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2.ペテン師の思惑
「顔を見せてみよ」
広間に響く声を聞くやいなや、得たり顔の商人はあえて勿体をつける。
「ええ、ええ。勿論ですとも。わたくしは『これ』を愛玩奴隷にしてはいかがかと。労働奴隷として土や泥で汚すには少々惜しゅうございますし、そもそも力自慢、体力自慢と言うわけでもなさそうです。これ、このとおりの……存外に白い腕をしておりますもので」
顔を見せろと言ったにも関わらず、商人はローブの裾をわずかに捲ったにすぎない。
頭を覆って喉元で合わさった長衣。そこに現れたのは鎖で繋がれた金属製の手枷。
ところどころに浮いた錆は容赦なく皮膚を引っ掻き、手首に赤い痕を刻んでいる。
鎖の重さに疲れ果てた腕の筋肉。蹲ったままの姿勢で絨毯に手を付き、身を支えるのがやっとと言う様子が見て取れる。
「万が一、王のお気に召さずとも友好関係にあるお国は多々おありでしょう。女王が治める国へ。あるいは別国の、王がお許しになるなら王妃様へ。愛玩奴隷の用途は多うございます。王子様、王女様の世話係……いや、貴族様方へ褒美としてお与えになることも……」
チャリ……
商人がぺらぺらとうすら寒い口上を述べ続けている間にも、枷の重さが奴隷の腕を、肩を苛む。
耐え切れず両膝をついてしまい、奴隷の上体が大きく傾いだ。鎖同士がぶつかり、鈍い金属音がやけに大きく響くのとほぼ同時。
商人の手に握られたままのローブの端に引っ張られ、喉元で止めていた金具がピィン!と音を立てて弾け飛んだ。
ばさりと零れ出たのは黄金の滝と見紛うばかりの長い金髪。
黒髪や濃い髪色の多いこの国では、それだけでも十分に鑑賞に値するだろう。
背に流れる髪はゆったりとうねりながら周囲に広がった。
俯いている顔の横にも、金の天蓋カーテンのように髪が垂れ落ちている。
おお……という感嘆の声がそこかしこで沸いた。
「ち……。」
まだまだ見せ渋って引っ張って、彼らの獲得欲を最高潮にまで持っていくつもりだったというのに。こんなに早く取っておきのセールスポイントを晒してしまっては価値を十分に吊り上げられないではないか。
「い……いかがです? この見事な毛並。我々のキャラバン『イスハーク』でも多くの奴隷を扱ってきましたが、流石は人ならざるもの。……そうです!羊のように毎年この毛を刈り取り、紡いでみるのも一興かもしれませんな。なにやら不思議な力が宿るやも知れませんぞ。……ああ、いえ……可能性の話でございますよ。なにしろ初めて扱う品ですゆえ、こちらとしても色々と……」
見られてしまったものは仕方がない。開き直っちまえとばかりに手を伸ばし、脳天あたりの髪をひっ掴んで無理やり顔を上げさせた。
見せてしまえばいいのだ。なあに。こいつはそれでも充分上物なのだから。口から出任せだろうとなんだろうと、思いついた売り口上を片っ端から並べれば良い。運がよければそのうちのいくつかは実現するかもしれないのだし。
「うぅ……!」
突然上向かされ、瞬間、喉から苦しげな声が漏れた。広間の眩しさと、乱暴に髪を引かれた苦痛に顔が歪む。ゆるゆると、浅い呼吸を繰り返すうちに光に慣れる目。髪を引く力は変わらなかったが、それ以上の痛みを与えられる恐れはなさそうだった。
ふー、ふー、と息をつくその口元には……
A:皮製の口枷
B:水糊で貼り付けられた薄布
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あ。今回は陣ちゃん出てない。みツばチのばかばかまんこ!
次回がんばる!
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