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開催終了過労死裁判

詳細

2011年12月10日 01:09 更新

2001年(平成13年)12月16日 夫が自死。
広島県尾道市にて。県立高校教員の過労自殺。

事件後 4年目から やっとの思いで 労災を請求。

3年かけて基金に請求して 労災認定してもらえなかったため
労災基金にたいして認定を求める行政裁判。

現在 過労自殺 労災裁判闘争中。

第6回公判は 12月14日 10時から 広島地方裁判所305号


応援して下さる方 『天ちゃんママ♪♪』のページに 是非メッセージを
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下記はYAHOOブログより転載させて頂きました。

先日原告であるM和子さんから、裁判を傍聴したことに対するお礼のお手紙をいただいた。

その手紙には、当日法廷で和子さんが冒頭に述べられた意見陳述書のコピーが同封されていたので、

改めて和子さんのご了解を得てマイミクの皆さんにその陳述書を公表させて頂きます。


意 見 陳 述 書
2011年(平成23年)1月20日
広島地方裁判所 御中
原告 M 和子

私はMの妻 和子と申します。

平成13年12月16日、町はクリスマスムードでにぎわう中、突然夫が行方不明になり、

大変心配しながら一夜を明かし、早朝より因島高校の先生方による捜索隊が動いてくださいました。

午前11時半ごろ校長先生より電話をいただき「奥さん申し訳ありません。

自殺死体で発見されました」と報告を受けました。

夫は私と子供たちにとってかけがえのない大切な存在でした。

私は頭の中が真っ白になり、世界がひっくり返ったような強い衝撃を受けました。

残された3人の幼い子供は、その時、小学2年・幼稚園年中・5カ月の赤ちゃんでした。

お父さんが大好きな、子供たちと私を残して自ら命を絶つなんて信じられませんでした。

子供たちに夫の死をどう伝えていいかも分からず、悲しみでいっぱいでした。

夫は愛情たっぷりの人柄で人を育てる心を持ち、子煩悩で子供たちをとても可愛がっていました。

夫婦仲もよかったので、私はそのショックで体が半分なくなったような感覚になりました。

目に映る景色は、ぼんやりとした感じになり、色のない白黒の世界に変わりました。

葬儀のあいだじゅう、小学2年の長男が涙をボロボロ流していた様子は一生忘れることが出来ません。

私は産後で、授乳中のデリケートな時期であったので、夫の自殺のショックからひどいダメージを受けて、

PTSDの症状とうつ状態等長期にわたって精神を患う結果になりました。

夫のいちばん近くにいたのに助けられなかった「自責の念」毎日襲って来る「悲しみ」と「恐怖感」、

私は悲惨な体験をした後遺障害からうつ状態になり、以後9年間、精神科の薬を欠かせない状態になりました

身近な人が自殺したことで「死」を身近なものに感じ「生きるのが辛く」「死んだほうが楽」

「生きているだけで精一杯」という気持ちになりました。

うつ病が重症化した時「死にたくなる」「生きるのが辛い」病気であること、

亡くなった夫の辛さを身にしみて理解できました。

夫の死後、私は日々寝込むことが多く、家事・育児も思うようにならず、病院通いが続き、

子供にも寂しい思いをさせてきています。

その結果、精神科の診断書により精神障害者手帳の2級に認定されました。

このような状況のため、公務災害の認定審査の手続きも自分ですることが出来ませんでした。

子育てを手伝ってくれていた実家の父や、教職員組合の方々と相談した結果、

夫の死を時効で終わらせるべきではないと判断しました。

そして公務災害の申請書を提出することとし、その後の手続きも父が代行してくれています。

けれども、平成22年5月、あれだけ多くの証言や訴えにも関わらず、

年金基金から夫の死は公務災害とは認められないという判断が下されました。

公務災害が認められなかった後も、今日まで父は、事件当時の事情をもっと明らかにしようと、

何度も因島方面に行って、何人もの関係者の方々を訪ねて、話を聞いて回りました。

夫が因島高校で担任をした1年1組、2年1組の生徒だった方々の中にも、

父の調査に協力をし、事情をお話ししてくれる方々がいました。

その聞き取り調査の結果を父から聞きましたが、皆さん夫の死が今でも強く心に残っていて、

それぞれの立場から、夫が教師としての仕事で苦しみ、もがいていた事情をお話ししてくださっていることが

わかりました。

話すのが辛いようなことを打ち明けてくださった方もいました。

病気になる前の夫は趣味が広くて、よく体を動かし、明るくひょうきんでよく笑わせてくれて、

一緒にいるとよくリラックスでき、その場を和ませる最高の人柄でした。

登山、スキー、演劇等、広い趣味の世界を一緒に体験できたことは、今でも私の宝物です。

又、教師としての夫は本当に生徒たちのことを大切にしていました。

いい加減な接し方ではなく、体を張って、生徒の将来を考えて行動していました。

これは一貫した姿勢なのだと本人も話していましたが、夫の長い付き合いのある先生方や

因島高校の同僚、生徒、保護者の方も口をそろえて証言をされており、私はこのことに誇りに思っています。

そんな夫は、異常な状況にあった因島高校でも、教師としてのまっすぐな姿勢を貫こうとしていました。

今迄の学校に比べて仕事が大変そうで、疲れた様子を見せることが多く、

「休みを取ったらどうですか」と夫に休むことを勧めましたが、責任感の強い夫は休もうとはせず、

膨大な量の仕事を抱え込んでいて、そばで見ていてとても心配でした。

とても身近な同僚のMO先生が仕事に悩まれ自殺されたとき、

私は3人目の子供が妊娠8カ月の身体でしたが、身近な先生の自殺のショックを強く受けている

夫の様子を見て私も不安で一杯になりました。

この事件を境に夫は明らかに状態が悪くなりました。妊娠中の私をいつも気遣ってくれていたのに、

理由もなく大声を出したり、急に怒り出したりの変化にびっくりしました。

私は職場の事情を深くは知りませんでしたが仕事量も多く、生徒さんが荒れていて大変なこと

同僚の先生の人間関係が悪い等大変なストレスを受けていることは夫から聞いており、

あまりにも表情が暗くしんどそうなので、私は、3年間まで許されていた長期休暇を勧めていました。

半年間の休職の後、職場へ復帰した夫は、わずか半月で自殺してしまいました。

一番残念なのは、復職後に職場で仕事の環境への配慮がなかったことです。

夫は登校し始めてすぐに「時間がないんだ、忙しいんだ、やることが山ほどある」と言って

思うように通院も出来ず、授業の準備、係の仕事、成績をつけること、パソコン入力、

学期末のあわただしさ等に苦しんでいたようでした。

特に悩んでいたのは、前と変わらない荒れた教室の状態、

休職中にパソコンシステムのデータ入力方法が変わっていて、操作を教えてくださる先生が

いらっしゃらなかったことでした。

仲間意識の薄い職場に加えて、病休で迷惑をかけたとの気持ち、更に、皆さんが忙しい時期で

自分の仕事だけで精一杯の状態なので、教えてほしいと頼むことが出来ないと夫がこぼしていました。

1年生の担任の時から積りに積っていたストレスに、MO先生の自殺が引き金になり、

顔の表情や体調が悪化していきました。

そんな疲れ切った状態のときに起こったのが、5月11日に発生した教室での出来事です。

「お前なんか死んでしまえ!」「担任でなければよかったのに!」等の生徒からの暴言は,

生徒と心の繋がりを大切にしていた夫にとって、大きな衝撃だったと思います。

夫の当日の手帳メモには「このことは、耐え切れなくなって、体を支え切れなくなったことへつながった

最後のさいごの出来事といえるだろう」と記されていました。

職場でのストレスが原因で発症していたうつ病なので、配置転換など環境への配慮があって

当然だったのではないでしょうか。

うつ病になるほどに追い込まれたのは、因島高校の2つの高校が統合される中での異常な職場環境、

荒れた教室での授業、教師間の感情の対立、大きな問題・課題のある生徒を抱えた悩み、

クラブ活動等々の積り積ったストレスが積み重なったためだと思います。

うつ病の大変さ、苦しさは、私も同じうつ病になって初めて分かりましたが、

この病気は、周りの人から見ると、本当に理解されにくい病気だと思います。

学校の管理職の方も、うつ病に対する理解はほとんどほとんどなかったのではないでしょうか。

主治医の先生と連絡を取る等、対策を取ってくだされば、少なくとも夫を死に追いやることだけは

防げたように思います。

職場で孤立化し、悩み、苦しみ、自殺に追いやられた夫が、日々学校でどんなことが起こっていたのか、

何に苦しんでいたのか、そうした中で,何を頑張っていたのかを明らかにして頂くために、

今回の裁判の原告となることを決意しました。

裁判官の皆様、また、今回の裁判に関わって頂いている皆様には、

なにとぞ、夫が自殺に追い込まれた原因を明らかにしていただきますようお願いいたします。

仕事に対する挫折感、うつ状態は経験してみないと分かりにくい病気ですが、

是非とも弱者の立場に立った判定をお願い申し上げます。
  

以上が原告であるM和子さんが当日法廷で冒頭に述べられた意見陳述書です。

Mさん一家にとって、皆さんの一言のサポートがどんなに心強いものか、

想像に難くありません。よろしくお願い致します。

言うまでもなく、私は特定の宗教・思想・組織に関与している者ではありません。

最初に述べたように、私は去年広島で行われた朗読劇「少年口伝隊1945」で

原告の長男であるM君と共演したキャストの一人です。

そういったご縁でこの裁判を傍聴して、一人でも多くの人にこの事件の実態を知ってもらいたいと思って、

この日記を通じてお願いしている次第です。

何卒よろしくお願い申し上げます。

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  • 2011年12月14日 (水) 水曜日10時〜
  • 広島県 広島市中区上八丁堀2番43号広島地方裁判所305号
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