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開催終了現代アフリカ都市文化研究会【ラスタ特集】

詳細

2007年02月12日 01:34 更新

29回目の現代アフリカ都市文化研究会、今回はジャマイカ+ジャマイカ+ブルキナファソのラスタの生活に焦点を当てます。今回発表の3人とも今年修士論文を書きました。アフリカの都市には必ずいる、怪しいあいつのことをお話します。

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皆様

研究会のお知らせです。
2月24日(土)に「現代アフリカ都市研究会」の特別例会(第29回)として、「ラスタ研究会」を開催します。

日本のラスタ研究をリードする三名の若手研究者に発表をお願いしており、当日の白熱した議論が期待されます。皆様のご参加をお待ちしています。

日時:2月24日(土) 13:00〜17:00
会場:名古屋大学文系総合館の二階、204号室  (205号研究室の隣)
研究会スケジュール:

13:00〜
司会から挨拶、発表者紹介
研究会趣旨の説明とラスタファリズムについての基本概念の確認(神本、阿部、清水)
14:00〜
1.神本秀爾 (京都大学大学院 人間環境学研究科)
 ジャマイカのラスタファリ運動における、レゲエと入信・生業の変化に関する一考察−エチオピア・アフリカ国際会議派ラスタファリアンの事例−*(発表要旨下段)
15:00〜
2.阿部謙太郎 (神戸大学大学院 国際文化学研究科)
 エチオピア正教会に集まる「ドレッドロックス」たち
−ジャマイカのエチオピア正教会を通じて行うラスタファリアン像の一考察−
16:00〜
3.清水貴夫 (名古屋大学大学院 文学研究科) 
 「周辺」のラスタが捉える「伝統」と「アフリカ」
−ブルキナファソ、ワガドゥグのラスタを事例から−*(発表要旨下段)

17:30〜 懇親会




発表要旨

1.神本秀爾(京都大学大学院人間環境学研究科)

ジャマイカのラスタファリ運動における、レゲエと入信・生業の変化に関する一考察−エチオピア・アフリカ国際会議派ラスタファリアンの事例−

本発表では、1930年代にジャマイカで出現したラスタファリ運動のグローバル化がジャマイカのラスタファリアン(以下ラスタ)に与えた影響を考察する。ラスタはジャマイカ社会の(特に)文化面に大きな影響を与えたので、「文化を担う人々」とも称されている。
 ラスタファリ運動は、ポピュラー音楽レゲエと密接に関係しながら、1970年代以降グローバル化を進めた。ラスタの歌うレゲエに内在する「被抑圧者の視点」「周縁からの視点」から社会を糾弾するメッセージ、救世主の再来を祝う預言的なメッセージは世界各地に共感者を生み出し、ラスタの多国籍化・多人種化・多様化が進んだ。従来のラスタファリ研究には、(国内の研究では)?1970年代以降のラスタと経済の関係、?越境先とジャマイカとの間で起きる相互作用への視点が欠如していた。本発表では、ジャマイカのラスタの経済(生業)に注目し、ラスタが一方的にディアスポラ世界からアフリカをまなざす姿でも、越境先で起こる独自の展開でもなく、ジャマイカのラスタが巻き込まれているグローバル化のダイナミズムを記述することで上記2点の欠如を補うことを目的とする。
 調査対象は1990年代以降レゲエとの関係が密接なラスタ集団「エチオピア・アフリカ国際会議派」(以下、会議派)である。同集団は、イスラエル十二氏族、ナイヤビンギ・オーダーに並ぶ影響力と存在感を示す集団でもあり、コミュニティには、国内外から信者および潜在的信者が訪れている。本発表では以下の3点、レゲエと入信の関係、生業の変化およびコミュニティに起きた変化について考察を加える。
 1994年に創設者エマニュエルが死亡したことで、かつて実現されていた「共産制的」な運営体制は崩壊し、信者たちが個別に「経済的自立」の方法を模索する必要に直面した。会議派レゲエDee-Jayの世界的な活躍がはじまり会議派ラスタファリ運動のグローバル化が進んだのも同時期以降の現象だと考えられる。
 個別に「経済的自立」を追及せざるを得ない状況のなか、信者間で利己主義が蔓延してしまい、「カリスマ」エマニュエルの言葉は信者の自己正当化の資源ともなっている。コミューン外での経済活動も増え、かつてエマニュエルを頂点に「生活・労働・儀礼」の場の中心であったコミューンは、「聖地」としての役割を残すものの脱中心化も進んでいるのが現状である。

2.阿部謙多朗(神戸大学大学院国際文化研究科)

『エチオピア正教会に集まる「ドレッドロックス」たち―ジャマイカのエチオピア正教会を通じて行うラスタファリアン像の一考察―』

 本発表はジャマイカにおけるエチオピア正教会(Ethiopian Orthodox Church:以下EOC)と同教会に集まるドレッドロックスと呼ばれる髪型をした会衆との関係について、2006年に行った現地調査での結果をまとめ、考察したものである。
EOCとは、1930年にジャマイカで誕生した社会宗教運動であるラスタファリ運動において神として位置づけられる、エチオピア皇帝ハイレ・セラシエ一世と密接な繋がりを持つ、エチオピアで生まれたキリスト教会である。またドレッドロックスとはラスタファリ運動の信奉者であるラスタファリアンが1940年頃に創めたとされる髪型である。初期のラスタファリ運動においてドレッドロックスは「アフリカのシンボル」であり、「解放のシンボル」であった。しかし、ジャマイカが独立を果たした1962年前後から始まるラスタファリ運動の社会への定型化とレゲエ音楽の普及により、現在では一般にファッション一つと認識されることが多い。
EOCは1970年にジャマイカに到来し、当初は多くのラスタファリアンが同教会に洗礼を求めて集まってきたのであるが、双方における神観念の相違やその他様々な理由により、彼らの多くは同教会から去っていった。以後ラスタファリ研究においてEOCはほとんど触れられることはなかった。しかし、EOCには現在でもドレッドロックスをした多くの会衆が集まっている。彼らはこの教会を通して何を見、何を信仰しているのであろうか。またドレッドロックスに対してはどのようなイメージが付与されているのであろうか。
現地調査から分かったことは、EOCに集まるドレッドロックスの会衆は、ドレッドロックスに対して特別な意識を持っているということであった。ファッションとしてドレッドロックスをしている者は一人もいなかった。ドレッドロックスをラスタファリアンの象徴として考える度合いは、彼らの神観念の変容の度合いに直接関係しているのである。
ジャマイカのEOCにおいては、教会側もドレッドロックスの会衆の側も、「ドレッドロックス=ラスタファリアン」と認識し、「ドレッドロックスを切る=真のキリスト教徒になる」と認識している。EOCのその後の動向と、ドレッドロックスとの関係を探っていくことは、「ラスタファリアン」を考える上で一つの重要な側面である。

3.清水貴夫(名古屋大学大学院文学研究科)

「周辺」のラスタが捉える「伝統」と「アフリカ」
-ブルキナファソ、ワガドゥグのラスタを事例から‐

19世紀末から20世紀にかけてジャマイカで生起したラスタファリアニズムは、70年代のレゲエの成功とともに世界中に拡散していった。本発表のフィールドともなる西アフリカ、ブルキナファソの首都ワガドゥグにおいても他のアフリカ都市と同じく、ドレッドロックスを編みこみ、ラスタ独特の言葉遣いをする若者をみることが出来る。
 本発表では、ワガドゥグで活動するラスタの言説をもとに、ラスタのアイデンティティ表象のひとつである音楽演奏や楽器から「アフリカ」、「伝統」の指すものを明らかにしていく。
 元来、ラスタ運動においては、黒人優位思想とならび、アフリカ回帰の志向を色濃く読み取ることができる。ディアスポラ世界のラスタにとって、旧約聖書中に記述され、アフリカ諸国の中でリベリアと並び西欧列強に支配されなかったエチオピアをアフリカの象徴として捉えた経緯があった。一方で、アフリカのラスタは、自らの祖先の生活や「伝統」的、「アフリカ」的文化の尊重というコンテクストにおいて、アフリカ回帰を実践していく。
 世界規模で発展してきた、ラスタ運動、ラスタ文化のマクロな潮流から離れた西アフリカ、ブルキナファソのラスタの生活に根ざした文化表象は、この土地ならではのラスタ運動の萌芽を示している。ワガドゥグのラスタにとっての「伝統」的、「アフリカ」的な音楽とは、ディアスポラのラスタがラスタの宗教儀礼であるナイアビンギで使用するのと同様に、パーカッションに集約することができる。しかし、ワガドゥグのラスタのパーカッションは、西アフリカでイスラームの影響を受けて発展したグリオを参照にしている。すなわち、ワガドゥグのラスタにとっての「伝統」的、「アフリカ」的音楽とは、イスラームの音楽とも言えるのである。さらに、ラスタの一人は、こうした通事的に混交した文化状況を都市的な混交としても積極的に認識しており、それは、西アフリカ、アフリカ大陸、さらにグローバル化が進む現代にあって、西欧との文化的混交をも受けいれる。
 
以上よろしくお願いします。

現代アフリカ都市文化研究会HP   http://www.geocities.jp/jp_ascauc/

コメント(1)

  • [1] mixiユーザー

    2007年02月25日 22:52

    昨日、無事に研究会終了しました。15名の方にご参加いただき、活発な議論が行われました。

    「アフリカ」という地に憧憬を抱いた、20世紀初頭のジャマイカ人をはじめとするディアスポラのアフリカ人たちが創り上げたラスタファリアニズム。時代の流れと共に、ジャマイカでも、「約束の地」アフリカでも大きな変化をしてきました。

    今やブラックカルチャーの本流になったラスタファリアニズム。その信仰、日常生活から、ラスタを取り巻く環境や社会の複雑さが如実に現れたのではないかと思います。
mixiユーザー
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  • 2007年02月24日 (土)
  • 愛知県 名古屋大学
  • 2007年02月23日 (金) 締切
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