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開催終了ある日、池田クンが<池田龍雄×飯田晃一>

詳細

2009年09月30日 14:46 更新

東京バビロン ダンスセレクション 

『ポンペイの落書き#03/FINAL』―私と一緒に踊ったことを憶えていて?

公演名:「ある日、池田クンが」

出 演:池田龍雄+飯田晃一

開催日:2009年10月3日(土)開 場:19時00分 開 演:19時30分

料 金:前売 2,500円 当日3,000円

場 所:pit北/区域 東京都北区王子1-13-18不二泉ビルB1,2F tell 03-3927-5482


池田龍雄  Tatsuo Ikeda

【プロフィール】

1928年佐賀県生まれ。1948年多摩造形芸術専門学校(現多摩美術大学)入学。まもなく岡本太郎、花田清輝、安部公房らのアヴァンギャルド芸術運動に参加。以来、文学や映画など、多くのジャンルと深く交わりながら、一貫して美術の前衛として今日まで活動し続ける。

<パブリックコレクション>

東京国立近代美術館・東京都現代美術館・世田谷美術館・練馬区立美術館・山梨県立美術館・富山県立近代美術館・佐賀県立美術館・国立国際美術館・広島市現代美術館・熊本市現代美術館・栃木県立美術館・名古屋市美術館・福岡市美術館ほか多数

著書に『芸術アヴァンギャルドの背中』(沖積舎)、『絵画の距離』(創樹社)、『夢・幻・記』(現代企画室)、『蜻蛉の夢』(海鳥社)など。






飯田晃一  Koich Iida

【プロフィール】

演出家。藝術身体研究所・所長。カラダこそゲイジュツを標榜し、活動はダンス・舞台分野のみならず、前衛芸術家との交流も深い。駒沢大学文学部(心理学専攻)卒業、演劇活動、サイコドラマのインストラクターを経験。バックパックを背負いインドへ、ヨガの聖地であるリシュケシにて、舞踏に出遭う。舞踏家元藤アキ子に師事、舞踏の根っこを学ぶ。2003年以降、原爆ドーム、ニューヨーク・WTC、第五福竜丸、サイパン島などでの「世界中が劇場である」プロジェクトを始動。「戦争をなくす」と高らかに唱え、メディア・国連へアプローチするも、いずれも取り上げられずにいる。2004年藝術身体研究所設立。2006〜2008年、神社仏閣や芸術祭関連イベントの総合演出として招聘される。2009年10月3日には美術家池田龍雄との共同作業『ある日、池田クンが』を東京バビロン主催ダンスセレクション『ポンペイの落書き#03/FINAL』にて発表する。




日本近代美術思想史研究家の宮田徹也さんが推薦文を書いてくれました。

様々な情報、そして、混乱、混雑、錯綜し、入り乱れ、本番まで、駆け抜けます!

本番にお立会い頂きたく思います。



推薦文

私は所謂「日本戦後前衛美術」を研究している。その際心がけていることは、50年代は具体美術協会、60年代はハイレッド・センターと言った具合に、作家に時代を代表させないことである。作家はその後も制作を続け、その視線は次世代に向けられているのだ。

今日でも「日本戦後前衛美術」と呼ばれる作家の多くが活躍している。桂川寛、中村宏、菊畑茂久馬、谷川晃一、吉野辰海、秋山祐徳太子、堀浩哉と、枚挙に暇がない。彼らは常に新境地を目指す。しかし、その活動のほとんどが知られていないことが実状である。

このような状況の中で、飯田晃一が突如「首くくり栲象と共演したい」と言い出したことには驚愕した。飯田が風倉匠を知らないまま、栲象に引き寄せられたからだ。2008年10月22日、pit北/区域において、《肉体のバーゲンセール》が成立した。ナラティヴな展開の中に不可視の肉体が渦巻く歴史に残る公演であり、この公演を見た者からは、飯田のオファーが殺到した。

ゼロ次元もその一つである。60年代中・後半に偉大な形跡を残したゼロ次元は死んでいなかった。主宰者・加藤好弘は沈黙を守りながらも虎視眈々と美術界・パフォーマンス界の動向に目を向け、自らの活躍の場を探っていたのだ。2006年からは「夢タントラ学派女性軍団」として《儀式》を行い、現在に至っている。その公演は空間を異化し、時間軸を過去ではなく未来に導くものである。

飯田と首くくりがゼロ次元と共演したのは2009年1月30日の初台・DOORSであった。女装した飯田が夢タントラ学派女性軍団に混じり、男性が寝転ぶ鰐鮫の列を渡る。飯田は頭を「0」の字に刈り込み、褌のみを身に纏い、飯田の舞踏と栲象のアクションとゼロ次元のハプニングが融合した。飯田はゼロ次元に客演したのではなく、これまでの飯田の活動、栲象との共演、加藤との新しい出会いがここに含まれ、飯田の舞踏を成立させたのであった。その9日後、ゼロ次元メンバー浅川はるかの個展(2009年2月2〜14日/銀座芸術研究所)の一環で開催された《儀式》において、飯田が銀座路上の電柱に登り警察に注意されたことは記憶に新しい。

飯田の日本戦後前衛美術の継承性は、これ以前にも加藤公和に見出されている。加藤は1972年に美学校を卒業、舞踏・映像・美術作品を多く手掛ける伝説的アーティストである。

飯田は自らが知って求めるのではなく、知らずに彼らを求め、また、彼らも飯田を求める。このような動向の中で、池田龍雄の《梵天の塔》を希求することに驚きはない。しかしこの公演は、これまでの池田のパフォーマンス歴の中でも、驚愕すべき内容になることは必須である。日本戦後前衛美術は継続している。それを知らない飯田が、その継続を立証する公演となるからだ。この理由によって、私は《ある日、池田クンが》を推薦する。

(宮田徹也/日本近代美術思想史研究)





御予約・お問い合わせ
http://artbody-labo.net/CCP047.html

ab_labo@hotmail.co.jp (藝術身体研究所事務局まで)


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  • 2009年10月03日 (土) 19:30開演
  • 東京都 王子駅徒歩1分 pit北/区域
  • 2009年10月03日 (土) 締切
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参加者
1人