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開催終了報告会のご案内<窒息するガザ>

詳細

2008年01月25日 10:38 更新

 ガザでは、厳しい封鎖と経済制裁から窒息状態が続き、とうとう
ラファでは壁を爆破して、多数のパレスチナ市民がエジプト側に越境しました。
現地でのようすを聞く、貴重な機会だとおもいます。
仙台、東京、大阪とそのちかくにお住まいの方、是非ご参加を!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(転載歓迎)

経済制裁と封鎖により厳しい生活が続くパレスチナのガザ
地区より、ろう学校校長のジェリーさんが来日します。

現地の情報を生で聞く事のできる貴重な機会ですので、
どうぞ奮ってご参加ください。

■■■■■■封鎖されたガザから緊急来日■■■■■■
  アトファルナろう学校 ジェリー・シャワ校長
          来日報告会
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

◆仙台  1月26日(土)14:00〜16:30
◆東京  1月27日(日)14:00〜17:00
◆大阪  2月3日 (日)14:00〜16:30

「ガザの150万人は世界から無視されています」

半年以上にわたって、厳しい封鎖と経済制裁に苦しんでいる
パレスチナのガザから、ジェリー・シャワさんがようやく来日
します。
ガザではいま、最低限の食糧や燃料、薬品しか供給されず、紙、
文具、お菓子、セメント、電球、肉類、乳製品などほとんどの
ものが店頭から姿を消し、人口の8割が食糧援助に頼っています。

琵琶湖の半分ほどの土地に150万人が閉じ込められ、がんなどの
治療を受けられないため多くの人が亡くなっています。

アトファルナろう学校は1992年にパレスチナ子どものキャンペ
ーンがシャワ校長と一緒に作ったガザで最初の聴覚障がい者の
学校です。
開校から15年が経ち、生徒の数は10倍になりました。
補聴器の電池もなく、スクールバスの燃料も足りないなか、
海外からの支援も減って、存続の危機にあります。
それでも教師も生徒も未来を信じてがんばっています。

ガザの声をぜひ聞いてください。


◆仙台◆
 日時:1月26日(土)14:00〜16:30(開場は30分前)
 会場:仙台市立中央市民センター
(仙台市宮城野区榴岡4-1-8 パルシティ仙台5F)
 JR「仙台駅」下車 駅東口徒歩5分 、地下鉄「仙台」駅下車徒歩7分
 市営バス・宮城交通「仙台駅前」下車徒歩3〜8分
 地図:http://www.stks.city.sendai.jp/hito/WebPages/sisetu/simin/sisetu/miyagino01.html
 資料代:500円
 共催:パレスチナと仙台を結ぶ会

◆東京◆
 日時:1月27日(日)14:00〜17:00(開場は30分前)
 会場:JICA地球ひろば 3階講堂
    地下鉄日比谷線「広尾」駅A3出口1分
 地図:http://www.jica.go.jp/hiroba/about/map.html
 参加費:無料
 *手話通訳がつきます。

◆大阪◆
 日時:2月3日(日)午後2時〜4時半
 会場:大阪市立浪速人権文化センター 集会室2
    JR大阪環状線 芦原橋駅南口すぐ(大阪市浪速区浪速東1-9-20、5F)
 地図:http://www.ochra.or.jp/jinbun/naniwa/index.html
 参加費:無料
 ※手話通訳がつきます。


主催・お問合わせ先:
特定非営利活動法人 パレスチナ子どものキャンペーン
電話:03-3953-1393 ファックス:03-3953-1394 
E-mail: ccp@bd.mbn.or.jp
ホームページ: http://www32.ocn.ne.jp/~ccp/

コメント(11)

  • [1] mixiユーザー

    2008年01月25日 09:27

    もぐらさん

    名古屋でやらないのは残念ですが、これを私の日記(ガザ関連の最新日記)に転載させてください。
  • [2] mixiユーザー

    2008年01月25日 09:52

    非戦さん

     どうぞ、どうぞ。元記事はマイミクさんのページから転載しました。
    名古屋は残念ですね。

     ワタシは自宅から30分で行ける芦原橋。是非出席します。
  • [3] mixiユーザー

    2008年01月26日 11:32

    もぐらさん

    もぐらさんの家から30分のところが報告会の会場ですか。よかったですね。
    また報告日記を期待しています。
  • [4] mixiユーザー

    2008年01月26日 19:07

    非戦さん

     環状線に乗って30分。通勤経路です。
  • [5] mixiユーザー

    2008年02月10日 13:32

     『ご報告!』

    日記より転載(超長文につきおヒマな時に!)

     去る2月3日、大阪芦原橋の大阪市立浪速人権文化センター へ行って
    「封鎖されたガザから緊急来日、アトファルナろう学校 ジェリー・シャワ校長来日報告会 」を聞いて来ました。

     アトファルナとは「我らの子どもたち」という意味のアラビア語。
    アトファルナ聾学校は、日本の「パレスチナ子どものキャンペーン」の支援によって1992年にガザ地区で初めてできた聴覚障がいをもつ子どものための学校です。今では幼稚園・小学校・中学校・職業訓練室(訓練生は70名を超える)をもつ生徒数260人の学校となりました。

     ジェリー・シャワさん(アメリカ生まれ・女性)はそのろう学校の校長先生。そのシャワ先生のお話をご報告します。


    〜〜〜〜〜ジェリー・シャワ校長のおはなし〜〜〜〜〜

     こんにちは!
    みなさん、お休みの日にわざわざ来てくださったということに感謝申し上げます。
     最初の部分はあまり楽しい話ではありません。今のガザの人々がどんな生活
    をしているかという話、でも、後半はわたしたちのかわいいアトファルナの子どもたちのお話です。


     ガザは大変小さな地域、だいたいみなさんたちの琵琶湖の半分くらいの大きさ、その中に150万人の人たちが住んでいます。その人たちが今大変に人道的な危機の中にあります。
    ガザはこんな小さな、地図上では点にしかならないようなところですが、今そこであらゆる悲劇的な事が起こっております。
    今、ガザに住んでいる人たち、子どもたちは「希望」というものを持つ事ができないのです。「希望」を持てないということは大変危険なことなのです。

    (続く)
  • [6] mixiユーザー

    2008年02月10日 13:34

    (続き)
     中東地域の政治状況あるいは歴史的な状況と言うのは、ある種、複雑といえば複雑で今お話しすると一日経ってしまいますのでお話できせんけれども、ごく簡単にごく短いことだけを言うと2007年去年の6月に、ガザ地区ではパレスチナ人の言わば内部抗争の結果として、ハマスというグループがそれまで支配をしていたファタハからガザの方を完全に掌握したということができます。
     ハマスというのはイスラム教をモットーとするイスラム教の政党であって、戦闘的であるというふうに言われている、そう言われるわけですが、そうすることによって、イスラエルと国際社会は、この人たちを権力から追い出す為にどうしたらいいか、一番簡単な方法はガザを経済封鎖すること、経済制裁をかけることだ、としたわけです。で、それがどういうことかをお話しますけれども、で、ガザはさっきお見せしましたように四方を全部取り囲まれております。三方は陸で完全に封鎖されておりますし、海の方も海上封鎖されています。

     この6ヶ月間、ガザから人が出ていく事も人が入る事も、また物資が入ったり出たりすることも、厳しく制限されています。人はほとんどガザから出る事はできません。許可が取れないからです。私の場合は本当にラッキーに出て来ることができました。誰も出て来れない、それから入ることも許されておりません。で、ここに住んでいる150万人全員が同じ目にあっているのです。ですから、これは政治用語でいう集団懲罰つまり全員が集団的に懲罰、罰を受けていると言う風に言っていますけれども、150万人が集団的に犠牲になっていて、特にその半分は政治にまったく関係のない子どもたちです。まぁ、日本の大阪のように平和で皆さんが自由に移動したりすることのできる所に住んでいる人たちには、これがどういう意味を持っているか、だいぶ想像していただくことが難しいのかなぁと思いますけれども、そこで起きている事というのは皆さんの想像を絶するかも知れません。

     で、この経済制裁というものがどういうものか、もう少し具体的にお話したいと思いますけど基本的な最低限の食料だけは入る事ができますけれども、それがなにかと申しますと、小麦粉と砂糖と油とお米だけなんですね。で、それ以外のもの例えば子どもの食べ物は入って来ない、赤ちゃんの紙おむつが入ってこない。それから、食料の他に入って来るモノが大変に量の限られた燃料だけなんですけれども、燃料がないと救急車もガソリンがなければ満足に走れませんし、電力も火力発電所はガザにありますけれどもその燃料も(なく)停電状態です。ガザで停電状態、一日で2時間よくて6時間しか電気がありません。
    医者のための注射器とかレントゲンのフィルムとかそういうものは何も入ってきません。

    (続く)
  • [7] mixiユーザー

    2008年02月10日 13:37

    (続き)

     たとえば、まぁ今少しご説明いたしましたけれども、少し、想像をかき立てていただいて、例えば大阪を例にとって、ここで(そういうことが)起きるとどういうことだろうかということですけれども、包囲されてしまって、どこにも出口がない、それから空港も爆破されて使えない。そのあなたたちを包囲している国は姿は見えないが、あなたたちの上空を大阪の上空を支配していて制空権を持っている。入って来る物と言えばさっき言ったように基本的にちょっとの食料と医薬品の限られたものです。あなたの作った製品を輸出することもできませんし、みなさん自身もここ大阪から出ていく事ができません。
     
     最初の一ヶ月はあまり皆さん感じられないかも知れないですけれども、二ヶ月目くらいになって来ると「あれっ?物がない!」たとえば、ここにミネラルウォーターがありますけれども、こういう物がなくなるわけです。だけど水道水は汚染されていて飲めないのですね。ガザの場合は飲めない。そして、子どものためのおやつは何も無くなってしまいますし、電池がない、時計の電池もない、それからですね、補聴器、これわたしたちにとってとても大切なものなんですけれども、その補聴器の電池もなくて使えなくなってしまう。

     自動車でいらした方もおられるでしょうけど、自動車も壊れても部品がないから直せません。もう明日から使えませんってことです。

     学校でも紙がなくなりまして、学校でも使える紙がない。それからATMでみなさんお金を引き出したりしてらっしゃると思いますが、ATMでお金と一緒にいくら使ったとかいくら残っているかという紙が出てきますが、あの紙さえない。こういう場所で何か書くための紙もない。それから食器を洗う洗剤もなくなる。

     それから、お宅の居間に下水が溢れて来ます。というのは、下水道と言うのは最終的には電気で今は全部制御されていますので、電力がなくなると下水道の制御もできなくなるのです。排水ができない。

     工場も会社も、その他すべてのお店ももう閉まっています。どうしてかと言うと物がない、工場の場合は原料さえ入って来ない。しかも、政府というか、行政には実際に福祉システムがありませんので、自分で支えられない時に何の社会保障もないわけです。

     成績のいい息子さんや娘さんをお持ちの方もいらっしゃると思いますし、でも試験を受かっていてもすごくいい成績で受かっていても、学校が外にあればそこに勿論行く事はできない。

     また、息子が、広島に住んでいる息子さんがいて、息子が結婚する、結婚式だぞっていうのに、結婚式に出席するためには許可がいるわけですけれども、ここを出る為に。しかし、その許可は「すみません、出せません」と終わりなのです。

     こうしたことは、勿論これだけでも十分大変なんですけれども、医療に関してはもっともっと大変なことが起きています。非常に子どもさんが具合が悪くなったとします。でここのお医者さんに診ていただいたけれども「ここでは専門的な治療はできません。別の都市にいかなければなりません。」すごく具合が悪くて死にかけていても許可がおりなければ連れて行くことができないです。年老いたご両親がいらっしゃると思いますけれどもすごく具合が悪くて一目会って来なくちゃ。でも外にいれば会いにいくこともできない。

     いくらでも話して行けばどんどんできるわけですけれども、電気がないということがどんなことか、ということもあると思います。
    大阪では停電ということが時々起きますでしょうか。想像してみてください、夜になって毎日ずっとずっとずっと真っ暗ななかでなにもできないわけです。テレビも勿論見られませんし電気を使う物が何一つ使えないわけですから、本当に何をしたらいいんだろうか、というわけで子どもも勿論勉強もできませんし、遊びもできない、ですから鶏のようにはやく鶏小屋に入って寝なきゃいけない、他になにもできない。

     工場はどんどん閉鎖に追い込まれていますし、経済的にはもうボロボロになっております。ですから、社会全体がもうどうしようもない何の福祉もない状態になっています。
    (続く)
  • [8] mixiユーザー

    2008年02月10日 13:40

    (続き)

     今、本当に日々生活は状況悪くなっておりますけれども、これはその150万人の人々の99.9%くらいの人は、何も別に武力闘争とかそういう物と関係ないわけで、その人たちの全部がこれだけの酷い目に会っているわけです。

     こうした経済封鎖、経済的な生活上の日常の困難に加えて、実はガザの中でイスラエル軍がしばしば軍事侵攻をして来ておりまして、爆弾を投じるとかミサイル攻撃も昼と夜とを問わず実は軍事的な被害も大変に受けているわけです。

     しかし(人々は)こうした事を知らないのか、あるいは気づいて知らないフリをしているのかですけれども、是非、ですから今日、ここへ来て皆さんにこうしてガザの状況を少しでも感じていただきたいのは、それによってみなさんに是非声を上げていただきたいと思っているからです。いまガザの人たちが置かれているのは非人道的な、非常に国際法や人権規約に違反した、非常に残酷な状況におかれているわけです。ほとんど全人口の99%以上が全く関係のないことに関してそういう形で集団懲罰にかけられて、これ集団懲罰は国際法的には違反、国際法では認められていない、これいけないと言われていることなんですけれども、そういうことが平然とまかり通っているという事態に、皆さんにも声をあげていただきたいと思っております。




     これからアトファルナろう学校の様子をお見せしたいと思います。



    〜この後、「アトファルナろう学校」の様子を紹介するビデオを見ました。
           職業訓練室の刺繍やクラフトをするようすが印象的でした。〜



     みなさん、アトファルナの子どもたちをみていただいたと思います。
    なんか、とてもすてきな子どもたちだと思いませんか?

     ガザの中でも、こういう子どもたちはとても素晴らしい。ガザというのは楽しいことは一つもありませんけれども、アトファルナの子どもたち、とても楽しい子どもたちです。毎朝、私は学校へ行って教室を一回りして子どもたちから元気をもらって、仕事をしている。

     このアトファルナ、1992年に「パレスチナ子どものキャンペーン」と一緒に作った学校です。日本のみなさんにお礼を申し上げたいと思います。
    アトファルナができる前は、ガザの聴覚障害の人たちは学校に行く事ができずにそのまま放置されていました。で1992年に始まった大変小さい学校だったわけですが、現在は300人の子どもが在籍しています。

    (続く)
  • [9] mixiユーザー

    2008年02月10日 13:42

    (続き)
     アトファルナはもちろん学校が中心なんですけれども、学校以外にもたくさんの活動をしています。例えば聴覚検査ですとか、スピーチ指導ですとか、いろいろお母さんにアドバイスをするというような事もしております。

     幼稚園もあります。幼稚部もありまして50人の子どもたちがいますけれども、そこにはたくさんのおもちゃがあるんですね。小さい子どもたちはおもちゃを通じてゲームを覚えて行くわけですが、そのおもちゃの多くが日本の皆さんからのご支援で送られて来た物です。アトファルナは他の学校と同様、国語(アラビア語)、算数とか、地理とか、英語とかを学ぶ学校でもあります。
    92年に始めましたけれども、その後卒業生が出ておりまして、今だいたい3クラス分ずつの子どもたちが卒業して行っております。
    で、少し前に中学ができまして中学部の子どもたちも勉強しております。

     それで、中等部にも行ける子どももいれば行けない子どももいますし、また、大人の聾の人たちで仕事を持っていない人たちたくさんいますので、教科以外に職業訓練を行っていて、そこ(当日の会場)で品物を販売しているんですけれども、品物はわたしたちの職業訓練として聴覚障害の人たちが作ったものなんです。

     それで、職業訓練のところで作業している人、今物を作る作業にお家の仕事として関わっています。僻地というか、非常に貧しい地域の家族の女性たちでその人たちの多くの人たちは実はテントに住んでいます。家はイスラエル軍に破壊されたために再建するとかできなくて、実はテントに住んでいるような人たちがいます。この270人くらいの女の人たちにとっては、刺繍とかすることによって内職のような形で得られるお金が、月に2500円とか3000円くらい、それくらいでしかないんですけれども、しかし今のガザで職がない中で、このわずかなお金も大変大きな生活を支えるライフラインとなっています。
     
     しかし、しかしといわざるを得ないのですが私たちこれを一生懸命やって来たわけですけれども今これが大変大きな危機になっています。というのはさきほどから経済封鎖の話をしましたけれども物がないわけですね。そうするとミシンもない、照明もないという状況ですし、原材料、きれとか糸とかもガザに入って来ないという状況。一生懸命これに生活がかかっている人たちが何百人という単位でいるんですけれども、これが進められなくなって来ているんじゃないかという大変に心配しております。
     
     わたしたちの活動のすべてが常に何かによって順調に進む事ができない、何かにどこかで、こう壁にぶつかっていくわけです。例えば、ろう学校ですから子どもたちはみな補聴器をしているわけですけれども、補聴器そのものも今ガザに入って来ることができませんし、補聴器の電池さえもガザは入れる事が許可されてないのです。
     
     この1月に学校で試験をしたわけですけれども、試験もプリントで配るわけじゃない、紙がないので黒板に書いてしか試験をすることができないという状況です。
     今、私たちがもう一つやっているプログラムでお話をしてなかったのは、調理のクラスがあります。それはパンを作ったりピザを作ったりするクラスなんですが、これもまぁ製品たいへんなんですが、しかし今いっしょうけんめい熱を入れていまして、スタッフたちも皆少し、あの、ふっくらしてきていると言えます。毎日試食しなければならないからです。今、私たちに基本的に入って来ている食料は小麦粉と油と砂糖といいましたけれども、これで作って主にできるものは甘いものなんですね。

     みなさん今日ここにきてくださって、話を聞いてくださってる事、その皆さんが永年にわたってキャンペーンを通じて私たちを支援してくださっている事に対して、改めてお礼を申し上げたいと思います。そして「どうしてもこういうことをしてはダメだよ」って言う事を声を上げて欲しい、政府に対して声を上げてほしい、そう言う形で働きかけて欲しいと思います。そして改めてここでお礼を申し上げて、とりあえず終わりにさせていただきたいと思います。(拍手)

    〜〜〜〜〜〜シャワ校長のおはなしオワリ〜〜〜〜〜〜
    (続く)
  • [10] mixiユーザー

    2008年02月10日 13:44

    (続き)



    この後、質疑応答がありました。この中でいくつか注目すべきシャワ校長の発言を。。。


    〜〜〜〜質疑応答へのお答えより〜〜〜〜

    ・世界の指導者がもっとガザに目を向けるようにさせていかなければならない。メディアについては、アメリカの報道機関はコントロールされていて
    真実を伝えていない、と言えます。


    ・率直に申し上げて、経済的な援助を私たちは必要としています。
    イスラエルがガザを敵対地域と宣言した以降、国際的な支援がほとんど
    途絶えている。政府もNGOも個人もガザに支援をすると「アブない奴」と思われるのがいやだというのでそれを止めていて、ガザには今経済支援がまったくないのです。
    絶望的になればなるほど、軍事的なことに人々が追い込まれて行きます。


    ・もしよろしければ「折り紙」の紙をアトファルナに送っていただけると大変うれしいです。
    アトファルナには日本のボランティアがかなり来てたので、子どもたち、折り紙が折れるんです。
    そういう「楽しみ」が今まったくないのです。


    ・ガザにたとえば皆さんが一週間でも生活するとかなりストレスを感じられると思います。ガザは今お話ししたように厳しい状況にあるだけでなく、1967年から軍事占領下にあるという事実を忘れていただきたくない。つまり自由がないという状況が40年以上続いているのです。当然、ガザに住んでいる人たちがそういう問題をかかえています。例えばPTSD(心的外傷後ストレス障害)っていうのがありますが、ガザの人たちそういう人もたくさんいますけれども、大事な事は普通は事件や事故のような大きな事に巡り会ってそれからストレスをかかえて病気になっていくわけですけれども、実はガザの場合はこういうことが日常的に続いているわけですね。一度も終わった事がない。だから色んな問題が当然あるわけですけれども、実は今、心理学的にそういうものを表現する言葉がないわけです。表現する言葉さえない。60年前に難民になった人は60年続いているわけです。
     私たち全員がほとんど「うつ状態」にあるといってまちがいない。しかし誰もこの話をしない、何故かと言うとお互いにそうだからです。
    そんなこと言い合ってどうなるんだって感じです。



    ・贈り物がガザに届くのかというご質問がありましたが「紙」「手紙」は今の所とどいているので「折り紙」をお願いします。おもちゃについては、なかなか微妙でけっこう入っている、補聴器や電池などはまったくだめ、おもちゃはどのくらい時間がかかるかわからないが入ってきている。



    ・ガザとエジプトの壁を破って買い物をしてきたことについては、仰るように懲罰があった。燃料の供給を完全にストップされ、自動車が走ってない状況である。



    ・ユダヤ人たちがかつて酷い目にあってきたことは私も知っているし、パレスチナ人も知っているし、それはいけないことだと勿論思っている。
    しかし同時にそれだけの被害を被害者として大変苦しんできた人たちが、今他の人たちを苦しめているのは、だからやっていいというわけではないと思う。
    何故こういうことになったのか、その経験を生かしたふうにしてほしいと思う。


    〜〜〜〜質疑応答から抜粋オワリ〜〜〜〜〜〜
    (続く)
  • [11] mixiユーザー

    2008年02月10日 13:45

    (続き)



     報告会で取ったテープから書きましたが、小型録音機の調子が悪く
    ときどき居眠り(機械が)して、正確に再現できたが自信がありませんが、だいたいのガザの様子は察していただけるかと思います。

     とにかく、楽しみのない打ち続くストレスの中の子どもたちに
    私にできることは、まず「おもちゃと折り紙」だな〜。
    そして、とにかく世間に向かって「ガザを何とかしなければ!」と
    呼びかける事だな〜と思いました。

     写真やビデオの中のガザの人々は「暗い惨めなガザの人」ではなく
    大変、誇り高く、美意識の高い人々という感じをうけました。



         パレスチナ子どものキャンペーンHP

           http://www32.ocn.ne.jp/~ccp/


        ♪♪♪ ガザへおもちゃと折り紙を送ろう ♪♪♪

    「おもちゃを送ろう」「おもちゃの送り方」「おもちゃがガザに届きました」

    は、上記HPの「おもちゃ送ろう」をクリック。
    そこから、送り方、宛先を知ることができます。


     おもちゃを受け取った子どもたちの様子がスライドショーで見られます↓
    http://webryalbum.biglobe.ne.jp/cgi-bin/was?id=10026810015855a39f1b8803842ffab118c63f430&aid=01591635099321901&fn=ast
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