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開催終了「明晰さは目の前の1点に過ぎない」

詳細

2006年08月19日 23:42 更新

初代部長のおかぽんさんのパフォーマンスです。
公演が迫ってまいりましたので、イベントとして立ち上げておきます。以下、ご参考ください。

_____________________

ビジョンの初代部長のおかぽん(岡崎)です。

来る8月27日に、下記詳細でダンス+映像のパフォーマンスをやります。場所は吉祥寺シアターです。

以前から何度かダンス+映像のコラボ作品は発表していますが、久しぶりに参加した作品です。

ビジョン20周年のコラボ作品もこれ以降に取り組んでいきたいと思っていますが、まずは今はこれに集中していますので、みなさんお暇を作って是非観に来ていただければと願います。
今後の参考にもなると思いますよー(?)

細かいコンセプトについて、自分がどう取り組んでいるかはブログなどに書いています。こちらもご参考までに覗いてやってください。
http://okapon.ameblo.jp/

また学生さん、その他訳ありの社会人の方は、特別割引2500円でチケット用意しますので、なにとぞよろしく!です。

チケットのご予約は、下記アドレスまでご連絡下さい。
neovision@s9.dion.ne.jp

以下、ブログより抜粋
_______________

【上演日時】
2006年8月27日(日)
15:30
19:00
(開場は開演の30分前)

【会場】
吉祥寺シアター
JR中央線・京王井の頭線吉祥寺駅北口下車 徒歩5分
東京都武蔵野市吉祥寺本町1-33-22
0422-22-0911

【料金】
前売:3000円、当日:3500円
(全席自由)

公演HP
http://dancehardcore.com/archives/000112.shtml

このダンスの振り付け・演出をしているダンサー・大橋可也氏とは、ある映像作品に出演していただいたのをきっかけにダンス+映像のコラボレーション作品「ミヅチ」を、数作ともに作り上げた友人です。

99年の公演を最後にしばらく彼とはご無沙汰だったのですが、仕事にかまけて、自分の作品作りに遠ざかっていたこともあり、久しぶりにお手伝いすることになりました。
ちなみに今回は共作、ではなくあくまでサポート的な形での参加になっています。
というわけで大本のコンセプトは、その大橋氏が請け負うことですが、それをサポートする自分として、思うことを勝手につらつらと。あくまで、自分の考えですので、軽めに流して欲しいです。

今回の舞台では6人の男女が舞台上に登場します。が、その6人は、お互いがお互いへの強いコミュニケーションへの欲求みたいなものを抱えながらも、決して交わることなく舞台上をさまよい続ける存在として描かれています。
たとえば、それは演出上・舞台上で、お互いの肉体が接触している場合も、本当の意味での「接触」=コミュニケーションではない、とされてるように思います。
以下ネタバレですが・・この5人が、舞台上で、他者の口唇に指を入れるというカタチも、茶番に近い抱擁も、ある人物の衝動を阻害するタックルも、自分で自分の肉体を殴りつけ、ねじれる肉体を顕すのも、すべてコミュニケーションの不全を表現しているよう感じます。

そして、大橋氏は、そのコミュニケーションの不全感を、上記振り付けに代表される、自傷・他傷は問わない、不明の「暴力」として描き出そうとしているように感じます。
様々な世界で、コミュニケーションの不全が、いたるところで「暴力」として発露している・・・
近年ニュース沙汰の多い幼児虐待。または親殺し。例のアイドル願望女子に代表される、ナルシズム的な快楽を伴う放火事件。2チャンネルなどでの必要以上の誹謗中傷。イスラエル・ヒズボラなどのいかんともしがたい民族的断絶。それとも関係する、他者の痛みに鈍感な大国のエゴ。それに基づく、暴力的なコミュニケーション(=戦争)のありかた。
コミュニケーションの不全が、有形・無形、肉体的・精神的な「暴力」として、発露しているのは、今に限ったことではないかもですが、どうにもヤな時代を生きている感触。
それを見るものに実感させようとしているのが、今回のパフォーマンスなんではなかろうか、と。
自分の中では、そういう風に今回のパフォーマンスは解釈しています。
演出家の意図は、また別のところにあるかもしれませんが。というか、あるでしょ、きっと。
演題ともなっている「明晰さ」とは、逆にいえば、錯覚にもとづくコミュニケーションの全能感、であったり、暴力的・権力的なものも含め、わかりやすい支配被支配といった関係性を求めるもの、だったりするように思います。
そういう関係性の「明晰さ」を、人は、えてして求めてしまいがちであるけど、それは、広い意味での「暴力的な何か」に、つながっていくものではないか・・・
お互いを求めあう意志があったとしても、決してその想いが、完全に理解し合える瞬間はない。
「明晰」の対義語は、自分の中では「曖昧」と言い換えることができるように思うけど、コミュニケーションで大切なのは、理解しあえることはない、その曖昧さ、いわば不全感の中で、どうお互いが個として尊重し合えるコミュニケーションを構築するか・・・
大切なのは、そういうことに自覚的に生きること、ののような気がしています。
とまぁ、適当なことも書きましたが、いろいろがんばっておりますので、お暇な方は是非、観に来てくださいねー。
またチケットご希望の方は、こちらのメールからもどうぞ。予約受付いたします。

よろしくです!


PS:でも、正直、わかりやすさや後味いい作品を期待して、またはいわゆる「美しい」モダンダンスをご所望な場合は、オススメできません・・・
あと、動画UPにチャレンジ!うまくいくのか?

コメント(20)

  • [1] mixiユーザー

    2006年08月19日 23:57

    行きたいのですが、当日仕事。。。。
    東京国際フォーラムにて展示会っす。。。

    東京の空の下、ささやかに応援してます!
  • [2] mixiユーザー

    2006年08月20日 03:46

    おー!偶然さんサンキューです。

    えー、つるさん、残念ですー。是非見ていただきたかったのですが・・

    あと個人的に寂しいことですが、漆君は現場のサポートでご協力いただくのですが、その他井綱さん、偶然さん以外に、観賞希望の連絡ないのが、ちょっと寂しいすねー。

    仕事以外で久しぶりに取り組んでいる表現活動なので、できればより多くの人に見ていただきたいと思っています!

    ビジョン関係者は、是非!


  • [4] mixiユーザー

    2006年08月22日 21:50

    これぐすさん、サンキューです。

    今年の夏は、練習&編集三昧でしたー。
    祭りも、海も、花火も、いきたかったなぁ・・・

  • [5] mixiユーザー

    2006年08月23日 01:48

    私も昼の部予約しました。たまも一緒にいきますよ〜。
  • [6] mixiユーザー

    2006年08月24日 10:50

    どうもありがとう!

    ひみたまさんのご来場を心よりお待ちしております。

    20周年もなんかやりましょー!
  • [7] mixiユーザー

    2006年08月24日 23:16

    ご指名いただいた通り、ヘルプで参戦させていただくことになりました。
    どんな現場になるのか、非常に楽しみです。

    ではみなさん、当日!
  • [8] mixiユーザー

    2006年08月26日 23:04

    いよいよ明日が本番ですー。

    漆君もがんばりっておりますので、ご予約ない方も、是非。
    あんまり見たことないような映像&パフォーマンスをお見せしますよー。

    よろしくー。
  • [9] mixiユーザー

    2006年08月28日 02:31

    今日はご来場いただいた、もりも、たま、ひみ、コーザイ、ちゃーりー、ふじばら、ほそみ、の皆様、ありがとうございました!またスタッフとして参加していただいた漆くん、お疲れ様でした&どうもありがとうございました!

    感想は、もろもろ、皆様お持ちだとは思いますが、自分なりにこのパフォーマンスの中では、ベストを尽くした作品作りをやって、個人的には楽しい一日でした。

    んで、いろいろやって、結局、映像作りが自分は大好きなんだなぁ、と今さらながら再認識、の一日でした。

    生きるだけでももちろん、みな何がしかの表現をしています。それでも、どうしても何かを伝えられてねーな、と日々自分は感じています。
    会社でのコミュニケーションにしろ、こうしたビジョンでのにしろ、広い意味での社会に対してにしろ・・・


    今回は他の人のコンセプトに自分の思いをリンクさせつつの表現でしたが、それでも自分の肉体の一部は、表現できました。

    それがどう伝わったのかは別にして、自分にとってそれは、かなりの充足したカタルシスでした。


    昔から思っていたけど、欠陥品の自分、に必要なのは、こうした所詮は代価品の表現活動なんだろうなぁ、と。
    多分、海人さんにしろ、てちばさんにしろ、「新たな命」に、自分の想いを伝える、直接的で力強い作業ができていない自分にとって、自分の欠落を埋めるために、なんか作ってなきゃダメ人間なんだなぁ、としみじみ。


    打ち上げ後の酔っ払いの自分ですが、改めて、映像作りてぇ。と感じた今日一日でした。


    どうもでした。






  • [11] mixiユーザー

    2006年08月28日 13:08

    これぐすさん。どうもー。
    今日は午後出勤なんで、今返信していますー。
    昨日はどうもありがとう。

    また上記コメント、ありがとうございます。

    「代価品」、というのは本来「芸術」が、それぞれの様々な人生において、コミュニケーションが円滑であったり、充足した愛ある生活(笑)や、社会への満足感などで満たされたいれば、必要はないもんじゃないでしょうか。

    コミュニケーションの代価品、欠落を埋める作業というのが、単に内向きな言い方であるように聞こえるのかな?

    自分はあくまでこの社会の一員であるし、その関係性の中で、どうしようもない不全感をもっています。政治・社会もろもろへのいかんともしがたい状況への怒りや悲しみ。それに対して、現状、自分が何も動かせないであろうという現実。

    そういうことに対して、真摯に、欠落を自覚し、自己のコミュニケーション能力のなさを嘆いているからこそ、自分はモノを
    作る。作りたい。

    そう思っています。

    今回の公演も、大橋氏も自分も、真摯であるのは間違いないです。結果仕上がった表現が、他者を不快にしたとしても。

    というか、これぐすさんの言うとおり、「きつい」「痛い」「不快」、そういうものを「自覚」させようというのが今回のコンセプトです。それが、私の、あなたのいるこの世界なんだよ、と。

    その辺、これぐすさんの思う、厳しい意見も聞きたいです。
    自分がミクシーでも、ブログでも、そしたせっかくの新しいコミュニケーションツールに求めるのは、そうした他者との真摯な意見交換なんです。それが言ってみれば世界中の人と接触できる、その拡張性が楽しいんです。

    いつも、腹にいちもつ持つ(笑)これぐすさんのご意見求む!
    マゾなんで、いろいろ言われる好きなんです・・・
  • [12] mixiユーザー

    2006年08月28日 23:56

    おつかれさまです。
    そこには確かに存在するけど、別に今見たくなかったようなものを改めて見せられちゃった「もやもや感」は残りました。
    それでも、ただひたすらに暴力的性的な垂れ流しの表現を見せつけられた時のような「嫌悪感」ではなかったですね。
    両者の違いはなんなんでしょうね。
  • [13] mixiユーザー

    2006年08月29日 00:36

    ご来場いただいた方、ありがとうございました。
    そしてなによりも、おかぽんさん、お疲れ様でした。

    今回、2日間飛び入りスタッフとしてお邪魔させていただいた身としましては、
    大きな舞台の裏方で走り回る快感を存分に満喫させていただきました。
    また、御代の素晴らしいスイッチング捌きを見ることができ、大変勉強になりました。
    (即興で演出的にカットを割っていくというやり方は、演劇で取り入れても
    面白い手法かも知れませんね。)


    内容については皆さん、いろいろ感想がお有りのようですね。

    リハの段階から舞台の袖で観ていた者としては、
    まぁ賛否両論あるだろうなという印象は持っていましたが、
    お客をすっきりさせて帰すのは「エンターテインメント」の役割ですからね。
    「もやもや」やら不快感やらも含めて伝わっているのであれば、
    問題提起として、芸術としてはありかと思います。

    上演中、大橋氏がずっと客席に座っていらしたのも、
    「痛み」を鑑賞させられる観客への、精一杯の誠意だったのではないでしょうか。
    いたづらに「痛み」を見せびらかし崇高な表現と言い張るような自己陶酔とは、
    一線を画していたと思います。

    半ば関係者の見方ですので、純粋な感想ではないかも知れませんが・・・
  • [14] mixiユーザー

    2006年08月29日 01:50

    ヒミーさん。どうもありがとうございました。
    今見たくないものを見せられた、というのはうれしい感想です。今見たくないもの、とは一体何なのでしょうか。

    日常で、ニュースで散々垂れ流されてる、悪意や暴力の痕跡。見たくないけど目に入ってくるこれらの事象に対して、「他人事」にして日々やりすごしていく・・・というのは今さらながら自分は避けたいと思っています。

    北野武が暴力を描写するとき、そこにきちんと「痛み」を描く、と言っていました。暴力表現に「痛み」を感じさせず、カタルシスや快楽しか感じさせないハリウッド映画に慣れてしまったアメリカ人が、戦争や銃=武器が「暴力」であることに無自覚になっていまっている現実。そういうのも含め、見るべき現実を自覚させたい、というのが今回のパフォーマンスでした。結果はどうあれね。




  • [15] mixiユーザー

    2006年08月29日 02:12

    おかぽんさん、お疲れでした。
    又(仮)capacity さんもいい汗かいたとのこと、お疲れです!
    自分で案内ここに投稿したにもかかわらず、約束時間を間違えて遅刻しました!

    相変わらず、賛否両論ですね笑。「もやもや感、気になります。
    ここで言われてる「痛み」「暴力」という部分はわたし見てないのかなあ。わたしとしてはいままでよりわかりやすかったです。
    これぐすさんが言ってるのは、むしろ「言い方」の問題のような気もしますが。

    ただ、ひとつ聞きたいのは「明晰さ」を今回は否定していたのか、肯定していたのか観客としては気になるところであります。わたしの感想は肯定的にとらえた上での逆説と感じましたが?
    全部みてないからかな。。なので誠にすんません教えて
  • [16] mixiユーザー

    2006年08月29日 02:14

    漆君、ありがとうございました。
    本当、映像の知識あるスタッフが少なかっただけに、力強いサポートになりました!感謝!

    アンケートもやはり賛否両論でしたね。
    それでも一部の人は、この「つらさ」「不快感」の意図を理解してくれていたようでした。

    単純に「つまらなかった」という感想より、「こんなもの見せやがって」という露骨な反感が多かったのも、ある意味成功なのかも・・・

    映像部分に関しては、あるアーティストの方が、ライブ映像の2人が現実のステージに戻ってきた時、それまでの違和感や緊張感から開放され、ほっとした・・そのほっとした自分がいたのが新しい発見だったと語ってくれました。

    映像というのは、そうしたある種の暴力性をはらんでいるもの、というを今回の演出で感じてくれていたようで、それも狙い通りでした。

    映像メディアは、ここそこで行われている現実のものを曖昧にしてしまうもの、なんです。ニュースを見て、ほんとにヒズボラの子供の死体を、どこそこで行われている現実、とリアルに感じれる人間がどれだけいる?

    自分も含め、このリアルさのなさ加減に、嫌気と不安を感じてしまうのです。たぶん、映像メディアの進化ととも、映像メディアへの「慣れ」と共にに、それは加速している、気がしています。

    前半ほぼ実際の肉体をさらさず、ライブ映像のみで現れる2人の姿に、観客が映像への違和感や非現実感を感じさせる、というのが今回のライブ映像の意図です。

    ある種の映像メディアの暴力性も、ここで表現できたかな、と個人的には感じいます。

    とはいえ、映像メディアで生きる人間としては、映像の暴力性とともに、他にはない「正しき力」も、もちろん信じていますけどね。

    ちなみに大橋君が客席にいる意図は、漆君のように感じる人もいるのか、となるほど、です。

    それについては、あまり深く考えていなかったけど、大橋氏のある種の誠意かもしれませんね。

    というか、大橋氏はもちろん今回のパフォーマー・スタッフを含め、僕らはみな、誠意ある表現をしたつもりではいます、よね!?
  • [18] mixiユーザー

    2006年08月29日 23:35

    ふじばらさん。
    相変わらずの遅刻、あきれつつもふじばららしくてもう笑うしかないす・・・

    それはそれとしてイントロからご覧いただいてないのが残念なのですが、自分の編集したイントロの映像も、あれは大変わかりやすい形で提示したつもりのもので、暴力性に溢れた「明晰さ」に、拒絶の意志を持ちながら、取り込まれていく姿を描いています。そこは、結論として「自己の崩壊」を象徴させたもの、です。

    「明晰さ」は、もちろん「否定」するもの、というかありえないもの。ありえるとしたら、そこに何がしかの暴力的な何かが作用しているもの、と自分では思っています。

    結果、立ち現れた舞台が、「明晰さ」の肯定に見えたならばそれは失敗なのかもしれませんね・・・

    これぐすさん。自分は「芸術」を狭義に捉えてるつもりはありません。たとえば、恋人通しが、相手を思いやる言葉を、必死で探し、ひりだして、それが結果、相手の心をどうしようもなく捉えてしまったら、それは「言葉の芸術」だし、「コミュニケーションの芸術」だと思っています。

    「人生は芸術だ」という昔懐かしい映画のセリフを引用すれば、すべての人は相手に何かを伝えようとする「芸術」を行っているのです。

    その日常で、そうした言葉をうまくひりだせない人間もいて、それを少々遠回りの形としてしか顕せない、もしくは、そっちの方がより上手な人間が表現しているのが、今でいうアーティストなんでしょう。

    自分が所詮、と使うのは、芸術家なんて偉そうなこと言っても、偉いのは日常生活に齟齬を感じることなく、コミュニケート出来てる人間の方・・・というのは自分の中でゆるぎない信念です。

    とまぁ、またいろいろ書いてしまった後で、自分に嫌悪感を催してしまうのも事実。たぶん、こうしたミクシーでのやりとりにさえ、みんなに引かれてしまうようなことを書く自分が、人としていかがなものか・・・とは分かっているけど、だめなんすね。

    すみません・・・
    なんか支離滅裂・・








  • [19] mixiユーザー

    2006年09月01日 01:32

    お、解説してくれてども。やっぱ前半見ないとあれこれ言えないですね。

    解説聞いて思うに
    岡ポン様の言う「明晰なるもの」と私が肯定していると解釈した「明晰さ」は別のものの様です。私が思うに、単純に分かりやすくなったまやかしの明晰さを肯定していると言うのではなく、内なるものから立ちあちわれた「明晰さ」を、肯定していると思ったのです。
    言葉の解釈になってしまいますが。
    演者の言葉や演出から、情動を言葉を介さず身体で「明晰に」堤示したい、という企図を感じました。

    やっぱり今度、映像部分をこのもやもや感、解消したいです!
    ライヴじやなきゃ伝わらない部分もあると思いますが。


    ではこれにて失礼いたしますo
  • [20] mixiユーザー

    2006年09月01日 23:13

    ふじさん。

    内から立ち上がる明晰さ、というのは、演出する方は、完全に、とまではいかないけど、ある確信に満ちた明晰さのもと、創作物を提出しなきゃいけないのは当然ですよね。

    観客には、あえて不明瞭に提示する形にしろ、大橋君も、試行錯誤の結果、内なる明晰さのもと、作品を提示していると思いますよ。

    今回のパフォーマンスというのは、というか全ての表現は、やはりイントロから見てかないとダメすよ、ほんとに。

    今回の映像は、あくまでパフォーマンス用なので、それ単独で見ても、意味不明な映像遊びにしか見えないと思うので、見せませんよー、あしからず・・・
mixiユーザー
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  • 2006年08月27日 (日)
  • 東京都 吉祥寺シアター
  • 2006年08月25日 (金) 締切
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参加者
3人