DJ TASAKAとKAGAMIによるDJユニット。90年代後半からテクノDJとして個々に活動していた二人が2000年に行われた電気グルーヴのツアーにサポートメンバーとして参加したことをきっかけに“DISCO TWINS”を結成。東京のクラブを中心に活動を開始する。テクノ、ハウスをベースに、ロック、ヒップホップからJ-POPなど、ジャンルレスなセレクトで4台のターンテーブルと2台のディスコミキサーを巧みに操る独自のプレイスタイルが話題になり、2003年に初のMIX CD『DISCO TWINS MEGA MIX』(キューンレコード)をリリース。同年に初の全国ツアーを敢行。2004年からは新木場agehaにてユニット名を冠したレギュラーパーティを行っている。2005年にDJ TASAKAは自身のオリジナルトラックのみをクラブでライヴレコーディングしたアルバム『GO DJ』を、KAGAMIは元スーパーカーのナカコー、シーナ&ロケッツのシーナなどをフィーチャーしたアルバム『Spark Arts』をリリース。そして2006年8月には、吉川晃司、ギターウルフのセイジ、ライムスターの宇多丸、ポラリスのオオヤユウスケなどをフィーチャーした“DISCO TWINS”初のオリジナルアルバム『TWINS DISCO』(キューンレコード)をリリース。9月には、アルバムでフィーチャリングした吉川晃司とともに結成したユニット“DISCO K2 TWINS”名義でマキシシングル「JUICY JUNGLE」(東芝EMI)をリリースし、10月1日に行われた吉川晃司の日本武道館公演〈KOJI KIKKAWA LIVE 2006 ROLL OVER THE DISCOTHEQUE! FROM CLUB JUNGLE〉にも出演した。
■HIROSHI KAWANABE
TOKYO No.1 SOUL SETの屋台骨を支えるトラックメイカーであり、 そのバックグラウンドに不可欠なクラブDJとしての長いキャリアの中で数多くの伝説的なパーティーのフロアを沸かせてきた。 その最初の集大成とも言えるミックステープシリーズ[RISE](全3作/SKYLARKIN)ではサンバ、カリプソ、サルサなど無国籍なビートとジャズ、レアグルーヴ、そしてニューウェーヴからヒップホップまでが同居するオールジャンルミックスの到達点を極め、高い評価を得るが、川辺はそこに留まることなく、さらなるスタイルの変化を遂げ、新たなミックステープ[SURRRRROUND](全2作/SKYLARKIN)ではエレクトロ、ハウス〜ニューウェーヴまでもダブワイズな手法でコントロールしたスリリングな選曲を披露し、圧倒的な存在感で各方面に衝撃を与えた。 そのスタイルの変化に並行して生まれたかのように、2003年にはDJ KENT (FORCE OF NATURE)、笹沼位吉(SLY MONGOOSE)と共に完全フロア対応の”GALARUDE”なる緩やかなユニットの活動を開始、2004年に第1弾12インチをリリース、8月にはSLY MONGOOSEのミニアルバム[DACASCOS](LOCARNO RECORDS)にもリミックスで参加している。 他にも川辺のクラブでの交流から生まれたユニットは先輩、後輩、同年代と世代を超えて結成され、それぞれ作品に結実している。藤原ヒロシとの”HIROSHI �鵺 HIROSHI”(1993年)、クボタタケシとの”SONS OF NICE YOUNG”(1996年)、そして究めつけはソウルセット同様、90年代を席巻した電気グルーヴのメンバーであり、世界に誇るテクノDJとして知られる石野卓球とのユニット”InK”の結成だ。一見リンクしていなかったように映る、2人の異能なDJが同世代ならではの音楽遍歴を確認・触発し合いながら到達した新境地は、実に自然な形で多様なテイストを盛り込んだ快作1stアルバム『C-46』(2006年)を産み、続く2007年8月には2ndアルバム『InK Punk Phunk』(Ki/oon)と順調に発表、絶賛を集める。各地の夏フェスやクラブイベントでのライヴも精力的にこなしており、今後の活動にも期待が高まる。 またソロとしても、石野卓球主宰レーベルPlatikのサブ・レーベルKoplatikoより初のオフィシャルMIX CD[DADADA]を2007年にリリース。ハウス、テクノのフィールドでも川辺ヒロシのセンスそのままのミックスが展開されており、その熟練されたスキルに一層磨きがかかっていることが再確認出来る。 代表的なリミックス・ワークは勝手にしやがれ、ROSSO、ハルカリ、UA、フィッシュマンズ、藤原ヒロシ、TEI TOWA etc. そのどれもが必聴である。