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開催終了風狂の吟遊詩人/バウルの唄

詳細

2010年08月23日 15:30 更新

22日小諸のバウルの唄の集まりがあまりに良かったので
サットに変わって紹介します。

この後も、和尚庵始め、その他にも沢山の場所で開催されるようなので
Oshoフレンズも是非どうぞ!

應興寺も本当良かったけど、和尚庵はもっと盛り上がりそうですね!

Love Ramaprem

ツアー日程等詳しくは
http://baul2010.web.fc2.com/menu.html

小諸、應興寺での写真アルバムUPしてます。
http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=422201183436291&owner_id=13904360

コメント(3)

  • [2] mixiユーザー

    2010年08月23日 17:36

    mixi動画はサービス終了しました
    昨日長野県の小諸にある、應興寺(おうこうじ)でバウルの催し物があったので
    車を2時間位走らせ行って来ました。

    バウルってOSHOが語って興味があったけど
    聞いた事も無くましてや見た事も無いけど
    最近インドといえ、少しショービジネス化した、バウル系インドミュージシャンの
    コンサートって感じなのかなと思いながらも行ってみると

    本当に素朴なベンガルのバウルの人達だった。
    人柄、ミュージック、流れ全てが優しく愛に包まれ、本当すばらしかったです。
    5人のミュージシャンが交代で曲毎に歌い手や楽器が変わっても
    何れもすばらしかったですね。

    そして、終盤につれ、そんな言葉では表せない、深いものがありました。
    久しぶりに味わうリアルインド、やはりインドは深い! 
    又も痛感、恐るべしインディア


    演奏する彼らの後ろには、黄金に輝く仏像が見下ろし
    オレンジや黄色、白い袈裟を着たバウルが、踊り
    西日が差す寺の本堂、熱気とお香の香り
    目を瞑り、リズムに体をゆだねると、ボクにとってはそこは、ブッタホールそのものだった。

    帰り際、グルジーのサドン、ボイラギ師に合掌すると
    彼も合掌して、目を閉じ額を寄せ沈黙した。
    愛と優しさ感謝と言う様なエネルギーに包まれた。

    ボクらもシャニヤシンで、Ramapremとprem dikshaですと言うと
    顔がほころび、お〜 と深いハグをしてくれた。

    全く、良い集まりに来られたもんです。

    何処かでは、行くつもりだったけど、わざわざ電話くれたサットありがとう!
    会場に着いたら、新潟星祭りの帰りとか、サットにばったり。

    会場で貰ったバウルのパンフは、プレム(愛)の事が、、

    そして、そこに来てた友達は、サットプレム、プレムディクシャ、ラーマプレムでした。
    ほ〜 何か面白!

    プレムだけと言わず、全てのサニヤシン、他の友人にも進めたく紹介しました。


    >バウルのパンフレットより

    『大宇宙の自然から遠ざかって行く人々の「心」は大いなる源との繋がりを忘れ、
    緊張のなかで日々を過ごすようになってしまいます。
    なぜなら、この”源”こそ全ての存在をっなぐ数珠の糸のようなものであり、
    その本質「プレム」(ベンガル語で愛の意味)であるからです。

    そのブレム(愛)ますぺてにつながり、すべてを包み、限界がなく永遠です。
    ですからその愛は言葉を超越し、心を超越し、知識を超越するものです
    言葉で表すことが出来ず、心で捉えることが出発ず、
    知識で分析することの出来ないものです。
    にもかかわらず、それによって「私」は包れ、すべての存在と繋がっているのです。
    バウルにとって愛は「神」そのものです有限なる「私」は無眼のそれを知らずに過ごしています。

    心は完全に自由であるへきです。
    あらゆる拘り、偏見、嫉み、競争から自由であるべきです。
    とらわれる心に愛はありません。

    バウルは、規定の一切の典礼を認めず、あらゆる宗教的儀式、教義に捕われません。
    神がこの身体に宿るのなら、神棚を祭ってする礼拝に何の意味
    かあるのだろう,神がこの「私」と共に存在するのなら
    長い年月をかけて苦行し時を無駄にすることに何の意味があるのだろう
    とバウルは唄います。

    「私」の欲望の熱は、乾燥した大池のように心を硬直させます。
    「私」というカーテンをサッと開けば、そこに「ブレム(愛)」があるのです。
    「ブレム(愛)」は恵みの雨のように清爽な気をもたらし、心を優しくしなやかにすることでしょう、
    “すべては「あなた」次第”という「明け渡し」
    バウルはこの最終段階を、まず最初に起こらせようとしますそれは「愛」の態度です。「明け渡し」は「愛」によつてしか起こりません。知識による考察ではなく、
    苦行による肉体の否定でもなく、愛にもとづく行為により、身体のあらゆる感
    寛器官の次元を引き上げ”大いなる源’を体験するのです。

    バウルはいわゆる「世捨て人」ではありません。
    人生を”生き生き”生きるために、愛を、プレムを味わおうとするのです。』

    かずみまき


    風のように
     何ものにもとらわれず、
     自らの内なる神を愛し、
       その愛に酔う・・・
  • [3] mixiユーザー

    2010年09月17日 09:01

    僕は和尚庵に行きました。
    「良かった」というよりは、ナニカがずっと残っている、といった感じです。

    SATからの紹介で行って見たのですが、僕からすると僕の今いる地点から向こうあるものなのですが、どこに位置するものなのか見当がつかない、といった感じです。

    いろいろと印象的なことはありましたが、かずみまきさんの話し方がゆったりと落ちついていてBAULのナニカがそこにもあらわれているのかな、と思いました。
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