mixiで趣味の話をしよう

mixiコミュニティには270万を超える趣味コミュニティがあるよ
ログインもしくは登録をして同じ趣味の人と出会おう♪

開催終了くれ食の祭典

詳細

2005年10月31日 14:54 更新

開催場所 
 呉市の中心市街地
 中通商店街を中心とした中央地区商店街
 通り沿いに公園を整備した蔵本通り
 中央地区商店街と蔵本通りの間に流れる堺川にかかる楓橋(歩道専用橋)
■ 時期・期間 
 11月上旬の土曜・日曜の2日間(年により、開催時期・開催期間に多少の変更あり)
 平成14年は11月9日(土)・10日(日)の2日間

■ 目的と契機及び取り組みのプロセス
 平成5年に地元中央地区商店街や各種団体が中心となって「食」をテーマとした呉市の秋のイベントを実施する計画が立ち上がり、呉商工会議所や呉市も支援していく中で実施され、平成14年で10回目が開催された。
 このイベントのテーマは、呉の秋季に於ける行事として「食」を中心とした郷土の産業,文化及び観光を広く紹介PRすると共に,呉とその近郊町との文化経済の交流を図ることである。

■ 取り組み内容
 事業主体は商工会議所に事務局を置く「呉まつり協会」で、地元中央地区商店街や関係各種団体、呉市で組織された「食の祭典実行委員会」がその運営に当たっている。
 特に平成14年は呉市の市政100周年記念の年であり、呉市行政が中心となって多くの市民参加のもと1年を通じて数多くの100周年記念イベントが実施された。
 その中でも秋のシンボルイベントとして、呉市の名物「肉じゃが」をテーマとした「大鍋肉じゃが祭」が、食の祭典と同日に「食」で統一されたイベントとして計画された。
 これらのイベントを実施するに当たり、まつり協会と呉市やその他のイベント関係団体と協議を重ね、調整を何度も行いながら、一体的な秋の一大イベントとして、盛大に実施することができた。
 平成14年の食の祭典では、地元中央地区商店街を中心に商店街による「れんが市」や一般参加者によるフリーマーケットが、また、飲食業団体を中心に各種料理・牛ももの丸焼き実演・青果等の販売・手作り民族料理・海外料理・子供を対象とした遊具・ゲームコーナー・ジャズバンド演奏が、また、行政を中心に姉妹都市や呉周辺地域・近隣県の交流都市物産フェアが開催された。

■ 成果
 平成14年では2日間で約23万人の人出があった。

コメント(2)

  • [1] mixiユーザー

    2005年10月31日 14:57

    ちょっと肉じゃがの話が過去出てたんで、これも一応コピペで貼っておきます



    観光ポスターのテーマが、肉じゃが?
    平成9(1997)年、ところは呉市経済部商工観光課。「今年の観光ポスターのテーマは肉じゃがでやるぞ」という話が飛び込んできました。市議会で「呉らしい特産品として、海軍発祥と言われる肉じゃがをPRしたらどうか」という質問があったというのです。そこで商工観光課は考えました。それまであまり注目されていなかった旧海軍が残した食文化に着目することで、ストーリー性のある新たな観光資源のひとつとして育てることができるのではないか、と。しかし、2年前には京都府舞鶴市が「肉じゃが発祥地宣言」をしています。「よし、徹底的に調べてみよう」。歴史をひもとく作業が始まりました。

    ■ 由緒正しい肉じゃがはイケル?
    資料を集め、検討していくうちに「発祥ということで言えば呉が先だ」という 確信めいたものが生まれてきました。早速、その年の「くれ食の祭典」で海上自衛隊の全面協力のもと、由緒正しい海軍の肉じゃがを市民に振舞ったところ、予想以上の大盛況。「これはいける」という気運が高まりました。そして「肉じゃがのふるさとは呉?!」の観光ポスターを制作。東京以西の主要JR駅構内に掲示するや話題を呼び、肉じゃが発祥の地をめぐるホットな論争としてテレビ・ラジオ・新聞各紙に数え切れないほど取り上げられるようになったのです。

    ■ 広がる交流 そして〜
    先に発祥地宣言をした舞鶴市との最初の直接対決が行われたのは平成10(1998)年「第6回くれ食の祭典」のことでした。その様子はテレビで全国放送され、肉じゃが発祥地論争は全国的に有名になりました。翌年は呉市側が総勢40名で舞鶴市の「赤レンガフェスタ」へ。肉じゃがを通じた両市の交流が始まりました。
    対決が白熱する中、同じ旧軍港都市である神奈川県横須賀市がカレー、長崎県佐世保市がハンバーガーで参戦。旧軍港都市独特の「食文化」でわが街をPRしようと四市の市民交流へと広がってきました。
    呉市ではこうした流れを受け、また活動の一層の広がりを図るため、行政主導だった活動を支援してきた市民団体に引き継ぎました。平成12(2000)年3月、正式に「くれ肉じゃがの会」が発足したのです。「肉じゃがを愛し、発祥地は呉であることを高らかに宣言し、全国に呉市をPRする」をモットーに現在も日々活動を続けています。
  • [2] mixiユーザー

    2005年10月31日 15:05

    ■ 肉じゃがの起源


    時は明治11年。日本の海軍は大きな問題を抱えていました。
    それは、兵員4528名のうち患者1485名、死者32名を数えた病、「脚気」です。航海中、艦艇の半分〜1/3が発病し、戦闘はおろか航行すらままならない状態に陥ることもあったといいます。
    現在、脚気はビタミンの不足による栄養失調の一種であることが知られています。初期には足のむくみ、症状が進むと動悸・視力低下を起こし、ついには心臓発作で死に到る、当時では死亡原因のトップにランクされる国民的な病でした。


    明治13年、脚気に悩む海軍の元に英国から一人の留学生が帰国します。英国セント・トーマス医学校に学んだ医官・高木兼寛です。帰国後、医務局副長に就任した彼は、西洋では全く脚気が見られないこと、日本船舶でも外国港に入港中は脚気が発生しない事から、西洋と日本の食事の違いに着目し兵食の洋食化に乗り出します。
    しかし、米と野菜の食事に慣れている兵員には、パンと肉類を中心とする洋食は「バタ臭く」不人気でした。航海中の水兵さんたちには食事だけが唯一の楽しみ。食事に不満があると、士気に関わります。


    ここで登場するのが、東郷平八郎です。
    「英国ポーツマスに留学していた頃に食べた『ビーフシチュー』が食べたい」と部下に作らせたのです。『びーふしちゅー』と言われても、食べたことのない調理員には全くどんなものか想像がつきません。苦心惨憺作った『びーふしちゅー』は東郷が食べた『ビーフシチュー』とは全く別物でしたが、日本人の味覚に合い栄養バランスにも優れていました。
    海軍経理学校の教科書「海軍厨業管理教科書」には、いろいろな食品の栄養素や特徴、調理方法などが書かれています。この中にある「甘煮」が「肉じゃが」のルーツであると言われています。

    これ以降は自分で調べて下さいw
mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!
  • 2005年11月05日 (土) 5日と6日
  • 広島県 呉市
  • 2005年11月05日 (土) 締切
  • イベントに参加する
  • 気になる!
参加者
1人