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2015年01月25日00:49

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苦役交際(1)

1月23日(金)晴れ
Nは憂鬱だった。
年の暮れも押し詰まり、どんよりとした雲が空を覆い、結露した窓からしたたる雫が畳を濡らし、
夫は帰省したいと言い張り、娘はバイトバイトで昼夜逆転の生活。
パートは、不毛な忙しさだけを感じる日々。
だが、そんなことで憂鬱なわけではない。
そんなことは、Nにとってはたいしたことではない。
今Nを憂鬱にさせているのは一通のメールだった。

Nには中国人の友人がいた。
ひょんなことで知り合いになった5歳ほど年下の王さんは、内向的なNと違い、世界をまたにかけた生き方をしている女性だった。
Nの何が気に入ったのか、Nにもわからぬまま、王さんはNを親友と呼び懐いた。
国民性の違い、はたまたお互いの生来の性質の違いなどから、Nはしばしば違和感を感じることがあった。
だから、Nは、王さんが自分を想ってくれるほどには王さんのことは想えないという後ろめたさのようなものを感じていた。
シンガポールから日本へやってきた王さんは、5年過ごしたのちアメリカへ引っ越して行った。
もう二度と会えないだろうと悲しむNに、王さんは「そんなことはありません。私は日本が大好きだから遊びに来ます。
Nさんもアメリカに遊びに来てください。」と、まるで千葉へでも引っ越す気軽さで日本を去っていった。
王さんはあんなこと言ってたけど、離れてしまえばそれまでだとNは思っていた。
しかし王さんは、国際電話をかけてきたり、スカイプの提案をしてはそういうことに疎いNを悩ませたり、日本で買って欲しい買い物リストを送りつけてきたりと、
相変わらずNの静かで平穏な生活の中へずかずかと入ってきた。

秋も終わりの頃。
王さんが日本へ遊びに来るという連絡が入る。
彼女にとって地球は狭いのだということをNは思い知る。
地球の広さは宇宙の広さと同じくらいと考えるNとは大違いだと。
中国の片田舎で育ったと聞く王さんと、日本の南の片田舎で育った自分。
一体何が違ったのだろう。どこで変わったのだろうと、Nはぼんやりと考える。
事前に聞いていた来日前日になっても何の連絡も入らない。
時差とか、飛行機にどれくらい乗るのかもわからないNは、もやもやした気持ちながら、自分から連絡をとろうとはしない。
王さんは自分のことを親友親友と恥ずかしげもなく広言するが、彼女の親友の定義と自分のそれとは違う気がする。
社交的な王さんのことだ、日本にはたくさんの知り合いがいて、それら全員を王さんは親友と呼ぶのだきっと。
その人達との再会の合間に、時間があったら自分に会おうと思っているのであろう。
それゆえ、こちらから「いつ会う?いつ来る?今どこ?」とは聞かない。
「あ。Nさんにも会わなきゃいけないんだった。」と思われるのはイヤだ。
卑屈なのか、尊大なのか、自分でもわからない感情にNはイライラする。
そうだ。このイライラする感じを常に王さんとの付き合いで感じてきたのだ。
同じ田舎育ちとはいえ、これが島国育ちと大陸育ちの違いなのか。
そして、イライラしているNのうちに電話がかかってきて「王です。今Nさんちの近くです。お土産持って今から行きます。」
やんわりと、「予定を知りたかったわ」というNに
「あれ?飛行機の中から日本での行程をメールしましたけど、何処か行っちゃったのかしら。明日ランチご一緒しませんか。」
翌日ランチ会場として指定されたのは都内のホテルのレストラン。
王さんの以前の同僚だったという女性坂下さんというかたもご一緒だ。
人見知りの激しいNは戸惑いつつも、何とかなごやかなひとときを過ごすよう努める。

今、Nを憂鬱にさせているのは、このランチをご一緒した坂下さんさんからのメールだ。
ご丁寧なご挨拶の後、
「王さんから、Nさんに渡してほしいと預かっているものがあるのでランチしませんか。」
Nは、またもやイライラしはじめる。
なぜ私は、一度しか会ったこともない坂下さんとやらと、ふたりでランチせねばならないのか。
なぜ王さんは、私に直接その『渡したいもの』とやらを送らないのか。
そして、Nにはその答えはわかっている。
王さんは、私と坂下さんを友達にしたいのだ。
内向的な私と、職場を退職した坂下さんを友達にしてあげたいのだ。
それゆえ、『なにか』を坂下さんに送りつけ、坂下さんはそれをNさんに渡さなければならないという使命感でNさんに連絡をとり、
Nさんはそれを受け取らねばならないという気持ちから出かけて行く。
そういう状況を作ってあげましょうという使命感から王さんは画策したのだ。
Nは爪を噛もうとして、はっとして止める。
爪を噛むのはNの悪癖だが、子どもの頃の様な、どうしてもやめられないという癖ではない。
Nは、めったに出かけないが、出かける時にはマニキュアを欠かさない。
いつになるかはわからないが、近いうちに坂下さんとのランチに行かねばならないのだろう。
そのためには今、爪を噛んではいけない。
チッと舌打ちしてNは爪の横の皮膚を少しだけ噛んでみる。
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