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2015年04月29日07:03

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行き当たりばったりの気まぐれSS 4

4.王の采配


「最高のものをくれてやる! 本来ならば今のお前には絶対に手に入れることが出来ない物だ!金でも買えず、この世のあらゆる品物とも代えられないものをだ!」

まさしく咆哮と呼ぶに相応しい、怒りと苛立ちを存分に含んだ響きであった。
あまりの剣幕に、ひぃ、と喉奥で引き攣れた悲鳴を震わせながら、商人が数歩後ずさる。
しかしそこはキャラバン隊を率いるリーダーたるもの。ぎこちない作り笑顔を顔面に貼り付けて態勢を立て直した。

「は、は、ありがたき……し、しあわせ……。それでは……ま……また後日……改めまして……完成品を……お……お……お持ちいたします……。では…………」

先程までは尋ねてもいない武勇伝を延々と垂れ流していた商人が、ひくひくと口の端を痙攣させながら上ずった声で紡いだ僅かな台詞。それだけをようやく告げて、俯かせていた奴隷の襟首を髪もろとも乱暴に引っつかんだ。
褒美を与えると言った王の気が変わらぬうちに退散しなくては。
何故かは判らないが、不況を買ってしまったらしい王に難癖をつけられないうちに一刻も早くここを立ち去る必要がある。

しかし膝をついてしまっていた上に、手枷足枷で動きを制限されていた奴隷がそんな急な動きに対応しきれる筈もない。
半ば服の襟で首を絞められるような格好で引きずられる。

「か……はっ……!! ぐぅ……!!」

枷を嵌めたままの手でなんとか喉元に空間を作り、布越しの僅かな酸素に喘ぐ。穀物入りの麻袋以下の扱いで連れて行かれる金色の奴隷を目にし、再び王が吠えた。

「待て! そいつは置いて行くんだ! そいつは……俺の大事な……!!」

「あ……!なりません…………!!」

側近が止める間もなく玉座の壇から身を躍らせた王は、必死の形相で逃げようとする商人へ飛び掛る勢いで大理石の床を蹴った。ざわり、と衛士たちを始め警備に当たっていた者たちがいざと言う時のために身構える。

王の間は万が一にも、不浄の血で汚してはならないのだ。
たとえそれが、怒りに我を忘れた王自身の所業であったとしても。



ドン……と、体当たりを食らった鈍い音とともに商人の体が床に転がる。手放された奴隷もまた、その場に転がった。
一呼吸遅れて、衝撃で千切れ飛んだ装飾品が散らばり、冷たい床で硬い音を立てた。

玉座を棄てた男は商人には目もくれず、黄金の波のような髪を纏う奴隷を抱き起こした。

『大丈夫か……? おい……。おい……。平気か……? しっかりしろ……』

くったり、と腕の中で重たい身体。彼にだけ聞こえるように小声で呼びかければ、奴隷はコクリと頷いた。
ほ、と安堵の息をつき、あらためて視線をめぐらせた。

見れば本当にすぐ傍にまで近づいて待機していた衛士と、床に膝をついて奴隷を抱えている自分の脇に立つ側近。
さすがに少しばかり冷えた頭。己が結構な無茶をしてしまったことに今更ながら気づく。
側近はすかさず自分たちと商人との間に歩み出て、見苦しく床に転がりもがいている商人に声をかけた。


「さて……。怪我はないか? 咄嗟のことで止められず、悪いことをしたな。今のことは、褒美とは別件で悪いようにはせぬ」

あわあわとしりもちをついたまま、なおもしばらく後ずさる商人。だが、褒美と別件と聞けば目の色を変えた。

「い……今ので少々……腰を打ちました……。それと……手首も……ひねったようで……ああ……痛たた……。 いえ、でも……大丈夫でございます……どうかお気になさいませぬよう……。いや、さすがに……お若くして国を治めて居られる王様でございます……。わたくし……あまりの迫力に、食われてしまうのではないかと……肝を冷やしましたぞ……。はは……ははは……」

さりげなく恩を売りつけに掛かるところは商売人の鑑と言えるかもしれない。だがそれを見た側近は、心底嫌そうに眉根を寄せた。

「ならばついでに話して置こう。王が与えると言った『最高の物』についてだが。 本日より三日間の本国への滞在を認める。その間に次の国へ向かうための旅支度を整えよ。必要な物を購入する費用を得るために物を売ることは許可するが、それ以上の利益を得るための商売は禁ずる。三日目の朝には出国せよ。滞在中の安全は保障しよう。出国してからも追っ手は付けぬ。それから……」

すう……とひとつ、息をついた。そして再び凛とした声が広間の空気を震わせた。

「二度とこの王国に立ち寄ること、相成らぬ!商隊イスハークの入国を固く禁ずる!」

見る見る青ざめてゆく商人だったが、全てを聞き終えるとほぼ同時に ぶるぶると頬肉を震わせながら食い下がる。

「お待ち下さい!話が……話が見えませぬ! 最高のものをお与えくださるのではなかったのですか!旅支度ったって三日で何が出来るんです?!国を出て行けって?!こんな……こんな珍しい得物をタダで置いていく上に商売も出来ず、手ぶらどころか丸損だ!なにが最高の褒美だ!おかしいんじゃないのか!!」

次第に言葉も態度も上辺だけの化けの皮がはがれてゆく。床に這い、口汚く喚く人間に、半ば呆れ、半ば哀れんだような視線を落とす側近が言葉を続けた。

「説明が必要か? 本当に判らないのか? ……お前は王宮の、王の間で、王を前にしてペテンを働こうとしたのだ。お前の嘘は底が浅い。王を欺いた罪は重いのだぞ。本来ならばお前の命は無いのだ。当然、キャラバン隊の内部も詳細に調べた上、解体することになる。主を失った未亡奴隷は国の預かりとなり、しかるべく処置をなされるだろう。そうなるところを……見逃してやる、と言っているのだ。見て見ぬ振り、聞いて聞かぬ振りをしているうちに出て行けば、あとも追わぬ……後始末もせぬ、とまで言ったのだ」


「……んな……な……何故!嘘じゃない!アレはバケモノだ!確かに見たんだ! 今は人と変わらぬ姿をしているが、ケモノの耳が生えていた!シッポだって生えていたんだ! あんな珍しいモン、ほかに居ねぇよ! 出てけってんなら今すぐ出ていくから、アレを返せ! こんなとこでタダで取られるくらいなら、余所の国でその分高く売り飛ばせるんだ!ここじゃなくたっていいんだからよぉ!!」


……チキ……。

みっともなく吠え続ける商人の顎下に、短剣の刃が差し入れられた。黙れ、という意味であることは彼にも判った。
だがどうしても納得行かない様子で、兵士たちを睨みまわしている。

「腹が満ちていれば暴れないから危険は無い、と言ったな。アレを見て、アレが満腹しているように見えるかね? 顔の見た目を損ねぬように口を塞ぐ方法を工夫したようだが、皮膚に布だ。動いても剥がれないほどに強く貼り付けるにはどれくらいの時間が掛かったかね?その間、アレは何かを飲み食い出来ていたのかね? 口を塞がれてから今の今まで、飲まず食わずであろう。数人がかりで押さえつけたはずのバケモノが、糊が乾くまでじっとしていたと、お前はそう言ったのと同じなのだぞ。長旅で武装しているはずのキャラバンを、たった一人で襲いに来るようなバケモノなのに、だ。大いに矛盾しているではないか。ケモノ用の檻で運んできたと言ったが、入国時の書類にはそんな荷物の記載は無かった。密輸の現行犯でもあるうえに、それをあろうことか王家に売りつけようとしたわけだ」


「うう……っ……し……しかし……」

獣人奴隷に対する未練なのだろう、もごもごと言葉を捜す商人に対して、側近は多少哀れみを含んだ声音で続けた。

「……確かに諸外国にとってみれば、半獣人が特別に珍しいことには変わりない。が……残念ながらアレは元々、この国のものなのだよ」

何を言われたのか理解できない……とばかりに首を横に振る商人に、小さく肩を竦めて見せた側近は周囲の衛士たちに視線をめぐらせた。

「ここに居る全員が、本来はケモノなのだ。 いや、正確に言おう。我が国の国民に限って言えば、純粋な人間の方がずっと少ない。ここは、お前の言うところの『人ならざるものたち』の国なのだよ」


へたり……とすっかりと腰を抜かしてしまった商人に、なおも側近が絶望的な説明を繰り広げていた頃。

腕の中でぐったりしている奴隷の口に貼り付けられた薄布を、王は苦労して剥がし終えたところだった。

「よく……頑張ったな……。手も足も、すぐに楽にしてやるから……」

呼吸が楽になって、ようやく落ち着いたのだろう。金の髪の奴隷姿の男が己を見上げた。

「君の顔が……よく見えない。 少し……疲れた……」

首の据わっていない赤子のように、くらりと仰け反りかけた体を抱きなおして、しきりに声をかけてやる。

「大丈夫だ。直ぐに……宮廷医が来る。しっかりしろ。 ……テリー」


名を呼ばれ、ふ、と閉じかけた瞼が再び彼を捉えた。

「ひとつだけ……聞きたい。 ……陣ちゃん……。 さっき、何を……言おうとした……?」


さっき?いつだ。必死すぎて覚えていない。焦りながら記憶を手繰っていると、枷を嵌めたままの手、指先が己の頬にそっと添えられた。

「『そいつは、俺の大事な……』。 僕は、君の大事な、なに……? それだけ聞きたい……」

思い出した……?と、口元に僅かな笑みを浮かべて、そろ……と、肌を撫でてゆく。自由の効かない手で、確かめるように何度も。




A:「俺の大事な、トモダチだ」

B:「そんなこと言ったっけ?」

C:お好きな台詞をどうぞ♪ 

…………………………………………………………………………

すんません!今回すんごい楽しかった! めっちゃ好き勝手やった!
文字通り書きなぐったので、リズムおかしいところが多々ある。
後日、じわじわこっそり修正してゆくかもしれません。

で、今回初の試みで三つ目の選択肢をご用意。
もちろんAやBを選んでいただいても全くOKでございますですよ。
勝手に陣ちゃんを使わせていただいておりますゆえ、お嬢さんの思うところの陣ちゃんと食い違いがあってもいけないと思いまして。

あ、陣ちゃんの一人称を『俺』に変更させていただきました。すみませんです。
でないと、テリーが『僕』なので、会話が『僕』だらけになっちゃう恐れがありましたものですから……。
すみませんすみません。




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