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開催終了明日、レンゲ畑でコンサート!

詳細

2009年05月15日 13:53 更新


 河崎純つくばライヴ をご案内致します。
 文化財の平沢官衙ーレンゲ畑ー珈琲焙煎所、とこだわりの場所三か所で開きます。

 どうぞ、お誘い合わせていらして下さいませ!!


   ♪   ♪   ♪
 コントラバシストの詩

2009年5月16日(土)

於:平沢官衙
  12:00−12:30
  無料(投げ銭歓迎)
  
関農園 レンゲ畑(千代田線53号沿い小田のあたり)
15:00−15:30ワークショップあり
無料(投げ銭歓迎)


メインステージ:千年一日珈琲焙煎所
http://1001coffee.jugem.jp/



START=19:00(open=18:30)
Music Charge = ¥1,000−

出演:河崎純
http://www.realarts.org/profile_KAWASAKI.html
   .

どうぞよろしくお願い申し上げます!

連絡先:つくば西瓜糖の日々農園:井上
sky.high.tsukuba@gmail.com

コメント(4)

  • [1] mixiユーザー

    2009年05月15日 17:56

    20:00くらいからは、千年一日珈琲焙煎所にて参加費1000円で
    演奏者とともに立食パーテイーやります。(飲み物別です)

    よろしかったら、ぜひぜひ!
  • [2] mixiユーザー

    2009年05月16日 03:04

    河崎 純さんから つくばの皆様へ ひとこと

     こんにちは。このたびつくばで演奏できること、お話をいただいてからいままで、不安ですがとても楽しみ・・・と思っているうちにコンサートの日が近づいてきました。これまで海外、日本の様々な土地、また寺や神社、教会、学校・・・いろいろな場所で演奏してきました。しかし特に第二部、お天気であれば、レンゲ畑での演奏。むくつけき私の風体と演奏、ヴィジュアル的には残念だけれどとてもミスマッチ!のような気もしてしまうのですが、それはもう主催の井上さんに責任を押し付けてしまう?しかなく(すみません風体や楽器はかえられないので・・)それにしても何を演奏しようか、と。20世紀の後半、東京にうまれた私にとって、音楽といえば部屋で聴くテレビやレコード、CD、コンサートホールやライブハウス・・・私達が自覚的に音楽に接する場所といえば、その多くが室内。音楽がはじめに生まれる場所も、作曲家の机の上、いまはPCの端末、レコーディングやリハーサルのスタジオでしょうか。僕達音楽家はそのことをあたかも前提に、お客さん、世の中に「作品」を発表し、そして私のような演奏家でも、数少ないながらお客さんが観にきてくださるのです。しかし、そもそも「音楽」とよばれる場は、「作品」や「商品」として存在する前に、あるひとたちがその場を共有するための「出来事」であり、その特別な場としては、たとえば祭りや結婚、葬儀などの儀式があったといえるでしょう(多くの芸能や芸術がそこから発展していきました)。また、もっと日常的には労働歌、子守唄、物売りの歌や笛、人間が自ら声や音をださなくても、風鈴、鹿おどしなどの音風景もあります。そして自然の音、動物の泣き声、それらの気配。現在私達は「音楽」を聴くこと、「音楽」を創ること、によって音を聴くこと、自然に外で歌をくちずさむこと(たとえばカラオケは、一人が唄って、仲間達が聴く、という意味でコンサートとなんら変わりがない)を忘れさせられてしまった、という気がしてならないのです。すこし難しい話になりましたが、昔と違って現在では、お日様の陽にあたり、雨にうたれ、風にさらされた音楽や声なんてほとんどないのでは、と思うのです。  一方わたしは生まれ育った都会、というかそのすこし郊外の小さな街の居酒屋でお酒をのむのが好きで、古い日本の歌謡曲がかかっているとそれだけで嬉しくなってしまうのですが、でも例えば現在の演歌、日本海の荒れる海の生活と、背徳の恋?の歌を聴いても、想像される風景は、都会のスナック・煙草の煙りにつつまれた豪華なスタジオのブース・都会の室内・わざわざ郊外にでかけてやるゴルフコンペ・・そんなことばかりを想像してしまうのです。ゴルフは出来ないですが、煙草も酒も背徳の恋、そんな都会の猥雑さが大好きで、地に足の付いてない都会のインチキ臭さにも、時には愛情を覚える私ですが、その歌のリアリティのなさという意味では、ヨーロッパの宮廷の音楽を聴くこととそう変わりがないようにおもえるのです。都会、東京のリアリティのなさ、ヴァーチャルリアルの可能性?どちらにも飽き飽き、食傷気味、音楽を演奏することにさえリアリティを失いそうになっている私が、つくばのレンゲ畑で何ができるのだろうか?不安。いや気負うことはない、わたしの「作品」をみなさまに聴いてもらうのではない、みなさまとひとつの「出来事」を共有するだけだ。  そんなしかけもいくつかつくってみました。文化財の遺跡の前での「1部」、珈琲焙煎所での「3部」、わたしのなかではそれぞれ違うアプローチでのぞんでみたいとおもいます。  コントラバスは普段ソロで演奏される楽器ではありません。ひとりで「音楽」をするには、不器用すぎる楽器です。そんな不器用さや不合理性はこの世の中であまり必要とされていないから、存在しないのだとおもいます。でも、合理性や器用さが拾ってゆけない部分・・そんなところに可能性を感じ、それらが「なにか」を変えてゆく、そんな力があると信じています。聴きなれない音楽、耳なれない音かもしれませんが、どうか、みなさまのこころのどこかに残るような場が作れればと思います。 河崎純 2009年5月16日
  • [3] mixiユーザー

    2009年05月16日 03:05

    プログラム 第1部<平沢官衙遺跡前広場>
       ごあいさつがわりに、わたしにとってもっとも弾き慣れた自作の曲をソロアレンジにていくつか演奏します。わたしの場合作曲をするときは、ほとんどが、主に演劇や、ダンス、詩の朗読、歌手との共演のためにつくったものです。身体、ことば、音や音楽がそういう場で果たせる役割とはどんなものなのか・・わたしにとって音楽をすることそのものであり、大きな動機になっています。「車窓より月を仰ぐ」は、小説家横光利一の「幸福を計る機会」という戯曲仕立ての小品を上演した時の曲。新婚夫婦が列車で旅に出るその車中の会話で成り立っています。「クッコリの青」は、もともと17絃箏(琴)のためにつくった曲で韓国のリズムをつかっています。この12拍子は韓国の独特の考え方「恨(ハン)」をためて、解き放つ円環運動です。この2曲は、その後もいろいろなダンスとの共演の時演奏しました。 第2部<関農産・レンゲ畑>  一人で、田園、野外での演奏を想像したとき、いちばんさきに思いついたのが、アルゼンチンのフォルクローレ歌手、ギタリストのアタウワルパ・ユパンキでした。草原のパンパをゆき、ひとびとの暮らしを、唄っています。今回は私自身はじめて、ユパンキの曲をいくつか演奏してみたいと思います。「牛車にゆられて」という曲は、まさにそのパンパを牛車をひきながらゆく男の唄で、この男は、わたしが牛車、その車を軋ませながらゆくのをみて、人々は訝しく思っている。でも私は油をさすことはしない。なぜならその音は、孤独に草原を往くわたしの大切な友のようなものだから、といっています。私がコントラバスに張っている弦はガット弦といういまでは、ほとんどつかわれなくなった、羊の腸をのばしてできています。クラシックやjazzでは、ノイズも少なく、音程もとりやすく、音の伸びも良い作曲家が書いた「音符」を表現しやすいスチール弦を使用します。わたしは、スチール弦ではカットされてしまう「ノイズ」が好きで、この弦を愛用しています。ただでさえ、大きく弾きにくい楽器に、弾きづらい弦をはり、そのノイズはアンサンブルやレコーディングの現場では好まれないことも多く、さすがにめげそうになるときもありますが、そんな時私はいつもこの唄を、ユパンキの声を思い出すのです。ほかに「ネグリートの子守唄」、「微笑みながら坊やは眠る」の2曲を演奏する予定。これらの曲はお客さまとの「共演(セッション)」も考えています。お楽しみに!  そのほか、ロシアの作曲家グリンカのつくった「ひばり」や、その他ロシアのメロディーを使って即興演奏をしようとおもいます。「作品」や「商品」ということを前提につくられた音楽は、つねに「完成」を求め、また求められます。しかしたとえばこの野外の物音や、人々が集う気配のなか、この様々な情報をシャットアウトして作品を演奏することにどれだけの意味があるだろうか、その場の中に溶け込みながら、なおかつ自立した存在である音、音楽そんなことをテーマに演奏してみたいと思います。「作品」という顔を装って、「音楽」はいつからそんなに偉くなってしまったのか・・・。「完成」させることを、一義的な目的としない即興演奏(インプロヴィゼーション)をする時、その関係の多様性、多義的場所を創るこそ重要で、今回は、わたしが即興で演奏をすることによって、もっと周りのいろいろな音、忘れてしまいそうな音が聴こえてきたり、それらの音がいつもと違ったような聞こえ方をしたり、私自身、お客さまが耳をひらきあうような、そんな関係が、つくれれば夢のようです。
     
  • [4] mixiユーザー

    2009年05月16日 03:05

    第3部<千年一日珈琲焙煎所>  今年から東京で「震える石」というソロコンサートシリーズを始めました。ここでは、そのレパートリーを少しコンパクトにまとめて、演奏したいと思います。昨年ロシア、ウクライナ、リトアニアと、ある公演で巡回したのですが、わたしが9年程前はじめて海外で演奏したポーランドで感じた、東京や西欧、アメリカの大都市では感じることが難しい、人々や、そこにある物、建物の実体感のようなものを、再び感じました。私の演奏を聴いてくれたお客さまが、わたしの演奏を「アジア的」だ、とおっしゃってくれることが、わたしはとても嬉しいのですが、音楽することを通じてわたしは、やはり、島国の日本のDNAと,西洋の先端の概念をつねに行き来するなかで、自らのオリジン(起原)を探していたようにおもいます。しかしそこには、歴史、政治的な理由も大きいのだと思いますが、ことなにかをわたしが「表現」してゆくことに関しては、なにか「故郷」のようなものを、ロシアや東欧で感じてしまったのです。  第3部は、私が演劇やダンスのために創った曲、ロシアや東欧にまつわる曲などを、組曲風に、物語的に演奏してみたいと思います。ですから、あまり説明はいれません。終演後は立食パーティーも用意されているとのことなので、ぜひみなさまとお酒でも飲みながら、御感想などいただければ幸いです。

    河崎 純 プロフィール
    コントラバス、作曲、即興。1975年生。早稲田大学第一文学部卒業。コントラバスを齋藤徹、吉澤元治に師事。
     自作、即興、編曲による無伴奏ソロ、主に舞台作品,委嘱作品の作曲のほか主宰、参加アンサンブル多数。様々な演奏家、歌手、作曲家、俳優、演出家、ダンサー、詩人、美術家、パフォーマンスグループ、学生、地域コミュニティとの共同作業を行う。
    http://www.realarts.org/profile_KAWASAKI.html
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