Huey Dunbar プロフィール 父ジャマイカ人、母プエルトリコ人の間にNYで生まれる。 ニューヨーカーらしくR&B、ソウル、ラップ、サルサ、アメリカンポップスに囲まれた幼少期を過ごし、ヴォーカリストとして才能は花開きはじめていた。10代半ばからフリースタイル(80'sDisco)のバンドのバックコーラスなどで活動をしていたが、NYに拠点を置く世界最大のサルサレーベルRMMの専属プロデューサー、セルジオ・ジョージが94年に主催したタレント・サーチ(オーディション)で才能を認められ、RMMのいくつかの作品にバックコーラスとして参加し始め、95年インディアの来日公演にバックコーラスとして初来日を果たす。インディアと歌った「Vivir Lo Nuestro」に衝撃を受けた人も多かったと言う。 そして、96年セルジオ・ジョージがRMMを離れると同時に結成したDLGのメインヴォーカルとしてデビューを果たし、ティーンを中心にNYのみならず中南米また欧州各国で爆発的な人気を得る。「Dark Latin Groove」「Swing On」「Gotcha」の3枚のアルバムをリリースし、98年にはDLGとして来日公演を行う。99年にDLGを解散しソロ活動に入る。 2001年「Yo Si Me Enamore」、2003年「Music For My People」、そして今年7年振りとなる「Huey Dunbar?」をリリース。 ヴォーカリストとしてさらなる活躍が期待される。