19歳でパリにでてまもなく、みずからも貧乏絵描きだったピカソは親友の死に直面します。スペインからともに青雲の志をいだいて世界の都パリに居住し、野望をいだいていた親友の死です。それも、彼はお別れパーティの席上でピストル自殺をしたのでした。親友の恋人も同席していたパーティでした。親友が知り合った女友達のひとりはピカソの恋人になりました。 その事件をきっかけにしてピカソは陰うつな深いブルーに満ちた絵を描きだします。「青の時代」と後年名付けられた青を基調として貧しい人、年老いた人そして絶望する人々を描き続けたのです。 そして、ピカソに転機が訪れます。新しい恋人との出会い。そして、ピカソは放浪芸人や道化師、サーカス芸人などを描き、その絵に徐々に赤い色、バラ色が射してきます。 そんな中にひと目みて、いまだ恋している絵があります。「玉乗り」(Acrobate A La Boule,1905)がそれで、プーシキン美術館にあるこの絵の中の少女に10代の頃、恋してしまったのです。 そして、わがE.G.P.P.でボクが名付けた「玉乗りの少女」に捧げるポエムができました。この日のテーマはそのお披露目もかねています。