上映終了後に思わずガッツポーズをしたくなるような衝動、とでも言おうか。現在、ヒット中のフランス映画「オーケストラ！」（2009年、ラデュ・ミヘイレアニュ監督）は見る者すべての気分を高揚させ、幸福感で満たしてくれる作品である。
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アンドレイ（アレクセイ・グシュコブ）はかつてソ連を代表するボリジョイ・オーケストラの天才指揮者だったが、ある事件がきっかけで失脚し、今はしがない清掃係になっている。しかし、音楽への未練が断ち切れずオーケストラの練習をコソコソ覗いている。
ある日、アンドレイはパリ公演を依頼するFAXを事務所で偶然見てしまう。その瞬間、彼は昔の仲間をかき集めて本物のボリジョイ・オーケストラになりすまし、人気女性ヴァイオリニストのアンヌ＝マリー（メラニー・ロラン）と一緒にパリ公演をすることを思いつく。仲間や家族は驚くが、その計画には内に秘めた重大な決意があった・・。
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本作のように音楽をテーマにした作品は数多い。それは恐らく映像に音楽というものが加わることで、視覚と聴覚の五感にフルに働きかけるからだろう。スタイルは様々だが、いわゆる一線を退いた主人公が音楽で集団を導くケースとして、古いところでは「我が道を往く」、1990年代以降は「天使にラブ・ソングを…」、「歓びを歌にのせて」などが印象深い。
学校が舞台となるケースでも「陽のあたる教室」や「ミュージック・オブ・ハート」、「スクール・オブ・ロック」、「コーラス」など秀作が少なくない。「オーケストラ！」は前者のケースに近いが、偽物の楽団が本物の楽団をまんまと出し抜くという設定では1930年代に制作された「オーケストラの少女」があり、本作はその現代版ともいえる。
さらにいえば、弱小チームが悪戦苦闘の末に成功をおさめる筋書きはスポ根ものの定番である。「がんばれ！ベアーズ」や「クール・ランニング」などが代表的だが、日本映画の「フラガール」もその系譜である。むさいオッサン達の活躍なら「フル・モンティ」、若い女性が紅一点として話を盛り上げるのは「ブラス！」である。
このように、「オーケストラ！」のストーリーに真新しさはない。冒頭のFAXのシーンで大体の展開は読めてしまうし、すべてがありえない設定・展開のおとぎ話である。
ところが、そうしたマイナス要素があるにもかかわらず、本作は人を引きつけてやまない魅力がある。ダイナミックなクラシックの名曲に酔いしれ、アンドレイらの奮闘を見ているうちに観客は楽団の一員になったような気がしてくる。
前半のアンドレイや楽団仲間は飲んだくれで過去の栄光にすがり、いかにも冴えない。しかし、やがて彼らが自らを犠牲にして友人を助けようとした崇高な精神の持ち主であることが判明し、観客の心がぐっと引き寄せられて一気に応援モードに入っていく。
また、チェリストのサーシャの深い友情、そして言葉は乱暴だが、誰よりも夫のアンドレイのことを理解している妻のイリーナとのやり取りなども心を打つ。世捨て人同然だった彼らが“音楽家の顔”になっていくのも上手い演出である。
ここまで来ると、観客も気持ちが楽団と一体化して強引な展開も気にならなくなってくる。前後して描かれるアンヌ＝マリーをめぐるエピソードも感動的だが、その気持ちはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の演奏シーンで最高潮に達する。
そもそも英語のミュージックとはギリシャ神話の詩や音楽の女神であるムーサに由来するが、ラスト12分の演奏シーンを見れば古代人がムーサを信じた理由が分かる気がする。音の洪水と呼ぶにふさわしい演奏は、圧倒的な迫力で心を揺さぶる感動を与えてくれる。
バラバラだった団員が一つにまとまっていく高揚感。これは本物のコンサート会場さながらである。映画館で感動のあまり、涙を流している姿が多く見られたのもその迫力を物語っている。
もっとも、政治風刺も巧みに取り入れた感動作にもかかわらず、意外に印象に乏しいのも事実である。その理由としては30年のブランクからいきなり楽団が復活する非現実的さやパリ到着後の楽団員の不可解な行動など説明不足な点があるせいかもしれない。
劇中のギャグが泥臭いことも災いしている。ギャングの抗争やアラビアン・ダンスのシーンなどはまるで70年代の香港コメディのようにコテコテで「フル・モンティ」のようにキレのある笑いがあればもっと締りが良くなっていたかもしれない。
などと短所をあげてみたが、私は本作が大好きである。何よりも夢や希望、奇跡を信じる素晴らしさを教えてくれる。本作を夢物語として切り捨てるのはたやすい。けれども夢を見ることで観客が勇気づけられれば、それだけで十分ではないだろうか。
映画にリアリティのみを求める人には不向きだが、カタルシスや高揚感を求める人に「オーケストラ！」は最適である。そして本作を楽しむカギは観客自身が握っている。そう、すなわち素直に奇跡を受け入れられるかである。それさえ出来れば、もう大丈夫である。124分の至福の時間を過ごした後には誰もが幸福感で満たされていることに気づくだろう。
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