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開催終了【韓国の精神】「ウリ」と「ウリの歴史」

詳細

2013年04月03日 20:49 更新

韓国の民族主義・ナショナリズムの特徴とその問題点

 「ナショナリズム」。辞書を引くと、民族主義、国家主義、国民主義、国粋主義などと出ている。これらを簡単に言ってしまうと、民族や国家の優秀性を主張したり、それらの結びつきを強める考え方といったところだろうか。政治的には、それにより国民などの意識を高揚させ、何らかの目的を達成するために「ナショナリズム」が用いられることがある。政治家の支持率向上や、プロパガンダ、ともすれば戦争のために使われたりするのだ。この「ナショナリズム」、また「国粋主義」などは、日本の場合、太平洋戦争までの、軍部が台頭していた時代の「国体護持」と絡めて語られることが多い。現在でも、「愛国心」教育や憲法問題、靖国問題などで保守派と革新派が対立しており、「ナショナリズム」という言葉の聞こえはあまりよろしくない。もちろん、自分の住む国、地域を愛することは大切であるが、声高に叫ぶと誤解を生んでしまうことがあるのが現実だ。

さて、海外にも「ナショナリズム」というのはもちろん存在する。最近の例で印象に残っているものでは、2001年9月11日の同時多発テロ以降のアメリカ社会ではなかっただろうか。建国以来初めての本土襲撃に、世界最高の国家を自負するアメリカ国民は、強い衝撃を受けた。その後、その怒りと悲しみは、国民の一致団結という方向へと変わっていった。元々国旗好きであったアメリカ国民だが、この当時は、各戸に星条旗が掲げられるといった現象が起きた。その後、世論はアフガニスタン攻撃へと傾き、テロとの戦いの名の下に、アフガニスタンへの空爆が断行されたのは記憶に新しい。ナショナリズムは、過激さを増すと、時にとんでもない方向へ進むこともあるのだ。

今度は「民族主義」という言葉について考える。民族主義とは、民族の独立と自立、統一を重視する思想である。元々は、民族自決の考えということであったが、右翼的な思想という意味も強い。それらの考えは、自民族優位の考え方に発展することもあり、また排他性を持つことも特徴の一つである。第二次大戦後、西ドイツに興ったネオ・ナチズムも、ドイツ民族の優位性と異民族排斥を訴えている。程度の差こそあれ、このような民族主義といったものは、世界中に存在するのではないだろうか。

 ニュースや新聞、雑誌などのメディアで「民族主義」や「ナショナリズム」といった言葉と絡めてよく登場する国がある。それは日本のお隣の国、大韓民国である。以前から日本とつながりの深い国で、最近では以前に比べてメディアに取り上げられることも多くなった。今回は、この韓国にスポットを当てて、韓国での「民族主義」、「ナショナリズム」の特徴と問題点を見ていきたいと思う。


1、ワールドカップにおける韓国のナショナリズム
2002年6月、日韓共催ワールドカップが行われたのは記憶に新しい。そのときの韓国人サポーターの熱気は凄まじいものであった。ソウル市庁舎前の特設会場には最大で15万人のサポーターが駆けつけ、辺りはTシャツの赤で染まった。試合の経過に一喜一憂し、サポーターからは「大韓民国(テーハンミングク)」コールが鳴り響いた。日本でもサポーターの応援は熱狂的だったが、韓国のそれは日本の比ではなかった。

その熱気が思わぬ方向に飛び火してしまったのが同年の1月に行われたソルトレイクシティーオリンピックであった。スピードスケートのショートトラックで、アメリカの選手が韓国人選手の進路を妨害してしまったため、取れると思われていたメダルを逃してしまったのである。これに怒った韓国の人々は、米軍による女子中学生轢き殺し事件と重なり、反米感情をあらわにした。星条旗やブッシュ像を燃やすなどのパフォーマンスも行われたのである。

そして、ワールドカップのアメリカ対韓国の試合が行われたとき、スタジアムは凄まじい興奮に包まれた。韓国人選手がゴールを決めたとき、彼は他の選手とともに、スピードスケートの物まねを見せ付けたのであった。ショートトラックの雪辱を晴らしたともいうパフォーマンスであった。韓国の人々のナショナリズムはこのときに頂点に達したともいえるだろう。会場はもとより、街頭応援していた市民たちもそのパフォーマンスに拍手を送った。このときの状態は、今から考えれば異常ともいえるものであった。韓国は、その後も順調に勝ち進み、アジア初のベスト4進出という偉業を成し遂げた。準決勝では韓国はトルコに敗れてしまったが、試合後、トルコの選手と韓国の選手が手をつないで高らかと手を挙げ、スタンドに歩み寄ってきたのだ。このパフォーマンスには、サポーターは大変喜んだ。ワールドカップで初勝利し、ベスト4まで進めたという満足から、偏狭なナショナリズムではなく、真に選手に激励を送った瞬間であった。

ワールドカップでの韓国の人々のナショナリズムというものは、国民が一緒になって同じ興奮を共有することで生まれたものだった。しかし、ただそれだけのことであり、純粋に自国に勝ってほしいというナショナリズムであったのだ。その興奮から、韓国が敗退でもしたら暴動が起きるとまで言われたが、それを乗り越えたのは、ほかでもない韓国人自身であった。


2、「ウリ」にみる韓国の仲間意識
韓国には、「ウリ」という言葉がある。辞書を引くと、「我」、「我々」、「うち」と出ている。「われわれ」と訳されることの多いこの言葉、韓国では非常に多く使われる。「ウリナラ(わが国)」、「ウリマル(我が言葉)」、「ウリチプ(我が家)」というように、なんでも「ウリ」をつけてしまえば「我々の〜」を表せる。韓国では日本以上に帰属意識が強く、「ウリ」を非常に大切にする。各家には家系図があり、家族間の結びつきを確認するのである。また、「ウリ」意識から、一人で食事などしていると、何かあったのではないかと心配されるようなこともあるという。彼らのあいだでは、「ウリ」の関係になれば、非常に親しい人間関係が構築される。また、仲間には色々と気を使うのだ。

このような「ウリ」意識から、韓国人は人情が厚く、礼儀正しいいとよく言われているが、逆に他人にはお構いなしという習慣もある。道を歩いていて人とぶつかっても知らん振りをする。相手もさして気にしない。日本ではお互いに謝るだろうが、韓国ではそのようなことはしない。これは、他人が「ウリ」ではないためだ。韓国では「ウリ」は大事にされるが、そうではない「ナム(外、他人)」は重要視されないのだ。

この韓国人の「ウリ」意識が、仲間うちの関係から「ウリナラ」、国家単位になったとき、諸外国からみると、閉鎖的で排他性を帯びていると感じてしまうのだ。しかし、この言葉、「我々」と訳すには奥が深く、難しい概念だ。「ウリ〜」と強調するあまり、他の国の人からは愛国主義のように思われるが、彼らにそのようなつもりはない。ただ、韓国のナショナリズムを語るうえで、「ウリ文化」ともいえる、仲間意識にヒントが隠されているとも思えるのだ。


3、反日感情と民族のアイデンティティー
韓国といって、日本人なら誰でも思い浮かべるイメージに、極度の反日感情というものがあるだろう。また、この反日感情の根底には日本の35年にわたる朝鮮半島統治があることも知られている。しかし、半世紀以上を過ぎた今、果たしてそのできごとだけで反日感情を引きずることができるのか。もちろん戦前の日本の蛮行を軽視するというわけではないが、程度が過ぎるのではということだ。たとえば、アメリカが核配備を進めようとすれば、唯一の被爆国である日本の国民は怒るし、デモなども起きるだろう。しかし、ニュースなどで流れる韓国の反日デモのように、あそこまでヒステリックかつ過激にはならないはずだ。あれほどまでの反日感情というものは、実は人為的に「作り出された」ものではないだろうか。

1945年、日本は終戦を迎えた。同時に朝鮮半島では「光復」を迎えたのだ。20世紀初頭から日本の統治下に置かれていた朝鮮半島では、まだ近代的な概念での独立国家は持っていなかった。日本からの解放によって、朝鮮民族の手による新しい国づくりを創めるはずだった。しかし、朝鮮半島は、戦後アメリカとソ連による分割統治下におかれることになった。その時点での自力による独立国家の建設は不可能と考えられたからである。約3年を経て、朝鮮半島には分断されたまま二つの国家が誕生した。「朝鮮民主主義人民共和国」と「大韓民国」である。ここでは北朝鮮のことは置いておき、韓国の話を進めていく。

晴れて独立を果たした韓国であったが、大きな問題が浮かび上がった。それは、「国家の正当性」と「韓国人の育成」である。

まず、「国家の正当性」である。韓国の独立は予てから民族の悲願であった。ついにその独立を勝ち取ったわけだが、民族の独立は日本の連合国に対する敗北でもたらされ、国家建設はアメリカの戦略によってもたらされたといえる。しかし、これでは国家の成立過程としては聞こえがよくない。そこで、民族の独立と国家建設は自分たちで勝ち取ったという「事実」が強調された。

戦中、日本統治下の朝鮮では独立運動が起こっていた。そのなかで、独立国家建設をもくろみ活動していたのが「大韓民国臨時政府」であった。彼らは、戦中から対日工作と独立国家建設の準備を進めていたのだ。末期には中国へ逃れていたが、光復とともに朝鮮へと戻ってきた。つまり、光復は自分たちの民族の独立運動と対日工作によりもたらされ、新政府はその活動をしていた大韓民国臨時政府に由来するとして、国家のアイデンティティーを保つことにしたのである。

そして「韓国人」の育成。これには複雑な事情が見え隠れする。日本の朝鮮半島統治中、抗日独立運動が盛んだったのは有名で、特に1919年3月1日の「三・一独立運動」などが知られている。この独立運動は民族主義の象徴として、現在の韓国でも語り継がれている。しかしながら、足掛け35年の統治の後半は、目立った独立運動が起こっていない。理由はいくつかあるが、統治期間が長くなってきたために、一種の慣れが生じて独立の機運が低くなってしまったこと。そして、30年ほどの間に、「日本人」としての教育を受けて育った世代が多くなってきたことだ。日本人として育てられた世代には、朝鮮民族としてのの誇りが失われてしまっても仕方がない。

こうしたことから、新しい「大韓民国」を担う若い世代は「日本人」化してしまい、「韓国人」の育成が必要になったのだ。そして、若い世代に「韓国人」の意識を植え付け、民族の誇りを持たせるため、考え出されたのが「反日」教育なのである。韓国の本当の敵国は北朝鮮であるから、「反共」教育は当然行われた。しかし、同じ民族がいがみ合っている状況では、民族としてのアイデンティティーは確立できない。そうして、民族の独立を妨げ、搾取と蛮行を繰り広げ、あげくに民族を分断させた張本人「日本」をもう一つの憎むべき相手と位置づけ、敵を置くことで、国民を結束させナショナリズムの高揚を図ったのであった。つまり、韓国の反日感情は、韓国政府のプロパガンダの成果とも言えるのだ。

その後も「反日」教育は行われ、「反日」は韓国のカラーと言っても過言ではなかった。日韓で歴史認識にズレが生じたり、日本人には理解できないような反日デモの原因は、このようなところから来ているといえよう。日本への対抗心を糧に、韓国は結束して国を発展させ、経済成長を成し遂げてきたのだ。敵をおいて、ナショナリズムを煽る手法は現代でも使われるが、日本もその対象となっていたことは、日本人として知る必要があるだろう。

4、総括
韓国のナショナリズムの根底は、独特の「ウリ」意識というものがあるかもしれない。元々、「自分たち」というまとまりを大切にする民族性が韓国ナショナリズムを引き立たせているのだろう。そして、日本の朝鮮半島統治に対する恨みと政府のプロパガンダによって、韓国には「反日」が発生した。「反日」は、国威を高揚させ、民族主義を引き立たせるのに大きな役割りを果たした。現在では、その「反日」も緩やかになり、日韓は新しい時代を迎えた。ナショナリズムは、ワールドカップのときのように、純粋に自国を応援するという、政治色の薄いものに変わっていっている。北朝鮮に絡み、朝鮮半島情勢は、日・韓・米・中・ロを交え、日々変化している。この先、韓国のナショナリズム、民族主義がどう変化していくのか、今後に注目したい。


《参考文献》

・インターネット
『Japan on the Globe 国際派日本人養成講座』
「お家の事情」の歴史観
「反日」ナショナリズムという病
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogindex.htm

『成田好三スポーツコラム「オフサイド」』
ナショナリズムを超える夢を見た―W杯、最後に…―
http://www.nipponrunners.or.jp/sportscul_narita_column/

『裏辺研究所』
雑学万歳!!
第98回 韓国人のウリ(我々)意識
http://uraken98.cool.ne.jp/zatsugaku/zatsugaku_98.html

http://www.geocities.jp/nari_globe/nari_soc/korean.html

コメント(61)

  • [22] mixiユーザー

    2012年11月20日 21:14

    【朱子学がウリとなり李氏朝鮮を乗取る】

    前のコメントからの続きです。


    乗っ取るという表現を使ったのは、前のコメント以外にも
      14代宣祖の時代に朱子学の一派である士林派が政権を担い
      16代仁祖の時代に城内から仏教の僧侶追放命令が発せられる
    と言う理由があっての事です。

    朱子学が登場するまで世祖の功臣を「勲旧派」といいます。
    朱子学派を「士林派」といいます。
    朱子学の派閥をWikiから添付します。

    朝鮮の君主一覧

    李氏朝鮮

    太祖(テジョ)(李成桂・女真族ともいわれる[5]、在位1392-1398年)
    定宗(チョンジョン)(1398-1400)
    太宗(テジョン)(1400-1418)
    世宗(セジョン)(1418-1450)
    文宗(ムンジョン)(1450-1452)
    端宗(タンジョン)(1452-1455)
    世祖(セジョ)(1455-1468)
    睿宗(イェジョン)(1468-1469)
    成宗(ソンジョン)(1469-1494)
    燕山君(ヨンサングン)(1494-1506)
    中宗(チュンジョン)(1506-1544)
    仁宗(インジョン)(1544-1545)
    明宗(ミョンジョン)(1545-1567)
    宣祖(ソンジョ)(1567-1608)
    光海君(クァンヘグン)(1608-1623)
    仁祖(インジョ)(1623-1649)
    孝宗(ヒョジョン)(1649-1659)
    顕宗(ヒョンジョン)(1659-1674)
    粛宗(スクチョン)(1674-1720)
    景宗(キョンジョン)(1720-1724)
    英祖(ヨンジョ)(1724-1776)
    正祖(チョンジョ)(1776-1800)
    純祖(スンジョ)(1800-1834)
    憲宗(ホンジョン)(1834-1849)
    哲宗(チョルジョン)(1849-1863)
    高宗(コジョン)(1863-1907)
    純宗(スンジョン)(1907-1910)
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%81%AE%E5%90%9B%E4%B8%BB%E4%B8%80%E8%A6%A7



    ****

    士林派(Wikipedia)
    各種表記
    ハングル: 사림파
    漢字: 士林派
    発音: サリムパ
    日本語読み: しりんは

    士林派(しりんは)は、李氏朝鮮の党派の一つ。世祖の功臣である勲旧派、戚臣(外戚)との対比で使われる事が多い。

    歴史 [編集]
    士林派の台頭と士禍 [編集]士林派は元々は朱子学を修めた新興の科挙官僚であり、大地主が中心の旧勲派に比べて、中小の在地両班がその中核を占めた。そのため朝鮮朱子学の発展原理である、朝鮮性理学が政治力学の根本にあった。初期の士林派も朱子学者・金宗直とその門徒達が中核を成していた。

    成宗時代の1470年、亀城君事件により王族の政治への関与が禁止されると、勲旧派と戚臣が主要な政職を独占する事態となった。成宗は勲旧派達を牽制するために新興官僚である士林派を積極的に登用し、政治のバランスを取るようにしていった。

    しかし、急速に台頭してきた士林派勢力に旧勢力は脅威を感じ、成宗の後に即位した燕山君の時代に入ると巻き返しを図り、それは士禍と言う形で現れる。1498年、金宗直の書いた世祖の王位簒奪批判の書面が引き金となって、多くの士林派が死刑や流罪となった(戊午士禍)。また燕山君の異常な性格もあいまって、1504年には生母毒殺の件に絡んで士林派と勲旧派数十人が処刑された(甲子士禍)。燕山君が暴虐と贅沢の限りを尽くした末に1506年にクーデターによって王位を剥奪された。

    その後に即位した中宗は朝廷での主導権を握るに至らず、即位に貢献した功臣・勲旧派・戚臣が勢力を握った。1510年頃には功臣勢力の勢いも弱まってきたため、中宗は1515年に新士林派勢力の趙光祖を登用し、勲旧派に対抗した。しかし趙光祖はあまりにも過激な改革を行ったために失敗に終わり、1519年に勲旧派によって趙光祖などの新士林派勢力の多くは死刑・流刑にされた(己卯士禍)。そして1521年には己卯士禍の余波で残った士林派の多くも粛清され、その後の政局は諸派入り乱れての混乱状態に陥った。

    1544年、中宗が亡くなって仁宗が即位すると士林派の名誉回復が行われたが、翌年仁宗が没したためその志は遂げられないまま終わった。仁宗の次に明宗が立ったが、11歳で即位したためその後継者の座を争って激しい派閥争いが繰り広げられた。外戚で文定王后(中宗の3番目の妃)の弟である尹元衡が権力を握ると、反対勢力の粛清を始め、それに多くの士林派も巻き込まれた(乙巳士禍)。明宗の時代には外戚による専横が行われた。

    1567年、明宗が33歳で亡くなると、明宗には嫡子がなかったため中宗の孫である宣祖が即位した。宣祖により外戚勢力は一掃され、士林派が政権を担うことになる。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%AB%E6%9E%97%E6%B4%BE

    (次のコメントへ)
  • [23] mixiユーザー

    2012年11月20日 21:41

    (前のコメントから)

    李氏朝鮮-Wikipedia

    文化 [編集]
    訓民正音 廃仏崇儒 [編集]李氏朝鮮の文化政策は、一言でいえば儒教の一派である朱子学を尊重し、仏教を弾圧したと説明される。しかし、太祖・李成桂が仏門に帰依していたため、本格的な廃仏運動が始まるのは第3代太宗の代からである。この時、朝鮮半島では多くの仏教寺院が廃され、242の寺のみが国家の統制下に残された。第4代世宗の時代にはさらに厳しくなり、寺院の数はさらに減らされ、仏教寺院が所有していた土地や奴婢の多くが没収された。このため、高麗時代の仏教遺跡が破壊されたり、仏像や文化財などの多くが海外へ流出した。たとえば、太宗時代に土橋の代わりに石橋を造ることになったが、十二神将の石仏を破壊し、その石材にするということを行った。

    ただし、李氏朝鮮前期の廃仏政策は一貫性が無く、廃仏に積極的だった世宗は末期には仏教に帰依してしまう。また第7代世祖は、儒臣との対立から仏教を返って保護し、漢城府内に円覚寺と言う寺を建てた。この寺は、第10代燕山君の時代に破壊され、妓生を管理する建物に建て替えられている。第8代睿宗の時代には再び廃仏政策は強化され、第11代中宗時代は李氏朝鮮前期で最も仏教弾圧が厳しい時代であったが、中宗の3人目の王后である文定王后尹氏は仏教を信奉し、中宗亡き後の時代には外戚と共に王権を執権していたため、彼女の息子が王位についていた第13代明宗の時代には廃仏政策は緩み、仏典のハングル訳が出版されたり、仏教の復権に努めた。しかし、時流は完全に廃仏に流れており、仏教の復権は失敗に終わった。李氏朝鮮初期の崇儒廃仏政策はこの様に一貫せず一進一退を繰り返すが、第16代仁祖の時代に城内からの僧侶追放令が発せられ、ここに李氏朝鮮の廃仏政策は完成に至る。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%B0%8F%E6%9C%9D%E9%AE%AE
  • [25] mixiユーザー

    2012年12月21日 15:45


    【ウリの誕生】

    韓国史上最初のウリは、

    朱子学から発生した政党派閥の西人と東人であることは、秀吉の朝鮮出兵と密接に関係しているのでこちらのトピのコメント14までに書きました。

    【検証】秀吉の朝鮮出兵+α
    http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=67495843&comm_id=1965449

    簡単に書くと


    朱子学は理気二元論によって成り立ちます。
    朱子学から出来た政党の士林派は西人(主気派)、東人(主理派)に分かれ、
    文禄の役(1592年)の直前、西人の黄允吉が正使として、東人の金誠一が副使として日本の動向を探りに行きました。
    使いが出た時は西人が権力を握っていたのですが、戻ってみると東人に権力が移っていました。 その後秀吉は朝鮮に攻め込みます。


    李氏朝鮮で1623年に西人派のクーデターが起こり、それまで明と後金の両者に対し中立的な外交政策をとっていた光海君が廃位されて、仁祖が即位した(仁祖反正)。

    クーデターの論功行賞を巡っておこした反乱は鎮圧された。反乱者は後金逃げ込み、後金に朝鮮を責めるように進言した。

    これが丁卯胡乱 、丙子胡乱 の始まりです。


    大敗した李氏朝鮮は明との交易を禁じられますが、清に事大しながらも、中華思想は明にあると小中華思想を名乗ります。

    その後、秀吉の朝鮮出兵の影響もあって明は清によって滅びます。

    @@@@

    東人 - Wikipedia

    地主階級である両班が中心の勲旧派に対抗した、中小の地主が基盤になっている新興官僚の一派士林派がその源流である。

    士林派が、1567年、宣祖の即位により士林派政権を樹立する事に成功すると、1575年、今度は官職の任官権を巡り士林派の沈義謙と金孝元による党争が始まった。 その中の金孝元派の領袖が漢陽(ソウル)の東側に住んでいたので東人と呼んだ。この党争は、朱子学の解釈の違いにまで及び、東人は、趙光祖の弟子の一人である李滉(退渓)の学説を支持する主理派(朱子学の中で、宇宙の成り立ちの根元の気と理の内、理を本質的なものとして考える学派)が多かった。

    なお、相反する沈義謙派の事を西人と呼んだ。

    東人と西人の対立が始まると当時の大司憲・李珥は、金孝元、沈義謙双方を地方に退かせたため、東人の領袖の座に鄭仁弘を着かせた。1584年、李珥が亡くなると本格的な党争が始まった。東人はほぼ政権を掌握していたが、西人から東人へ寝返った鄭汝立の謀叛事件により西人に政権を奪われることとなった。

    しかし、1591年に西人が世子冊封の問題で失脚すると東人が政権を掌握した。東人は西人の粛清を始めたがその過程で、南人と北人に分裂することとなった。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%BA
  • [27] mixiユーザー

    2013年01月06日 19:37

    【理気二元論と理気一元論、理気一体観】

    (前のコメント一部追加修正、前のコメントは削除)

    北宋で始まった朱子学は中国(明)に渡って陽明学に進化します。しかし陽明学は理気二元論ではなく理気一体観なんです。陽明学は李氏朝鮮にも伝わりますが李滉が一蹴します。李氏朝鮮にも理気一元論を唱える奇大升という人がいました。前のコメントの様に東人と西人の対立を抑える李珥という人もいました。

    李滉(退渓) だけが理気二元論を唱え、自分は東人(主理派)のリーダーとなり、東人は仲裁役の李珥を西人においやります。

    韓国歴史上最初のウリは李滉と東人です。


    しかし事態はドンドン悪くなっていきます。
    朋党政治の始まりです。

    士林派 - Wikipedia
    朋党政治の展開
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%AB%E6%9E%97%E6%B4%BE


    李珥(栗谷)
    李滉(退渓)

    の肖像画はは韓国のお札に印刷されています。


    他国の偉人を悪く言ってはいけませんが、
    李滉(退渓)が理気二元論なんて言わなければ李氏朝鮮は韓国はもっと違う国になっていました。

    この本にある様に韓国は理と気に分かれ過ぎています。

    本「韓国は一個の哲学である 〈理〉と〈気〉の社会システム (講談社学術文庫2052)」小倉紀蔵
    http://blog.livedoor.jp/ppdwy632/lite/archives/51718715.html


    韓国人のしくみ?<理>と<気>で読み解く文化と社会 (講談社現代新書)
    http://d.hatena.ne.jp/key001158856/touch/20101012


    @@@@

    陽明学 - Wikipedia

    陽明学(ようめいがく)とは、中国の明代に、王陽明がおこした儒教の一派で、孟子の性善説の系譜に連なる。陽明学という呼び名は明治日本以降広まったもので、それ以前は王学といっていた。また漢唐の訓詁学や清の考証学との違いを鮮明にするときは、(宋明)理学と呼び、同じ理学でも朱子学と区別する際には心学あるいは明学、陸王学ともいう。英語圏では朱子学とともに‘Neo-Confucianism’(新儒学)に分類される。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%BD%E6%98%8E%E5%AD%A6


    理 - Wikipedia
    朱子学(程朱学)においては、一物に一理があり、これを「理一分殊」と称した[1]。朱子学の始祖朱熹(朱子)によれば、理は形而上のもの、気は形而下のものであってまったく別の二物であるが、たがいに単独で存在することができず、両者は「不離不雑」の関係であるとする。また、気が運動性をもち、理は無為であり、気の運動に乗って秩序を与えるとする。

    陽明学の始祖として知られる明代の王陽明は、「理は気の条理、気は理の運用」という理気一体観を表明している。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%86


    王陽明
    http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E9%99%BD%E6%98%8E


    朝鮮儒教の二千年
    姜在彦著
    2001年1月刊 46判 514頁 2,000円
    http://www.asiabunko.com/t_k_zyukyo2000.htm


    P284
    士林派の東西分党以前は、学説上の相違を党派に結びつけて排他することはなかった。

    P286
    両者間の見解の争点を分かりやすく単純化すると、李滉が四端七情を理気二元論的に理解したのにたいして、奇大升は理気一元論の立場から、四端を七情のなかに含まれたものとして理解したのである。

    P288
    2.陸王学を一蹴した李滉

    P291
    すでにのべたように二つの学派が東人派と西人派の朋党に分かれ、党派争いがはじまったとき、 李珥は両派の和解のために奔走したが逆に東人派から「扶西抑東」(西人を扶け(たすけ)、東人を抑える)の非難攻撃をうけ、西人派の立場に追いやられてしまった。



               <2006年10月 3日>
    理か気かー朝鮮儒教の理気論争 
    http://sakura.mast-bb.com/spr/kyodo-ekisen/rsub5/sub8079.htm

    (次のコメントへ)
  • [28] mixiユーザー

    2013年01月16日 23:12

    (前のコメントから)

    士林派が東人と西人に分かれた最初の理由はコメント25に少し書いています。

    コメント25
    士林派が、1567年、宣祖の即位により士林派政権を樹立する事に成功すると、1575年、今度は官職の任官権を巡り士林派の沈義謙と金孝元による党争が始まった。


    これの詳細ですが、WIKIには書いていません。しかしWIKIより詳しい人がいました。
    金孝元と沈義謙は二人とも李滉の門人です。
    まるで李滉の理気二元論の罠にはまったかの様に対立します。

    結局対立は役職の奪い合いで、前任者が後任を指名する仕組みだった様です、が結局党争が始まると、いろんな人が介入して、国王も党争解決の為に何度も介入します。

    それだったら始めから国王だけに人事権があれば良かったのにと思います。

    そしてそれが結局は国王にも、制御出来ない。ウリの定義が完成します。

    コメント1
    さて、「ウリ」とは一体なんであろうか。それは「自分」を中心に血の薄くなるにしたがって外縁へと拡大していく「我々」であり、外来の「理論」により自己を正当化し、「道徳志向性」をもって「ナム」(他者)を撃つ、他細胞に対する防御単位である。


    特筆すべきはこの時にウリは最小単位の肉親、つまり弟になっています。

    記事抜粋
    沈義謙の弟忠謙が吏曹銓郎に推薦される

    @@@@

    ―朋党政治概説―

    朋党対立の直接的発端は1575年(宣祖8)吏曹銓�躾Δ鬚瓩阿覿盥Ц気板正糎�の反目から始まったのである。銓�躾Δ呂修凌Π未歪磴い�(正五品)人事権を握っている職責で、判書や国王が任命することはなく、前任者が後任を推薦すれば公議に付して選出したので官僚間の集団的対立の焦点となったのである。金孝元を中心にした東人は許曄が領袖であり、沈義謙を中心にした西人は朴淳が領袖となって対立が本格的になった。
    http://www.geocities.jp/nkks437758/hohtohseiji.html


    金孝元(東人)
    �朕◆ν�滉の門人
    しかし1574年沈義謙の弟忠謙が吏曹銓郎に推薦されると、銓郎の官職は戚臣の私有物でないという理由でこれに反対し李溌を推薦した。このようなことを契機に沈義謙との反目が激しくなり、士林は東人と西人に分かれるようになった。
    http://www.geocities.jp/nkks437758/ssk_khw.html


    沈義謙(西人)
    李滉の門人。
    1574年結局金孝元が吏曹正郎に抜擢され、1575年彼の弟忠謙が吏曹正郎に推薦されると、今回は銓郎の職分が戚臣の私有物でないとして反対することで二人は対立しはじめた。旧勢力は彼を中心に西人、新進勢力は金孝元を中心に東人といって東西分党が発生した。
    http://www.geocities.jp/nkks437758/chss_suig.html
  • [29] mixiユーザー

    2013年01月18日 06:58

    前のコメントもう少し詳しい記事がありました。

    @@@@
    [オピニオン]吏曹銓郎

    KBSドラマ「チョン・ウチ」で、道士チョン・ウチ(チャ・テヒョン)が道術で貪官汚吏を懲らしめる場面が視聴者にカタルシスを与える。最近、このドラマに吏曹銓郎が登場した。吏曹銓郎が作った人事案に不満を持つ左議政が人を使って吏曹銓郎を殺害すると、チョン・ウチが復讐に立ち上がる。吏曹銓郎は、吏曹の銓郎(正五品)3人と佐郎(正六品)3人を合わせた呼び名だ。今で言えば、政府省庁の事務官や主事にすぎないこの地位が特別な理由は、王に直言する三司(司諌院、司憲府、弘文館)の官僚と自分の後任を推薦する権限があったためだ。
    ◆朝鮮時代の朋党政治は、まさに吏曹銓郎によって始まった。1574年(宣祖7年)、吏曹銓郎の呉健(オ・ゴン)が別の地位に移り、後任に金孝元(キム・ヒョウォン)を推薦した。仁順王后(明宗の妃)の弟であり、吏曹参議(正三品)だった沈義謙(シム・ウィギョム)が反対したが、前例によって金孝元が銓郎になった。金孝元が移る頃、沈義謙は弟の沈忠謙を吏曹銓郎にするよう頼んだ。しかし金孝元は、「吏曹銓郎は外戚の専有物ではない」と断り、両者は衝突した。金孝元が漢陽(ハンヤン)東方のコンチョン洞(現在の忠武路付近)に住み、沈義謙が西方のチョンルンバン(現在のソウル市議会付近)に住んでいたことから、金孝元を支持する勢力を東人、沈義謙勢力を西人と呼ぶようになった。二分して対立する朋党政治の出発点だ。後に東人は南人と北人に、西人は老論と少論に分かれた。

    (次のコメントへ)
  • [30] mixiユーザー

    2013年01月18日 07:00

    (前のコメントから)
    ◆英祖が出した蕩平策は、吏曹銓郎の三司の推薦権を廃止したことが核心だった。老論の支持で王位に就いた英祖は、初期の頃は老論を重用したが、朋党の弊害を悟って改革に乗り出す。英祖は老論と少論の領袖を呼んで和解させ、吏曹銓郎の人事権を廃止して自分が直接行使した。吏曹銓郎という中級官吏に人事を任せたのは、高級大臣と外戚を牽制し、人事の独立性を保障するためだった。しかし、制度は人を越えられないものだ。吏曹銓郎に人々がコネをつくり、吏曹銓郎が人事権を乱用し、朝鮮崩壊の端緒となった。

    ◆今日、吏曹銓郎に該当する地位は大統領人事秘書官だ。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府は、泥の中の真珠を探すと言って人事首席秘書官を置いたが、「側近人事」の批判を受けた。李明博(イ・ミョンバク)政府も、「コ・ソヨン(高麗大学・ソマン教会・嶺南出身)」人事問題から自由ではなかった。4日、大統領引き継ぎ委員会の分科委幹事を発表したことを皮切りに、5年ぶりに再び大々的な政府人事シーズンを迎えた。引き継ぎ委員の人事を見ると、朴槿恵(パク・クンヘ)大統領当選者は、吏曹銓郎の権限を廃止した英祖スタイルに近そうだ。しかし重要なことは、どのような人を起用するかだ。人事が歪めば国政は成功しない。

    鄭星姫(チョン・ソンヒ)論説委員 shchung@donga.com

    http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2013010598798
  • [31] mixiユーザー

    2013年05月11日 23:03

    トピの説明のこれが詳しく書いています。


    このような「ウリ」意識から、韓国人は人情が厚く、礼儀正しいいとよく言われているが、逆に他人にはお構いなしという習慣もある。道を歩いていて人とぶつかっても知らん振りをする。相手もさして気にしない。日本ではお互いに謝るだろうが、韓国ではそのようなことはしない。これは、他人が「ウリ」ではないためだ。韓国では「ウリ」は大事にされるが、そうではない「ナム(外、他人)」は重要視されないのだ。

    @@@@

    2008/3/9 朝鮮日報
    個人の生活や空間を尊重しない韓国人

    【特集】外国人が暮らしにくい国・韓国

    カナダ人の英語講師デービッド・カバナフさん(34)は、ソウル市道峰区の自宅近くにあるフィットネスクラブで毎朝汗を流し、シャワーを浴びてから出勤するが、そのたびに屈辱を感じるという。隣でシャワーを浴びる韓国人たちが、決まって彼をジロジロ見るためだ。ある人は彼の下半身の特定の部分を興味津々な様子で見るという。彼は「どれだけ恥ずかしく、居心地が悪いことか。まるで動物園のサルになったような気分だ」と話す。

     (中略)
     
    ◆「プライバシーを尊重してほしい」 
     米国人の英語講師ペリシア・シェルトンさん(36)は、「ソウルは人口が多くごちゃごちゃした都市だということは分かっているが、多くの人と体がぶつかるのはとても嫌だ」と話した。彼女は「米国では知らない人たちと体がぶつかるのを極力避けるようにする」という。また、毎朝地下鉄で通勤する米国人のステファン・ビューさん(35)=高麗大国際語学院教授=は「韓国の人たちは押したりぶつかっても“ごめんなさい”の一言も言わず、無表情で立ち去ろうとするし、後ろの人のためにドアを開けてあげても“ありがとう”の一言もない。そんなとき、とても気分が悪い」と話す。一方、ソウル・汝矣島の英語教室で講師を務めるイギリス人のステュアート・デネットさん(33)も「イギリスで売っている韓国のガイドブックには“韓国では公共の場所で平気でぶつかったり、肘で突いてくる人たちが多いので注意せよ”と書かれている」と話している。
     昨年9月に韓国へ来たオーストラリア人の外資系銀行員ジャック・スモールウッドさん(38)は「会社の同僚たちと会食に行くと、本当に戸惑うことが多い」と語った。同僚たちが彼に「どこの学校を出たのか」「結婚しているのか」「彼女はいるのか」「両親は何をしているのか」といった質問を次々と浴びせるからだ。スモールウッドさんは「初対面でそう簡単には言えないプライベートなことまで根掘り葉掘り聞いてくるので困惑した」という。

    (次のコメントへ)
  • [32] mixiユーザー

    2013年05月11日 23:04

    (前のコメントから)

    ● 「これが世界共通のエチケット」 
    体から半径50センチ以内は「プライベートな空間」
    食事の接待をする場合、メニューを勝手に決めるのは失礼
     専門家たちは、「世界共通のエチケット」の中でも、最も重要なのは「他人に配慮する心」だ、と口を揃える。それぞれの国ごとに歴史も文化も違うため、生活のマナーも違ったものにならざるを得ないが、互いに違いを認め配慮すれば、大きな失礼を犯すことはないというわけだ。以下、専門家たちが指摘する、さまざまな状況での世界共通のエチケットについて紹介しよう。

    ◆身体が触れ合うとき 
     米国、イギリス、フランスなど欧米圏では、体から半径50センチ以内は「プライベートな空間」と考えられている。あまり親しくない人と話すときは、50センチ以上離れることが望ましい。声がよく聞こえないからといって顔を近付けたり、笑いながら肩やひざを叩いたりすれば、相手が当惑することもあり得る。他人の前を横切るときや、ぶつかったときは一言声をかけなければならない。

    ◆小さい子どもに接するとき 
     韓国では面識のない子どもでも、頭を撫でたり抱いたりすることがよくある。だが、外国人の中には、細菌への感染や性的暴行を心配し、敏感な反応を示す人も少なくない。また、見知らぬ人が自分の子どもの体に手を触れたりすれば、不快感を示すこともある。「かわいいね」と声をかける程度にしておくのが望ましい。

     ◆食事するとき
     韓国人は食堂で皆が同じメニューを頼むことも多いが、外国人は必ずしもそうではない。自分が接待する場合でも、メニューを勝手に決めるのは失礼にあたる。まずは相手の希望を聞いてから決める必要がある。また、どんな料理を食べるか決める際にも、まず相手がベジタリアンかどうか、アレルギーや宗教上のタブーなどで食べられないものがないかどうかなどを確認することも大事だ。一方、テーブルに携帯電話を置いていると、「あなたは特に大事な人ではない」と誤解されることもある。フランスの一部の高級レストランでは、入店する際に携帯電話をカウンターに預けなければならない。

    ◆公衆浴場やプールでは 
     公衆浴場やプールでは、相手が嫌がるほどジロジロ見るのは失礼にあたる。また、傷跡や障害がある人に対し、その理由を尋ねる人もいるが、これは絶対にしてはならない無礼な行為だ。このほか、日本の公衆浴場・温泉・サウナでは、同性であっても、体の特定の部分が見えないようタオルで隠すのがマナーだ。
    (後略)

    http://www.chosunonline.com/article/20080309000014

    http://tosi.iza.ne.jp/blog/entry/506920/
  • [33] mixiユーザー

    2013年06月04日 19:21

    【ウリの定義通り】

    大亜高速海運の補助金問題とか
    仏像返さない問題とか、


    対馬で

    タクシーに乗らず
    土産を買わず
    ターミナルの売店でも、対馬物産館でも何も買わず
    お金のかかる観光地にいかず
    ポッタリ商品しか買っていないとか、

    ウリとはどこまで自己中心的なのか、というのが問題になっています。

    彼らは韓国でもこうなのか?
    韓国旅行した日本人の掲示板への書き込みです。

    トイレで一番前に割り込むとか
    買わずに帰ろうとすると、70のおばあちゃんの肩を叩いたとか、半分以上文化の違いが書かれています。

    コメント18にウリの定義があります。
    ウリの定義通りです。

    @@@@

    国際市場 (釜山)
    http://s.navi.com/pusan/shop/2132/remarkqna/


  • [34] mixiユーザー

    2013年07月24日 20:01

    【島内拡散】ウリはナムに無関心

    韓国人からも韓国の文化を体験した人からも、
    全て、ウリはナムを蔑視しているとの報告です。

    彼らはこれで、日本にコリアタウンを作って来たと思われます。

    対馬島民がこれを知らなければ、
    話になりません。

    島内拡散お願いします。

    @@@@

    日韓アジア基金 ニュースレター
    カンボジアの子どもたちに教育を
    2009年11月 No.31

    「ウリ(われわれ)」ということばで象徴される韓国人アイデンティティは、「ウリ」と「ウリでない 者」を徹底的に区別します。違う意見をもつ者を排除することで、より強化されます。「日本が好き」 などという人は、「ウリ」ではない、と否定されてしまう恐れがあります。そういった雰囲気のなかで、 「日本が好き」なんて、とても言える訳がない。何かしらの理由で、日本の何かが、日本が好きになっ てしまった韓国人は、どのみち韓国人として信仰告白をさせられ、アイデンティティの再構築を試され ることになります。
    http://iloveasiafund.com/news%20letter/nl31.pdf
    (p6の一番下)

    「神風(シンパラム)がわく韓国(くに)」(吉川良三著:白日社)

    著者の吉川良三氏(JKIT 会長)が、1994 年からサムスン電子の常務として韓国に滞在した時 の体験をもとに、韓国と日本の文化やビジネス慣習の違いをまとめた書であり、日韓間のビジネ スに関わる人にとって、韓国の文化や日常を知る上で、参考になる指摘と考え、シリーズで要約 をご紹介します。
    <第3回>韓国人とは、どんな人たちなのか 著者は、韓国文化と日本文化は、80%以上が異質な文化であると気づいたと指摘しており、今
    回は、韓国文化の原点、すなわち、その特有の民族性や精神構造について紹介します。 ただし、原著も「手さぐりの仮説」であるとの断わり付きである。

    1.韓国人の自尊心を支えるもの
    (1)すべての人間は、天から「理」を与えられた
    (2)太極旗を愛する韓国人

    2.「神風(シンパラム)」がわき起こる国
    (1)「神風(シンパラム)」と「神風(カミカゼ)」
    (2)「神風(シンパラム)」は民の力
    (3)韓国を破産から救った「神風(シンパラム)」
    (4)興(フン)が起こっているところに人が集まる

    3.「恨(ハン)」から「傲気(オウギ)」へ
    (1)「恨(ハン)」は「怨(ウラミ)」ではない

    キーワードの 2 つ目が「恨(ハン)」である。日本人の恨みは、他人に向かう怨念であるが、 韓国人の「恨(ハン)」は他人に対する怨みではなく、自分自身に対する悔しさ、恨みである。
    この「恨(ハン)」は逆に励みにもなり、貯まりに貯まった恨は、自分が生きていくエネルギ ーの源にもなる。それが、第 3 のキーワード「傲気(オウギ)」であり、一種の口惜しさ、恨 みのことであるが、他人に向かうものではなく、自分自身の中に蓄積され、マグマのように 爆発を待つ情感なのである。

    (2)第 4 のキーワード「ウリ」
    韓国における個人と社会の関係は、あくまでも「ウリ(われわれ)の中のナ(私)」であり、 アメリカのような個人主義だけとは異なり、「集団の文化」が前提にある。しかし、ここには、 日本のような上下関係は存在せず、まったくの水平意識である。 ウリ(われわれ)は家族、地域、会社、国家などであり、その中に個人主義のナ(私)が位 置している。常にウリの中に身をおいていないと生きていけないのが韓国人で、しかも自分 のウリ以外の人間とは深く付き合おうとしない。

    (3)人情に生きる共同体

    4.実際は複雑な行動と精神
    (1) 韓国人の悪口は世界一
    (2) 縮む日本、ほぐす韓国
    (3) 神風新世代
    (4) 韓国人は、やっぱりキリギリス?
    (5)「助けて!」でなく「人間を生かせ!」
    http://jkit-or.jp/kamikaze_korea(3)(20091114).pdf

    (抜粋なのでリンクをクリックして他も読んでください。)
  • [35] mixiユーザー

    2013年08月19日 06:35



    ○韓国人と「ウリ(われわれ)」空間

    私はつねづね、韓国人のアイデンティティを解く鍵は「ウリ」という韓国語にあると考えている。「われわれ」を意味する複数人称代名詞で、どの言語にもある語いの一つである。「ウリナラ(わが国)」「ウリマル(わが国の言葉、韓国語)」というふうに使われる。ところが、この「ウリ」という語が使われる様々な場面を思い出すと、当然のことながら「ウリ(われわれ)」という境界線の内側を強く意識して使われている。しかもこの「ウリ」空間は「私とあなた」という二人だけの関係のこともあれば「ウリ家族、ウリ学校、ウリ会社、ウリ故郷」というようにその外縁はどんどん広がっていき、国家、民族にまで到達する。

    このように「ウリ」空間は伸縮自在であるが、重要なことはこの「ウリ」という境界の中は濃密な人間ネットワークを基盤とする無条件的に安住できる包容性ある世界であるという点である。しかしそのことは同時に、この「ウリ」という世界は、だれでも気安く入っていけない排他性を強くもっている世界でもあるということである。

    韓国でもっとも頻繁に使われている「ウリ○○」表現は何かというと、言うまでもなく「ウリナラ(わが国)」という使い方であり、大統領の演説はもちろん、学校現場において教師(特に道徳、社会、国史、国語担当教師)も毎日のようにこの語を繰り返している。言うまでもなくそこで意味されている「ナラ(国)」は主権国家としての「大韓民国」のことである。

    (次のコメント)
  • [36] mixiユーザー

    2013年08月19日 06:39

    (前のコメントから)

    ややもすれば、我々外国人には耳障りに感じるほど韓国人が「ウリナラ(わが国)」を使う理由は二つある。一つは、十九世紀末から二十世紀初頭にかけての近代国民国家形成期に国家主権を奪われた歴史(日本による韓国併合)の教訓から来るものであり、他の一つは、本来一つであるはずの国土、民族(彼らはそれを「韓半島、韓民族」と表現する)が第二次大戦後の政治情勢から二つに引き裂かれ、しかも厳しく対立してきた経緯があるからである。

    考えてみれば「大韓民国」という国家は、1948年以前には朝鮮半島には存在しなかったのであり、北緯38度線で線引きされた朝鮮半島の南部地域に人為的に「ウリ」空間を創出し、それに対し「大韓民国」という名の正統性ある国家を誕生させてから五十余年しか経っていないのである。この半世紀、議会や学校などの公的空間、新聞、テレビ等の公共的空間において、事あるごとに「ウリナラ(わが国)」とういう語句が使い続けられた理由は、まさにそこにある。

    もちろん先にも述べたように、「ウリ」の外縁は「民族」にまで広がる伸縮性をもった概念であるので、地理的には、現在、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)側に位置し、中国と国境を分ける秀峰「白頭山」にまで一気に拡大する可能性を常に秘めている。

    http://www.geocities.jp/cielnovels/essays/niji/files/no.100.html

  • [37] mixiユーザー

    2013年08月21日 21:02

    【精神改革キャンペーン】
    「かたまれば生き、散らばれば死ぬ」

    その1

    ソント
    http://mixi.jp/view_event.pl?comm_id=1965449&page=9&id=59891422


    のコメント84にこれがあります。

    記事抜粋
    それゆえ国家は、近代化と並行して、〈国民としてのウリ〉を凝結させる為に「かたまれば生き、散らばれば死ぬ」などの精神改革キャンペーンを延々と強力に推し進めたのであった。


    これが非常に重要です。

    こらがウリの本質だからです。
    このウリの本質について書いたところがもうひとつあります。

    次のコメントでだします。

    @@@@

    本「韓国は一個の哲学である 〈理〉と〈気〉の社会システム (講談社学術文庫2052)」小倉紀蔵
    韓国は一個の哲学である 〈理〉と〈気〉の社会システム (講談社学術文庫2052)
    ○著者: 小倉紀蔵
    ○出版: 講談社 (2011/5, 文庫 264ページ)
    ○価格: 924ページ
    ○ISBN: 978-4062920520

    http://blog.livedoor.jp/ppdwy632/lite/archives/51718715.html

    p38
    【1・2・6】〈ナム=他人〉
    〈ナム〉とは、〈ウリ〉でない人である。〈ナ〉と無関係の人が、〈ナム〉なのである。
    〈ナム〉は、時に、〈ナ〉からは見えず、聞こえない存在だ。
    「〈ナム〉は死のうが生きようが」という言葉がある通り、韓国の伝統社会では〈ナム〉に対しては概して無関心であった。しかしこの無関心は、この言葉が微かに示しているいるとおり、多分に意識的かつ意志的な無関心でもあるのであった。
    それは、血縁による〈ウリ〉のみが極度に重要視された反動の無関心である。そこには、見知らぬ他人に対する不信が蟠踞(ばんきょ)している。

    〈ナム〉が自分に関わろうとしてきた。しかし自分はその〈ナム〉をウリの一員に加えたくない。このような場合「ウェミョン(外面:顔をそらせること=無視)」という行為を選択する。

    国民国家を形成する上で、この〈ナム〉に対する意識的無関心と不信は、大きな障害であった。それゆえ国家は、近代化と並行して、〈国民としてのウリ〉を凝結させる為に「かたまれば生き、散らばれば死ぬ」などの精神改革キャンペーンを延々と強力に推し進めたのであった。これは個体において〈気〉が凝集すれば生き、散ずれば死ぬ【1・1・2】という〈理〉を、国民レベルに拡大して凝制したものだ。
  • [38] mixiユーザー

    2013年08月22日 19:16

    【精神改革キャンペーン】 その2
    「かたまれば生き、散らばれば死ぬ」

    前のコメントと本コメントは微妙に表現が違います。

    「かたまれば生き、散らばれば死ぬ」
    「結束すれば生き、散らばれば死ぬ」

    本コメントの記事のソースは前のコメントの本かもしれません。文章は違いますが、内容はそっくりです。

    内容は既出のものばかりで、内容に誤りはありません。


    記事抜粋
    国民国家を形成する上で、この「ナム(他人)」に対する無関心は、大きな障害であったのは想像に難くない。
    国家は、近代化と並行して、「国民としてのウリ」を凝結させるために「結束すれば生き、散らばれば死ぬ」などの精神改革キャンペーンを強力に推し進めたという。

    @@@@

    韓国人の性格�◆.Ε蝓Ε淵�
    8月 15th, 2013 @ 01:54 am › 韓国朝鮮と日本


    韓国語で「ウリ」は、「私たち」・「我ら」・「我々」の意味。
    日本語の「我々」よりも強い意味を持ち、使用頻度も非常に多い。
    もちろん、個々の韓国人は、「日本語の『我々』よりも強い意味だ」と意識することはない。
    しかしこの「ウリ」は単なる言葉ではなく、韓国の社会構造そのものと言える。

    「ウリ(我ら)」の中心は「ナ(自分)」とする。主観が「ナ(自分)」だから当然ということだろう。
    その中心の周りに、ノ(同格)・ニム(格上)・ノム(格下)の人物たちを含める円がある、と考えれば良い。それが「ウリ(我ら)」となる。
    「ウリ(我ら)」の基本単位は、やはり家族あるいは血族ということになるが、それと同時に、この「ウリ(我ら)」の適用範囲は拡大縮小できるのも特徴である。

    次に、韓国語で「他人」は「ナム」と言う。「ナム(他人)」は、「ウリ(我ら)」でない人。
    「ナ(自分)」と関係がない人が「ナム(他人)」。

    韓国の伝統社会では、人々は「ナム(他人)」に対して無関心だった。「『ナム(他人)』は死のうが生きようが」と言われていた。ほんの十数年前まで、韓国人が道や電車の中で人と肩がぶつかっても、足を踏んでも、誰も謝らなかった。もちろん失礼なのだろうが、そもそも「ナム(他人)」に礼儀関係は存在しないのだ。
    いやむしろ、礼儀を成立させてはならない。礼儀を成立させた瞬間、「ナム(他人)」は「ウリ(我ら)」の一員となってしまうからだ。
    だから、気づかない無関心ではなくて、意識的な無関心なのだ。
    これは、血縁による「ウリ(我ら)」が極度に重要視された反動だといえる。

    (次のコメントへ)
  • [39] mixiユーザー

    2013年08月22日 19:24

    (前のコメントから)

    国民国家を形成する上で、この「ナム(他人)」に対する無関心は、大きな障害であったのは想像に難くない。
    国家は、近代化と並行して、「国民としてのウリ」を凝結させるために「結束すれば生き、散らばれば死ぬ」などの精神改革キャンペーンを強力に推し進めたという。

    だから当然、「ウリ(我ら)」はナショナリズムとつながる。
    北朝鮮を含んで、朝鮮民族全体で「ウリ(我ら)」とするときもある。
    この「ウリ(我ら)」も、結束である反面、排他的でもある。

    「ウリ(我ら)」の範囲は拡大縮小できるから、企業という共同体の「ウリ(我ら)」もある。
    また、「国民としてのウリ(我ら)」ができたからといって、「ナム(他人)」が居なくなったというわけでもない。

    いまだに他人の足を踏んでも、いや何をしようが謝らない人は多いようだ。
    「ウリは文化国民です。公衆道徳を守りましょう」などという標語によって、大きな「ウリ(我ら)」を意識させなければマナーは広まらない。
    韓国人が旅行先や移住先で傍若無人な振る舞いをしたとしても、彼らからすれば「ナム(他人)」なのだから、罪悪感はない。

    現在は韓国も核家族化が進み、血族としての「ウリ(我ら)」の結束力は弱まった。
    その代わりに、社会が家族の役割を果たす。つまり、隣人を含めた「ウリ(我ら)」だ。
    「ナム(他人)」を家族化することによって、「ウリ(我ら)」化しようとする働きである。

    (次のコメントへ)
  • [40] mixiユーザー

    2013年08月22日 19:27

    (前のコメントから)

    また、80年代までは、商店は客を「ナム(他人)」として扱ったが、90年代に入ると、客を「ウリ(我ら)」として扱う店もでてきた。
    ソウルオリンピックの際、外国人観光客に対して店の店員のマナーが悪いのを、政府が改善しようとしたのが原因だろうが、こんなところにも「ウリ(我ら)」と「ナム(他人)」で意識する必要があったのだろう。

    「ウリ(我ら)」の中では当然、遠慮なしの親切心や思いやりがある。いい時代になったじゃないかと思われるかもしれないが、しかし同時に、「ウリ(我ら)」よりも「ナ(自分)」優先の時代が始まってしまうのだった。
    もともと、「ウリ(我ら)」の中心は「ナ(自分)」であるし、強く自己主張しなければならない社会ではあったが、さらに自分を優先する風潮が出てきた。
    消費社会の中で、家族向け商品より個人向け商品が増えたせいもあるだろう。
    特に女性たちが「ナ(自分)」を強く主張するようになったという。

    このようにして、現在の韓国の「ウリ(我ら)」は、「ナ(自分)」によって、かつての強い絆をほどかれつつある。
    それと同時進行で、「ウリ(我ら)」が拡大できる範囲は、より自由に広がれるようになった。最大規模で考えれば地球人は皆「ウリ(我ら)」かもしれない。
    ただし、「ウリ(我ら)」の中では礼儀秩序が必要になる。たとえば、格上の「ニム」に対して尊敬語を使わなければ、「ウリ(我ら)」共同体の破壊者として、周りから全否定されてしまう。
    だから韓国人は、周りの人間を、自分にとって「ウリ(我ら)」なのか「ナム(他人)」なのかを識別し続ける必要がある。それも瞬間的に、無意識的に。
    http://seaofjapan.biz/personality2-345
  • [41] mixiユーザー

    2013年10月03日 00:22

    【精神改革キャンペーン】 その3
    「かたまれば生き、散らばれば死ぬ」

    コメント37〜39の続報です。

    記事の内容を

    韓国は一個の哲学である 〈理〉と〈気〉の社会システム (講談社学術文庫2052)
    ○著者: 小倉紀蔵
    ○出版: 講談社 (2011/5, 文庫 264ページ)
    ○価格: 924ページ
    ○ISBN: 978-4062920520

    http://blog.livedoor.jp/ppdwy632/lite/archives/51718715.html

    からです。

    これもキャンペーンの内容です。

    韓国のウリは、島民や嫌韓が思っている程生易しいものではありません。

    @@@@

    p200
    【5・4・8】〈ウリ〉の縮小のベクトル
    このようなもろもろの現象の背後には、〈個〉という主体の登場がある。
    それは〈ウリ〉のかわりに〈ナ〉(我)を強調することである。〈チブ〉(家)などの共同体としての〈ウリ〉が縮小・変質され、つぶつぶ 〈個=ナ〉が社会の全面に登場した。
    たとえば90年台には、母親が「〈ナ〉の子は違う」と宣言する離乳食の広告が現れた。戦闘的な服を着、わが子を戦闘的に抱き抱え、戦闘的に両足を踏ん張って、そういうのである。「〈ナ〉の子」というフレーズは驚きである。伝統的には当然、〈ウリ=われらの家筋〉の子といわねばならない。
    これは、伝統的には子供(特に男児)は母親や両親のものではなく、家筋の所有となっていたことに対する、母親の所有権の主張である。
    伝統的には、母親はめでたく息子を産んでも、姑に「おまえが産んだからっておまえの子だとでも思っているのかい」と怒鳴られ、自分の子に対する主体性を剥奪されて来たのである。
    またテレビの料理番組で、「母親は毎日、〈ナム〉のために食べ物をつくらなくてはならない立場で・・・・」という発言がなされる。家族を〈ナム〉と呼ぶ感覚は驚きである。
    〈ウリ〉は〈個=ナ〉によって確実に、かつての強い絆をほどかれつつある。


    p201
    【5・4・9】〈ウリ〉の拡大のベクトル

    しかし〈理〉の細分化は、〈ウリ〉の縮小・弱体化ばかりをもたらしたのではない。
    逆に、〈ウリ〉の拡大を結果した面もあることを見逃してはならない。
    伝統的には血縁共同体が〈ウリ〉の中核であり、その外には〈ウリ〉は拡がりにくかった。
    近代化とともに、国家や企業などという共同体に〈ウリ〉が拡大された。特に愛国心・国民意識の浸透によって〈ウリ〉を拡大させる努力が続けられた。「〈ウリ〉は文化国民です。公衆道徳を守りましょう。」などという標語がいたるところに貼られていたものだ。
    しかし〈ナム〉との間に横たわる深い海溝は、容易に埋まりはしなかったのである。
    80年代まで、商店の主・郵便局の窓口係員などは、客が入ってくるや、あたかも仇敵のように睨みつつ「何しにきた、この〈ノム〉」という排撃的態度を示したものだ。
    しかし90年代に入ってからは、客を敵視しなくなり、なんと客に親切になったのである。80年代までは客を〈ナム〉として扱ったが、90年代には〈ウリ〉として扱うようになったわけだ。
    90年代に入り、韓国社会全体に新たな〈ウリ〉の輪が急劇に拡がったのである。
    それは、旧い〈理〉を細分化する消費資本主義の浸透によるところ大であった。
  • [43] mixiユーザー

    2013年10月05日 21:57

    【精神改革キャンペーン】 その4
    「かたまれば生き、散らばれば死ぬ」

    前のコメントに韓国の80年代と90年代が書かれています。

    これについては古田博司も書いています。
    前のコメントと比べてください。

    @@@@

    朝鮮民族を読み解く―北と南に共通するもの著: 古田 博司
    出版: 筑摩書房 (2005年3月)
    価格: 998 円


    第一章 韓国人の人間関係
     一、密着と疎遠
     二、亀裂と埋め込み
     三、下賜と寄食

    第二章 北朝鮮の古くて新たな挑戦
     一、北朝鮮イデオロギーの大転換
     二、職業差別観と労働蔑視の伝統
     三、忠孝一致の倫理教化

    第三章 宗族か民族か「個人」か
     一、韓国の「個人」の発生


    p82
    一人で食べる韓国人

    《 九二年夏、筆者は韓国で不思議な光景をみた。
     それは八○年代には決してなかったもので、従来の韓国の文脈からは非常に不自然なものであった。ただ日本の文脈では何ということはない。当地ではあまりに不思議なので、あちらこちらで何度も確認してしまった。それは、ついにここまで来たかの感をよびおこす種類のものであった。
     なんと、韓国人が一人で(!)食事をするようになったのである。
     食堂で、酒も飲まず、黙々と鉄板で焼肉を食べる韓国人。別のテーブルではこれも静かに独り米飯をかき込む人物がいた。あまりに異様なので、同行の友人を撮る素振りでカメラにおさめてしまった。
     なぜ異様かというと、韓国人の外食はかつては共同会食のみだったのであり、外食とはまずナムたちとよしみを結ぶための宴であった。独りで食事などしようものなら、これは何か大なる不幸とそれにともなうショックが彼を襲い、ひたすら孤独に沈潜している姿と見なされ、店のものに慰めの言葉をかけられたりしたものである。
     筆者も渡韓当初は韓国に友人もなく、かといって独りで飲食もできず、ずいぶんと困ったものだった。みなが見るので後ろめたく、とうてい落ち着いて食事などできない。中華料理だけは、会合前の軽食と見なされていたので、中華料理をはしごした思い出もある。それほど一人の飲食と不遇とは分かち難く結びついていた。
    しかし明らかに何かが変わったのである》(古田博司『朝鮮民族を読み解く』より)
    http://www2.tbb.t-com.ne.jp/kawashou18/furuta.html

     二、儒教の社会改造と宗族
     三、宗族か民族か個人か

    第四章 ウリとナムの力学
     一、「プマシ」という労力交換
     二、知らない人たちの世界
     三、ウリの「理」屈

    第五章 理気の世界
     一、「儒」な理と「野」な気
     二、理気乱流の韓国
     三、「ウリ式社会主義」と恨(ハン)

    第六章 「事大」と「小中華」
     一、日本蔑視と事大主義
     二、小中華思想と楽天主義
     三、戦略としての「小中華」
     四、強い朝鮮
    http://anzenmon.jp/page/555448
    http://blogs.dion.ne.jp/prussian_blue/archives/5799112.html


  • [44] mixiユーザー

    2013年10月06日 22:01

    【精神改革キャンペーン】 その5
    「かたまれば生き、散らばれば死ぬ」

    コメント41
    それは、旧い〈理〉を細分化する消費資本主義の浸透によるところ大であった。


    今の韓国は程度は問題ありますが

    民主主義
    資本主義

    です。じゃあその前はなんだったのか、というと


    ︎民主主義の前

    1987年6月,韓国の民衆は軍部独裁政権を打倒し,自らの手で民主主義をかちとった.
    https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/4/0248630.html

    民主化宣言 - Wikipedia
    民主化宣言は以下のような八項目から成り立っていた。

    与野党合意による大統領直接選挙制改憲の実施と1988年2月の平和的政権交代実現
    大統領選挙法の改正実現による公正な選挙の保障
    金大中を含む民主化運動関連政治犯の赦免・復権措置
    拘束適否審の全面拡大など人権保障の強化
    言論基本法廃止など言論の自由を保障・強化をするための措置実現
    地方自治の実現と教育の自由化実現
    政党活動の保障を通じた対話と妥協の政治風土の構築
    社会浄化措置の実施、流言飛語追放、地域感情の解消などによる相互信頼の共同体実現。
    http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%8C%96%E5%AE%A3%E8%A8%80


    ︎資本主義の前

    日韓併合後に参戦したベトナム戦争と日韓基本条約で得たお金で、資本主義の基本ができたような感じですが、それが1987年の民主化宣言で加速した感じです。

    だからコメント41と43の様に、ウリが拡大、縮小したと推測されます。


    コメント41で80年代までのウリは「血縁共同体」であったことが分かります。

    それが資本主義の加速によって、学校、地方というウリの他に

    商売
    会社

    というウリが発達したのが90年代ということが
    コメント41、43で分かります。

    【精神改革キャンペーン】

    は血縁共同体から資本主義へ移行する様を追跡すればいい事になります。

    それがこれです。


    韓国は一個の哲学である 〈理〉と〈気〉の社会システム (講談社学術文庫2052)
    ○著者: 小倉紀蔵
    ○出版: 講談社 (2011/5, 文庫 264ページ)
    ○価格: 924ページ
    ○ISBN: 978-4062920520

    http://blog.livedoor.jp/ppdwy632/lite/archives/51718715.html

    p141
    4・2 〈理気〉の血縁共同体
    【4・2・1 】生者と死者がともに住む社会

    韓国の人口は約4500万人といわれているが、これはある意味では正しくない。
    〈魂の共同体〉としての韓国の人口は、4500万人よりもはるかに多いであろう。
    なぜか。韓国は、生者と死者とが〈ともに住む〉社会であるからだ。
    そこでは、生者だけが生きているのではない。死者も同じ空間に生き生きと暮らしているのである。
    生き生きと暮らす死者とは誰か。それは魂である。
    生物学的な死を迎えた韓国人は、その後、魂(こん)(精神)と魄(はく)(肉体)とに分離する。魄は地に帰り、魂は天に昇るのだが、魂は直ちに昇天するのではなく、〈浮遊する霊〉として生者の周囲に漂い続けると考えられていた。
    魂自体は〈気〉だが、この世界にも〈理〉の秩序が存在する。
    それはたとえば、〈浮遊する霊〉としての魂が、消え去ることなく一体いつまで浮遊するのかという「理論」である。

    (次のコメントへ)
  • [45] mixiユーザー

    2013年10月06日 22:06

    (前のコメントから)

    p142
    【4・2・2】鬼神との豊かな交流
    その漂う期間は足かけ3年であるとされるが、これを過ぎたら電気を消すように忽然と天に消えるのではなく、徐々に消滅していくのである。
    消滅してしまうまでの期間に論争があるが、現在では、およそ四代にわたって、魂は消え去らないとされている。
    魂は漂いつつ、血の繋がった生者と霊的な交流を続ける。
    後裔が祭祀をし、祭床に果菓菜湯炙餅飯酒脯といった供え物を準備すれば、魂たちは家に聚(あつま)り集って旺盛に食事する。生者達は魂の食べ残したものを有難くいただく。
    女たちは生者だけでなく、死者つまり魂に食事を準備することが極めて重要な役割なのであった。
    朝鮮時代には、身分によって祭祀をする魂の範囲が決まっていた。三品官以上は四代(高祖父母)まで祭祀をしたが、庶民は父母のみに祭祀をした。これが、甲午改革における身分差別の撤廃策によって、1895年、全ての人が四代まで祭祀できることになったのである。
    また朝鮮時代には身分によって、つくえることのできる墓の大きさも決められていた。
    朝鮮の身分平等化は、生者のみでなく、死者(魂と魄の双方)に関しても行われたのだ。


    p143 ナムをウリ化
    【4・2・3】ともに生きることの容易さと困難
    このような社会では、〈同一の血〉を共有する生者と死者は、〈ともに暮らす〉のが容易である。
    先祖の魂気と同質な子孫の〈気〉とが感じあって和気藹藹(あいあい)の共同体を成す。
    これを「同気感応」という。文字通りの〈気〉が感応するのだが、その感応のしかたが〈理〉なのである。
    つまり〈血〉とは、現象的には〈気〉であるが、そのしくみが〈理〉なのだ【4・2・1】。そして〈血〉とは、そのしくみ・秩序・掟こそが最も重要な要素なのである。
    一方でこの社会では、〈同一の血〉を共有しない生者どうしは、〈ともに暮らす〉のが容易ではない。〈気〉の関係ではうちとけるが、〈血=理〉が介在するとうちとけない。
    この欠落を埋めるために、さまざまな宗教や政治が、見知らぬ生者どうしの共同体意識を根づかせようと、渾身の努力を続けてきた。そこでは「ともに生きよう」というスローガンがつねに叫ばれる。〈ナム〉を〈家族〉や〈ウリ〉と同じく感受しようということだ。

    韓国社会においては、〈ナム〉は深い闇の向こうの存在である。それを認識するのは、ひとつの冒険なのである。それゆえ、〈ナム〉を認識させるときには〈ナム〉を〈ウリ〉化する為の理念を開発し、教化しなければならない【4・2・13】【5・4・9】。
    鬼心感応共同体から、国民国家への転換が、近代化とともに続けられている。

  • [46] mixiユーザー

    2014年06月11日 14:44




    ●ウリの定義

    コメント18
    第5章 理気の世界

    3.「ウリ式社会主義」と恨(ハン)
    ウリのハンブリ戦略
    さて、「ウリ」とは一体なんであろうか。それは「自分」を中心に血の薄くなるにしたがって外縁へと拡大していく「我々」であり、外来の「理論」により自己を正当化し、「道徳志向性」をもって「ナム」(他者)を撃つ、他細胞に対する防御単位である。

    もちろん「これが私の息子です(ウリ・アドゥル・イムニダ)」などと言うときの「ウリ」にこれほどの内包があったならば、たちまち喧嘩になってしまうであろうから、これはあくまでも「理の世界」の姿から見たウリである。

    逆に「気の世界」から見た「ウリ」の姿は、はるかに穏やかである。みんなで一緒に食べ、わかちあい、互いの困難を分担し、人情にあふれ、「自分」は消失に向かい、ナム(他者)との境は消えかかる。つまりサラム(人)である。

    @@@@


    「日本海」の表記
    世界・・・Sea of Japan
    日本・・・日本海
    中国・・・日本海
    台湾・・・日本海
    韓国・・・東海

    「黄海」の表記
    世界・・・Yellow Sea
    日本・・・黄海
    中国・・・黄海
    台湾・・・黄海
    韓国・・・西海 

    「東シナ海」の表記
    世界・・・East China Sea
    日本・・・東シナ海
    中国・・・東海(英語表記は"East China Sea")
    台湾・・・東海(英語表記は"East China Sea")
    韓国・・・南海

    「朝鮮海峡」の表記
    世界・・・Korea Strait
    日本・・・対馬海峡(英語表記は"Korea/Tsushima Strait")
    中国・・・朝鮮海峡(英語表記は"Korea Strait")
    台湾・・・朝鮮海峡(英語表記は"Korea Strait")
    韓国・・・大韓海峡(英語表記は"Korea Strait")
    北朝鮮・・朝鮮海峡(英語表記は"Korea Strait")
    ※対馬以東以西の個別呼称については、別名称が使用される場合もある

  • [47] mixiユーザー

    2015年01月17日 14:43



    ウリはなぜ伸縮自在なのか
    テーマ:韓国
    コメント(1)
    http://s.ameblo.jp/jokanji-00/entry-11716884580.html?frm=theme
  • [48] mixiユーザー

    2016年05月22日 16:46

    ナムがあがってこないのは

    関心すらない
    ナムはウリからうたれるだけの対象

    ということなのかな?

    @@@@

    韓国人が最も信用できない相手は「夫」
    2016/05/21 08:39

     インターネット上のビッグデータ分析を手掛けるダウムソフトは20日「韓国国内のブログやコミュニティ・サイトに掲載された5億3000万件の文章をコンピューターで選別し、その内容を調査したところ、「疑わしい」もしくは「信用できない」という内容と共に最も多く登場した人物は『夫』だった」と発表した。

     不信に関する1924件の文章の内、314件(16.3%)が「夫」に言及していた。夫に次いで多かったのは「友人」(192件)で、以下「社員」(71件)、「母」(66件)、「子ども」(59件)、「医師」(40件)の順だった。さらに、7位には「息子」(32件)、8位には「父」(29件)、10位には「彼氏」(23件)が登場し、相対的に男性に対する不信が強く現れた。同じような傾向は、「ウソ」というキーワードとの関連でも現れた。この分野のトップは「友人」(3013件)、2位は「母」(754件)だったが、3位は「夫」(615件)、4位は「彼氏」(547件)だった。「父」(376件)も8位に入った。「友人」と「母」の順位が高い理由は、インターネットに文章を載せる若者層が普段よく接している相手だから、と分析されている。

     ダウムソフトは、2013年1月から今年5月にかけて、ダウムやネイバーのブログ、有名サイトの自由掲示板に載せられた文章を選び出し、調査を行った。

     ダウムソフトのクォン・ミギョン理事は「ネット上では、おおむね男性より女性の活動の方が少し活発な傾向があり、こうした点も調査結果に影響を及ぼした可能性もある」と語った。

    チョン・チョルファン記者

    朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
    http://www.chosunonline.com/m/svc/article.html?contid=2016052100422
  • [49] mixiユーザー

    2017年03月17日 12:06


    確かに分かりづらいです。

    このデモをウリとウリの自己主張と考えると

    日本人には理解できないが
    韓国人の韓流のウリ

    として捉える事ができます。

    @@@@

    太極旗集会、日本で初の行進…日韓会、規模の拡大目指す(写真)〜ネットの反応「日本人は普通、他国でこんな事しないと思うんだよね」「日本でやる意味がさっぱり解らん」

    2017/3/14 東アジア 0
    http://anonymous-post.com/archives/3838
  • [51] mixiユーザー

    2017年06月22日 07:46


    韓国国民、特に被害者

    をウリとして捉えれば、韓国人の思考がわかります。

    韓国政府はウリに勝てないふりをして、
    ルールを捻じ曲げようとします。

    そして対馬の韓国人観光客も

    ポッタリ
    免税ショッピング
    プロ釣り師

    という理を持ったウリです。

    これまでのウリの説明を読み直ししてみてください。

    @@@@

    「慰安婦問題、責任と謝罪を」韓国大統領
    2017/6/21 12:34
    アジアニュース

     【ソウル=山田健一】韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は20日掲載された米紙ワシントン・ポスト(電子版)のインタビューで、従軍慰安婦問題の解決に関する2015年の日韓合意について「韓国国民、特に被害者にとって受け入れられない」と話し、「問題解決の核心は日本が法的責任をとり、公式に謝罪することだ」との認識を示した。

     文氏は1月に慰安婦問題で日本に法的責任と公式謝罪を求める考えを示したが、大統領就任後に公言したのは初めてとみられる。同問題のために「日韓関係の発展を妨げるべきではない」との考えも強調した。

     在韓米軍の地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備を巡り、環境影響評価を進めようとしていることについては「配備の延期や、配備決定を覆すことを意味するものではない」と説明した。

    http://mw.nikkei.com/sp/#!/article/DGXLASGM21H2S_R20C17A6EAF000/
  • [52] mixiユーザー

    2017年08月20日 19:59

    【韓国はデモ天国、デモはウリの事】

    デモをやって自分の考えと同じ考えの人がいることが嬉しいんです。



    反日デモにNO! 韓国を国際常識守る「国らしい国」に
    ソウルからヨボセヨ2017.8.19 11:00


    文在寅政権にTHAAD配備撤回を求め、スローガンを叫ぶ反対派住民ら=10日、韓国・星州(桜井紀雄撮影)1/1枚
     文在寅(ムンジェイン)政権を支えている左翼・革新勢力の得意はデモや街頭集会である。文大統領も前大統領“追放”のいわゆるロウソク・デモのおかげで政権を取ったことを繰り返し自慢している。

     そこでロウソク・デモ以来、デモができるようになった大統領官邸周辺などは各種要求を掲げたデモでにぎわっているのだが、その騒音に音を上げた付近住民は「デモ反対のデモ」をしている。韓国は文字通り“デモ天国”である。

     左翼・革新勢力は反米・親北朝鮮なので米大使館へのデモをやりたがる。最近も米大使館包囲デモを計画し、ついでに慰安婦像で反日名所になっている近くの日本大使館前への反日デモも兼ねたコースを設定したところ、司法当局によって不許可となった。

     北ミサイル問題がかまびすしい折、対米関係に配慮する文政権下で「外国公館保護」という国際法、国内法の原則に従い不許可にしたのだ。なんだ、やればできるじゃないか! 日本大使館前で長く黙認されている慰安婦像やデモ・集会も国際法、国内法違反なのだから今後ぜひ禁止してほしい。

     文大統領は「韓国を国らしい国にする」と公約し事あるごとにそれを強調している。実にいい言葉だ。韓国を一日も早く外国公館保護という国際的常識を守る「国らしい国」にしてください。(黒田勝弘)

    http://www.sankei.com/smp/column/news/170819/clm1708190007-s1.html
  • [53] mixiユーザー

    2018年07月09日 21:32

    【戦中日本の天皇陛下万歳より破壊力のあるウリ】その1-1

    前のコメントで

    韓国のデモはウリを意味する、

    と説明しました。

    とにかく韓国人が複数人の時はウリを警戒しなければなりません。

    韓国人が一人になる事は少ないですが、一人の時でもウリを想定して行動するのが韓国人です。

    近年、最大のウリは

    朴大統領の退陣を迫って大統領府(青瓦台)を取り囲んだ時です。

    ここのその時の記事を置きますが、対馬の韓国人観光客も

    ポッタリ
    免税ショッピング
    プロ釣り師

    という理を持ったウリである事を忘れてはなりません。

    @@@@

    2016年12月03日 21時42分 JST | 更新 2016年12月11日 15時14分 JST

    写真

    170万人が叫んだ「朴槿恵退陣」 デモ参加者から見えた"韓国の怒り"(現地ルポ)
    吉野太一郎



    自ら選挙で選んだ指導者を、デモで引きずり下ろすことはできるのか。

    韓国の朴槿恵大統領は「陰の実力者」の知人女性・崔順実(チェ・スンシル)被告と、財団を巡る不正などの疑惑が指摘され、11月29日に「進退を国会に任せる」と談話を発表した。

    しかし12月1日の支持率は史上最低の4%から回復せず、野党3党に無所属議員を加えた171人が12月3日未明、国会に朴槿恵大統領の弾劾訴追案を提出した。可決には定数(300)の3分の2(200)が必要なため、与党セヌリ党から最低29人の同調者が必要となる。


    9日の採決を前に、揺れるセヌリ党の国会議員に弾劾可決を迫る「民意」を突きつけられるのか。6週連続となる12月3日の「ろうそく集会」は、成否が政局を左右するだけに注目された。12月3日の土曜日、ソウルの「ろうそく集会」を現地で取材した。

    写真2

    12月のソウルは厳しい寒さに襲われるが、この日は午後の最高気温が10.5度と、比較的暖かい陽気だった。会場となるソウル中心部の光化門広場には、大勢の人で携帯電話がつながらないことのないよう、臨時基地局となる車両が並んでいる。

    画像
  • [54] mixiユーザー

    2018年07月09日 21:39

    【戦中日本の天皇陛下万歳より破壊力のあるウリ】その1-2

    12月のソウルは厳しい寒さに襲われるが、この日は午後の最高気温が10.5度と、比較的暖かい陽気だった。会場となるソウル中心部の光化門広場には、大勢の人で携帯電話がつながらないことのないよう、臨時基地局となる車両が並んでいる。

    写真1

    今回は、広場から約1km北にある青瓦台(大統領府)の、100m手前までのデモ行進が許可された。警察は青瓦台にデモ隊が突入するのを防ぐため、手前で厳重なバリケードを築くが、6週前のデモよりバリケードの位置は約1km後退したことになる。

    写真2

    行進してくる人々の旗を見ると、労組、政党、学生団体から日本の漫画「ONE PIECE」の旗、「独身男性の結婚を推進する会」という旗まである。「朴槿恵は退陣せよ」「今すぐ退陣せよ」と声を揃えて叫ぶデモ参加者も、よく見るとその怒りの中身は様々だ。

    写真3
  • [55] mixiユーザー

    2018年07月10日 01:54

    【戦中日本の天皇陛下万歳より破壊力のあるウリ】その1-3


    黄色いリボンを描いた人形を持つのは、2014年4月に修学旅行中の高校生ら304人が死亡・行方不明になった大型旅客船「セウォル号」沈没事故の遺族らだ。事故直後から朴大統領の所在が把握できない「空白の7時間」も、疑惑と絡んで再び焦点になっている。

    【参考記事】韓国・セウォル号沈没事故、朴槿恵大統領の「空白の7時間」を通話記録と照合すると
    https://www.huffingtonpost.jp/2016/11/28/sewol-seven-hours_n_13276006.html


    2014年の4月、「船室で待機せよ」という大人の案内放送に従い、大勢の高校生たちが、船と一緒に海に沈んだ。光化門に来ていた高校3年生の男子、パク・チェウンさん(18)は「まだ選挙権はないけれど、少しでもこの国の力になりたくて来た」と話す。「市民を上から見下して馬鹿にする。国民をだまして自分は財閥から大金をむしりとり、訳の分からない女に操られる。こんな大統領は許してはいけないと思う」

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    障害者施策に不満を募らせる障害者団体、動物虐待反対を訴える愛護団体、有害物質を含む製品を政府が許可し続けたことで239人の死者と1528人の患者を出した加湿器殺菌剤事件の被害者家族(写真)、そして責任追及を求めるセウォル号の遺族…。光化門広場には、実に様々な「怒り」がある。

    「それぞれ、息苦しい社会を共感しているんです。学歴や職業で分化された格差社会。いろんな典型的な悪役が登場する朴槿恵大統領のスキャンダルで、朴槿恵氏や財閥、既得権層を代弁するセヌリ党のせいだったという怒りが向かっている」

    群馬県出身の在日コリアン3世で、韓国に住んで取材を続けるジャーナリストの徐台教さんは話す。

    「大韓民国は民主共和国である。大韓民国の全ての権力は国民から生じる」。国民主権を定めた憲法第1条第1項を繰り返す歌が歌われる。「自分たちが選んだ代理人が逸脱した場合、生身の主権者が現れて、委任を撤回するという意思表示」(浅羽祐樹・新潟県立大教授)でもある。

    ^_^
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    「大韓民国は民主共和国だ。大韓民国の全ての権力は国民から出る」という憲法の歌
    17:36 - 2016年12月3日


    64人がこの話題について話しています


    2002年のワールドカップで韓国代表がベスト4に進んだときの応援歌は、韓国人にとって古き良き思い出だ。その歌に合わせ、街頭に出て大勢で歌い「朴槿恵退陣」を叫ぶ。「1週間、朴槿恵政権のひどいニュースを聞き続けた韓国人は、週末に街頭に出てストレスを発散しているんですよ」と、光化門広場を案内してくれたハフィントンポスト韓国版ニュースエディターのウォン・ソンユンさんは分析する。


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    2002年のワールドカップのときによく歌われた「オー必勝コリア」の替え歌で「オー退陣朴槿恵」。この集会スタイルの源流の一つはたしかに2002年の街頭応援にあると思う
    22:31 - 2016年12月3日

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    24人がこの話題について話しています
  • [56] mixiユーザー

    2018年07月10日 02:10

    【戦中日本の天皇陛下万歳より破壊力のあるウリ】その1-4


    夜になると、光化門広場に人が増え、身動きがとりにくくなってきた。気温も3〜4度まで下がった。ただ、人が密集している中を動き回っているので、凍えるような寒さではない。ステージでの歌あり、笑いありの、まるでお祭りのような雰囲気だ。

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    家族連れ、それも子供を連れてくる人の数が多いことに気づく。とにかく年齢層が幅広い。仁川から来たアン・スミさん(37)は、夫とともに小学2年と1年の娘2人を連れて来ていた。まだ政治を分からない娘たちを連れてきた理由は? と訪ねると、「これは歴史の一場面だから」と答えた。

    「大人たちがみんなで、子供たちのために国を変えようと努力している。そういう場面を見せて、何かを感じてほしい。私は母親として、未来ある子供たちが、チョン・ユラ氏のような特権階級の人間にはじき出される世の中にしたくない」。

    崔順実被告の娘で、名門大学に「裏口入学」したチョン・ユラ氏の名前を挙げてきっぱりと言った。

    【参考記事】裏口入学に「親を恨め」「金も実力」... 韓国の若者を怒らせた「陰の実力者」の娘とは
    https://www.huffingtonpost.jp/2016/11/17/jeong-yura_n_13039350.html

    約1500の市民団体や労働組合などでつくる主催者の「朴槿恵政権退陣 非常国民行動」によると、午後9時30分時点でソウル約170万人、全国で約232万人が参加したと発表した。約190万人だった前回をさらに上回り最多記録を更新した。

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    @yoshinotai
    光化門前。何だかもう、完全にお祭り。それにしてもどこまで続くんだ、この人波
    20:27 - 2016年12月3日

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    61人がこの話題について話しています


    学生らが軍事政権と戦っていた1980年代、デモと言えば火炎瓶や鉄パイプ、そして警察の催涙弾が定番だった。時代が流れて2016年の「ろうそく集会」は、歌を歌ったりコールを叫んだりはするが、警察との間で小競り合いも起こらない。

    デモで世の中は変わるのか。徐さんはこう見る。

    「200万人を動員できる力を、市民団体が持っているというのは強い。政党への脅しがききます。すなわち、いざとなったら爆発できる力を持っているということ。政治の側もその怖さを知っているから、事態は確実に変わっている。変わらざるを得ない。民主主義の真価が試されていると思います」

    与党・セヌリ党非主流派は、弾劾訴追案の発議とろうそく集会の結果を受け、4日に緊急の会合を開いて対応を協議することにした。

    ▼画像集が開きます▼
    https://www.huffingtonpost.jp/2016/12/03/seoul-rally_n_13398170.html

    6週目のろうそく集会・韓国(2016年12月3日)


    ※スライドショー^_^が表示されない場合はこちらへ。
    http://m.huffpost.com/jp/entry/13398170.html

    吉野太一郎 朝日新聞社会部記者(東京総局) 元ハフポスト日本版ニュースエディター
    https://www.huffingtonpost.jp/2016/12/03/seoul-rally_n_13398170.html

    【戦中日本の天皇陛下万歳より破壊力のあるウリ】その1 終了
  • [58] mixiユーザー

    2018年08月13日 22:45

    【ウリとナムとハンの関係】

    いつか説明しなければ、

    と思っていましたがこのブログが書いてくれました。

    これが恨〔ハン)の根本でこれが日本に向いた時にp「反日」となりまさ。

    記事抜粋
    彼ら韓国人の多くは韓国社会の事を一切信用していません。

    @@@@

    韓国人独特の「ウリ」と「ナム」という概念
    2015/09/30 22:23 投稿 コメント:40
    タグ:
    社会

    韓国

    価値観

    ウリとナム

    ウリナム思想

    さて、今回なのですがタイトルにもあるように韓国語の「ウリ」と「ナム」という単語の意味と、それに関わる日本人の目から見ると矛盾にしか見えない韓国の反応について書きます。


    この「ウリ」と「ナム」という単語、韓国関連ではかなり有名なので、知っている人も多いのですが一応説明すると、ウリというのは『基本的に』自身の事を指し、ナムというのは他者の事を指します。
    ただし、このウリという単語は自身のことだけでなく、自分の身内や仲間などの事も含まれる単語です。
    つまり、「私」と「(自分に近しい)それ以外」が合わさったような単語と考えてもらえば良いです。


    もう少し具体的に書くと、ウリという概念においては「私」と「(自分に近しい)それ以外」に境界がない=単語の用法として自他に境界が無いとも表現できます。
    なので私個人の感想としては、「我々」という単語ともちょっとニュアンスが違う気がします、感覚的に「我々」という単語よりももっと自他の結びつきが強い傾向にあるからです。

    韓国の事を知る上でこれが非常に重要です。
    そして今回は、この非常に独特なウリとナムという概念が、前回紹介した信用の概念にも深く関わっており、日本人の価値観からすると矛盾にしか見えない現象を引き起こす場合があることを紹介していきます。

    今回紹介する事例がわかりやすいのですが、彼ら韓国人の多くは韓国社会の事を一切信用していません。
    しかし、前回の記事にもあるように他者に対しては「信用を失う事」を徳の低い行為として批判するにも関わらず、韓国人は「徳の高い民族」と考える傾向にあります。


    一見すると矛盾しています。
    韓国人が韓国社会の事を信用していないのであれば、我々の価値観からすると韓国社会は徳が低いという事になってしまいます。


    しかし彼らの中ではこれは矛盾ではないのです。
    実はこのウリとナムという概念、範囲が全く固定されておらず非常に流動的であり、それがこの矛盾と疑問を解決する答えとなります。


    どういう事なのかと言うと、たとえば韓国人同士で韓国内の何かを批判する場合には、ウリの範囲はその批判に同意する批判対象以外の者同士、或いは極身近な身内や仲間であり、ナムは批判される対象となります。
    そして、韓国人が韓国国外の何かを批判する場合には、このウリの範囲が韓国人全体であり、ナムは批判されるべき外国となります。


    また更に、例えば日本や中国の文化や技術などが他国から評価されたとき、よく韓国人は「我々東アジアの〜」とひと括りにすることがありますが、その場合には日本人や中国人も「ウリ」に含まれています。


    つまり、「ウリ」というのは「私+(自分に近しい)それ以外」という概念であるため、自身が含まれているのだから「徳が高い」となり、ナムには自身が含まれていないので徳が低いとなるわけです。
    要するにウリの適用範囲の違いから「韓国人の多くは韓国社会の事をまるで信用していないが、それと同時に韓国人の多くは「韓国人は徳が高いと考えている」という現象が成り立つわけです。


    ではまず以下の記事を


    〔後略)


    http://ch.nicovideo.jp/ooguchib/blomaga/ar883280
    〔リンククリックして後略も読んでください)
  • [59] mixiユーザー

    2018年09月23日 10:41

    【戦中日本の天皇陛下万歳より破壊力のあるウリ】その2


    <1987、ある闘いの真実>
    韓国民衆はかつて素手で軍人強圧政権を倒した!拷問虐殺に怒り立ちあがった市民、学生・・・
    2018/9/15 10:00

    写真
    ソウル・オリンピックを翌年に控えた韓国では、全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領の軍事政権に反発が高まって、各地で学生デモが頻発していた。1987年1月、警察で尋問を受けていた22歳の大学生・朴鍾哲(パク・ジョンチョル)が、水責めの拷問を受け死亡した。

    警察は事実を認めず、隠ぺいを続ける。しかし、遺体の火葬を急ぐ警察に疑いを持った崔桓(チェ・ファン)検事は検死解剖を命じ、朴の死が拷問によるものだったことが判明する。

    全政権は取り調べを担当した2人の刑事の逮捕だけで事件を収拾しようとしするが、新聞記者や刑務所看守らが真実の公表に奔走する。学生デモはさらに広がり、事態は韓国全土を巻き込む大規模な民主化闘争へと展開していく。

    内部から崩壊していく独裁

    民主化運動の中で軍事政権が崩壊していく様は詳細でリアルだが、当時の韓国の闇も描かれていく。拷問は大統領直属の南営洞警察のパク所長によるもので、彼は北朝鮮からの脱北者を徹底的に排除する任務を大統領から受けていた。

    しかし、パクも北朝鮮の生まれで、家族が殺されて脱北したのだった。そんな彼が大統領から一目置かれるようになったのは、「命令と服従」という軍事政権を体現していたからだ。

    しかし、独裁政権が崩壊し始めると、彼の立場も揺らいでいく。パクの上司である本部長は、パクの部下をトカゲの尻尾にすることで事態の収束を図る。パクはこれに激怒し、本部長に初めて反抗する。それをきっかけに、「脱北者のパク所長」は暴走し「命令と服従」の虚構も崩れていく。

    女子学生ヨニの健気

    後半は、キム・テリが好演した民主化運動へ身を投じる延世大の女子学生ヨニが主人公となり、危険を顧みずに戦うデモの参加者たちが描かれていく。

    とにかく登場人物が多く、人物相関図を頭に入れておかないと、話についていくのに苦労はするが、さまざまな立場の人間の思いと行動の積み重ねがあって社会が変わっていくのだということが、よくわかる。1987年7月、全大統領は退陣を表明した。

    先の朴槿恵大統領も民衆の怒りを買い、退陣に追い込まれている。全政権を追い込んだ韓国民衆の行動力は引き継がれている。

    丸輪太郎
    https://www.j-cast.com/tv/2018/09/15338670.html?p=all
  • [60] mixiユーザー

    2018年11月30日 11:48

    【踏み絵】

    島民に

    出国しなければ受け取れない市内免税店
    出国しなければ受け取れないインターネット免税店
    釜山の市場

    を隠しているのは対馬市政の在日勢力(アリラン派)が絡んでいると思われます。

    おそらく喋ったら「踏み絵」になるのでしょう。

    @@@@

    在日教授に竹島領有権に問うと「踏み絵を踏ませる気か」と怒鳴られる 学者としての良心がないのか?
    2018/11/28 05:32 コメント69




    踏み絵を踏ませるんですかと怒鳴られた

    竹田恒泰
    「これまで日本に来た在日の方の多くが、韓国側のポジを取る。ある番組で朴一氏に本当に学者として竹島は韓国のものかと聞いたら、金慶珠女史が朴さんに踏み絵を踏ませるんですかと怒鳴られた。本当のことは口にできない。外労を何処の国から入れるかは大事」

    ▼ネット上のコメント

    ・踏み絵だと思ってること自体が問題なんじゃが?

    ・面白いですね。踏み絵ですか。韓国国民の答え、ですね。ウッシッシ

    ・中韓御免!大切なことなので繰り返しました

    ・韓国には【シロクロ】つけて日本の物だと分らせましょう勝ち誇り勝ち誇り竹島の歴史は 調べると悲しい……韓国の残忍さが分かるexclamation ×2

    ・自分たちで勝手に踏み絵にしてるんじゃん。自分たちに怒れよw

    ・聞きたい事が聞けない日本人。言いたい事が言えない日本人。朝鮮人、支那人の差別や。

    ・そんなムダな存在の韓国人たちを、日本の税金で何百人も雇用しているのと同じなんですよ?スパイ防止法のない日本に、どれだけスパイがいるんだろうか?そりゃ孔子学院の廃止ができないわな?

    ・学問の自由のない國。民族の掟に拘束される國。民族社会主義国家というにふさわしい形態

    ・中韓は言論の自由がないため形だけの法律を創り、独裁的な国と化しているように思えてなりません。

    ・外国人労働者はTPP加盟国に限定がいいです。人の出入りも包括的に話し合えばいいと思います。あえて中韓を除外すると言わずに済む利点もあります。

    https://snjpn.net/archives/79931

    http://japannews01.blog.jp/archives/50515916.html
    (リンククリックしてください、動画とツイートがあります)
  • [61] mixiユーザー

    2018年12月06日 13:40

    この労働組合はウリです。

    対馬の韓国人観光客が

    ポッタリ
    免税ショッピング
    プロ釣り師

    というウリであることと同じです。

    @@@@

    不況でも韓国企業の体力を奪う傍若無人の労働組合
    Newsweekjapan
    2018年11月29日(木)17時15分
    https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/11/post-11355.php
    (リンククリックしてください)
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