DJ HELL
本名Helmut Josef Geier。 1962年9月6日にその産声をドイツはミュヘンであげる。
現在世界のトップダンスレーベルへまで成長したGigolo Recordsを育て上げた生みの親でもあり、現在のエレクトロクラッシュのムーブメントの火付け役でもある。ミュンヘンといえば70年代のジョルジオ・モロダーに代表される16分打ちのシンセ・ベースが有名な、ミュンヘン・ディスコ・サウンドのネーミングでも知られる都市であり、DJヘルもそのサウンドに存分に影響を受けたのは例外ではない。と同時にパンク・ミュージックやニュー・ウェイヴにも没頭し、それは現在のジゴロのスタイルにも通じるものでもある。その後も現在のジゴロのルーツともいえる80'sサウンドをリアルタイムに吸収していった。そしてヘルの音楽性にさらなる大きな影響をもたらしたのはシカゴから誕生したアシッド・ハウスでもある。 かつてのベルリンのレコード・ショップ“Hard Wax”で店員を務め、91年にベルギーのR&Sレーベルからリリースした「My Definition Of House」で注目を集めるに至った。その後、R&Sからリリースされた「My Definition of House Music」でDj Hellとしてデビュー。デヴィッド・バーンの曲をサンプリングしたこのトラックは世界的なクラブ・ヒットとなり一躍彼の名前を世界に知らしめることとなった。その後も地元ミュンヘンで設立されたレーベル、ディスコ・ボム(ディスコ B)などで活躍し、94年にディスコ Bからファースト・アルバム「Geteert Und Gefedert」をリリース。その後もディスコ Bからリリースしを重ね、97年に自身のレーベルInternational Deejay Gigolosをスタートさせる。 来ゾンビー・ネーションによる「Kernkraft 400」やフィッシャースプーナーの「Emerge」など個性的でクオリティの高いアーティストたちの作品を数多く世に送り出している。98年にリリースした自身のアルバム『Munich Machine』では、80'sニューウェイヴ/ディスコ/アシッド・ハウス/エレクトロを現代的にしたグルーヴィーなサウンドを展開。そのオールドスクールな楽曲とオリジナリティー溢れるアートワークでテクノ界に衝撃と感動を与えた。現在も世界中の国々でプレイしダンスミュージックの過去、現在、未来をDjセット、そして作品の数々を通し表現し続けている。