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開催終了4月25日(土)江戸時代以前の江戸を知る勉強会

詳細

2026年04月12日 11:10 更新

江戸時代以前の江戸って?湿地帯で水浸しで人が住めるようなところではなく葦だらけで土で出来た雨漏りがするような田舎城で何もなく徳川家康が来て街を造ったのです・・・ってちがーーう!江戸時代以前の江戸について正しく知るための勉強会を行います。

去年の12月に江戸時代以前の江戸を知るまちあるきをしました。その時にパワポで資料を作成したのですが(正確に言うとGoogleのプレゼンテーションなのでネットにつなげば誰でも見られる)歩きながらだったので、あまり読まれたり活用されなかったかと思います。この資料を解説しながらわかりやすく写真や地図なども加えて江戸時代以前の江戸の謎に迫ります

参加費 500円
場所  荒川区生涯学習センター 最寄り駅 JR常磐線三河島駅(都電や都バスも使えます)
13:30〜15:30

コメント(7)

  • [1] mixiユーザー

    2026年04月15日 19:18

    「じゃん」という言葉
    よくネット上で東京で使われる「じゃん」という言葉は徳川家康が連れてきた三河武士が持ってきて江戸に根付いた。なんてまことしやかに嘘をつく人が居ます。昔から東京に住んでる人ならわかると思いますが1970年代よりもっと前に生まれた人たち、例えば親とか祖父母とか昔の人は「じゃん」を使ってませんでした(いまなら使ってる人も居るかもしれませんが)

    私の感覚からすると、私の親とかそれ以上の世代が「じゃん」なんて言ってたら少し変な感じがしました。今で言うなればおじさん、おばさんが「エモい」とか言うと無理してるように感じるのと同じ感覚です。昔は若者言葉だったような。

    三河弁は「じゃんだらりん」といい、「じゃん」「だら」「りん」が語尾につきますが、東京では「だら」も「りん」も聞いたことがありません。一説によれば静岡や山梨で使われている「じゃん」が神奈川に入ってきたのがルーツだと言われます。山梨から生糸や絹織物と共に横浜へ。もしくは地理的に近い静岡から人の流れで。横浜で使われるようになり、それが1970年代ぐらいからテレビを通じて広まって東京でも使われるようになったという説が有力かと

    江戸弁に「じゃん」という使い方はありませんし、私より年配者は昔は「じゃん」という言葉は使っていませんでした。東京の江戸のことを正しく知ることは大事です
  • [2] mixiユーザー

    2026年04月22日 12:43

    江戸氏の居館はどこにあったのでしょう?
    江戸城本丸の辺りが推定されていますが、当時の豊島郡、荏原郡境は平川と推定されています(現在の神田川、日本橋川、皇居内堀)右岸は荏原郡桜田郷ですから、江戸城に居館があれば江戸氏ではなく桜田氏になってしまいます。江戸氏の当初の居館は左岸にあったかもしれません。歴史学者の山田邦明は水道橋辺りと推定している。この辺りは平川に小石川が合流し土地も大きく開けている。江戸氏の居館ははっきりとわからないが、後に江戸氏が繫栄し、今の江戸城の位置に居館を移したことも考えられる。
    赤丸は江戸城本丸の位置。青丸は水道橋付近
    江戸時代以前の江戸13
  • [3] mixiユーザー

    2026年04月23日 07:44

    江戸氏の居館の話を書きましたが時代背景がわからない方のために補足します。よく読まないでコメントを書く人も多いのでちゃんと読んでいただけるとありがたいです。平安時代初期の史料には江戸郷という地名はありませんでした。平安時代後期に秩父氏の一族が進出し江戸氏を名乗りますので、平安時代末期には江戸郷が成立していたと考えられます。その江戸氏が居館を置いた地がどこかという話です

    平安時代の末期の豊島郡、荏原郡境は平川と推定されています。当時の平川の流路は今の神田川、日本橋川、皇居の内堀で日比谷入江に流れ込んでいました。郡境は推定であって平川が郡境であったと公式な書物に書かれていたわけでもありませんので平川西岸の村が豊島郡だった可能性もあります。ただし、桜田門や日比谷あたりの江戸城にも関わる桜田郷は荏原郡であったことが文献から確認されています。

    平川西岸の江戸城付近は荏原郡であった可能性が高く、今の江戸城の場所に秩父氏が居館を構えた場合、荏原郡桜田郷で地名を取って桜田氏になってしまった可能性があります。江戸郷はあくまで平川東岸の豊島郡なので、江戸氏の当初の居館は江戸城の場所では無かった可能性もあります。

    平安時代には荏原郡桜田郷と書かれていたのですが、鎌倉時代の史料には豊島郡桜田郷と書かれています。これは江戸氏が勢力を拡大し、江戸城の場所に居館を移したことによって桜田郷が豊島郡に編入された可能性が高いです。昔のことは正確な地図が残っていたり、確実な文書や書類が残っているわけではないことが多いので推察により諸説が成り立ちます。

    徳川家康が江戸入府後は江戸城、江戸市街地の再編が行われて古川(麻布十番や芝、浜松町を流れる川)が豊島郡と荏原郡の境界になりました。

    徳川家康の江戸入りの話もそうですが、当時を見てきたかのようにズブズブの湿地で何も無い田舎のボロボロの雨漏りをする土の城だった江戸城を徳川家康が初めて町作りをしたみたいなことを言う人がいますが、この話は正式な文書や確証ある史書に書かれているわけではなく、家康入府時代にまだ生まれていなかった人が後の時代に書いたものですから確実なものではなく江戸は何も無いところを徳川家康が街を創設したと言うのは創作や想像など加味されていると思われます
  • [5] mixiユーザー

    2026年04月25日 04:23

    本日江戸時代以前の江戸勉強会参加される方に連絡です。場所は荒川区生涯学習センター(JR三河島駅徒歩5分、都電荒川区役所前駅徒歩8分、都バス荒川三丁目部ステイから徒歩3分)です。あまり早く来られても準備中なのでできれば13:20〜13:30ぐらいに来て頂けると助かります(遅刻はしないでくださいね)荒川区民、在勤の方は受付時に申し出て下さい。
    生涯学習センターの建物に入ったら1階の施設の受付は素通りして2階にある第三会議室まで直接お越しください。当日いきなり来るのはおやめください。募集は終了しております
    地図 [https://x.gd/VVM9K](https://x.gd/VVM9K)
    15:30までには終了予定です。終了後は会議室を整備して返却しますのでお手伝い頂ければ。本日は宜しくお願い致します。
  • [6] mixiユーザー

    2026年04月25日 04:24

    当該イベントは定員満席となりましたので受付終了いたしました
  • [7] mixiユーザー

    2026年04月29日 18:35

    江戸以前の江戸勉強会参加された皆様お疲れ様でございました。もっと詳しく話したい部分もありましたが時間に限りもありましたのでまた別の機会にでも。15時半までの利用かと思ってたら15:20までだったので焦りました。江戸や東京は間違って理解されていたり誤解されている部分も多いと思いますので、歴史を読み解きながら理解を深めてまいりましょう。江戸前島の痕跡などはまちあるきでも取り上げてゆきたいです

    今回色々と気になったことがあります。会場にも定員があります。参加表明なしで来られると困ってしまいます。今回は会場の定員を超える36名の方がいらっしゃいました。東京のことに興味を持っていただけるのは大変嬉しいのですが、たまたま外に椅子があったから良かったのですが下手をすれば立ち見になってしまうところでした。事前の参加表明は必ずしてください。直前の参加表明も対応しきれない場合があります。余裕を持って人数がわかれば会場のサイズも変えることができますから。ギリギリではなく早めの参加表明をお願いします。また押し間違えも多いので参加ボタンを押しただけでは参加表明にならないことはいつも通りです。コメントやメッセージで参加意思を伝えて下さい

    メッセージやタイムラインなどに書いた連絡事項や注意事項は必ず読んで下さい。読まずに参加されていると思われる方も多くいらっしゃいました。必ず目を通してください。後は打ち上げに参加される方は泥酔しないようにお願いしますね。皆さん大人ですから。帰れなくなるほどお酒を飲んだりしないよう他の人の迷惑にならないようにお願いします。これらのことはどこの会に参加しても、どこのイベントに参加しても同じだと思いますので
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