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開催終了上野信一 & フォニックス・レフレクション with ブノア・ムーラン

詳細

2011年06月12日 22:25 更新

☆東京公演

7/1 (金) Benoit Moerlen with Shiniti Ueno & PHONIX Reflexion
<アコースティックライブ>
《ult!mate percuss!ve explos!on》
ブノア・ムーランと上野信一&パーカッション グループ
フォニックス・レフレクション8名による
マリンバとパーカッションの演奏。
PercussionGroup “PHONIX Reflexion”は、上野信一と、国内外で活躍中のトップ・プレーヤーたちからなり、
新しいパーカッション・アンサンブルの可能性を追求し続ける精鋭打楽器演奏家集団。
セシオン杉並 東京都杉並区梅里1-22-32
TEL:03-3317-6611 http://www2.city.suginami.tokyo.jp/map/detail.asp?home=H04930
開場/18:30 開演/19:00
前売: セブンイレブン発売中 (発券手数料UsakumaRecords負担)
前売:一般¥3500 /学生¥2500 当日:\4000
☆カンフェティ券ありカンフェティ会員登録(無料)

上野信一(打楽器奏者)http://www.phonix.jp/profile/
上野信一&フォニックス・レフレクション
           
7/3 (日) Benoit Moerlen with sprocket
<エレクトリック・ライブ>ブノア・ムーランと彼のために編成されたスプロケットによる
二部構成、ジャズ・ロック演奏。
上野信一(perc.) がゲスト出演。

江古田buddy 東京都練馬区旭丘1-77-8双葉会館B2F 
TEL:03-3953-1152 http://www.buddy-tokyo.com/index.html
開場/18:30 開演/19:00
前売り¥3000 /当日¥3500 (+各ドリンク¥500)
前売: セブンイレブン 発売中(発券手数料UsakumaRecords負担)
ディスクユニオン新宿プログレッシブ・ロック館、目白ワールドディスク 電話予約: Buddy
☆カンフェティ券ありカンフェティ会員登録(無料)

sprocket:
菅野詩郎Ds.(from KBB )http://web.me.com/shirosugano/Shiros_Site/Welcome.html
中島洋隆B. 平田聡Gt. 河崎今日子Vln.


ご来場特典:Usakuma Records 設立記念
オリジナルファイルホルダー&ボールペンをもれなくプレゼント!

主催・Usakuma Records www.usakuma-records.jp
協力・Poseidon www.poseidon.jp
問合せ先・Usakuma Records事務局  yayoi-izu@hb.tp1.jp

Benoit Moerlen ☆ the world of marimba   http://yayoiii.blog101.fc2.com
Benoit Moerlen  myspace.com/moerimbahotmailfr
Usakuma Records www.usakuma-records.jp

◆CD ブノア・ムーラン ロッキン・ローラー Benoit Moerlen  Rocking Roller
2011.7.1発売 税込価格\2625(税抜\2500) Usakuma Records USAK-011
発売: Usakuma Records www.usakuma-records.jp
販売: POSEIDON 03-5390-2055

members
Kalevi Uibo guitar
Jacki Boesch bass
Benoit Moerlen marimba, percussion, vibes, tubular bells and keyboards
Charly Doll drums
Jonathan Haessler percussion, drums




コメント(2)

  • [1] mixiユーザー

    2011年06月16日 12:57

    ブノア、GONGやGONGZILLAとの歴史

    Benoit Moerlen

    1956年2月6日に、ストラスブールに近いコルマーで生まれた。幼少からピアノを両親から学び、ギターも弾いた。兄のピエールが毎日のように家でパーカッションの練習をしていた影響で、16歳の頃には自分も楽器をパーカッションに決めた。とりわけビブラフォン、マリンバなどの'keyboard'パーカッションに魅かれた。ストラスブール・パーカッショングループのリーダー、Jean Batigneにパーカッションを師事する。この有名な現代音楽グループにはBenoitは加入していない。その後、ストラスブール国立音楽院で学んだ。上野信一はクラスメートだった。

    最初のレコーディングは、プログレバンド、ワパスーのデビューアルバム。当時、アンジェのドラマーだったGuenole Bigerから話がきたという。

    GONGとの関係は、1974年YOUのレコーディングでのゲスト参加から始まる。正式メンバーになるように誘われたが、ストラスブール国立音楽院をまだ卒業していなかったのと、当時のGONGのスタイルであったデビット・アレンをリーダーとするヒッピーバンドには、音楽的にもライフスタイルの面でも共感するところはなかったので、断った。しかし、Didier Malherbe と Steve Hillageには音楽的なスピリットを共有できた。

    しかし、デビッド・アレンはYOUの後でGONGを脱退し、GONGは次第にピエールを中心としたジャズロック色が強くなる。Gazeuse!(1976)と続くExpresso(1978)では、Benoitは正式メンバーとなり、Allan Holdsworth, Mino
    Cinelu, Pierre Moerlen, Didier Malherbes, Hansford Rowe, Didier Lockwood, Bon Lozagaら共に「素晴らしい時間」を過ごす。GOGN加入後の最初のライブは1976年Redding England Festival。さらに、Pierre Moerlen's Gongと名前を変えたバンドの、2作品、Downwind(1979)とLive(Dounwindリリースツアー時の録音、1980年発表)に参加したが、Pierre Moerlen's Gongにとって70年代最後の作品であるTime Is The Key(1980)の前、ちょうど生まれた娘とパリで同居するためにロンドンを離れることを契機に脱退した。「音楽的に行き詰って、何か新しいことをする必要があった。」

    Pierre Moerlen's Gongとは、80年代後半の再編成に参加して2度のヨーロッパツアーとレコーディングを行う。この時期にBenoitが参加したのはSecond Wind(1988), Full Circle Live'88の2作品。Second Windに収められた"Say No More"を作曲する。しかし、メンバーのモチベーションは年月を経て変わってしまっていた。「足に合わない靴を履いているような感じだったし、水が多すぎて沈みそうな橋みたいだった。」

    1994年、Pierre Moerlen's Gong再結成がアメリカで計画された。「Gongになるはずだった、でもセッションが始まる前の2日間で、Pierreは電話してできないと言った。彼だけが、理由を知っている。私の曲は2曲と半分が使われ、その他はjazz過ぎないかどうか考えていた5曲を持ってくることになっていた。私たちは、Lionel Cordewというドラマーとリハーサルしていた。スケジュール上の事情でLionelは、PerowskiとStevensを含めたアルバムで演奏することができなかった。Allan Holdsworthは3日間いた。それは1977年以来で、初めのころは私たちはそれぞれがお互い皆会う事がまた楽しかった。彼は、GONGと共に彼にとってとてもいい思い出がある。そして私たちにとっても!!」

    バンドは結局Gongzillaとしてスタートした。1994年にブノア、ベーシストHansford Rowe 、ギタリスト Bon Lozaga とでSufferをレコーディングした。Gongzillaでは、Thrive(1996年、ゲストにDavid Torn, Gary Husband)、Live(2001)、East Village Sessions(2003)、Nyckyphilia(2005)をリリースした。その後は脱退状態。

    Pierre Moerlen's Gongとの最後の活動は、2005年にはピエールが死亡する直前に再編案があってピエールを交えてリハーサルをした時だった。また、ピエール追悼世界ツアーも計画されたが実現しなかった。
  • [2] mixiユーザー

    2011年06月17日 16:00

    Benoito MoerlemのGONG、GONGZILLA以外の活動

    Mike Oldfieldの1979年ヨーロッパツアーに同行。「私は本当にMikeを人としてもアーティストとしても好きだ。彼は、彼がやりたいと思っているとてもはっきりした考えを持っていて、音楽の一曲の細部も一般的なフィーリングのどちらも聞く素晴らしい才能を持っている。私が後のツアーに同行していないのは、単に法的、音楽ユニオン、財政上の問題 だった。」ライブアルバムExposed(1979)に名を連ねている。残念ながら、1982年の来日には同行していない。

    80年代は、ブノアは劇場で即興演奏をしていた。Scarface Ensembleとフランスをツアーして"Antoine et Cleopatre"を演奏した。Scarface Ensembleでは、 "Rivage A L'Abandon" と "Un Ennemi Du Peuple"の二つのショーのために1990-91に再び演奏した。そしてLes Federes と一緒に1983-84年に"Vaterland" を、1985-86年に "Memoires D'Un Visage Pale" を演じた。 "Memoires..." は劇場用"Little Big Man" の改作だった。そして1987年に再び "La Sentence DesPourceaux"を演じた。1985年に、L'Attroupement IIと共に Jean-Claude Guignardによって書かれた音楽でルネッサンスの終わりについての、"Le Printemps"という名のショーに参加した。1986年には、 "La Fontaine Circus" という、パリにあるthe Cirque d'Hiverで "rock circus"に参加した。

    80年後半のPMG再編失敗の後、「Mike Oldfieldの "Islands"に参加した。さらに、Hansford Rowe や Jon Catler、そしてものすごいギタリストJon CatlerによるSteel Blueのプロジェクトで演奏した。彼は、LaMonte Young や David Hykesのような作曲家やHarmonic Choirの興味を引きつける"Just Intonation"と呼ばれる、魅了する演奏のコンセプトを持っている。Francois Causseがドラムで 1989年にMulhouse Jazz Festivalで忘れられない演奏をした。私はビブラフォンのピッチを全面的に変えて演奏していた!!不幸にも、アメリカツアーも数カ月前に出たアルバムにも参加できなかったけどね。」 そして、80年代遅くにはVosges地方に住み、教えたり、演奏したり、たまに作曲したりして過ごした。7人のバンドも編成したが長続きしなかった。

    Benoitは、フランス、ベルギー、ドイツでのソロ・マリンバコンサートだけでなく、ドイツのビブラフォンプレイヤーStefan Traubと一緒に“Akimbo”と呼ばれる(マリンバ - ビブラフォン)デュオで演奏していた。これはブノアのアコースティック/クラシックサイドの活動として、現在まで続いている。Benoitのソロ・マリンバの作曲したいくつかは、Francois Dhalmannによって楽譜が出版されている。
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  • 2011年07月01日 (金) 3日
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