跡見学園女子大学英文科を卒業後、商社勤務を経て、国連難民高等弁務官駐日事務所に勤務、ベトナム難民の定住を担当する。 ボランティア活動をきっかけにアフリカとかかわり、1993年東京アフリカ開発会議にあたって開催されたNGOシンポジウム実行委員会に参加、そのシンポジウムの参加者達とでアフリカ日本協議会を結成。初代事務局長(設立〜1998年度)を勤めた。2000年5月からは2年間、ジンバブウェに在住。2001年にDADA (Dialogue and Action for Development Alternatives in Africa and Japan )を立ち上げ、現在に至る。