1975年、単身 New York に渡る。バリー・ハリス最初の日本人生徒となり、その成果を「ジャズ・ピアノ・NYスタイル教本」として全音楽譜出版社より出版。1991年にライオネル・ハンプトン楽団に入団、ハンプトンの亡くなる2001年まで12年間、専属ピアニストを務めた。以後デューク・エリントン楽団、イリノイ・ジャケー楽団、キャブ・キャロウェイ楽団と、米国最高峰のビッグバンド全てで演奏し、全米及びヨーロッパ各国を公演、1998年にはデューク・エリントン楽団のメンバーとして来日。自己のトリオでもNew Yorkの老舗クラブ、ブルーノートやバードランドで演奏し、米国ジャズ人名辞典に履歴が紹介されている。 "He is one of the greatest pianists!" Lionel Hampton