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開催終了5月3日(祝日) どこか懐かしい町青梅散策 昭和の力強さを感じましょう

詳細

2011年05月02日 11:17 更新

ピザは延期になりました。青梅散歩のみ催行します





5月3日の3連休初日にイベント開催いたします

東京都あきる野市(最寄駅武蔵五日市)の深沢小屋にてピザ作り体験とランチを致します。

これから予約するので、内容が確定しましたら詳細を書き込みます

akigawaテツさんがピザ作りを指導してくれます

ランチ終了後は青梅まで移動します。

青梅では地元のエルムさんが青梅の街と伝統の青梅大祭を案内してくれます

青梅からの参加も可能です


当日の詳細です

8:30までに新宿駅集合。遅れた場合は着席できない可能性もあります

新宿発8:47 ホリデー快速あきがわ5号(進行方向前方。後方は奥多摩行きなのでお間違いなく)

途中駅の発車時刻 中野8:53 三鷹9:02 国分寺9:09 立川9:16 拝島9:28 

武蔵五日市到着9:54

余裕をもって早く着いて行動してゆきます。ここから2.5km 約40分ゆっくり歩いていきます

上の電車に間に合わなかった方は11時までに深沢小屋でもOKです。武蔵五日市駅からタクシーだと10分で着くそうです

深沢小屋で生地の伸ばし、トッピング、焼き上げまで一通り体験できます。

ピザ指導 akigawaテツさん

ピザメニュー:マルゲリータ、エビマヨネース、シソジャコチーズ、バジルソースなどシンプル系で5、6種類ほど。 その日によって一部メニューが変わります。

深沢小屋HP: http://fukasawagoya.petit.cc

費用 3,000円  深沢名物料理3品、デザート、コーヒー付き +イベント参加費500円
 アルコールは別途  生ビール¥500

14時終了予定

武蔵五日市14:30→14:49拝島14:56→15:14青梅着

エルムさんに案内してもらって青梅観光。青梅大祭を見学する予定でしたが、中止になりましたので、どこか懐かしい雰囲気を持つ素敵な街「青梅」を散策したいと思います

青梅散歩から参加の方は12時に青梅駅に集合お願いします


ふだんのごちそう「繭膳」で昼食予定
赤塚不二夫会館、昭和レトロ博物館、昭和幻燈館の見学となります!


青梅駅〜青梅駅広場〜キネマ通り〜夏の扉〜住吉神社〜映画看板〜はこ哉〜繭蔵〜青梅織物会館〜サクラファクトリ〜赤塚不二夫会館〜昭和レトロ博物館〜昭和幻燈館〜もりたや〜シカゴチキン〜たばこ屋木古里〜マイナー堂〜力屋〜青梅商店街(本町)〜青梅鉄道公園〜永山グランド〜金比羅神社〜梅岩寺〜竹の小径〜霧久保橋〜休哲様〜柳屋〜旧稲葉家〜中武馬車鉄道森下駅跡〜金剛寺〜清宝院〜和菓子のにしむら〜釜の淵〜旧宮崎家〜青梅市郷土博物館〜鮎美橋〜ティールーム〜常保寺〜薬師堂〜ねじまき雲〜大正庵〜市民会館〜上町〜青梅商店街(仲町)二見屋甚八店〜油屋〜天徳〜中央図書館〜致死米地蔵尊〜にゃんにゃん通り〜カフェ・ド・クラージェ〜昭和の小路(仲通り)〜ハイカラ屋〜青梅駅

散歩終了予定時刻 17:30


青梅から参加の方は参加費500円のみ

コメント(197)

  • [158] mixiユーザー

    2011年05月05日 09:23

    今回もありがとうございましたm(__)m

    青梅は古い街並みと自然、ちょっとおしゃれなお店等が

    色々楽しめる街だなと感じました。

    トンカツ屋さんや、メイのお家のような喫茶店、
    柱までしっかり彫られている神社等

    新しい発見もありました。

    また、よろしくお願いしますm(__)m
  • [159] mixiユーザー

    2011年05月05日 17:16

    ロロチャンズさん

    本来であれば一つ一つをゆっくりと見てまわりたかったし、まだまだ、見る所はたくさん残っていました!
    また、来年の祭り以外にも是非、来てみてください。
    参加ありがとうございました!
  • [160] mixiユーザー

    2011年05月05日 17:20

    正太郎さん


    映画看板だったり、江戸、明治の建物や昭和の建物が残っていてなんか懐かしさがありました。
    また、ゆっくりとお越しください。参加ありがとうございました。
  • [161] mixiユーザー

    2011年05月05日 17:24

    あきさん

    3年ぶりにお会い出来て嬉しかったです。
    自然の空気を存分に楽しみながら散策できるのもここならではかなって思います。
    青梅鉄道公園は子供たちにいつも人気のスポットで何人か機関車に乗っている大人も子供心に戻れるのも特徴のひとつですかね(笑)
    また、旦那さんや娘さん、お孫さんと来て下さいね!
    参加ありがとうございました!
  • [162] mixiユーザー

    2011年05月05日 17:27

    きらり。さん

    今回もきらりチェックが冴えわたっていましたね!
    年々、廃れていく街だったけどたくさんの人たちががんばって盛り上げているなって最近思います。
    参加ありがとうございました。
  • [163] mixiユーザー

    2011年05月05日 17:38

    マリーさん

    地元の人でもなかなか行かない場所を今回は歩いています。
    夕方の雨は残念でしたが雨もまた、いい感じです。
    散歩にはちょうどいい気温でしたね!
    街のがんばりが伝わって良かったです。
    参加ありがとうございました。

    2次会の方も忙しい中、残っていただいてありがとうございました。

  • [164] mixiユーザー

    2011年05月05日 17:48

    Sir TOBBYさん

    レトロな街を気にいってもらえて良かったです!
    また、是非来てください!幻燈館もカフェ・ド・クレージュも是非、寄ってください!
    参加、ありがとうございました!
  • [165] mixiユーザー

    2011年05月05日 17:49

    わかさん

    昔の文化や新しい文化、自然など素材は豊富にあります!
    また、是非、お越しください!

    参加、ありがとございました。
  • [166] mixiユーザー

    2011年05月05日 17:59

    ブクさん

    山あり、川ありの地形は
    多摩川による起伏がよく分かる場所でした。
    もりたやもなかなか営業している時がわからないので予約するといいかもしれません!!

    参加、ありがとうございました。
  • [167] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:03

    ヒロさん

    東京でもちょっと行きづらい場所というイメージがあるらしいのですが
    今回を機会にまた、来てくださいね!

    2次会?ある意味3次会ですね。りょうたくんの豹変さには驚きましたが
    いつも通りです(笑)

    参加、ありがとうございました。
  • [168] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:07

    セントラルパークさん

    たくさんの発見があったことだと思います。
    雨も降らなったら尚、良かったのですが。。。(汗)

    参加ありがとうございました。
  • [169] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:09

    ひっし〜さん

    シカゴチキンには次の日も今日も行きましたがほとんど売れきれていました!
    なかなか買えないお店なんですよね〜(涙)

    また、お越しください!
    参加ありがとうございました。
  • [170] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:10

    ぼんやり小町さん

    たくさんの素材がある街です。今回、歩いたのは触りだけです。
    本格的にまわったら1日あっても足りないですよ!

    また、お越しください!
    参加ありがとうございました。
  • [171] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:13

    志輝さん

    あれから5年が経ったのですね〜。早いような。。。
    いい休養がとれて良かったです!
    2次会以降も楽しく飲めました!

    また、よろしくお願いします!
    参加ありがとうございました。
  • [172] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:20

    初版堂さん

    青梅の地に足を運ぶ機会はなかったと思います。
    でも、今回を機会にいろいろ知ってもらえて良かったです。
    金比羅神社は数年前までは足の踏みばのない程荒れていた場所でした。
    平将門のゆかりの地ということもあまりしられていなかったかと思います。

    また、お越しください。
    参加ありがとうございました。
  • [173] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:22

    えっちゃんさん

    楽しく散策出来て良かったです!
    繭蔵のランチもまた、工夫があって美味しかったし、至るところにカフェがあって散策にはもってこいの場所です。
    また、機会があればお越しください!
    参加ありがとうございました。
  • [174] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:24

    ゆずくん

    古い建物や新しい建物と変化のある建物が多く楽しめる場所だったと思います。
    神社や寺も以外に多く、ゆずくんにはさらに楽しめる場所だったはずです。

    また、よろしくお願いします!
    参加ありがとうございました!
  • [175] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:27

    資料


    -----------------------------------
    青梅市の概要

    都心から西へ50キロに位置し、秩父多摩甲斐国立公園の玄関口に位置し、豊かな自然と伝統、文化に恵まれています。産業も盛んで、織物生産地として繁栄してきましたが、現在では、電気機 械製造などの最先端技術を必要とする産業が集積し、首都圏のベッドタウンとして発達しています。また、圏央道青梅インターチェンジ周辺では、地域特性に応 じた産業・流通の誘導を推進し、業務核都市として、商業や情報・文化などの多様な集積を図っています。近年では、圏央道の整備により、全国からのアクセス が便利になり、首都圏の人気日帰り観光地としての潜在的能力が大幅に向上しました。また、住環境の改良などで、人口は増加傾向にあります。
  • [176] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:27

    -----------------------------------
    青梅のあゆみ

    多摩川および荒川水系の豊かな水に恵まれ、生活に適した地理的条件が整っており、早くから狩猟生活を中心とした集落が発達していました。河川の流域からは、旧石器時代・縄文時代の遺跡が数多く発見され、当時から既に多くの人が住んでいたことがわかっています。

    弥生時代になると、霞川流域では稲作が行われ、東京でも最大規模の集落が形成されるようになりました。人々は農耕型の生活に移行しながら、奈良・平安時代を経て、集落がさらに拡大し続けました。

    平安朝には、武蔵国府造営のための用材供給地としても集落が形成され、鎌倉時代のころから、土豪の三田氏が豊富な林産資源を背景に勢力をのばし、多摩川上流域を支配するようになりました。三田氏は、天寧寺・塩船観音寺・住吉神社・武蔵御嶽神社などの神社仏閣の創建再興に力を注ぐとともに、市場を設置するなど経済基盤の充実にも努め、永禄年間(1558年〜1569年)に、北条氏照に滅ぼされるまで、約300年に渡り、青梅地方に独自の文化を築き上げました。

    北条氏が天正18年(1590年)に滅びると、徳川氏が関東に入国しました。やがて江戸開府を迎えると、青梅の大半は幕府の直轄地となりました。江戸の経済・文化の発展に伴って、青梅では、石灰・木材・織物などの産業が活況を極め、青梅地方一帯はさらに発展しました。多摩川の水運や、青梅街道の整備により、「江戸市場に最も近い産地」という優位性が発揮されたわけです。

    このように発展した青梅を中心とした40ヶ村の村々は、明治22年(1889年)の市制町村制によって1町6ヶ村に統合され、明治27年(1894年)には立川・青梅間に鉄道が開通しました。そして、昭和26年(1951年)に青梅町・霞村・調布村が合併して「青梅市」が誕生しました。さらに、昭和30年(1955年)には、隣接する吉野・三田・小曾木・成木の4ヶ村が編入され、現在の市域となりました。現在は、まちの基幹産業だった織物業や林業は構造不況によって衰退し、往時をしのぶことはできませんが、工業団地造成による企業誘致や、観光資源の活用による新たなまちづくりが進められています。そして、西多摩の中核都市「青梅」の役割とその将来性は、圏央道青梅インターチェンジの開通により、にわかに高まりつつあります。

    青梅の名前の由来

    青梅の地名の起こりには諸説がありますが、最も市民の間で親しまれている説が、青梅・金剛寺の青梅伝説に発しています。金剛寺にあるこの梅は、古来「誓いの梅」と称し、平将門が自ら挿した梅であるといわれ、「我願い成るなら栄へ、成らぬなら枯れよ」と誓ったところ、その梅が根付き、梅の実が秋を経ても熟することなく青々したまま残ったところから、この地を「青梅」と呼ぶようになったといわれています。
  • [177] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:28

    総人口
    約14万人(2005年(平成17年)から現象傾向)

    市の木 スギ
    市の花 ウメ
    市の鳥 ウグイス

    製造業
    東芝、日立製作所(マイクロデバイス事業部)、 日立ライティング(青梅事業所) 小澤酒造 - 澤乃井、 ケミコン精機 (2004年7月まで本社が青梅市にあった日本ケミコンの子会社)、 セーラー万年筆、 カシオ計算機(青梅事業所)
    カシオマイクロニクス、 ホットマン
    商業
    オザム - スーパーマーケット本社
    河辺とうきゅう

    姉妹都市
    ボッパルト市(ドイツ ラインラント=プファルツ州)

    ・1965年9月24日姉妹都市提携

    博物館

    青梅鉄道公園記念館、 青梅市郷土博物館、 吉川英治記念館、 青梅きもの博物館、昭和レトロ商品博物館

    美術館
    青梅市立美術館、 御岳美術館、玉堂美術館、青梅赤塚不二夫会館、澤乃井櫛かんざし美術館、水織音さしえ美術館

    鉄道
    東日本旅客鉄道(JR東日本) 10駅
    青梅線(河辺駅・東青梅駅・青梅駅・宮ノ平駅・日向和田駅・石神前駅・二俣尾駅・軍畑駅・沢井駅・御嶽駅)
    御岳登山鉄道
    (滝本駅・御岳山駅)(ケーブルカー)
    (御岳平駅・大展望台駅)(リフト)

    名所・旧跡(19箇所)
    吉野梅郷、御岳渓谷(名水百選)、御岳山、岩蔵温泉郷、小泉八雲 雪女、薬王寺、塩船観音寺、金剛寺、天寧寺、安楽寺
    鈴法寺跡、青梅鉄道公園、武蔵御嶽神社、住吉神社、旧宮崎家住宅、旧稲葉家住宅、旧吉野家住宅、勝沼城跡、辛垣城跡、東京炭鉱(東京唯一の炭鉱跡)

    祭・イベント
    だるま市(1月)、 青梅マラソン大会(2月)、 吉野梅郷梅まつり(2月〜3月)、 塩船観音つつじまつり(4月〜5月)
    調布大祭(4月)、 武蔵御嶽神社奉納剣道大会(4月)、 青梅大祭(5月)、 武蔵御嶽神社日の出祭(5月)
    釜の淵新緑祭(5月)、 吹上花しょうぶまつり(6月)、 青梅市納涼花火大会(8月)、 レンゲショウマまつり(8月)
    青梅産業観光まつり(11月)、 青梅宿アートフェスティバル(11月)、 奥多摩渓谷駅伝競走大会(12月)
  • [178] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:28

    -----------------------------------
    青梅駅

    昭和の町として市を挙げて当駅周辺を昭和レトロ化している中、2005年3月2日に「レトロステーション」青梅駅としてオープンし、駅名標などの案内サインやホームと駅舎を結ぶ地下道に昭和風の装飾がされた。待合室も、既存のプレハブに木材を貼り、木造建築物を模したものに改装されている。

    構内には側線が多数あり、車両の留置に使われている。かつて、ここに車両基地(青梅電車区)があった名残りである。

    近隣に青梅赤塚不二夫会館があることに因み、2005年3月29日から、発車メロディに「ひみつのアッコちゃん」のテーマソングが使用されている。2006年5月9日には1番線と区別を付けるため、2番線のメロディーが木琴バージョンに変更となり、さらに2010年3月には、1番線と2番線のメロディーが入れ替わっている。

    1日の乗車人数は約7500人

    1894年(明治27年)11月19日 - 青梅鉄道(後の青梅電気鉄道)立川〜当駅間開通と同時に。旅客及び貨物の取扱を開始。

    駅構造
    島式ホーム1面2線の地上駅。駅舎は地上3階・地下1階建てで、1924年に青梅鉄道本社として建てられたものである。
  • [179] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:28

    -----------------------------------
    青梅市立第一小学校
    明治6年5月5日に開校
    昭和44年 6月15日現在の建物
    平成22年5月5日に創立137周年
  • [180] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:28

    -----------------------------------
    キネマ通り


    昔の映画看板が商店街に並んでいるという
    「馬喰一代」「鉄火場の嵐」「哀愁笛吹き童子」「望郷」「鞍馬天狗」「網走番外地」「大いなる男たち」「羅生門」「生きる」「月光仮面」「眼下の敵」「決闘巌流島」[現金に手を出すな]「無敵が俺を呼んでいる」「カサブランカ」「第3の男」「抜きうちの竜」など、昔の映画の看板、約30枚が商店の二階や壁、また空き地の前などに掲げられている。


    (板観…久保板観。青梅市生まれの映画看板絵師で、描いた看板3,000枚〜4,000枚との事。映画産業の斜陽化と共に映画看板絵師としての生計は成り立たなくなったが、平成5年「青梅宿アートフェスティバル」で19年振りに映画看板を描いたのを機に、板観の映画看板はふたたび青梅商店街を飾った。)
    -----------------------------------
    住吉神社(すみよしじんじゃ)

    創建年代 応安2年(1369)
    社格等 旧郷社

    例祭 4月28日/5月2〜3日山車巡行(青梅大祭)

    住吉神社青梅大祭で有名な大きな神社で、応安二年(1369)町内住吉山延命寺開山季竜が寺門守護のため故郷堺(大阪)の住吉大社の神を勧請奉祀したのに始まる(鎮座)。永正十年(1513)時の三田領五七ケ村領主、勝沼城主三田弾正氏宗、政定父子の協力にて当時の青梅村民が拝殿を改修、青梅村総鎮守としています。

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    阿於目猫祖神

    住吉神社が勧請されたときに一緒にやってきて神前に供えられた供物を食い荒らすネズミから神社を守ってきた猫の一族が、阿於目猫祖神となったという縁起があります。、猫恵比寿も猫大黒も、この猫天神も近年になって作られたものです。数年前に町おこしのイベントで、猫祭りと称して付近一帯を萩原朔太郎の小説「猫街」にちなんで猫だらけにしたところ、大盛況だったそうなので、その頃に再建したものからしい。
  • [181] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:29

    -----------------------------------
    青梅織物会館

    織物
    青梅夜具地の変遷
    青梅縞の歴史は古く、万葉集の巻14にある有名な東歌に、

    たまがはに、さらすてづくり、さらさらに
    なにぞこのこの ここだかなしき

    と多摩川の情景が詠まれ、この川で布をさらしていたことを物語っている。又、毛吹草(1638年)に木島織といわれたものが、青梅縞らしいとも言われていたり、東海道中膝栗毛にも青梅縞を着た茶屋の女などが出てくる。
    この様に歴史は古く、多摩川一帯は青梅縞、青梅桟留縞などの縞織物で知られ綿夜具地、絹綿交織夜具地の産地として近年まで知られていた。明治になる頃までは毎月2回開かれる市に農家の人達が農業や養鶏の傍ら織り上げた青梅縞を運び、その代金で日用品や原糸を買い求めていたが、明治になり、着尺から夜具地に変わり、「機屋(はたや)」と言われる織元が現れ、糸、布など用意し、農家などに織らせる「賃織(ちんばた)」になり明治、大正、昭和と織物は青梅の産業の中心となっていった。

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    サクラファクトリ

    主生産品の夜具地を始め、かつて「織物のまち」として全国に有名をはせた青梅市。その中核を担った青梅織物工業協同組合の広大な敷地の中に、時代の風雪に耐えた建物群ががひっそりとたたずむ。

    まちの変遷を観つめ、永く人びとの営みを支えてきた建物群を保存・再生し、そこに新しい価値を創出することでまちの活性化につなげようという提案がなされたのが数年前のこと。 2000年の秋には大谷石造りの旧織物倉庫に集景が施され「ふだんのごちそう」をコンセプトに食と手仕事の出会い空間「ダイニング&ギャラリー繭蔵」がオープン。

    そして2002年夏、のこぎり屋根の旧織物工場がジャンルを超えて自由な発想で空間構成が可能なアートスペース「SAKURA FACTORY」に変身。
  • [182] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:29

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    繭膳

    蔵の中にあるお店です。イベントやギャラリー、ライブ等も行えるスペースになっています。
    時折、テレビや雑誌でも取り上げられるお店です。
    野菜を中心とした料理で食材のもつ力を損なわないように手間を惜しまず調理する 「ふだんのごちそう」
    素材本来の風味とおいしさを存分に 味わえるからだにやさしい料理です。
  • [183] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:30

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    赤塚不二夫会館

    2003年(平成15)オープン。
    青梅と赤塚不二夫は特に関係はないが、昭和の時代をキーワードに町おこしをしている青梅駅周辺商店街が、昭和の元気を代表する赤塚漫画の施設を作った。
    建物は元は土蔵造りの医院でした。


    -----------------------------------
    昭和レトロ博物館(しょうわレトロしょうひんはくぶつかん)

    平成11年(1999年)10月23日開館して以来、古い駄菓子のパッケージや、古い缶、ビンなど昭和時代の品々を多数展示しており、。この博物館の取り組みとしては、コレクションの受け入れを行っている。これは、コレクターにとって希少な物が捨てられてしまうのを防ぐために、また後世に伝えるためです。


    -----------------------------------
    昭和幻燈館

    ジオラマ作家・山本高樹さんの手によるジオラマが12点展示されている。ほの暗い館内には昭和の街並みを再現したジオラマが照明で幻想的に浮かび上がり、当時の空気が匂い立つように感じられる。「凌雲館の怪人」では気球で逃げる怪人二十面相とそれを追う警官、「電気キネマ館」ではチンドン屋と昔懐かしい映画館など、今にも動き出しそうなほどだ。また、青梅生まれの映画看板師、久保板観さんによる映画看板も必見。
  • [184] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:30

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    もりたや
    17〜23時半、不定休
    明治35年創業
    建物は青梅市の景観形成重要資源に指定されていて創業当時のままだそうです。
    築年数は100年を越えこの店の歴史を感じさせてくれます。
    現店主のおじいさんの代からこの地で商売を始めたとのことです。
    自家製のみそかつは味噌の中に玉子の黄身が入っていて逸品です。

    きたなシュランで紹介されたおススメメニュー
    玉みそかつ定食

    カツカレー900円、ポークカレー700円、海老カレー850円、ハヤシライス800円、ロースカツ定食900円、ヒレカツ定食1000円、ハンバーグ定食800円、カキフライ900円、その他、酒類、刺身、串カツ、牛筋煮込み、ポテトサラダ、塩辛など。

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    シカゴチキン
    午前10時〜午後7時

    フライドチキン(塩味):1本250円
    焼き鳥(若鳥):1本90円
    から揚げ(正油味):100g 200円
    から揚げ(塩味):100g 150円

    鶏肉と揚げ油の鮮度で勝負!
    店主:森川和夫。1972年〜75年までシカゴに在住。
    -----------------------------------
    たばこ屋木古里
    AM11:00〜PM8:00

    珈琲豆にこだわり、店内の装飾にこだわり、温かみのある木工製品を扱うお店
    外見はたばこ屋だけどたばこは扱っていない。
    -----------------------------------
    マイナー堂
    AM10:00〜PM10:00
    CD、カセットなど音楽を取り扱っているお店(最新の曲あり)
    青梅マラソンになると店の外で松村和子(S55年)「帰って来いよ」の曲を流す。
    店主はアクティブ
  • [185] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:30

    -----------------------------------
    力屋
    AM9:00〜PM8:00

    お祭りコーディネート店
    お祭り用品の品揃えが豊富、デザインやサイズも豊富で親子でお揃いの衣装が揃います。

    -----------------------------------
    夏への扉

    雑誌などによく取り上げられるカフェです。風が心地よく、昔懐かしさがあります。ここから電車の様子が間近に見ることが出来ます。
    昭和7年に建てられた。和洋折衷のモダンな家は(五月とメイが住んだ家にも少し似てる?)、目医者さんの自宅兼診療所らしく、今から25年前、今の『夏への扉』がオープンしました。ここでは自家製のケーキのセットが有名ですがカレーも美味しいお店です。
  • [186] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:31

    -----------------------------------
    青梅鉄道公園

    1962年(昭和37)に鉄道開業90年記念事業として旧日本国有鉄道が開設しました。
    実物の鉄道車両を中心に保存展示公開しているユニークな公園です。

    園内には、日本の鉄道発達史上欠くことのできない、鉄道開業時に使われた蒸気機関車をはじめとする貴重な鉄道文化財(11両)が屋外展示されています。記念館には、模型を中心とした鉄道の解説資料が展示され、鉄道を目の前で直に楽しく理解できる施設となっています。 ミニSL「弁慶号」のほか"乗り物"の遊戯機器類が多数設置されています。

    施設名が示すように、「博物館」ではなく「公園」としての位置づけであり、開園当初は入場料が無料で、展示されている鉄道車両に自由に立ち入ることが可能でした。しかし、長年にわたる屋外展示により保存車両の荒廃が進んだことから1997年にいったん休園し、展示車両の補修整備を実施し、それ以後は小学生以上一律100円の入場料を収受している。
    現代の観点ではどちらかと言えば小規模ではあるが、国鉄最後の新造蒸気機関車で特異なスタイル・運用でも有名なE10形や、準鉄道記念物で最寄となる青梅線・南武線での最後の運用に注目が集まったED16形直流電気機関車などを展示しているほか、新幹線0系電車の展示があることでも知られている。
    2010年9月23日、青梅鉄道公園の園長に7年前からこの公園に住み着いているネコの「のら」が任命された。

    現在は、東日本旅客鉄道株式会社が所有する鉄道の文化施設で、(財)東日本鉄道文化財団が運営にあたっています。

    展示車両
    0系新幹線
    クモハ40形電車
    D51形蒸気機関車
    E10形蒸気機関車
    ED16形蒸気機関車
    C11形蒸気機関車
    8620形蒸気機関車
    9600形蒸気機関車
    2120形蒸気機関車
    5500形蒸気機関車
    110形蒸気機関車


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    永山グランド

    青梅の中心的なイベントが行われます。
    産業祭、体育祭、出初式など
    春はサクラ、秋はイチョウが綺麗です。
  • [187] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:31

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    金比羅神社

    寛政9年(1797年)、創建


    青梅駅の裏(北側)にあって青梅の街を一望する山の上にあります。
    最近になって整備された。(2009年頃整備)
    天気がよければ富士山が見える。

    十二方角碑

    永山公園の西側に金比羅山があり、その頂上は金刀比羅宮の境内地で、眺望の良い所です。ここからの十二方角の名所を十二角石柱に刻んだのが十二方角碑です。錐(きり)形をした頂部には方角 を示す十二支が、柱部にはその方角に位置する名所の地名と、そこまでの里程および解説が漢文で述べられ、その下に12名の人物名、最下部に石工の名が刻ま れています。また、普段は観察できませんが、底部には「寛政九丁巳(ひのとみ)秋」(1797年)と造立年が刻まれています。同年に金刀比羅宮が、青梅織 物の海上運搬の安全を祈って、江戸虎ノ門から勧請(かんじょう)されているので、その際に、碑に刻まれた12名により奉納されました。
    12名は青梅宿の文化人や有力者で、碑文の起草者です。碑文は、日本三古碑の一つである宮城県多賀城跡に立つ「壺の碑(いしぶみ)・多賀城の碑」を念頭に おいたもので、多賀城より平城京や蝦夷(えぞ)国等への距離が刻まれているのをふまえています。十二方角碑は、珍しい形状と、当時の青梅宿住民の高い文化 度を物語る石塔として、市の有形文化財に指定されました。
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    七兵衛地蔵尊

    裏宿七兵衛は中里介山の長編小説『大菩薩峠』にも登場する盗賊である。昔、青梅の裏宿に裏宿七兵衛と呼ばれる義侠心に厚い盗賊がいた。一夜で50里を飛ぶという健脚の持主で、あまりの俊足にほどけた六尺褌もヒラヒラ棚引いて、決して地面につくことはなかったと伝えられる。また盗んだ金を貧乏人に分け与える義賊であったとも言われる。元文年間の頃、打ち続く飢饉に苦しむ村人を救うため、甲斐、相模、秩父方面に出ては盗賊を働き、一夜にして引き返すと盗んだ金品を貧者の家の軒先に置き、素知らぬ顔で朝には畑仕事をしていたという。元文4年(1739)処刑された。処刑される際に『自分は甘んじてこれを受けるが、もし妻子にまで及ぶのなら怨霊となって永久に地元を災いする』と言い残したと言います。七兵衛通りの先に七兵衛公園と称する公園があるが、その辺りは彼の屋敷跡と言われる。彼の処刑後、彼の所有していた屋敷や田畑では作物が実らないばかりか不吉なことばかり起こることから、彼の怨霊が災いするのだろうと、大正6年に地蔵尊を彫刻し、昭和7年地元有志で供養して地蔵尊を祀った。それが七兵衛地蔵尊である。七兵衛が健脚であったことから七兵衛地蔵は足腰を強くする御利益があるそうで、毎年行われる青梅マラソンもこの七兵衛と関係があるのかもしれない。
  • [188] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:31

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    梅岩寺

    市指定 天然記念物 梅岩寺のしだれ桜

    天ヶ瀬の古刹(こさつ)、金剛寺のしだれ桜の姉妹樹であるといわれており、ともに、都下はもとより、関東地方でも代表的な名桜である。
     四月はじめの花期に、うす紅いろの花枝を多数、垂れる樹姿は周囲の景観と調和してたいへん美しい。
     シダレザクラは桜の代表種であるエドヒガン(江戸彼岸)の枝垂性で各地に名木が多い。
      植物名  バラ科 イトザクラ
      幹まわり 三〇二センチメートル(平成六年三月現在)

    弘法大師像

    この弘法大師像は一千百五十年ご遠忌記念に総代佐藤スギ殿が寄進された像です。
    檀徒浜中徳太郎殿が四国八十八ヶ所順拝されたおり各寺のお砂を持ってこられ像の前に収めました。像の前の足形を踏めば四国八十八ヶ所に順拝されたのと同じ功徳があるといわれています。

    四国八十八ヶ所を巡ることはなかなか難しいので、ありがたいことだと思いました。

    安産子育地蔵尊堂の閻魔さま


    安産子育地蔵尊と書かれたお堂にはたくさんのお地蔵さまがお祀りされております。お堂の中央には閻魔さまがいらっしゃいます。
     また江戸の有名な俳人の建部凉岱をしのぶ碑もあります。

    建部凉岱(りょうたい)追善碑

    きえたものなら
     あれのかな
    知足院建部凉岱居士
     山既に
      水おもしろし
       遅ざくら

    真言宗豊山派の寺で山号を竜光山と号す。平安時代の長徳年間(995〜999)寛朝によって開山されたという古刹だ。境内のしだれ桜は特 に有名で、金剛寺の姉妹樹という。百人一首のひとつ、
       「村雨の 露もまだひぬ槇の葉に 霧たちのぼる 秋の夕暮れ」
    は鎌倉初期の歌人寂蓮が、この寺に逗留した折に詠んだものという。
  • [189] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:32

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    ねじまき雲

    店内の家具には常連のアーティストの方々頂いた品物です。
    前神経を集中し、注がれる珈琲は逸品です。青梅のアーティストが集う場所


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    大正庵

    ビックリサイズの穴子天ざると店主こだわりのそばがきが逸品
    そばは美味しい


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    休哲様
    昔、青梅森下に休哲という医者がいて、この人は医術に優れて薬も良く効いたので、その死後村民は徳を慕って森下に小しを作った。今でも耳だれの人はこの祠に穴あき石を上げて手洗い水をつけて拝むと必ず治るという

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    柳屋

    元禄13年(1700)からの青梅きっての老舗
    現在は13代目(小林康男さん)で代々いろんな商売をしてきた。今は米とお茶
    現在の建物は明治7年に建てられた。
    住居部分は改装されたが店の部分はそのまま
    オリジナル商品「おやこむすび印」
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    鈴木染物店

    2階建ての木造住兼店舗
    塗装が剥げ落ちた看板とカラス戸に「おそめもの 洗濯一式」の文字
    朽ち果てたよな店の装い
  • [190] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:32

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    旧稲葉家

    仲買問屋として活躍した宿場町の面影を残す江戸後期(18世紀後半)の建築の代表的な土蔵造りの家屋(かおく)
    街道に面した間口が狭く、奥行きのある前土間形式。
    昭和56年に都の有形民俗(みんぞく)文化財に指定された。

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    中武馬車鉄道森下駅跡

    歴史
     入間川〜青梅間を結ぶ路線として明治三十四年(1902)に開業した。しかし、赤字続きの営業で大正六年(1917)、中武馬車鉄道は廃止となった。現在も入間市駅〜河辺駅間のバス路線がほぼ同位置を走っている。

    中武馬車鉄道(ちゅうぶばしゃてつどう)は、埼玉県入間郡入間川町(現在の狭山市)と東京府西多摩郡青梅町(現在の東京都青梅市)を結んでいた馬車鉄道。

    武蔵野鉄道(現在の西武鉄道池袋線)開通前、鉄道空白地帯と化していた入間郡南部と、そこを輸送拠点としていた青梅地区とを相互連絡するとともに、川越鉄道(現在の西武鉄道新宿線)と青梅鉄道(現在の青梅線)へそれぞれ連絡する鉄道系交通機関としての役割を果たした。

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    森下陣屋跡 (もりしたじんやあと)

    「家康が関東に入国してまもなく、八王子に代官所が設置され、ここ森下にはその出張所ともいうべき陣屋が設けられた..現在は、陣屋の敷地の鎮守として伝えられる熊野神社が祀(し)られている」

    天正18年(1590)に家康が関東に入国してまもなく、八王子に代官所が設置され、初代の代官に大久保石見守長
    安(オオクボイワミノカミナガヤス)が任命された。当地には、その出張所ともいうべき陣屋が青梅宿西端の森下に設けられ、
    大野善八郎尊長、鈴木孫右衛門らがその任にあたった。青梅陣屋の支配地域は、現在の八高線沿線から多摩川
    上流域にかけての三田領・加治領・高麗領・毛呂領にわたる範囲で、山の根二万五千石と称した。 青梅(森下)陣
    屋は、延享元年(1744)頃に伊奈半左衛門忠達の代で廃止された。陣屋の敷地面積は、六千三百平方メートル程
    度と推定されるが、現在は、陣屋の敷地の鎮守と伝えられる熊野神社が祀られている。江戸時代の青梅宿の成立
    と繁栄が偲ばれる貴重な旧跡である。 昭和28年11月3日指定

    陣屋の前で青梅街道がクランク状に折れている。これが唯一残る森下陣屋の名残りであり、当時はもっと鉤型状に曲がっていたと思われる。

    森下陣屋跡の欅(カシ)の木

    江戸初期ここに陣屋が置かれた折、鎮守として祀られた熊野神社の境内
    に植えられたものという

    樹のデータ 幹周3.5m 樹高約13m(1988年環境庁調査)
    保護制度 青梅市指定天然記念物
  • [191] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:33

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    金剛寺

    樹齢約150年、高さ約20メートルのしだれ桜(東京都指定天然記念物)
    金剛寺の境内には樹齢約150年の銘木といわれるシダレザクラの木がある。高さ約20メートルから長く垂れ下がった見ごとな枝ぶりで、満開の季節ともなると淡紅色の花が咲く。

    金剛寺の青梅は平安時代に活躍した平将門の伝説を持つ古木であるが、現在では完全に老衰期にあり、季節が過ぎても黄色にならず、実が落ちるまで青く、このため「青梅(あおうめ)」と称せられ、青梅市の名称もこれによって付けられたといい、いわば青梅市の象徴でもある。

    数年前の大雪で、太い枝が折れてしまっています。

    ■将門誓いの梅
    境内に、都の天然記念物に指定されている、市名の由来となった梅の木が立っている。大きさは、それほど大きな木ではない。この1本だけが他と比べて花がたくさん付いているというわけでもない。では、なぜ天然記念物に指定され、市名の由来にもなっているのか。

    その謎を紐解くには、今から1000年以上も遡る必要がある。当時、関東地方で勢力を拡大していた平将門が、戦勝祈願のために梅の枝を地面に突き立てた。「わが願いが叶わないのならば、枯れてしまえ」。すると、梅の枝はしっかりと根付いて葉を実らせたという。この梅の木は夏を過ぎて秋になっても実が黄色くならず青いままだったことから、この地を「青梅」と呼ぶようになったのだそうだ。ここまでは言い伝えなので、定かではないが、今でもこの木が青い実を付けたまま秋を迎えることがあるのは事実である。突然変異で、このような梅の実が育つことがあるらしい。

    四 脚 門
    東京都の有形文化財

    青梅句碑
    青梅や またこのさきも いくちとせ
                      好々居臼左

    「好々居臼左」は、本名を横川 好(よしみ)といい、明治初期の多摩地方俳諧宗匠として重きをなした人である。
     この碑は、明治二十八年(一八九五)年五月に、当時金剛寺住職であった杉本亮誉師をはじめとする好々居社中四十数人の手によって建てられたもので、碑の裏面にそれらの人々の氏名が刻まれている。

    四恩幼稚園
    設立 昭和30年9月
  • [192] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:33

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    清宝院(せいほういん)
    成田山清宝院


    青梅七福神の一つ"恵比寿尊"
    文政年間に成田山新勝寺の本尊を御丈四寸余に刻み安置したもので、大柳不動尊として知られています。また恵比寿尊は深川木場関係者に昔から信仰されていました

    神変大菩薩
    山岳宗教の祖。修験道の祖役君、別名役の行者とも云う。誕生は舒明天皇6年(634年)といわれる。家系も各説あるが、「役小角者、賀茂役公氏今高賀茂ノ者也」とある。いづれにしても出生地は大和地方であった。全国を修行し日本の山々を開き民衆の強い支持を受けた後国家を呪術で害さんとした罪で伊豆に流される。大宝元年(701年)3月7日海を渡り去りて終居住知らず、とある。後天皇より神変大菩薩の称号を貰う。尊像は江戸初期奉納されたもの。

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    和菓子のにしむら

    2月4日発売 『東京ウォーカー スイーツコレクション』に“梅大福”掲載!!

    梅大福が一番人気
    梅に関わる和菓子が多数あり、関東近辺のデパートなどでも販売
  • [193] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:33

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    釜の淵

    「釜の淵」の地名は、かつて川の水量が今よりも多かった頃、深さや形が釜のような淵(水の深くたまった所)だったため、といわれる。
    1967年(昭和42)に開園し、青梅市郷土博物館、旧宮崎家住宅があり、市民プールなども含む。
    広い河原があり、水遊びができるが、多摩川の上流の奥多摩湖増水時に小河内ダムから放水されるので、サイレンによる警報には注意する必要がある。

    -----------------------------------
    旧宮崎家

    旧北小曾木村(現、青梅市成木8丁目)にあった19世紀の初め(江戸時代後期)に建てられたと思われる農家。
    当時、この村には極端に田畑が少なかったため、土地で採れる石灰石を焼いて石灰(いしばい/消石灰)を作っていた。
    青梅の石灰によって江戸城や京都の二条城などの白壁が塗られたという。

    1979年(昭和54)に移築工事が完了した
  • [194] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:34

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    鮎美橋

    釜の淵公園にかけられた二つの橋のひとつ。多摩川に始めての斜張橋。あたりの森の間から見え隠
    れする姿は美しい。橋の上からの眺めも爽やか。

    青梅の橋(20)
    潜り橋 、神路橋、そまの橋、御岳橋、御岳小橋、鵜の瀬橋、楓橋、軍畑大橋、奥多摩橋
    好文橋 、神代橋、和田橋、万年橋 柳淵橋,鮎美橋 ,調布橋,下奥多摩橋,圏央道多摩川橋,友田水管橋,多摩川橋

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    ティールーム

    1999年オープン。
    土曜・日曜・祝祭日限定。
    母がガーデニング。私がお菓子作り。
    母娘で営業しているガーデニングカフェです。

    手作りケーキ、ハーブの紅茶類、スコーン
  • [195] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:34

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    宗建寺

    裏宿七兵衛のお墓が存在する。
    七兵衛のお守りもある。
    ジャズのライブも行う。
    青梅七福神の一つ毘沙門天(びしゃもんてん)が祀られている。
    本堂のガラス戸を開けると、この毘沙門天が祭られている。(戸は開けてよいと書かれた案内板がある。)

    -----------------------------------
    延命寺

    山門両脇に六地蔵を祀り正面が本堂で在る 境内には子育呑龍上人を納める大きな御堂が在り地元の頭領の力作で精緻に造る小五重塔に厄よけ観音が祀られる。

    1369(応安2)年(南北朝時代)の創建。
    創建当時の鉄製の棟札は「青梅」の地名が記されている市内で最も古い史料。
    愛児を亡くした父親が、その菩提を弔うために1934(昭和9)年に建立した小さな五重塔がある。
    青梅七福神、多摩七福神の一つ。  

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    津雲邸(つぐもてい)

    昭和初期、青梅市住江町の700坪にわたる広大な敷地に、当時の代議士、津雲國利氏が建造した大邸宅です。外観は純和風入母屋造り、内部は玄関・居間・書院・水屋等、随所に「粋・贅・巧」の技が駆使された造りです。京都の宮大工が青梅に呼ばれ施工した木造建築としては、日本庭園を含めて青梅市随一の名建築と評価されています。津雲氏は、大正末より終戦時にかけて衆議院議員として国政に携わり、往時の政府高官の多くも訪れ、邸は会談や接待にも使用されました。氏の別荘であった臨川庭園(青梅市日向和田)は現在市の管理になっています。

    1935(昭和10)年頃に建てられた衆院議員宅。
    マンションが建てられる計画があったため、市民による保存運動が起きた。

    津雲邸の押し入れにあった、江戸時代の後期から末期にかけて、公家の風俗、装束(しょうぞく)を再現したひな人形「有職雛(ゆうそくびな)」を公開。
  • [196] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:34

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    油屋

    青梅大祭の時に静御前の人形が展示される。

    山車(だし)とは

    江戸の天下祭では山車と神輿の両方が練り歩いておりましたが、次第に神輿だけになっていきました。一方、川越、栃木をはじめとして近隣の都市では、山車が主に曳きまわされるようになっていきました。青梅では、天下祭の山車を買い取ったり、近隣町村から借りたりして次第に山車がそろってきました。また、3輪を4輪にしたり、山車上部が車台と独立して回る仕掛け「まわり舞台」を設けたりなどの独自の改良が加えられながら、現在のものとなりました。尚、現在青梅大祭で曳きまわされているものは、分類上からは屋台(やたい)と呼ばれる形態ですが、以上のような経緯から、青梅では「山車」と呼んでいます。

    明治時代には、住吉神社周辺の青梅街道沿い五町(住江町・本町・仲町・上町・森下町→旧祭礼町と呼ぶ)が山車を曳きまわしていましたが、その後、五町以外の住吉神社氏子町内(四町内)、戦後には氏子外三町内(勝沼町・西分町・日向和田町)が加わり、現在では十二町内が青梅大祭に参加しています。

    山車人形とは

    山車人形とは、山車の上に飾られる人形のこと。旧祭礼町五町はそれぞれ三層高欄の山車の上に人形をのせて山車を曳いましいたが、近代に電線が敷かれたことで不可能となってしまいました。

    現在は、青竹で垣を結った清浄な場所である人形場に、 御瓶子に御神酒、鏡餅をお供えして祀られています。

    居囃子(いばやし)とは

    青梅大祭に参加する12町以外にも、青梅市には囃子連が多くあり、櫓を組んだ「居囃子」として参加し、青梅大祭を盛り上げています。各囃子連とも流派が異なり、聴き比べてみるのも面白いでしょう。
  • [197] mixiユーザー

    2011年05月05日 18:37

    コース

    青梅駅〜青梅駅広場〜キネマ通り〜昭和の小路(仲通り)〜住吉神社〜映画看板〜繭蔵〜青梅織物会館〜サクラファクトリ〜赤塚不二夫会館〜昭和レトロ博物館〜昭和幻燈館〜もりたや〜シカゴチキン〜たばこ屋木古里〜マイナー堂〜力屋〜青梅商店街(本町)〜夏の扉〜青梅鉄道公園〜永山グランド〜金比羅神社〜中央図書館〜七兵衛地蔵尊〜梅岩寺〜ねじまき雲〜大正庵〜市民会館〜上町〜青梅商店街(仲町)〜竹の小径〜霧久保橋〜休哲様〜柳屋〜旧稲葉家〜中武馬車鉄道森下駅跡〜金剛寺〜清宝院〜和菓子のにしむら〜釜の淵〜旧宮崎家〜青梅市郷土博物館〜鮎美橋〜ティールーム〜宗建寺〜延命寺〜津雲邸〜油屋〜〜にゃにゃ通り〜青梅駅

    ↓今回歩いた道
    http://chizuz.com/map/map89633.html
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  • 2011年05月03日 (火)
  • 東京都 あきる野市&青梅市
  • 2011年05月03日 (火) 締切
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参加者
24人