mixiユーザー(id:38378433)

2016年12月10日19:15

546 view

天皇制廃止、天皇家の財産は国庫へが正しい。第二次世界大戦での国民やアジアの人民からの収奪物。

■一代限り、典範改正で対応も=天皇退位、世論に配慮―政府
(時事通信社 - 12月08日 21:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=4332760

●【天皇制廃止、天皇家の財産は国庫へが正しい。第二次世界大戦での国民やアジアの人民からの収奪物。】

【1】天皇家の財産は国庫へ。主権者人民のために使うべし。かつ、アジアの謝罪に使うべし。

昭和天皇が戦争狂になった訳 http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/321.html


【2】日米軍事条約は廃棄すべし。日米合同員会は廃棄すべし。

日本人が常識として知っておくべき不条理な許しがたい「昭和天皇の憲法違反」、それと「無条件な日本の米軍基地提供」「安保条約」「内乱条項」の関係
岩波文庫 豊下楢彦著
「昭和天皇・マッカーサー会見」のP.172〜P.176
*−−−引用開始−−−*

吉田茂の全権固辞

 ところで、これらの「内奏」の他に、『調書』で初めて確認できたきわめて重要な問題は、吉田がサンフランシスコの講和会議に出席することを、最後の最後まで執拗に固辞していたことである。実は吉田は、五一年二月に日米の第一次交渉が終わって以降、当時病床にあった「わが外交界の長老」の幣原喜重郎元首相を、講和会議の日本側首席全権に強く推していたのである。ところが、その幣原が三月十日に他界すると、四月一八日のダレスとの会談で吉田は、内政への責任から東京を離れることができないとの理由で、今度は「佐藤尚武参議院議長にお願いするつもりでいる」と述べたのである。
 これには西村や条約局のスタッフも驚き、憲法に照らしても重要な条約の全権は立法府ではなく「内閣の一員」が担わなければならないとの「資料」を作成し、「総理〔吉田〕の出馬」を改めて求めるまでになったのである。しかし、吉田の固辞は執拗をきわめた。七月に入っても「全権の任務を人に託す」との立場を変えなかったため、遂にダレスは七月一六日に吉田に届けられた書簡で、講和会議には日本は「最有力な全権団」を派遣すること、吉田以外の代表団では「不十分」なこと、吉田が参加することが日米両政府の偉大な目標への「多大な貢献」になること、を強調したのである。
 それでは、日米交渉において全責任を担ってきた吉田は、なぜ全権になることを固辞し、ここまで強く講和会議に「出たくない」と”駄々をこねた”のであろうか。彼は講和条約そのものについては、「寛大にして好意ある」ものと評価しており、だからこそ「一日も早く結実することを熱望する」という立場を明らかにしていた。とすれば問題は、講和条約と同時に調印することが予定されれいた安保条約にあった、と考えるしかないであろう。
 彼はダレスとの交渉にあたり、「アムール・プロプル――自尊心――をきずつけられずして承諾できる」ような条約を締結することを求めていたが、講和条約がそれを満たすものであったとしても、先に見たように安保条約が文字通りの「不平等条約」としての内実を顕にするなかで、自らが責任もって調印することに躊躇したのではなかろうか。このように考えることなしには、吉田の執拗きわまりない固辞の背景を理解することは出来ないのではなかろうか。
 それでは、「ワンマン」とも称され頑固一徹で知られた吉田が、最終的にその固辞を撤回し、全権を担うことに踏み切った契機とは何であったのであろうか。その契機は、ダレスの書簡を受け取ってから三日後に行われた吉田の昭和天皇への「拝謁」であった。井口貞夫外務次官がシーボルトに「極秘」に伝えたところによれば、七月一九日の朝に天皇に「拝謁した後に」、(※引用者リーフ注:原文はこの「拝謁した後に」の文字には強調の“`”が振られている)吉田は日本の全権団を率いることに「同意」した、ということであった。とすれば、この「拝謁」において、固辞を続ける吉田に対して天皇から「御詰問」や「御叱り」があったのかもしれない。
 いずれにせよ、五二年四月二八日、講和条約と安保条約の発効を祝う式典を終えるやダレスは直ちに、カーンやパケナムが設けた「然るべきチャネル」を通して昭和天皇に「個人メッセージ」を送り、「双方に関係する諸問題について、互いに議論し合う機会を数回も与えられたことへの感謝」の意を表明すると共に、「両国間の永続的平和という大義への陛下の献身」の重要性を強調したのであった。
 この「陛下の献身」のなかに、吉田の固辞の撤回が含まれていたかどうかは定かではない。しかし重要な事は、吉田の全権就任問題が決着するとダレスの側が、昭和天皇の権威を全権団と講和会議に反映させる方策を要求したことであった。五一年八月一〇日、。ダレスの指令をうけたシーボルトは井口次官に対し、「日本の全権委任状に天皇の認証のあることを明示されたい」「全権は陛下におかせられて謁見式を行われるような方式で公表されたがよろしかろう」という二点を要請し、「これは、今度の平和条約が天皇陛下によっても嘉納(※引用者リーフ注:進言などを高位の者が喜んで聞き入れること。)されておることを世界に明らかにするためである」と、その要請の根拠を説明したのである。


 「陛下の献身」の背景
 
 それではここで、ダレスによってその「献身」ぶりが称賛されるほどに、なぜ昭和天皇は日米交渉の過程にこれほど深くかかわることになったのであろうか、その背景を改めて検討しておこう。
すでに見たように、天皇は新憲法が施行され「象徴天皇」になって以降も、事実上の「二重外交」に踏み込み、吉田に強い圧力を加えてまでも、「自発的なオファ」による米軍への無条件な基地提供という方向に突き進んだのである。そこには、昭和天皇のきびしい情勢認識があったと言える。五十年夏の「文書メッセージ」の作業においてパケナムが強烈な印象を受けたように、昭和天皇の側近達は、朝鮮戦争の帰趨と天皇の将来を直結させて、深刻きわまりない危機感を抱いていたのである。
 つまり、彼にとって「朝鮮有事」とは「日本有事」であり、そして「天皇制の有事」であった。この点で、「大陸の政治動乱がわが島国を直接に脅かさなかったことは歴史の事実」とのクールな判断を背景に、「朝鮮有事」と「日本有事」を峻別した吉田とは情勢認識を大いに異にしていたのである。要するに昭和天皇の側にあっては、朝鮮戦争で米軍が苦境にたつならば、それはソ連による直接侵略か国内共産主義者による間接侵略かはともかく、「革命」と「戦争裁判」と天皇制の打倒につながるものと看做されていたのである。
 とすれば、戦争放棄の新憲法のもとにあって、この未曾有の危機を救えるのは米軍以外にないという結論に至るのは、きわめて自然の成り行きであろう。従って、吉田が基地提供という「根本方針」でいささかなりとも”動揺”を示すことは許しがたいことであり、ましてや、基地提供を交渉カードに使うといった発想それ自体が認められないことなのである。つまり、日本の基地提供と米軍駐留は、天皇制の死守をはかる昭和天皇にとって絶対条件となったのである。
 こういう昭和天皇の立場に立てば、日本はあくまで無条件に米軍駐留を「希望」「要請」し、基地の「自発的なオファ」に徹しなければならないのである。それこそが、安保条約の「根本主旨」なのである。さらに「内乱条項」は、きわめて重要な位置を占めていたであろう。こうして、皮肉な表現を使うならば、「国体護持」を保証する安保体制こそが、「独立」を果たした日本の新たな「国体」となったのである。

*−−−引用終了−−−*



【3】 全方位平和外交が日本の生きる道だ。

衝撃的な記事だ
2016年04月08日01:51
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1951780861&owner_id=38378433
より、以下に転載

■野生イルカ、親代わりに子育て 近大チームが確認
(朝日新聞デジタル - 04月06日 22:17)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3934682

●【衝撃的な記事だ】

「動物の本を読んだほうが、神話を読むよりも、まだ人間的な心が生まれてくるのだ。」と言った羽仁五郎の言葉がよみがえってくる。

人間社会の都市において、人間が横のつながりを実現できないのは、日本には本当の都市がないからだ。人間の心を持ったものが本当の都市であり、日本にはそれがない。
すなわち、本当の社会がないのだ。
ニセモノの都市というものしかない。すなわち、ニセモノの社会(横のつながりのない、中央集権的に縦に仕切られた空間)しかないのだ。


「動物の本を読んだほうが、神話を読むよりも、まだ人間的な心が生まれてくるのだ。」と言った羽仁五郎の言葉をもうすこし深く考えてみたい。


(引用元:君の心が戦争をおこす:光文社 羽仁五郎著)
*−−−−* 引用開始 *−−−−−−*
●台湾に残る美しい昔話

 羽仁進がちいさいころ、ほうっておくと学校やいろんな本で、まず日本の神話なんてのが教えられてしまうので、ぼくは彼に向かって、「そんなものは、こしらえものなんだから読むな」と言った。
 それでも知識欲おうせいな子どもにしてみれば、ほかになければ読んでしまう。それでぼくは、『シートンの動物記』を買ってきて、それを子供に分かるように訳して書いた。それを読んでやったりしたのだ。つまり動物の本を読んだほうが、神話を読むよりも、まだ人間的な心が生まれてくるのだ。
 『古事記』『日本書紀』の天照大神や須佐之男命なんかの話を読んでも、人間としての心は出てこないのだ。「日本人」としての心は生まれるかもしれないが、それでは世界の人と、話はぜんぜん通じなくなってしまうのだ。だから、中国へ攻めこんで行って、中国の人を人とも思わず平気で殺し、それを罪だというふうにも思わないようになってしまう。
 たとえば、日本人は、第二次世界大戦のころ、台湾の原住民を「生番(せいばん)」だなんて、ひどい呼びかたをしていた。野蛮人であるというような意味だが、とんでもない話だ。台湾の人たちが、どういう昔話をしていたかを、ひとつだけ例にあげてみよう。
 昔は太陽がふたつあったという。昼間の太陽が沈むと別の太陽が昇ってきて、もういつもいつも暑くてたまらない。夜も昼も寝ていられない。それでこんなに暑いのでは命がもたない、太陽はひとつでたくさんだというので、ひとりの民族の英雄が、太陽をひとつ、弓で射ち落としてやろうと考えた。恋人を引きつれ、みんなに見送られて出発した。太陽をめざして、高い山へ昇っていくのだが、行けども行けども近づかない。そのあいだに子どもが生まれて、その子どもがだんだん大きくなり、年寄りはやがて命が尽きてしまって、こんどは息子がそのあとを継いで、それでようやく高い山――おそらく、むかし日本が新高(にいたか)山なんて呼んでた山だろう――の頂上までやってきて、みごとに太陽に矢を命中させた。矢が命中した太陽は、以後、今の月になった。それからというもの、台湾では夜は月夜で、涼しく寝れるようになった。
 これはじつにやさしい話だろう。これが昔話というものだ。日本人が野蛮人だといっていた台湾の原住民には、こんなやさしい話があるのだ。ところが、日本の神話には、そんなやさしい話はない。日本の神話の特色というのをひとことでいうと、悪者が騒いだからそいつがやっつけられたというような、争いの話ばかりなのだ。国内で悪者が騒いでいたのを退治して、それで国内を静かにしたというような、権力者の武力を誇示する話ばかりなのだ。

●人間に闘争本能なんてあるのか

 日本国憲法というのは、もういっさい軍隊をもたない、戦争しない、非武装だということをいっているのだが、それは現実的ではないという考え方が、現在とくに話題になっている。現実にはやはり戦争はあるのだし、理想としての非武装というのはわかるけれども、やはりそれは現実に通用しないというふうな考えが、多くの人びとの心の中にある。そう考えるのが自然だと思っている。
 しかし、もうわかってもらえると思うが、そこにもだれか別の人間が入りこんで、そういう考えかたをさせているのだ。その考えの基礎になっているのも、やはり日本の神話みたいなものが原型だろう。別の表現では、戦争というものが、人間の本能によるものなのだという考えにもなる。なぜ戦争が起こるかなんて考えもしないのだ。
 しかし世界の神話を見ればわかるように、昔の人間は、武力を重く考えたわけではない。世界中はいつでもどこでも戦争ばっかりだ、人間というものは本来そういうもので、だから武装しなければならないと、テレビの前の“有閑マダム”の無知につけこんで、しきりに評論家が言っているが、無知が無知に教えているんだから、これはひどい話だ。
 人間が本来好戦的なものではないということは、たとえば古代ギリシャの歴史、遺跡を見ればわかる。人類が最初に都市をつくったのは、このギリシャの古い時代においてだろう。日本でもずいぶん古い時代の遺跡が発掘されているが、それらのいずれも都市ではない。だから、まだそこには社会というものができていないともいえる。都市というものができて、初めて人間の社会が現れるというのがぼくの考えだ。
 発掘された都市のうちでもっとも古いのは、ギリシャの地中海上にあるクレタ島の、「テラ」という都市だ。これは考古学的に、形が非常によく残って発掘されている。


●ギリシャの古代都市には武器はなかった。

 「テラ」という人類最古の都市は、紀元前九世紀―――日本の歴史が出てくる千年ほどまえ―――に、ドーリア人が建てた都市である。テラには、民衆の広場である「アゴラ」という広場があり、そこを中心にして公共生活というものがすでに行われていた。それから、物を測る物差しを彫刻した大理石のテーブルが発掘されている。
 たかが物差しと思うのかもしれないが、物差しは、自分だけが必要とするものではない。それは公共のものだ。日本ではそれぞれの寺がかってに作っていた。奈良の法隆寺の「尺貫」とか、そういうものが、それぞればらばらにあった。
 ところがテラでは、紀元前九世紀だというのに、もうみんなが共通に使う物差しを、大理石に刻んでいる。そういう大理石のテーブルが発掘されている。
 この「テラ」の墓、死んだ人の墓から出てくるいわゆる副葬品というものには、じつは武器というものがぜんぜん見当たらないのだ。日本の古墳なんかからは、剣だの鎧(よろい)だのばかり出てくるが、「テラ」の墓からはそんなものはぜんぜん出てこないのだ。だから、紀元前の都市の市民生活においては、もはや日常、武器を持つという習慣がまったくなくなっていたのだろう。
 この事実がものがたっているように、人間は本能として戦争をやるのではなく、いつのまにかだれかが、そういうふうに考えるようにしたのだということだ。だから、非武装が理想であっても、現実的には武装しなければならないという人間は、すでにその心の内に、誰かほかのものが入り込んでいるのだ。

●好戦的でないから滅ぼされたというギャング式発想
 
 日本のアイヌは、戦争とか武器というものを重んじない。武器、戦争という一方的な暴力を重んじない民族というのは、アイヌだけではなく、世界中にたくさんいる。ミンダナオのタサディ、南インドのトダス、タヒチ人、タンザニアのハツザ、太平洋のイファルク、西太平洋のイアミス、北ヨーロッパのラプランド人、ニューギニアのアラペシ人、そのほかにもあるが、これらのどの民族も、侵略の本能なんてものはもってない。
 このような民族はもっとたくさんいたのだろうが、彼らを現代は抹殺してしまった。たとえば、ニュージーランドから少し離れたところにある、タスマニアという原住民などは、このまえ羽仁進が動物の映像を撮りに行ったのだが、もうすっかり滅びてしまっている。そのタスマニアの原住民なんかも「闘争の本能」などなかったという。
 これに対して、それみろ、そういう民族が滅びたのは、「闘争本能」がないからだというふうな言い方がされる。じつにひどい言い方ではないか。悪いことができないやつは滅びるのだというのでは、ギャングでもヤクザでも、何でもいいのだということではないか。ギャングの側から言わせれば、ギャングでないやつが悪いのだということになる。じっさいそういう理屈で、防衛がどうの、非武装がどうの、非武装が非現実だのと言われているのだ。
 「闘争本能」がないから、そういう民族は滅びるのだとか、日本のような経済大国になれないのだと言われる。このような話を、くだらない評論家連中が、利用してしゃべる。闘争の人生というものをあたりまえだと考えているみなさんが、それをうのみにする。
*−−−−* 引用終了 *−−−−−*

人間って本当に闘争心の生物なのか?
否というのが正解だ。

我々が武器に頼る心というのは、だれかに仕組まれた心であって、本当の自分の考えとは言い難いものがあるのだ。

人民が、人間の心をもった本当の自分の心、人間の心をもった本当の自分の考えをもてば、どういうことが実現するのか。

1.国家中央集権的な縦割りの空間から、人間の心をもった横のつながりのある社会=都市に変わる。

2.基本的人権を守る国家権力を樹立できる。

3.すなわち、国家権力を、
【暴力的権力、非合理な権力】から、
【市民的平和権力、市民的平等権力、合理的権力】に、
取り換えることができる。

【了】



■野生イルカ、親代わりに子育て 近大チームが確認
朝日新聞デジタル
2016年4月6日21時39分
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20160406003747.html
上記リンク先には動画もあり
PCで参照可
*−−−−−引用開始−−−−−−*

野生イルカ、親代わりに子育て 近大チームが確認

フォト

写真イルカのメスが「他人」の子どもを育てる様子。2012年撮影=近畿大学提供

 野生のイルカが事故死した親の代わりに子どもを育てる行動を、近畿大学の研究チームが初めて確認した。英科学誌サイエンティフィック・リポーツで6日発表した。

 研究チームは2012年6月、東京都の伊豆諸島・御蔵島周辺にすむ野生のミナミハンドウイルカを観察中、漁網にからまって死んだ親(当時15歳)の子どもを、親ではない別のメス(同8歳)が連れ、授乳しているのを見つけた。その後約100日間子育てをしていた。

 代わりに子育てしたメスのDNAを調べたところ、死んだ親とは姉妹など近い血縁関係ではなかった。研究チームは過去5年の映像など観察記録を調べたが、このメスと死んだ親は特に仲が良い様子もみられない「他人」だったという。

 御蔵島周辺には約120頭のミナミハンドウイルカが生息。1994年以降、水中撮影などでイルカの個体識別の研究が進んでいるため、今回の発見につながった。親がいない子猫を犬が育てるといったケースはあるが、親代わりになった個体が子育て中や子を失ったなどの事情がある場合が多いという。今回子育てをしたイルカにそのような事情は確認されていない。

 近大の酒井麻衣講師は「人間社会の助け合いが、どのように進化してきたかを解明するヒントになりうる」と言っている。(小堀龍之)

*−−−−−引用終了−−−−−−*

【了】

【関連日記】
「子どもの声がうるさい」この現象を絶対的な現象としてそこからスタートしている。それが間違いだ。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1951886002&owner_id=38378433

【関連トピック】
シートン動物記と作者シートン トピック
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6254274&id=78794897
2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する