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開催終了●☾ (八朔)

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2009年09月01日 13:26 更新

旧八月一日 八朔

二百十日は二百二十日と並んで、強風(野分)が吹く日。農業の大厄日。農作業の休日。

旧八月一日は徳川家康の江戸城入城の日とされています。それで、幕府は八朔を歳首に次ぐ祝日としていましたが、実際に家康が江戸城に到着したのは、七月二十日前後。八朔にあわせて公式入城したというほうが正確かもしれません。

農民の休日となる八朔は、「田の実(→頼み)の節供」として、古くから贈答の習慣があったようですが、鎌倉時代後期になると、公家や武家社会にも八朔の贈答が広まっていたようです。京都の花街(かがい)では、改暦後、西暦にはなりましたが、8月1日に、「八朔」としてお茶屋さんやお師匠さんに挨拶廻りする風習が残っています。

夏季の贈答というと、今では「御中元」ですが、期日としての「中元」と贈答の習慣を結びつけるものはありません。江戸時代には八朔の風習が一般化していたこと、明治になって八月一日が祝日からはずされたことをと考えると、「御中元」は八朔の贈答を中元に前倒ししたものと考えてよさそうな気がします。

もともとの休農日に、幕府の祝日を重ねた八朔は、五穀豊穣と風災除けを祈願する祭事として、農村に定着します。八朔祭には、八朔相撲をするところも多いようですが、八朔相撲には、幕府からの、紅白幕の下賜もあったようです。各神社の八朔祭由緒は、見事にばらばらなのですが、「歳首に次ぐ祝日」の楽しみとして各地に広がったのでしょう。

「相撲節会」は聖武天皇のころから、七月七日に宮中行事として行われるようになりますが、平城天皇の崩御に伴い、期日が七月十六日に変更され、次いで七月晦へと期日がずれ、平安末期には、宮中行事としては行われなくなりますが、武家社会において、相撲は神事、武芸として、全国に波及し、八朔相撲として定着していったようです。

←旧六月晦(大祓) 8月19日
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←二百十日 9月1日

    →秋分 9月23日
    →十五夜 10月3日
  →旧八月望 10月4日
  →旧八月朔 10月18日


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