、涙を流すシーンを夢見ていた私にとってはとても受け入れがたい現実だった。
    万全の準備で望んだ今回の旅、沢山の方々に支えられての旅、いろいろな想いが、私の頭の中を走馬灯のように一気に駆け巡る。『あと30kmだったのに・・・』そんな想いを胸にしまいつつ、私の今回のツーリングは幕を閉じることとなった。

  • [6] mixiユーザー

    2009年09月25日 23:28

     no7

     終わりに
     『奄美大島本島一周 1泊2日 単独カヌーツーリング』は、今回で2度目のチャレンジでした。前回は「行けるところまで行ってみよう」ぐらいの計画でしたが、今回は細かなタイムスケジュールを立て、1時間で進む距離をも設定して、トレーニングを積んできました。
     数々のトラブルに見舞われ、完全完漕はできなかったものの、色々なことを体験することができ、本当に満足しています。
     今回は陸側からのサポートもあり、本当に心強く頑張ることができました。私をサポートしてくれた皆さんに心より感謝いたします。
     自然の優しさ!すごさ!恐さ!美しさを身をもって感じることができ、私自身、大きく成長できたように思います。
     あとわずかの距離を残したとはいえ、奄美大島本島一周約180?に匹敵する距離を漕ぎきったこと、そして様々な体験を得た喜びを胸に、この企画から卒業することにします。

                          次のチャレンジに向けて!

    『人は認められ、支えられてこそ頑張れる!』
                            by:春 山 恵 一
  • [7] mixiユーザー

    2009年09月25日 23:31


     さて、どなたかこのチャレンジを成し遂げて下さい。
mixiユーザー
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