mixiで趣味の話をしよう

mixiコミュニティには270万を超える趣味コミュニティがあるよ
ログインもしくは登録をして同じ趣味の人と出会おう♪

開催終了業平の恋を想いながら・・・・

詳細

2008年05月10日 00:45 更新



日ごろは、一方ならぬお世話をおかけしております。わーい(嬉しい顔)あっかんべーハート達(複数ハート)

5月10日 第二土曜日茶会 午前10時半・11時半の二席
皐月の風薫る茶会 (水屋と弓崎教授講師料こみで、2500円)

明日は、310年前に作られた随流斎作茶杓【つばめ】、森狙仙【小鹿】庭山耕園作【花鳥画帳】を展示いたします。お菓子は、伊勢物語より、【杜若(かきつばた)】【八橋】【からごろも】、庭のかきつばたも・・・満開です。業平の恋を想いながら・・・・

伊勢物語・・・・ゆかりの地
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E5%8E%9F%E6%A5%AD%E5%B9%B3#.E3.82.86.E3.81.8B.E3.82.8A.E3.81.AE.E5.9C.B0

主人公(おそらく在原業平)が失恋し、傷心旅行に東へ向かう。友人どもが2, 3人同行し、やいのやいのと旅をしているうちに三河(愛知県)の八橋まで辿り着いた。そこに咲いていた美しいかきつばたを見た一行は、主人公に「かきつばたをネタに歌でも詠めよ」と迫る。しかも注文付きで、「かきつばたという五文字をそれぞれの句の上に据えて詠め」とのこと。

主人公はそれを受けて立ち、歌を詠む。

からごろも
きつつなれにし
つましあれば
はるばるきぬる
たびをしぞおもふ

この歌がよく教科書にとり上げられるのは、折句だけではなく他の技巧が乱れ撃ちに使われている修辞カタログみたいな歌であるかららしい。「唐衣」は「着る」の枕詞、「唐衣来つつ」が「馴れ」の序詞。「唐衣、着、馴れ、褄、張る」が着物の縁語。「つま」は「妻」と「褄」の掛詞。「はるばる」が「遥々」と「張る張る」の掛詞。

よくこんな歌を作れるなぁと思う。僕自身、枕詞や序詞、掛詞などはなんとなく使えるような気がするが、折句に至ってはどうやって作るのか想像もつかない。

なお、八尾市文化会館4階、5階にて、MOA美術館より館蔵品10点の展観と、講座もあります。多数、ご招待券もございますので、こちらもどうぞ・・・・
講師 MOA美術館副館長美学博士 内田 篤呉氏

(4F研修室)



寛文12年 1672
随流斎、大徳寺の一渓宗什より 「随流斎」 の号を与えられる。



随流斎は晩年に 『随流斎延紙ノ書』 (茶の湯の覚書)を著した。

http://www.omotesenke.jp/chanoyu/nenpyo/nenpyo_e3_j.html

http://www.saza.biz/sign.htm


森狙仙(もりそせん・1747〜1821)
http://www.icm-jp.com/colldata/art12.shtml

(もりそせん・1747〜1821)は、江戸後期の大阪画壇を代表する画家。名は守象、はじめ祖仙と号し、60歳頃より狙仙と改めた。長兄の森陽信、次兄の森周峰ともに狩野派を学ぶ。狙仙は応挙の影響を受けて写生的な画法に変わり、動物画特に猿の絵に特色を持つようになった。 泉家とは、菩提寺(梅田の西福寺)を同じくし、先祖の行き来もあったと想像される。

庭山耕園 にわやまこうえん 
http://www5.ocn.ne.jp/~kobijutu/products/library/j_pntng5.html
明治2年兵庫県姫路に生まれる。本名慶蔵。父に従って大阪に出、12才頃上田耕冲に師事、円山派を修得する。26年日本青年絵画協会第2回絵画共進会で三等褒状、28年第4回内国勧業博覧会で褒状、30年第1回全国絵画共進会で三等褒状を受ける。 44年師耕冲の没後は鈴木松年に師事する。巽画会会員でまた大阪絵画協会委員、大阪美術会顧問をつとめ、大阪画学校を開設するなど、大阪画壇の重鎮として活躍し、花鳥画を得意とする。昭和17年大阪市で没。享年73才。花鳥画を曽祖父が師事していたと聞き及ぶ。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

【歴史発見ウォーク イン 八尾】5月18日午前10時近鉄やお駅改札付近に集合
【ろうそく能 弱法師】5月30日午後7時〜開演

いずみ苑   泉 佳保子
〒581-0015 八尾市刑部1-1-1
fax 020-4623-1449
携帯アドレス :kahoko.love-0123@docomo.ne.jp
PCアドレス  :fontaine@pf6.so-net.ne.jp
和文化伝承協会 http://www.wabunka.or.jp/
MOA美術館 http://www.moaart.or.jp/http://www.moaart.or.jp/

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
飛行機旅新幹線波

あづまの方へ友とする人ひとりふたり誘(いざな)ひていきけり。三河の国、八橋(やつはし)といふ所にいたれりけるに、その河のほとりに杜若(かきつばた)いとおもしろくさけりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふ五(いつ)文字を句の頭(かしら)にすゑて旅の心をよまむとてよめる

唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ(古今410)

【通釈】衣を長く着ていると褄(つま)が熟(な)れてしまうが――そんなふうに馴れ親しんで来た妻が都にいるので、遥々とやって来たこの旅をしみじみと哀れに思うことである。

【語釈】◇八橋 愛知県知立(ちりゅう)市に八橋の名のつく町がある。「数多くの橋」を意味するその名からも、杜若が生えていたことからも、沼沢地であったことが推量される。◇唐衣(からころも) 衣服を意味する歌語。◇きつつなれにし 何度も着てヨレヨレになってしまった。「なれ」には「馴れ」の意を掛け、永年親しんできた(妻)、と次句へ繋がる。すなわち「唐衣きつつ」までが「なれにし」を導く序となっている。◇つま 襟先や裾先を意味する「褄(つま)」に、連れ合いを意味する「嬬(つま)」を掛ける。◇はるばるきぬる 遥々とやって来た。「はる」は「張る」と、「き」は「着」と掛詞になり、共に「衣」の縁語。

【補記】「かきつはた」の五文字を各句の初めに置いて詠んだ、折句(おりく)歌。からころもきつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞおもふ

【補記】伊勢物語の名高い「東下り」の段(第九段)では「むかし、男ありけり」の例の出だしの後に、「その男、身を要なきものに思ひなして」云々とあり、不遇の人業平のイメージで物語を枠取るとともに、旅先の情景描写にも念を入れ、あわれ深い貴種流離譚に仕上げている。古今集の詞書ははるかに素っ気ないが、歌を歌として味わうのにこれで不足はない。縁語をつらねた折句歌という極めて巧緻な作でありながら、旅情が漲っている。伊勢物語のもととなった原資料(原業平集と呼ぶべきか、原伊勢物語と呼ぶべきか)に既にあったと思われる一章である。

【他出】伊勢物語、業平集、新撰和歌、古今和歌六帖、定家八代抄

【主な派生歌】
武蔵野やひとり思ひにむせぶかなきつつなれにしつまもこもらで(藤原有家)
から衣きつつなれにし跡ふりてけふぞみかはの沼の八橋(後鳥羽院)
天の原日も夕しほのから衣はるばるきぬる浦の松かぜ(道家[続拾遺])
宮古いでてはるばるきぬるかひがねや雲ゐの雪のさやの中山(肖柏)
きみもおもへ我もしのばんたび衣きつつなれにしことかたるまで(木下長嘯子)
きつつまだ馴れぬ袷やかきつばた(横井也有)

駿河の国うつの山にあへる人につけて、京につかはしける

するがなるうつの山辺のうつつにも夢にも人にあはぬなりけり(新古904)

【通釈】駿河にある宇津の山のほとりでは、現実にも、夢の中でも、恋しいあなたには逢えないのですね。

【補記】「うつの山」は今の静岡市と志太郡岡部町の境をなす峠。「現(うつつ)」と同音なので、対比して「夢」が出て来る。東海道の難所を前に、「夢にもあはぬ」と京の人へ離愁を訴えた歌。伊勢物語九段で「八橋」に次ぐ節にあらわれる。新古今集の詞書は物語の文を簡略化したものである。『古今和歌六帖』に無名氏のよく似た歌があり、業平の真作かどうかは疑わしい。

【参考歌】「古今和歌六帖」作者不明記
するがなるうつのを山のうつつにも夢にもみぬに人のこひしき

【主な派生歌】
夢ぢにはなれし宿みゆうつつにはうつの山べの蔦ふける庵(俊成[玉葉])
さぞなげく恋をするがのうつの山うつつの夢の又と見えねば(定家[続後撰])
うつの山うつつかなしき道たえて夢に都の人はわすれず(良経)
ふみわけし昔は夢かうつの山あととも見えぬ蔦のしたみち(雅経[続古今])
日くるれば逢ふ人もなし宇津の山うつつもつらし夢もみえぬに(後鳥羽院)
かきくらす雪こそこえしうつの山うつつか夢か跡ものこらず(宗良親王)

さ月の晦(つごもり)に、ふじの山の雪しろくふれるを見て、よみ侍りける

時しらぬ山は富士のねいつとてかかのこまだらに雪のふるらむ(新古1616)

【通釈】季節を弁えない山は富士の嶺だ。今をいつと思ってか、鹿の子斑に雪が降り積もっているのだろう。

【補記】これも伊勢物語第九段から新古今集に採られた歌。『古今和歌六帖』に全く同じ歌が載り、伊勢物語の作者が古歌を借用したものと思われる。「かのこまだら」は鹿子斑、夏の盛りにも鹿毛の白い斑のように点々と雪が積もっている富士の景。民謡風の可憐な珠玉であり、業平の個性は見られない。

【参考歌】「家持集」
しらやまの峰なればこそ白雪のかのこまだらにふりてみゆらめ

【主な派生歌】
おしなべてかのこまだらに見ゆるかな雪むらぎゆる猪名の笹原(上西門院兵衛)
時しらぬ里は玉川いつとてか夏のかきねをうづむしら雪(定家)
花や雪かすみや煙時しらぬふのたかねにさゆる春風(藤原忠良)
時しらぬ山は雪げの雲ながら有明の月のうき島の原(順徳院)
時しらぬふじの裾野の卯の花をこぼれてきたる雪かとぞみる(安嘉門院四条)
ふじのねの煙やともしよるとなき鹿の子まだらの雪のしば山(正徹)
ふじのねのいつとてふれる雪もみじ木のまの月のかのこまだらに(長嘯子)

武蔵の国と下総(しもつふさ)の国との中にあるすみだ河のほとりにいたりて、都のいと恋しうおぼえければ、しばし河のほとりにおりゐて、思ひやれば、かぎりなく遠くもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、渡し守「はや舟にのれ、日くれぬ」といひければ、舟にのりてわたらむとするに、みな人ものわびしくて、京におもふ人なくしもあらず、さるをりに白き鳥の嘴(はし)と脚とあかき、河のほとりにあそびけり。京には見えぬ鳥なりければ、みな人見しらず。渡し守に「これはなに鳥ぞ」ととひければ、「これなむみやこどり」といひけるをききてよめる

名にしおはばいざ事とはむ宮こどりわが思ふ人はありやなしやと(古今411)

【通釈】「都」というその名を持つのに相応しければ、さあ尋ねよう、都鳥よ。私が恋しく思う人は無事でいるかどうかと

【語釈】◇すみだ河 現在東京都内を流れる隅田川には、この歌に因んで命名された言問橋が架かっている。◇みやこどり ユリカモメのことと言う。◇わが思ふ人 都に残してきた人を言う。

【補記】やはり「東下り」の段で名高い歌。古今集の詞書は伊勢物語の本文とほとんど変わらない。簡潔に旅情を尽したやまとことばの名文である。業平の時代にこれほど見事な和文が成立し得たかどうか疑わしく、貫之などの手が入っていることを想定したくなるが、歌はもちろん業平の作と信じるほかない。背をそびやかしたような上句の気張った調子から、望郷の思いを吐息とともに言い放つような下句へ。理知と抒情がなめらかに連続し融合し、かつ余情ある詠風は業平の真骨頂である。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!
  • 2008年05月10日 (土) 5月10日 第二土曜日茶会 午前10時半・11時半の二席
  • 大阪府 八尾市刑部1-1-1【いずみ苑】
  • 2008年05月10日 (土) 締切
  • イベントに参加する
  • 気になる!
参加者
1人