【南正人】東京外語大学スペイン語科在籍中、休学届けを出し、少年の頃からの夢を実現すべく日本を脱出。(1964年、春。1ドル=365円の頃)大平洋を船で渡り、アメリカ、メキシコ、ヨーロッパ各地を丸2年間放浪。バイトで食いつなぐいわゆる無銭旅行のはしりである。帰国後、大学を卒業するものの就職せず、ベトナム戦争という時代背景のもと、反戦集会などで自作のメッセージソングを歌い始める。ひょんなことがきっかけで、初シングル「ジャン/青い面影」を '69にリリース。'71年に初アルバム「回帰線」を発表。話題作となったが、同年芸能界に見切りをつけ、都会を離れ、山の中での実験的コミューン志向の生活を始める。が、それも長くは続かず、火事を境に再び東京にもどる。(1973年)“旅をしろ”という天からの声を聞き、北海道から九州までの全国ツアーを始める。以後、年間100本は超えるライブを30年つづけている。1988年、8日間にわたり、参加者が8,000人を越す『いのちの祭り in 八ヶ岳・NO NUKES ONE LOVE』において、それまでの体験を生かし、音楽総監督及び、トラブル処理係として獅子奮迅の働きをやってのける。また1991年8月にも「いのちの祭りin六ヶ所村」をプロデュースした。やがて視野を広げ、アジア各地を旅しながら、音楽を中心とした人々の交流に情熱を燃やし、1997年にタイのチェンマイにて第1回日本とタイの草の根コンサートを実現。日本から500人以上の人が参加。2002年にも第2回をプロデュース、成功を収めた。2004年春リリースしたアルバム「SONGS」が10枚目のアルバムとなる。2010年タイの北部チェンダオでいのちの祭りの流れである『水と星の祭り』をプロデュース。現在アーティストのトワと一緒に、来年に向けてのお祭りを企画中。