まじめな話し、電子レンジプリントの方法とアリプリントの方法ビデオ は面白いですよ。その後に本編ですから、もう痒い所に手が届くって感 じです。 作品は「光・しずく」「無題8」「柿」「水からの展開」「下弦の月」 「in a shrine(境内にて)」の5作品。 「in a shrine(境内にて)」は新作で今回が初上映です。制作会 社で廃棄処分となっていたネガと自身の撮影フィルム、それにテキスト で境内の夢、それらをコンバインしてみました。 恵比寿映画祭のホームページは以下、開催情報、ジャンルから探す、上 映と進んで下さい。(能登勝) http://www.yebizo.com
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以下、ウェブページから抜粋 --- 都市に住まず、徒党を組まず、誰にも頼らず、たった一人で、フィルムで、撮影、現像、プリント、それらの全てを自力でやって、映画を作る男が居る。岡山の、孤高の映画作家、能登勝だ。奥山順市、末岡一郎、と共に日本の自家現像のパイオニアだ。自家現像は、実験映画の世界で、今や、さほど珍しいものではない。それは、8ミリフィルムの現像が、かつて程便利ではなくなったのも理由の一つだ。世界中で8ミリの現像所が閉鎖され、作業の間隔が長くなり、現像料金が値上がりした。これら後ろ向きの理由が皮肉にも自家現像を後押ししたのだ。しかし、能登勝の“自家現像”は、後ろ向きの理由によるのではない。画面を見れば、一目瞭然だが、機械作業の現像所ではとても出来ない高度な手仕事がちりばめられているのだ。フィルムの上に虫を歩かせてフォトグラムで“撮影”したのは現像ではないが(《下弦の月》)、定着液の霧を現像処理前に吹き付けたり(《In a Shrine》)と自由奔放だ。プリントもカメラにフィルムを2本重ねて装填して行なっているそうだが、画質は専用のプリンターより高い位だ。元々19世紀に誕生した映画術は機械的な合理化よりも、質を高めるには手仕事の業を磨いた方が有効なのかも知れない。映画は、複製技術だが、大量のプリントを取らないのなら、表現の質の為にいくらでも手間がかけられるのだ。能登勝の自家現像映画を見れば、それが、どういうことか理解出来るだろう。
《無題8》1988(1999)年/16mm、白黒/9分10秒 《水からの展開》1993年/16mm、カラー/10分15秒 《光・しずく》1998/16mm、カラー/11分8秒 《柿》1999年/16mm、カラー/7分2秒 《下弦の月》2006/16mm、カラー/23分 《in a shrine》2008年/16mm、カラー、サイレント/14分