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2015年04月28日07:26

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行き当たりばったりの気まぐれSS 3

3.価値


口元を覆うように貼り付けられた薄い布。強い拘束力こそないものの、呼吸はかなり苦しいだろう。
幾分細められ彷徨っていた視線が玉座の男を捕らえた瞬間。見開かれるアッシュブルーの瞳。

ほぼ同時に玉座の男も思わず腰を浮かせかけた。す、と側近が彼のそばへ身を寄せる。それで我に返ったか、中腰の姿勢をとっていた王は再びごてごてと大仰な彫刻を施された椅子に深く腰を落とした。己を見上げる視線からは目を離さぬままに。

どのくらいだろう。交錯する視線が一瞬、逸れた。玉座から傍らの側近へ。そしてまた、玉座へ。
数度の瞬きの後……そっと瞳は閉じられた。

「ほう……? 最低限の躾は済んでいる、というわけか?」

側近が商人へと声をかける。ゆぅるりと白々しいお辞儀と共に、もういいだろうと言わんばかりに引き上げていた奴隷の頭を、今度は逆に押さえつけて俯かせる。

「いえいえ……。大変なご無礼を。奴隷の分際で高貴な方々を睨みつけるなどと……。本来ならば重罪に処されても仕方のない所業でございました。わたくしがついておりながら、誠にもって申し訳ございません。先程も申しましたとおり、一週間ほど頂ければ責任を持って奴隷としての作法を叩き込んでお見せいたしますよ」

側近はまた、ちらりと王へと視線を流す。王の威厳を保つために平静を装ってはいるが、明らかに動揺しているのが見て取れた。
いまだに押さえ込まれた奴隷から目を離せずにいるのだから。

「なるほど。確かに類稀なる容貌の持ち主であることは判った。それで、『それ』への対価として何を望むのだ? 商隊イスハークが我が国に立ち寄るのは初めてのこと故、後ろ盾が欲しいのであろう? 市場出店の優先権か? それとも貴族階級への自由販売権か?」

側近が提示した内容に、たちまち商人の目が浅ましくギラついた。

「ああ、なんと勿体無いお言葉でありましょう。このケモノを苦労して連れて来た甲斐がございました。我々はただ、今後ともこうして王宮へ物品を納めさせていただければ、と。珍しい品が入れば、それはもちろんのこと……ごく当たり前の商品であっても、決して他の商隊に劣らぬものをと……」

王宮御用達。商隊を組むものであれば誰でも間違いなく喉から手が出るほどに望む物。王国首都で開かれるスークと呼ばれる巨大なマーケットへの、しかも一等地出店許可ですら足元にも及ばぬ名誉。貴族階級へ直接品物を納めるのにも特別な許可が必要なこの国で、
自分は今まさに、なにもかも一足飛びにして最高の栄誉を手に入れようとしているのだ。この美しいケモノと引き換えに。


「嘘だ……。この男の言うことは……嘘だ。嘘ばかりだ……」

ふつ、と小さく息を吐いて。玉座の肘掛を掴んだ指が白くなるほどに力を込めながら王が呻いた。
シッ……と、側近が短くそれを咎める。幸い、つぶやきは壇下の商人の耳にまでは届いていないようだった。
それどころか、己がキャラバンが扱う品々の自慢話、苦労話が延々続いているありさまだ。

『ここはお任せを。貴方は『王』であらねばならぬのだ』

尊厳を、と言いたいのだろうか。ぎりっ、と奥歯を食い締めて、漏れ出ようとする言葉を噛み殺す。
が……それも長くは持たなかった。

「んー……っ!う……!!」

商人が奴隷の髪のひと房を握って乱暴に引っ張った。どうやら彼を捉えたときの武勇伝に必要以上に熱が篭ってしまったらしい。苦痛の声を漏らす奴隷。

側近が気配に気づいて止めに入るより速く、若き王は玉座から立ち上がって声を上げた。




A:「最高のものをくれてやる!」

B:「奴隷など要らぬ!」

………………………………………………………………
気紛れに急展開させてみた。

ちなみに今回、どうしても書きたかった単語は『髪のひと房』。

どうしても書きたい単語が見つかれば、すんなり書けるんだけれども……今夜は思いつくのに時間掛かっちゃいまして。どうも……。(ぺくぺく)



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