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開催終了雪 百 景  vol.6 〜雪の棺〜

詳細

2009年11月24日 21:09 更新

■「雪百景6 〜雪の棺〜」

今年の冬は寒くなりそうな気配でございます。早々と雪が降るかもしれません。

「雪百景」はまだ始まったばかりの第六回目。
残る九十四回が夢のように続く道のりを、只々辿るばかりでございます。

この夏に、フランスで活躍されるオルガニストのダミアン原田さんにお会い致しまして、ご一緒していただくことになりました。ダミアンさんは、筝の演奏家でもいらっしゃいます。
演目は「宮木」。「雨月物語〜浅茅が宿」の妻の名前です。この度は、一部で「雨月」そして二部の「雪」。「雪百景」を始めましてから、改めて「雪」の物語の多いことに気がつきました。日本では「雪女」「雪女郎」。外国では「雪の女王」「白雪姫」。「笠地蔵」や「幸福の王子」にも雪は重要な役割です。

それに比べますと、雨の物語は少ないかもしれませんが、しとしとと降る絹糸の雨に、切ない思いを寄せるのは日本の感性のような気が致します。
外国の雨のシーンはザーッと降る中を、傘もささないで、コートの襟を立てて走っていく姿とか、ミュージカル映画「シェルブールの雨傘」や、「雨に歌えば」のように楽しんでしまうか――そんな感じが浮びます。 あるいは映画「セブン」のように、雨が降っていて暗い夜のニューヨークや、ちょっと意味は違いますが映画「ブラックレイン」の怖さでしょうか。

「雨月物語」は不思議な物語です。人間の哀しさの奥に、優しさと懐かしさが秘められているような、いつまでも忘れられない何かが、または忘れていた何かが心の中に静かによみがえってくるような感覚にとらわれます。
思いを捨て切れなかった「宮木」は、「雪」の女よりも情が深いのかも知れません。まるで雨のように。
そして今回の「雪」は、宮木の思いを引きずって、「捨てた浮世の山かづら」、とは言うものの、捨てきれない連綿とした思いを舞わせていただきたいと存じます。

どうぞお出ましいただきますようによろしくお願いいたします。            古澤侑峯


十二月五日(土) 五時半開場 六時開演

マスミスペースMURO
東京都豊島区巣鴨四―五―二


一部「宮木(浅茅が宿より)」

銀河秋を告ぐれども君は歸り給はず。冬を待ち、春を迎へても消息なし。今は京にのぼりて尋ねまゐらせむと思ひしかど、丈夫さへ宥さゞる關の鎖を、いかで女の越ゆべき道もあらじと、軒端の松にかひなき宿に狐梟を友として今日までは過しぬ。
 


二部地歌舞「雪」(筝モノコードによる新しい試み)
古典の「雪」を出発したダミアンさんの旋律は、宮木の心に降る雪と重なって、捨てたはずの「憂き世」を捨てきれずに漂って降り続けることでしょう。
舞い終わった後に、宮木の未練が余韻となって残るような「雪」を舞いたい、と、密かに願っております。

 舞………………古澤侑峯、      
筝モノコード…ダミアン原田隆文、 
ギター他………ヤススキー、
語り……………澤登唯志、     
詩(テキスト)…河村悟、
染め刷り………木田俊一


上田秋成が亡くなって今年で二百年になります。これまでに生誕二百年のエドガー・アラン・ポー、生誕百年のシモーヌ・ヴェイユや太宰治に捧げてきた「雪百景」ですが、「雨月物語」の作者としては鬼籍に入って二百年というのも意味深く思われました。
来ない夫を待つ『宮木』と、恋人を棄てて仏門に逃避する「雪」の女。 逢いたいのに逢えない寂しさと、 恋しいのに逢ってはならない女の侘しさは、すれ違う旅人のように同じ道を歩んでいるのかもしれません。 

□・・・デジブックより
http://www.digibook.net/q/gEGkEUCF6zAXXPwz/




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