アシッドハウスがヨーロッパでエクスプロードした‘87年に伝説のクラブ、マンチェスタ?のハシエンダでキャリアをスタート。以来10数年以上に渡って、エレクトロニック・ミュージックのシーンでは重要な役割を常に担い、現在では世界3大DJの一人とも称されている。長い間レジデントパーティを行っているパリのREXクラブでは彼がプレイする夜、店の前に長蛇の列が出来ないことはいまだかつてない。ロランはデトロイト・テクノの巨匠からも、ラジオやDJセットで獲得してきた若いファン達からも、同様にリスペクトされる数少ない伝説のDJである。DJとしての輝かしいキャリアとは別に、彼はこれまでプロデューサーとしても成功をおさめてきた。フレンチ・ハウス、テクノの第一人者として、‘94年にファースト・アルバム『Shot in the Dark』をリリース。続いてリリースしたセカンド・アルバム『30』では一つのターニング・ポイントを向かえ、これを機に忙しいDJとしてのスケジュールを減らし、自身の音楽制作に集中するようになる。
'98年にパリで初めて開催されたテクノ・パレードでは実に10万人が集ったメインステージで、後世に語り継がれる伝説のセットを披露。2000年にリリースした、サード・アルバム 『Unreasonable Behavior』ではさらに成熟したサウンドで、これまでよりも更に幅の広い音楽性を打ち出すことに成功、世界中で大ヒット。シングル『The Man with The Red face』は2000年度のベスト・シングルにも選出される。4年ぶりの再来日となった2001年11月の千葉幕張で行なわれた「ELECTRAGLIDE」では、2万人の日本のファンの前での3時間セットでイベントのラストを飾った。
日本全国を回って、自分の音楽を通じて、日本のダンス・ミュージックシーンの育成に尽力したい、という本人の強い希望によるエレクトラグライド以降の過去5回のジャパンツアーでは、比較的小さなクラブを中心に彼がこの10数年間において培って来た集大成を日本のファンに細かに伝え、トレードマークであったフレンチテクノにとどまらず、ハウス-ジャズ-ドラムンベース-ロック-レゲエを自在にミックスするというエクレクティックなスタイルを披露し、各地で大絶賛される。2005年1月21日には待望のニューアルバム『The cloud making machine』がリリース。ダンスをまったく意識しないシネマティクな大作を仕上げ、益々ファンを増し、2005年にはフジロックフェスティバルへの出演も果たす。世界中から絶えることのないDJオファーのなかで、毎年行うジャパン・ツアーでは場所によりすべてのセットを変える、という前例のない試みを披露。プレイする先々で、さまざまな伝説を残している。2006年の来日では常に開拓者としてのスピリットを決して忘れない彼らしく、東京のWOMBでブラジルのドラムンベース界のスーパースターDJ MARKYとの共演による、ドラムンベースSETも披露し、東京の老舗クラブSpace Lab Yellowの15周年にもヨーロッパ屈指の大御所として華を添えた。一体、どんな土地でどんなドラマが生まれるのだろうか?