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開催終了第38回放送(08年4月8日)

詳細

2008年04月08日 02:15 更新

第38回放送:2008年4月8日(火)23:00〜23:30

FILE034:「プロファイリングによると…」

現場を見ただけで人物像が分かっちゃうなんて・・・

飛ぶ鳥跡を濁さず


おかげさまで
このコミュも番組と共に1周年を迎える事ができました。
回を追うごとに参加される方も増えております。
これからも宜しくお願い致します。

コメント(8)

  • [1] mixiユーザー

    2008年04月08日 23:52

    何故人を殺してはいけないか?俺は条件付きで殺してもいいと思う。正当防衛がそれを証明しているのではないか。人を殺してはいけないのでは無く権利を侵害してはいけないのではないか。だが戦争が出てくるとまた分からなくなる。どうすればより良い未来を築けるのだろう?
  • [2] mixiユーザー

    2008年04月09日 01:30

    私、日記やコメントを書いているとき「どうだ〜!」って感あります。残念ながらそれは否めません。「どうだ〜!」っていう感じは、自己顕示欲って言うんですかね。

    「どうだ〜!」っていう気持の延長線上にサカキバラの「殺人」という行為が繋がっているのかもしれません。「どうだ〜!」っていう欲望に捉われてしまうと人間何をしでかすか分からない。

    「欲望」に捉われると人間は魔物になってしまうのかもしれませんね。

    ちなみに酔っぱらうと下ネタしかしゃべらないオジサンは、「性欲」に捉われた「妖怪えろじじい」というそうです。

  • [3] mixiユーザー

    2008年04月09日 07:41

    何故人を殺してはいけないのか?
    この問いはある種の脅し、暴力となんら変わらない。
    その問いは己が悩み続けるものであり、
    容易く他人に答えを求めるのは何かおかしい。
    それならば、問う前に己の悩み続ける姿を
    さらけ出してみせなければ失礼ではないか?
    問いに対してすぐに答えがでるなんて
    学校のテストの感覚でやり過ごしてしまうと、
    そんな人に果たして幸せが訪れるのだろうか?と感じます。
    幸せも己が感じるものであり
    他人から送られる小包のようなものではないのですから。
  • [5] mixiユーザー

    2008年04月09日 15:18

    「なぜ人を殺してはいけないか。」っていう問いは、「死刑」にも関わってくると思います。

    「死刑」って罪を犯した人間への責任ですよね。

    今回のテーマには「人はなぜ罪を犯すのか」ということにも触れていた。

    性悪説で人間を見るのならば、「人は悪いことをするのはしょうがない。」という見方もできてしまう。

    「死刑」を行ったとしても、亡くなった被害者は戻ってこない。
    しかし感情的な部分に訴える「説得力」は「死刑」にはある。

    陪審員制度が始まるそうですが、傍観者ではいられなくなってしまいそう…
  • [6] mixiユーザー

    2008年04月09日 18:36

    なぜ人を殺してはいけないか

    の問いに対しては、永遠に答えは出ないんですよね。
    どんなにモラルを訴えても、そこに誰もが納得できる「理屈」がないから。

    ただ、そうした懐疑を持つ立場を認めた上で「皆で解決していこう」と、人類全体が協力する姿勢を持つことが大事でしょうね。

    太田さんも言っていたように「そんなことを考えること自体がおかしい」と、問答無用でネジふせてしまえば、懐疑を持つ立場は、一層フラストレーションがたまってしまいますし、そうして鬱屈した負の感情が、いずれテロや紛争の火種となってしまう危険性だって否定できないと感じます。
    人間同士が、同じ目線にたっての議論を、どんな思想を持つ人間とも行っていければ、せめてバイオレンスな形での問題は少なくなると思うんですよね。

    ちなみに
    ヒトの再生医療の現場では最近、皮膚から作り出すIPS細胞が、受精卵から作るES細胞に替わる大発見として注目されていますが、これは、医療の分野と倫理や哲学の分野が手を取り合って、

    このままES細胞で研究を続けていくのはどうなんだろう

    と、「理屈はないけどなんかヤバそうなこと」に対する議論を深め、それがより皆が幸せになる結果につながった好例でしょうね。
  • [7] mixiユーザー

    2008年04月10日 01:39

    あるタレントが、テレビの番組で子供が被害にあった事件のコメントで、

    「自分の子供が同じ目にあったら、俺ぶっ殺しに行きます!」

    って言ってた。まぎれもなく率直な意見だと思う。

    宮部みゆきに「スナーク狩り」という小説がある。これは自分の子供を殺された親が自らの手で加害者の命を奪おうとする「私刑」の話。

    ここでも親は加害者の命を奪うという「欲望」に捉われる。

    戦争はまさにこうした感情の連鎖だと思う。
  • [8] mixiユーザー

    2008年04月10日 12:42

    現在の司法の現場では「被害者側の心のケア」という視点が、あまりに欠如しているのが問題でしょうね。
    加害者には 叙情酌量の余地 なんて設定されている割には、実際に家族の命を奪われた遺族が、判決によって受ける精神的ダメージについては、臭いものにフタ状態ですからね。来年五月からの「裁判員制度」による一般市民の司法参加が、もう少し人間らしい法制度の完備に寄与できればいいですけど。
    凶悪殺人事件の被害者遺族が、記者会見で泪を流すのを見て、にわか同情を表明しながら、『義務でも参加したくない』とか言ってる人達がまだまだ多いのは、なんだかなァ ですが。


    「負の感情が新たな殺意を生む」というスパイラルは、本当に人類が何度も過ちを犯しつづけている大問題の一つですね。

    米軍によるアフガンの空爆作戦では、

    『ビンラディンなどA級の標的を抹殺する為ならば、民間人を29人まで巻き込んで犠牲にしても構わない。それ以上を犠牲にしてしまう可能性がある場合は、ブッシュ大統領の許可を得る必要がある。』

    などという、非人道的規律が存在するらしいです。
    イラクにも兵力を割かなければいけない現状で、巧妙に隠れ家を変えるアルカーイダ幹部を効率良く攻撃するのに、空爆が最適の手段であることは分かる。 しかし、「29人まで犠牲にしていい」というのは、一体どこから生まれる方程式なのか....。

    米軍による誤爆で住居を家族ごと一瞬にして木っ端みじんにされたアフガン少年達が現在進行形で増えつづけ、イスラム過激派が、そんな少年達を狙って自爆テロ予備軍にリクルートしようとする。ひたすら溜息です...。

    我々が選んでしまった議員どもが作ったテロ特措法が、この悲惨な現状を生み出す一因にもなっていることを、ちょっと考えてみた方がいいかもしれませんね。
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