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開催終了第165回「わりさや憂羅」フラメンコライブ

詳細

2010年04月10日 21:59 更新

165回目の林の中のコンサートは、会場を小田原のギャラリー新九郎に移してのフラメンコライブとなります。
主催は、堀家和男さんです。

ギャラリーは、堀家和男デッサン展の初日です。

・日時 20010.4.14(水)
・時間 18:30開演 18:00開場
・場所 ギャラリー新九郎
・前売りチケット 4,000円
・定員 60名

わりさやさんのフラメンコを観た人と、観ない人ではフラメンコを語る内容が、まるで違うと思います。

4/14 どうぞ、ご都合をつけられて、おでかけください。
期待を裏切らないと言うより、観ない方には想像ができないものです。


前売りチケットは、発売、1週間で完売しました。

コメント(4)

  • [1] mixiユーザー

    2010年04月10日 22:03

    割鞘憂羅 わりさやうら Profile
    1969年 早稲田小劇場研究生として1年半在籍。同年、西田尭氏にモダンダンスを習う。
    1975年 ホセ・ ミゲルの公開レッスンをきっかけにフラメンコを始める。この時初めてエル・フラメンコにてクリステ ィーナ・オヨスの踊りと出あう。1976年 本間三郎にこれより3年間師事、フラメンコの基礎を習得する。        1977年 新宿タブラオ「カルメン」にてフラメンコダンサーとしてデビュー、以後「アルハンブラ」「カサ・アルティスタ」「カサ・デ・エスペランサ」「寺子屋」など数々のライブスポットを修行の場とする。             
    1979年 東京新聞フラメンココンクールに入賞。1980年 スペイン・セビリヤにてエンリケ・エル・コッホ氏に師事。
    1983年のリサイタルを皮切りに、中村文昭作品「血の風」「アダ物語」「オルフェの女」を次々に上演。
    1984年 セビリヤにてマノーロ・マリン氏に師事。同年9月闘牛士パキリの死をテレビで目撃、衝撃を受ける。
    1985年「ある闘牛士の死」初演、その後20年間公演を重ねる。1989年 「オルフェの女」初演。
    1992年「青いけし」初演。1993年 アトリエURA設立。        1996年 ニューヨークKnitting Factoryにて「鳥の歌」公演、大成功をおさめた。
    1999年ギリシャ・レフガタ市より招待され「夢のあと」を公演。
    2003年 韓国ソウルをボランティアで老人ホームや孤児院を訪問。韓国・テジョンの教会にてライブ。
    2004年オーストラリア・メルボルンKittenClubにてライブ。      
    2007年中国・許昌市にてライブコンサート。いずれも大好評を博す。東京を中心に北海道から九州まで 数多くの舞台、コンサート、ディナーショーなどで「愛」をテーマに憂羅の世界を展開し、内外から高い評価を得て、上演回数を重ねている。その他 ’84年より毎年12月に東大病院小児科で催されるクリスマス会に出演。舞台、創作活動と同時に全国各地で のディナーショーやイベントコンサート、老人ホーム訪問を通じ地域住民の人達との交流を深めな がら、独自のフラメンコ活動を展開している。また後進の指導にも力を入れている。
  • [2] mixiユーザー

    2010年04月10日 22:04

    【公演のパンフレットより抜粋】

    早く見たまえ、消えてしまう前に。二の腕から生えたほのかな羽を。呼気と吸気がこんなにも怪しく組み込まれた
    踊りを、僕は知らない。■唐 十郎(劇作家)

    憂羅さんのフラメンコで印象的なのは顔の表情だ。踊りとともに変幻する四肢のうごきもさることながら、佳境に入るにつれ一瞬ごとに変化する顔から目が離せない。それは哀しみと歓喜のあいだを絶えずお往還する。歓喜の絶頂・・・・の表情に接すると、こっちの心も、思わず熱く融けていく・・・・共感の叫び声でもあげたい衝動に駆られる。と、一転して苦渋の底に叩きつけられる場がやってくる。この瞬間の、苦しみの淵を這い回る表情が、何とも云えず心に沁み入る。憂羅さんの体験した人生の哀歓が集中的に刻まれているからだろう。苦悩に打ちひしがれた表情を「うつくしい!」とさえ感じる。苦悩する人間のすがたは美しい。■遠丸 立(詩人)

    うごめくような深い唄(カンテホンド)、鳴りひびくギターとサパテアードがニューヨークの小劇場を震わせた。人々のまなざしを一身に受けて舞いひろげられたフラメンコ。しかし、そこには“沈黙”を踊れる一人のダンサーを私は視た。ひらりと体を かわす。何故人は踊るのか、なぜ足を踏み鳴らさなけ ればならないのか、彼女のからだはそれを本当 に知っていた。私はこんな出会いが、とてもうれしかった。 <後略>              ■三条 万里子(在ニューヨーク・モダンダンサー)

    まさしく本物の激しさと厳しさを持つフラメンコであると同時にこの人の踊りには、人柄の反映であろう、なんと       も知れず優雅なロマンティシズムがただよっている。■濱田 滋郎(日本フラメンコ協会会長)

    あなたはフラメンコの世界にとどまりながら、しかもフラメンコの世界を突き抜けています。フラメンコのもつ野    卑と優雅が、これほどみごとに融合した例はめったにありません。・・・・
    肉体と感性のせめぎ合いに、文句なしに感動しました。あなたの踊りには未来がある。■逢坂 剛(作家)

    まるで宝石のようでした。情念をあのように美しく表現できる肉体に少女のようにあこがれを感じました。               ■緑 魔子(女優)

    演出に優しさを感じました。衣装もすばらしかった。言葉も出ないほど・・・拍手を贈ります。老いてほとばしる美     しさを、若い頃の 愛らしさを、有難う。■三田佳子(女優)

    憂羅さんの舞台のあのゆったりとした気品は、どうして生まれるのだろうか。
    気品こそ踊りの核心であるし、その人の持って生まれた素質でもある。■萩原 葉子(作家)

  • [3] mixiユーザー

    2010年04月10日 22:06

    【出演】

    踊り
    わりさや 憂羅 (わりさや うら)
    高梨 奈穂(たかなし なほ)
    2004年日本大学芸術学部卒業 同年より、わりさや憂羅に師事。都内各地のステージで活躍中。
    歌 
    三澤 敦子(みさわ あつこ)
    カンテ(歌)をエンリケ・坂井氏に師事。1991年日本フラメンコ協会主催の第1回新人公演に於いて新人奨励賞受賞。
    1995年ヘレスで、2003年サンルーカルで勉強する。各地のステージで活躍中

    ギター
    山中 英樹(やまなか ひでき)1992年スペイン語学留学中にフラメンコギターと出会う。1993年帰国後、三澤勝弘氏に師事。2000年日本フラメンコ協会新人公演に於いて奨励賞受賞。舞踊伴奏のかたわら、ソロ活動やコラボレーションにも積極的に取り組む。 
  • [4] mixiユーザー

    2010年04月10日 22:06

    会場
    〒250-0011小田原市栄町2-13-3伊勢治書店3F 
    TEL. 0465-22-1366
    access JR・小田急「小田原駅」東口下車、徒歩6分 有料駐車場隣接あり
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