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開催終了第28回アジア系アメリカ人研究会

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2007年05月15日 01:00 更新

テーマ:「ノーノーボーイ」と呼ばれた男たち
 今回は、デイさんが2000年に書かれた「日本の兵隊を撃つことはできないー日系人強制収容の裏面史」を中心にお話をしていただきます。

ゲスト:デイ多佳子(ジャーナリスト)

ビデオ上映:Conscience and the Constitution
     (収容所内で異議申し立てをした二世たち 字幕つき)

日時:2007年6月22日(金)7時〜9時 6時半

場所:中野ZERO 西館「学習室A」
   東京都中野区中野2−9−7  
   TEL:03−5340−5000(代)
   http://www.nices.or.jp/access/zero.html

会費:700円

デイ多佳子(ジャーナリスト)
 1955年神戸市生まれ。1977年大阪外国語大学卒業後、OL生活、日本語教師を経て、1986年、アメリカ人の配偶者とともに渡米、カリフォルニア州バークレーで6年を過ごし、その間、サンフランシスコ州立大学大学院で、応用言語学(TESL)の修士号取得。日本語教師や日系コミュニティ新聞「日米時事新聞」(現「日米タイムス」)、読売新聞アメリカ法人の「ニューヨーク読売」(のちの「読売アメリカ」、現在廃止)のライターなどを経験。
 1992年、バークレー生まれの娘と配偶者とともに、コロラド州の北、大西部サウスダコタに移り、7年を過ごす。サウスダコタ州立鉱業工科大学で日本語講師をしながら、インディアン居留地を訪ねて記事を書くなど、フリーランスライターの仕事を継続。
 1999年、イリノイ州デカブに移り、北イリノイ大学人事部に勤務しながら、書き続けている。現在、主なテーマとしているのは、「リンカーンの国」としてのイリノイ州の歴史。
著書 「アメリカ社会にチャレンジー活躍する日本女性たち」
   (サンフランシスコで出会った女性たち) 明石書店 1992年

   「バナナとりんごーアメリカ・サウスダコタ体験記」
   (インディアン問題との出会い) 五月書房 1993年

   「アメリカインディアンの現在―女が見た現代オグララ・ラコタ社会」
   (最貧のパインリッジ居留地が抱える現代の問題) 第三書館 1998年
 
   「日本の兵隊を撃つことはできないー日系人強制収容の裏面史」
   (英語族日系二世と日本語族日系二世―帰米二世との相克) 
    芙蓉書房出版 2000年

   「大きい女の存在証明―もしシンデレラの足が大きかったら」
   (背の高い女を取り巻く日本社会の状況分析と、女たちのエンパワメント)
    彩流社 2005年
  
    その他、雑誌記事など多数。
    ホームページ  http://www.southwind.us/cinderella/


Conscience and Constitution (2000)56分 フランク・アベ監督
 第二次大戦中、日系市民協会(JACL)の意向に反して徴兵を拒否し、収容所から刑務所に送られたフランク・エミ、ミツ・コシヤマ、ヨシ・クロミヤ、デイブ・カワモトらと彼らの活動を支持した「ロッキー新報」のジェームズ・オオムラらを描く。
 *ナレーションは日系詩人のローソン・フサオ・イナダ。字幕は慶應義塾大学の村上由見子ゼミ。今回は村上さんの許可を得て、字幕版を上映いたします。

コメント(6)

  • [1] mixiユーザー

    2007年05月15日 22:39

    またまた濃いテーマで恐れ入ります。

    そう何度も上京はできないなぁ。
  • [2] mixiユーザー

    2007年05月16日 00:11

     今回は連ちゃんになってしまいましたからね。

     デイ多佳子さんはぼくが前から一度呼びたかった人。本人は遠慮していましたが、口説き落としました。アメリカでの体験を、着実に一冊ずつまとめていく姿勢に、いつも感心しています。
  • [3] mixiユーザー

    2007年06月24日 00:38

     昨日の会はなかなか充実した会でした。帰米二世の話を自らのアメリカ体験と重ねて話していくデイさんの話には説得力がありました。

     「日本の兵隊を撃つことはできないー日系人強制収容の裏面史」は、出版社がつけたタイトルで、自分が出したタイトルは「血と日本語」だったといいます。それは、血、つまり日本人として生まれたことと、日本語を話す人間として生まれたことは選択ができない、という意味を込めてつけたということでしたが、このタイトルでは何のことかわからんということで、変えられたそうです。

     言葉がいかにその人の生き方に影響を及ぼしていくか、また、ノーノーボーイもその人の人生の選択だったのだ、という話にはなるほどと思いました。

     聴衆には、父親がノーノーボーイだっという川手晴雄さんという高校の社会科の先生がいらしていて、デイさんに盛んに質問をしていました。川手さんは今父親のことをまとめており、私も原稿を一部、分けていただきました。

     日本に帰還させられたノーノーボーイも実に多様、そしてその後アメリカに戻ったノーノーボーイも実に多様。単純な分類化はできないでしょうが、オーラルヒストリーを根気強く続けていくことの大切さを感じました。
  • [4] mixiユーザー

    2007年06月24日 02:20

    皆様、一昨日もお疲れ様でございました〜。
    隣室のクレーマー英語教師の感じ悪さがちょっと嫌な後味を残しましたが(初対面の人に向かって、チョットウルサイヨ〜!は有り得ないし、皆同じように静かにするべきだとか何とか、自分んとこは机や椅子を引きずって騒々しく移動させていたのに言える事か?こっちだってチャップリンのトーキーじゃないんだから仕方ないし…なんてw)、貴重な映像を見られて感激でした。ミチ・ウェグリンさんの毅然とした佇まいが背景の障子の様子と相まって、印象的。

    デイさんは、色々と激動の人生を歩んでおられるのに、大変気さくでチャーミングな方でした。言語の政治力・・・深いお言葉です。
    ノーノーボーイに関しても、政治的な信念というよりは、むしろその時自分や家族にとって何が大事か、ベストかという選択の結果だろう、というお言葉に、デイさんご自身の体験に裏打ちされているようで心打たれました。
  • [5] mixiユーザー

    2007年06月24日 07:54

    行きたかったけどさすがに無理。冷や汗

    でも、昨日、大阪でデイさんと会えました。とても魅力的な方でした。シカゴの青木達幸や野毛洋子のことでふたりだけで盛り上がりました。(笑)ムード

    アジア系アメリカ人研究会は非常に良かったと言っておられましたよ。今日は移民学会で研究報告をされます。学会初日の感想としては「私はああいう言葉で発表はできない」でした。研究者の使う言い回しは、普通のひとの喋り言葉とは違いますからね。言葉にこだわるデイさんらしい感想だと思いました。

    なんか、東京で、僕のことを「ししょー、ししょー」と言っている女性がいたとかおっしゃってました。ダッシュ(走り出す様)大江戸で僕のことをあまりネタにしないように。−>なごやんウインク

    日本移民学会 自由論題報告 2007/06/24(Sun)

    デイ多佳子:ジュン・フジタ−1920年代の激動のシカゴを記録した日本人報道写真家
  • [6] mixiユーザー

    2007年06月24日 23:46

    ネタにしていた訳ではありませぬ。
    サカナにしていたのです、あじあんししょー!

    (いえ、あの、、いつもお世話になっとります・・w)
mixiユーザー
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