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開催終了南京大虐殺から70年 世界が見ている「南京」 in大阪

詳細

2007年11月30日 07:35 更新

関西にお住まいの方へ

 一つ前の東京の証言会、東京だけでなく大阪でもあります。

=====ご案内(転載歓迎)=====

南京大虐殺から70年 世界が見ている「南京」

日時 :12月 1日(土)

 第一部 10:00〜12:00AM

     映画「閉ざされた記憶」武田倫和監督

 第二部  1:30〜 4:00PM

     生存者被害証言 伍正禧さん 
             張秀紅さん 

     南京戦参加元日本兵の証言(DVD)初公開 (←必見!)


会場 :エル おおさか(南館5F)

資料代:1000円

主催 :南京大虐殺60カ年大阪実行委員会

=====案内終わり=====

是非、ご参加を!

コメント(68)

  • [29] mixiユーザー

    2007年12月21日 17:34

    ぱんにゃさん

    >「悪いことをしないようにお願いします。」
    >この慈悲の塊のような言葉、無駄にしたくないです。

     本当にそうですね。そして語られた言葉にこめられた思いを感じ取る感性って
    大切だなぁと、ぱんにゃさんやどろさんに学びました。
  • [32] mixiユーザー

    2007年12月22日 08:13

     国家と国民とは分けて考えたいと思います。

    証言者たちが、中国の軍事に直接関わったわけではないです。

    また、その国家が軍備をもっていても日本の過去の非道が免罪されるわけでもないです。
  • [33] mixiユーザー

    2007年12月22日 08:52

    南国さん

    >日本は敗戦後、一度も他国を侵略してないです。
    >また、軍事力を背景に他国を脅すこともしてないです。

    南国さんはこの状態を誇りに思うでしょう?
    私は世界に堂々と胸をはって、誇れることだと思います。

    南京の被害者が仰るのは、この状態を続けてくださいということですよ。
    平和憲法をもつ日本としては、その願いに応えるのは簡単なことです。
    憲法どおりに、平和的にやっていけばいいだけなんだから。
    だつたら日本国民として、その願いに応えようじゃないですか。

    この願いに応え続ける限りにおいて、私達は中国の侵略を非難できます。
    その軍拡を抑制しろと要求できます。

    そういう相関関係にあるんではないでしょうか?
  • [34] mixiユーザー

    2007年12月22日 12:53

    南京で日本軍が約1万5千の捕虜を殺害
    当時、日本軍には1万5千の捕虜を収容する施設が無かった
    既に食糧は底をつき、兵器は不足していた
    捕虜に食わせる食糧は無く、例え食糧があったとしても飯を食う茶碗を1万5千個も集めてくることも不可能であった
    収容施設や監視等が出来ないのであれば捕虜の釈放か処刑するか2つの選択肢
    しかなかった
    もし、一般市民の捕虜に反日プロパガンダが根を張っている地で捕虜を釈放をすれば敵兵を増強することになる
    釈放か処刑か、即決しなければならない状況で処刑を選択した
    処刑せざるおえない状況、、、

    もし、日本に財力に優れ、軍事力、食糧、交渉力全て優れていたとしたらこんなに惨い戦争にはならなかったと、、、

    敗戦後、わたしたち日本人が二度とこのような惨い戦争を繰り返さない
    ためには何をすべきか、後世に伝える過去の歴史は事実だけを伝えて行ける
    ためには何をすべきか、を考えたいですね。
  • [35] mixiユーザー

    2007年12月22日 15:07

    masaさん

    おっしゃりたいことは、一般論としてはわかります。
    しかしたぶんmasaさんは南京事件の証言というものに具体的に触れておられないから、そういう感想を抱かれるのだろうと思います。
    つぎに中国側は南京事件の「虐殺行為」だけを問題にしているのではないことも、合わせて考えるべきであろうと思います。

    あとのテーマから先に書きますね。
    南京事件がクローズアップされたのは、日本に否定論が勃興してからであって、それまで中国側がこれについて強く日本を非難するなどの行為はなかったと思います。
    否定論者は、「そもそも捕虜の殺害なんかなかった」と言いました。

    有名な第十六師団長の「中島今朝吾日記」には、こう書いてあります。
    ▼
    ◇十二月十三日 天気晴朗
    一、大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くることとなしたれども千、五千、一万の群集となれば之が武装を解除することすら出来ず 
    唯彼等が全く戦意を失ひぞろぞろついて来るから安全なるものの之が一端掻(騒)擾せば始末に困るので部隊をトラツクにて増派して監視と誘導に任じ
    十三日夕はトラツクの大活動を要したりしながら、あわせて戦勝直後のことなれば中々実行は敏速に出来ず 斯る処置は当初より予想だにせざりし処なれば参謀部は大多忙を極めたり
    ▲

    ここに【大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くることとなした】とあるところを、否定派はつぎのようにいうのです。

    ▼
    ★東中野修道氏『南京「虐殺」の徹底検証』
    従って、「捕虜ハセヌ方針」とは、「投降兵は武装解除後に追放して捕虜にはしない方針」という意味になる。
    ★田中正明氏『南京事件の総括』
    虐殺派はおしなべてこの中島中将の「捕虜ハセヌ方針」というのを一般に誤解して、南京の捕虜はかたっぱしから殺害したかのごとく主張するが、決してそうではない。
    「それは、銃器を取りあげ釈放せい、ということです。中国兵は全国各地から集っていますが、自分の国ですから歩いて帰れます」 ( 「正論」61.5 阿羅健一著「日本人の見た南京陥落」 ) 。
    ★阿羅健一氏『南京事件 日本人48人の証言』
    参謀本部庶務課長・諌山春樹大佐の証言(1)
    ―第十六師団長の中島今朝吾中将の日記に「捕虜はせぬ方針なれば」とありますが、どんな意味なのでしょうか。
    「武器をとりあげて釈放せよ、ということでしょう。捕虜は釈放するということなのですが、そのまま釈放すればまた敵となりますから武器を取り上げます。
    ▲

    殺したのではない。釈放したのだと、masaさんとは正反対のことを書いています。
    ところが中島師団長の日記にはつづきがあります。

    ▼
    一、後に到りて知る処に依りて佐々木部隊だけにて処理せしもの約一万五千、
    太平門における守備の一中隊長が処理せしもの約一三〇〇、
    其仙鶴門附近に集結したるもの約七八千あり尚続々投降し来る

    一、此七八千人、之を片付くるには相当大なる壕を要し中々見当らず 
    一案としては百二百に分割したる後適当の箇所に誘きて処理する予定なり
    ▲

    【之を片付くるには相当大なる壕を要し】とあり、それがみつからないから【百二百に分割したる後適当の箇所に誘きて処理】すると書いてありますね。
    処理と言うのが釈放を意味するなら、なぜ釈放するのに「大なる壕」が必要なのか。

    中国が日本側に不審を抱くのは、こういう否定論が全国新聞や有名月刊誌につぎつぎと掲載されるようになったからです。

    またこういう「研究者」はもとの日記を全部読んでいるのですから、読み違えをするはずがないんです。
    なのに、その一部分だけを取り出して、読者をだましている。
    つまり確信犯なんです。
    こんな否定論にだまされる国民がたくさん現れたので、史実をごまかすな、と言って証言者が現れ、記念館が建てられ、という順番になっているのです。

    まずはこういうことを押さえておいてください。

    つづきます。
  • [36] mixiユーザー

    2007年12月22日 15:13

    masaさん、つづきです。

    もうひとつは、その虐殺の中身についてです。

    日本側の証言はたくさんありますが、そのうち一人だけを紹介します。
    中島師団長の第十六師団で経理部にいた金丸吉生(よしお)さんの証言です。
    金丸さんは「百十四銀行」の頭取をなさっていた、立派な人物です。
    彼は、『魁 郷土人物戦記』(伊勢新聞社編)に手記を書いており、また『金丸吉生軍曹手記』というものも書いておられます。

    どちらも「南京大虐殺などはなかった」という立場から書いておられます。

    ★『魁 郷土人物戦記』
    「南京虐殺二十万人というようなことは誤解である。」
    「戦死した者は双方に多数あっただろうが、良民を虐殺したということはまったくなかったと思う」

    ところが、その金丸さんがこんなことも書いておられるのです。

    ★『金丸吉生軍曹手記』
    「江岸道路には死体の山が所々にあり、それは百名程度のもので真っ黒焦げになっていました。それらはみんな厳冬のことでもあり全部硬直していました。
    また、対岸の浦口と連絡する鉄道路線には焼けただれた貨車があり、その中にも死体が一杯あり、これらは全部正規兵と見受けられました。」

    「また歩三三の兵隊の話では汽車の貨車に中国兵を一杯積み込んで線路を押して揚子江へ突き落としたのが十輌足らずあったと聞きました。」


    【中国兵を一杯積み込んで線路を押して揚子江へ突き落とした】
    これが虐殺ではないと、金丸さんは考えているのですね。
    【焼けただれた貨車があり、その中にも死体が一杯あり】
    中国兵を貨車に閉じこめて焼き殺しても、彼にとっては虐殺じゃないんです。
    金丸さんの手記には、つぎのような証言もあります。

    ★『金丸吉生軍曹手記』
    「・・・四列縦隊の中国兵が約一コ大隊ほど大声を発しながら(これは大声で泣いている声でした)、そして、その両側を十メートル置きぐらいに剣付きの三人式歩兵銃を持った日本兵が監視をしながら行進して来たので「何処へ行くのか」と聞いたところ「処分をしに行きます」との返事でした。」

    「私は「そうか」と言ったものの何となく寒気を感じました。この捕虜は漢西門近くの濠(クリーク)と城壁の間にある斜面になった土地へ連れて行き機関銃で処分し、石油をかけて焼却したことを後に知りました。
     そこで数日間毎日夕方から夜になると盛んに銃声が聞こえ、その後で火が燃え上がり毎夜おそくまで青白い焔が燃え続けているのを見ました。だから正確な数は判りませんが一夜に五、六百名として三千名から四千名くらいの処分があったものと想像されます。これが私の見た中国兵処分の実態です。」


    金丸さんは、これも、虐殺ではないというのです。
    理由は、彼らは兵隊だからだと。
    このような感覚はいかがなものでしょうか。
    金丸さんは殺人鬼ではありません。
    ちゃんとした市民で、銀行の頭取にまでなった方です。
    でも、戦場の殺人というものに、鈍感になってしまっているのです。
    中国兵に対する蔑視感情がないといえば、ウソでしょう。

    私達は、このようなある種の鈍感さに染まってはいけません。
    だからこそ、証言を聞くことが大事だと私は思います。
    masaさんも、ネット情報ではなく、図書館で「南京の証言」を読んでみてはいかがですか?
  • [37] mixiユーザー

    2007年12月22日 16:01

    どろさん、いつもありがとうございます。

    是非、図書館で南京事件の証言を読んでみたいと思うようになりました。
    とは言っても日本へ仕事で一時帰国するのは年に4〜5回です。
    次回は三月。その次は六月。六月は少し時間が取れるかな、、、
    来週はバンコクへ出張で、年が明け中華正月後は江蘇省の丹陽と言う所へ出張します。
    アモイ、上海、南京と空路で行き、南京から丹陽まで陸路で行きます。
    丹陽から安徽省へ出張先の移動の時、いつも南京の町を通ります。
    中国の大河長江に架かる橋を渡るときは、スルーせずに一度降りてみようと思っています。
    いつも南京をスルーしていたのですが、今回は時間を作って南京の歴史資料館へ行ってみようと思っています。

    今、白内障で長時間本を読める体調ではないので、軽く読む程度に抑えています。中華正月(中国では春節)に静養して本が読めるコンディションにしたいと考えています。

    もぐらさんからはいつも苦労して集められた資料を読ませて頂いてます。
    (目のコンディションが悪く、正直言って流し読みが多いですが)中華正月の休みにはマジメになって一生懸命に読ませて頂きます。

    皆さんから教えてもらうことが多く、感謝、感激、雨、あられ、です!^^
  • [43] mixiユーザー

    2007年12月23日 07:57

    南国さま

     どうやら「卑怯者」とは文脈上ワタシのことを指しているようなので
    お答えします。
    まず、お願いなのですが、ここは大人の交流の場と心得ております。
    もう少し、大人としての礼儀をわきまえた書き方を望みたいと思います。


    >それが出来るなら、
    >「日本の過去の非道は、旧日本軍がやったもんだから、オレ達国民は関係ねーぜー」
    >って言えるんだよね。

     そうですよ。だから彼らが糾弾しているのはあくまでも日本政府です。
    ま、「オレ達国民は関係ねーぜー」は言えないのですね。

     特にわれわれ戦後生まれはあの戦争に直接加担したわけではないから
    彼らに謝る必要も必然もない、と考えます。
    (日本政府は、謝る必要があります。念のため)
    ただし、責任はある。なぜなら、われわれはすべて好むと好まざるとに関わらず
    過去からの帰結に関わっているのです。(ヴァイツゼッカー「荒れ野の40年」)
    日本でいうなら、父祖たちが犯した戦争犯罪からは逃れて、父祖たちが築いて来た
    繁栄だけは享受するというわけにはいかないのです。
    その責任を少しでも全うするために、過去に日本国から被害を受けた人の証言を
    聞く事は、大切な事と考えます。
    証言者も「 平和な国家を築いていってほしいです。悪いことをしないようにお願いします。」と明らかに国家の非道をさして悪い事と言っています。

    あなたの言っていることは、揚げ足取り以外の何者でもありません。

    ご理解いただけるかどうかはわかりませんが。

    今後、最低限の礼節を持った発言以外はスルーします事、お許しください
  • [44] mixiユーザー

    2007年12月23日 08:01

    南国さん

    南:南京事件を政治利用するな。
    中:侵略を反省しろ。
    南:侵略者のお前に言われたくない。
    中:侵略者はお前だ。
    南:お前こそ侵略者だ。
    中:廬溝橋を忘れたのか。
    南:チベットを知ってるぞ。
    中:靖国は許せない。
    南:内政干渉だ。
    中:軍国主義を復活させるのか
    南:お前こそ軍拡ばかりしやがって。

    南国さん、これは対話ではありません。
    子どものケンカです。
    イランとイラク、インドとパキスタン、ロシアとチェチェン、ギリシャとトルコ、フツ族とツチ族、みんなこういう馬鹿馬鹿しい意地の張り合いで戦争になりました。
    無益ですから、そんなまねをするのはやめたいものです。

    日本と中国は隣り合わせの国です。
    国境(海上も含む)が合わさった国で領土紛争を抱えていない国は、ほとんどありません。
    領土紛争を抱えているのが普通の姿です。
    ですから日本と中国の間にも領土紛争があります。
    それでも武力でにらみ合いしなくても良いのだから、良好な関係と言えます。
    これはお互いに自制心が働いているからです。
    いろいろ問題をはらみつつも、です。
    もちろん、これは日本が国際紛争を武力で解決しないという決意を表明し、実践しているから、中国もそれに合わさざるを得ないのです。
    世界の紛争国に対して、日中は、とりわけ日本は、良いお手本を示していると思います。

    中国政府が南京のことを持ち出すのは、南京大虐殺はなかったなどという妄言が飛び出した時だけで、それがなければあえて外交問題として持ち出すことはありません。
    馬鹿な閣僚が下らないことを言わなければ、日本もいちいち釈明や謝罪をすることはないのです。
    もののわからない政治家を選んでしまうのは日本の有権者ですから、まず私達がしっかりとした歴史認識を持つ必要があります。
    そのために証言を聞いたり、書物を読んだりすることが大切です。
    これは中国に言われるからそうするのではなくて、私達のためにそうするのです。
    主体的な道義的品格の問題です。

    私達がそういう姿勢を堅持する限り、中国だってプライドがありますから、道義国家としてふるまうしかありません。
    お互いがそのような外交姿勢にたてば、良いスパイラルが始まります。
    最初に示した口ゲンカの姿勢なら、悪いスパイラルにはまりこみます。
    どちらがお互いのためになるか、答えは明らかですね。

    中国が道義的国家であると内外に宣明すれば、それを契機に「それならば我々に権利を与えよ」とチベット民衆が立ち上がるかも知れませんが、それはチベット民衆が決めることで、我々が口出しをすることではありません。

    最後に、もぐらさんに対する南国さんの言葉使いは、礼を失したものだと思います。こんな指摘をしなくてもご自分でもよくわかった上でのことでしょうが。
    対論相手の主張を批判することと、貶めることは違うと思います。
    これまでのいきさつは存じあげませんが、ここはいさぎよく詫びるのが男気というものではないかと思うのですが。
    いかがでしょう。
  • [45] mixiユーザー

    2007年12月23日 12:42

    いつもの南国さんではないようです。南国さんはいい人なんです。
    ちょっと疲れていて、言葉つかいが悪くなっているのかな、
    早い方がいい。もぐらさんに侘びてから、また議論しましょう。
    これは喧嘩ではありません。討論です。
    アグレッシブになり過ぎて言葉つかいが悪くなってしまったのでしょうね。
    もぐらさん許してあげてくださいね。よろしくお願いします。
  • [46] mixiユーザー

    2007年12月23日 14:30

    当時、日本軍の戦死者が310万人でした。そのうちの半分以上が餓死と病気
    だそうです。
    日本からの食糧、物資、弾薬、医薬品などの補給が途絶えていた状況で、ひとつ
    疑問があります。
    年末年始の短期間で30万人(中国側の主張している殺害された中国人の数)
    捕虜を長江へ連れて行き、処刑し油をかけて火葬した、と言うことですが、
    物資の補給が途絶えていた時に30万人もの死者を火葬するだけの油があったのでしょうか?
    火葬窯で2時間はかかります。川沿いで油をかけて死体を火葬すれば大量の油
    が必要になります。2時間では骨になるまで火葬することはとても困難であると思います。
    さて、火葬に必要な油はあったのでしょうか?
    30万人を火葬できたのでしょうか?

    わたしは昔、インドで火葬を見ました。大量の木材が必要だったと記憶
    しています。一人の人間を火葬するのに大量の木材が必要です。

    中国人捕虜等に餓死者、や病気による死者は無かったのか?
    日本軍は310万人の戦死者のうち半分が餓死と病死です。

    日本軍人は中国人を蔑視していなかったか?

    疑問点が次から次へと出てきます。
  • [48] mixiユーザー

    2007年12月23日 21:24

    masaさん

    >30万人(中国側の主張している殺害された中国人の数)捕虜を長江へ連れて行き、処刑し油をかけて火葬した

    こういうことをほんとうに中国政府が主張しているのですか?
    わたしはそういう資料に巡り会った事がありません。
    興味があるので、是非ソースをご提供下さい。

    私の知る範囲では、そういう事実はなかったと思いますよ。
  • [49] mixiユーザー

    2007年12月23日 22:13

    どろさん

    34でも書きましたが、
    捕虜を長江で処刑したとされた数は1万5千弱ではないでしょうか?
    中国政府が主張している南京で殺害された数が30万人。
    これは南京歴史資料館の壁に大きく刻まれている数字です。
    南京人民、中国人民に、「南京大虐殺」をわすれてはいけない、と
    刻まれた数字です。
    ソースはありませんので提供できません。
  • [54] mixiユーザー

    2007年12月24日 00:06

    どろさん、

    金丸さんの記憶は凄いものです。殺人をしなければならない現場で冷静です。
    わたしの父は中国に出兵しました。金丸さんと同じくらいの年ではないかと思います。父は軟弱で頭がイカレてしまいました。恐らく戦争ですから恐ろしい殺人現場にいて頭がおかしくなってしまったのでしょうね。
    戦争のことは何一つ聞き出すことが出来ず逝ってしまいました。

    >>金丸さんは、これも、虐殺ではないというのです。
    理由は、彼らは兵隊だからだと。
    このような感覚はいかがなものでしょうか。
    金丸さんは殺人鬼ではありません。
    ちゃんとした市民で、銀行の頭取にまでなった方です。
    でも、戦場の殺人というものに、鈍感になってしまっているのです。
    中国兵に対する蔑視感情がないといえば、ウソでしょう。

    私達は、このようなある種の鈍感さに染まってはいけません。

    そうですね。ある種の鈍感さには染まりたくありませんね。
    中国人に関する蔑視感情は初めはなくても一緒に生活していると蔑視
    感情が生まれてくる、そんな人がいるんです。全てではありませんが、、、
    中国は、思想、教育が日本とは大きく違いましたからね。当時から現在に至るまで多くの人種がいます。
    特に現在と大きく違うのは共産主義思想を強く持った人達は殺しておかなければ
    日本軍が彼等の攻撃を受けて殺されてしまうかもしてない。そんな状況だったと思います。
    今日の中国の一般人民には共産党員は殆どいないですからね、日本人と同じスタンスですからわたしは彼等中国人を蔑視などしません。
  • [57] mixiユーザー

    2007年12月24日 13:45

    Dear Ladies and Gentlemen!!

    Merry Christmas and a Happy new Year!!

    Good-by 2007 Welcome 2008!!

    I wish the world to become peace!!

    Best regard.
    masa

    2008年も皆さん宜しくね!
  • [58] mixiユーザー

    2007年12月24日 15:04

    南国さんへ。
    masa さんに監視役を期待するのは酷だと思うよ。

    masa さんも忙しい人だからね。

    オイラが前、
    ゴホンさん、チダさん、nightflightさんともめた時、
    masa さんをはじめ、多くの方のとりなしのお陰で矛を収めたんだが、

    結局、ゴホンさんなんかは、
    masa さんをはじめとした多くの方の顔に泥を塗って、
    同じ過ちを繰り返したからね。

    オイラの言ってることが全て結果論。
    なら該当部分を指摘せよって質問しただけなのに、

    暇がないで遁走中だからな(笑)。

    暇がないなら、無いで結構なんだが、
    結果論って件は聞き流してくださいって具合に、
    謝罪・撤回するだけでいいのに、そんな暇すらもないのに、
    何故か12月になってからアレコレ書き込む暇ならあるみたいだけど。

    ということで、
    誰か監視役だなんて面倒な役を引き受けてくれるなら、
    ぜひ丸く収めてくれたらと思いますよ。

    ていうか、
    今月いっぱいで休会じゃなかったけ?

    わるかったなーと思ったなら謝っとくとスッキリするかもね。

    というオイラは、
    ゴホンさんと、もぐらさんの反応待ちちう(笑)。
  • [59] mixiユーザー

    2007年12月24日 15:46

    みなさん

    南京事件についての議論はこちらよりも南京トピが相応しいと思うので、移りませんか?
  • [60] mixiユーザー

    2007年12月25日 10:02

    南国さん、ちょっと雑談させてください。


    謝罪する、詫びる、謝る、はどれも同じ意味。この仲で、一番柔らかい言葉が
    「謝る」、かな。昨日はクリスマスイブ。「X」はキリスト?神?の意味かな?
    masはミサの意味。Xmas。ミサは神へ「感謝」する、意味が強い。
    「感謝」と「謝罪」、一文字同じ字だね。
    これって「心からXXXする」では同じ意味になる。
    現代人「心からXXXする」って行為が忘れがちになっている様に思うんです。
    「心からXXXする」って、そんなに難しいことじゃないと思うんだけど、
    現代人には、ちょっと難しくなってきていると思うんです。

    >>言葉使いが悪かったことは謹んで詫びろうかな、っとも思い初めています。

    南国さん、オイラは偉そうなことを言いたくない。でも、ちょっと言わせてね。「水面下」で謝ってしまえば、すっきりすると思う。心の奥底にあるわだかまりが解けるんじゃないかな。メール一本ですっきり出来る!

    日本には「水」にまつわる言葉がありますね。例えば「水に流す」
    これは、過去のことはとやかく言わず、すべてなかったことにする」と言った
    意味でしょうか、、、日本は水が豊富な国です。しかし、お隣の国、中国は
    年間雨量がとても少なく、雪も乾ききった砂漠の白い砂のようです。
    水の無い国では「水に流す」と言った行為や意識などが無いんですね。
    田中角栄は周恩来と日中国交の扉を開いた時の田中角栄の演説で「過去の
    侵略で中国国民に多大な「迷惑」をおかけしたことを心からお詫び致します」
    と(記憶なので間違いがあるかもしれないけれど)
    中国では「迷惑」とはちょっと撒いている水が人にかかってしまった程度を
    「迷惑」と言う。侵略戦争で亡くなった人対して適当ではない、らしい。
    しかし、中国の首相はその謝罪を受け入れたのは周恩来は寛大でした。
    角栄の演説の後、周恩来は「過去のことばかり言っていては前に進めない」
    と言うようなことを言ったと記憶しています。
    「謝る」と「受け入れる」と言う双方の行為は人間関係においてとても重要であり必要なことだと思っています。

    周恩来は日本に留学経験もあり、「水」にまつわる言葉を理解していたと思います。
    さあ、クリスマス!水でXXXしよう!

    みなさん、突然の「雑談」お許しください!

  • [61] mixiユーザー

    2007年12月25日 11:07

    masaさん

    【燃料がないのに、30万人をどうやって焼いたのか】

    >中国政府が主張している南京で殺害された数が30万人。

    了解です。意味がわかりました。

    この数字は、いわくつきの数字ですね。
    この数字で中国側が何を指しているのか、よくわからないところがあります。
    中国も一枚岩ではないので、政府と研究者と運動団体では、30万人の中身がずいぶんちがいます。
    市民だけで30万人なのか、市民と捕虜で30万人なのか、市民と捕虜と戦死者が30万人なのか、論者によって違います。
    定義がはっきりしていなくて数字が同じということは、これは象徴的な数字だということだと、私は理解しています。
    でも、どの説をとっても、30万人の死体が焼かれたとは言っていないと思います。

    日本側はどうでしょうか。
    さすがに30万人虐殺説というのは、日本にはないのですが。

    軍事史研究家には南京戦を上海からの並行追撃戦全体を言うとの立場の人がいます。
    この立場に立って、中国側の動員兵力百万、戦死30万という人がいるんです。
    第一次世界大戦のカポレット戦(イタリア軍対ドイツ=オーストリア連合軍の戦いで、敗走するイタリア軍をドイツ側が追撃した戦い)では、150キロメートルの追撃戦でイタリア軍に21万人の戦死者と20万人の脱走者が出ています。
    250キロメートルの追撃戦をやった南京戦でこれくらいの死者があっても不思議ではないと思われます。
    しかしこの人は南京大虐殺はなかったと言っています。
    死者は多いが、正当な戦闘の結果だから不法殺害ではないという主張です。

    日本で一番被害者数を多く見積もっている別の研究者は、十数万人が不法殺害されたとの意見です。
    その期間は南京城攻防戦開始から、占領後2ヶ月間。
    その地域は南京市だけではなく、広域の南京行政区全体です。

    けれど、どの研究者も死体がすべて焼却されたとは言っていません。
    放置があり、埋葬があり、揚子江に流したものもあります。
    焼却した死体も、最終的には揚子江に流したようです。
    ですから、燃料もないのにどうやって焼いたのかというmasaさんの疑問は、これで解消です。

    そういうことはなかった  ということです。
    これでよろしいでしょうか?
  • [63] mixiユーザー

    2007年12月25日 12:01

    どろさん、


    でも、、、まだこれでは疑問が解消しません。
    >>けれど、どの研究者も死体がすべて焼却されたとは言っていません。
    放置があり、埋葬があり、揚子江に流したものもあります。
    焼却した死体も、最終的には揚子江に流したようです。
    1.生き埋めした写真があります。
    2.川沿いに放置された死体の写真があります。
    3.長江(揚子江)に流した写真がありません。

    生き埋め、埋葬はあったと思います。日本軍兵の遺体は焼かずに土葬していたように土葬と言う方法は行われてと思います。
    今日も遺族の方々の発掘作業は続いていて、遺骨は発見されています。

    「川に流した」説がどうも解りません。
    わたしは仕事で江蘇省の丹陽から車で安徽省の合肥へ移動する時に揚子江をカーフェリーで渡ります。中国は年間を通じて雨量が少なく、揚子江の流れはいつも緩慢です。南京(江蘇省)の流れは緩慢で事件のあった12月特に緩慢なので死体は流れずに浮いた状態になるでしょう。
    もし浮いていれば、死体は風船の様に膨らみ水面には風船の様な死体がたくさん浮かんでいたでしょう。
    死体は揚子江には流さなかった、と思うのですが如何でしょうか?
    わたしはインド、タイで川で風船の様に膨らんで浮いている死体を見たことがあります。川の流れが緩慢であれば軍の幹部は死体揚子江にす命令は出さなかったと思います。

    それから、焼却を終えた遺体はほとんど無かったと思います。人間の体は
    川沿いで油だけで焼却した場合、そんなに容易に骨にはなりません。
    焼却窯があれば話は別ですが、、、
    当時、食糧、弾薬、油、医薬品が不足していた時に本当に焼却はあったのでしょうか?

    日本の過去の戦で焼き討ち、皆殺しがあったのは織田信長の比叡山延暦寺の
    戦いだけで、それ以外では焼き討ち、皆殺しをした戦は無かった。
    南京で起こった事件は日本人だけがやったのでしょうか?
    レイプ、焼き討ち、皆殺しは中国の戦でありますよね。
    日本軍本当にやったのでしょうか?
    この頃の日本軍は中国のインフラ整備に大きな貢献をしています。その道路や
    鉄道は今でも使われているんです。
    解りません!
    どろさん、この件、もう少し教えてください。

  • [64] mixiユーザー

    2007年12月25日 12:28

    masaさん

    第六師団長谷寿夫の軍状報告というのがあります。
    (1937年1月27日)

    「之より先、歩兵第四十五聯隊を十日夜揚子江岸に近く北進せしめましたが、南京より脱出せる万余の敵と各所に遭遇し、之に莫大の損害を与へ、河岸一面死体を以て覆はれたる状態を生じたのであります。」

    このように、日本側の記録にも揚子江上の死体のことが現れています。
    もちろん記録はこれひとつではありません。

    ても、このつぎからは南京トピに移りましょう。
    そこにも関連する内容を書き込んでいますので。
  • [65] mixiユーザー

    2007年12月25日 12:37

    masaさん

    すみません、ひとつ脱けていました。
    谷寿夫氏の書いている死体がどのように処分されたのかが脱けてました。

    第9師団 歩兵第18連隊 第36連隊 第6中隊 分隊長 山本武氏
     
     この朝、風聞するところによると、こんどの南京攻略戦で、抗州湾に上陸した第六師団(熊本)が、南京の下関に於いて、敵軍が対岸の浦口や蕪湖方面 に退却せんと揚子江岸部に集まった数万の兵達を、機関銃掃射、砲撃、あるいは戦車、装甲車などによって大虐殺を行い、白旗を掲げ降伏した者を皆殺しにしたというので、軍司令官松井大将が「皇軍にあるまじき行為」と叱り、ただちに死体を処理せよとの厳命を下し、毎日六師団が死体を焼却するやら、舟で揚子江上に運び捨てているなど、現場は実に惨憺たる状況である、と言う。物好きにも、わざわざ遠く下関まで見物に出かけた馬鹿者がいるらしい。
  • [66] mixiユーザー

    2007年12月25日 13:29

    どろさん、

    この証言と一致する証言があります。
    機関銃で処刑する、処刑方法が一致します。
    http://www.history.gr.jp/~nanking/dathin.html

    インタビューでは殺害した数字が少ない。
    中国側は30万人
    東京裁判20万人
    証言は極端に少ない

    当時の南京の人口については曖昧

    まず、この証言を読んで頂いて(既に読まれていると思いますが)
    もう一度、いろいろと教えてください。お願いします。
  • [68] mixiユーザー

    2007年12月25日 14:50

    masaさん

    南京トピにお返事しますね。
mixiユーザー
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