85年に、初のビッグ・ヒット「No Wanga Gut」「No Puppy Love」をリリース。このヒットがきっかけで、大手レーベル<Mango>からセルフ・プロデュースによるデビュー・アルバムを発表した。これによって ジャマイカでもトップDJとなり、ハリー・Jと「Sitting In La La」をレコーディングする他、自らのレーベル<Tiger>、さらに<Kangal><Ayeola>など、複数のレーベルで次々とシングルを制作。 89年には、キング・ジャミー、ガッシー・クラーク、スライ&ロビー、スティーリー&クリーヴィーら当時のトップ・プロデューサーたちと精力的なコラボレーションに乗り出し、再び人気が爆発した。シーンに再浮上した彼は、90年、ラップ・グループ“ファット・ボーイズ”と共演し、ジャマイカンDJとして初めてUSヒップホップ・シーンにその名を印象づけたのだった。