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開催終了●(八朔)

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2008年08月19日 21:30 更新

旧八月一日 八朔

今年は、八朔と二百十日が一致します。八朔と二百十日は二百二十日と並んで、強風(野分)が吹く日。農業の大厄日とされてきました。ちなみに、越中おわらの風の盆は、二百十日の風を鎮めるという意味で『風の盆』と呼ぶといいます。

農民の休日となる八朔の日には、古くから贈答の習慣があったようですが、鎌倉時代後期になると、公家や武家社会にも八朔の贈答が広まっていたようです。京都の花街(かがい)では、新暦にはなりましたが、8月1日に、「八朔」としてお茶屋さんやお師匠さんに挨拶廻りする風習が残っています。

さて、旧八月一日は徳川家康の江戸城入城の日とされています。それで、幕府は八朔を正月に次ぐ祝日としていましたが、実際に家康が江戸城に到着したのは、七月二十日前後といいますから、八朔にあわせて公式入城したというほうが正確かもしれません。

夏季の贈答というと、今では「御中元」ですが、中元 http://mixi.jp/view_event.pl?id=33260910&comm_id=1830336 と贈答の習慣を結びつけるものはありません。江戸時代には八朔の風習が一般化していたこと、明治になって八月一日が祝日からはずされたことをと考えると、「御中元」は八朔の贈答を中元に前倒ししたものと考えてよさそうな気がします。

もともとの休農日に、幕府の祝日を重ねた八朔は、五穀豊穣と風災除けを祈願する祭事として、農村に定着します。八朔祭には、八朔相撲をするところも多いようですが、八朔相撲には、幕府からの、紅白幕の下賜なんかもあったようです。各神社の八朔祭由緒は、見事にばらばらなのですが、「正月に次ぐ祝日」の楽しみとして各地に広がったのでしょう。

なお、古代においては、七月七日に宮中行事として「相撲節会」が行われていましたが、乞巧奠 http://mixi.jp/view_event.pl?id=33260703&comm_id=1830336 に押されて(?)七月十六日に、次いで七月晦へと期日がずれ、平安末期には、行われなくなります。祭礼としての八朔相撲は、相撲節会と関係があるのかも知れませんね。

←旧七月朔 8月1日●http://mixi.jp/view_event.pl?id=33259307&comm_id=1830336
 →二百二十日 9月10日
 →十五夜 9月14日
 →八月望 9月15日
 →九月朔 9月29日

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