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埴谷雄高

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詳細 2016年11月27日 20:04更新

『死霊』 SHIREI

 埴谷雄高(はにやゆたか)(1909-97)の小説。『近代文学』1946年1月号〜49年11月号に第4章までを連載したが中絶。第1巻としてまず第3章までを48年に真善美社刊。のち第5章を『群像』1975年7月号に発表、以上を76年に講談社より刊行。第6章は『群像』81年4月号に発表、81年に講談社刊。さらに第7章も『群像』84年10月号に掲載。三輪与志という内省的な主人公を中心に、過激な政治活動の経験をもつ兄の高志、屋根裏の思索者黒川建吉、"一人狼"と自称する革命家の首猛夫(くびたけお)、"黙狂"といわれる沈黙者矢場徹吾などが登場する。三輪与志の婚約者津田安寿子を通じて津田家と三輪家との物語の一面をもつが、作品の本質はやや異常ともみえる青年たちの思索と、過去の政治活動における組織悪の告発、び宇宙における人間の能力までも問うた壮大な思想のドラマをなす。精神病院、運河のほとり、三輪家などを背景としながらも、発端からその翌日までで第9章にいたっている。リアリズムをこえた思想小説として評価され、76年に日本文学大賞を受賞。9章にて未完。

『Credo, quia absurdum. 不合理ゆえに吾信ず 』より

 −生と死と。Pfui !
 魔の山の影を眺めよ。
 悪意と深淵の間に彷徨いつつ
 宇宙のごとく
 私語する死霊達

 すべて主張は偽りである。

 或るものをその同一のものとしてなにか他のものから表白するのは正しいことではない。

 −私が《自同律の不快》と呼んでいたもの、それをいまは語るべきか。

 −さて、自然は自然に於いて衰頽することはあるまい。

 −凡てが許されるとしても、意識のみは許されることはあるまい。この悪徳め!

 −そこに曖昧なものなくして何らの断定も出来ないこと。
ここにもまた悪徳がある。

 −われわれがなんであれ、いずれにせよ、とにかくそれとは別のものなのだ。
 私は或る隠者の話を想い出そう。その隠者は自身を索めようとして先ず足を切った。更に索め得られる、そう呟きながら、次に手を切った。そして、次第に自身を切り刻んでいって、影も形もみとめられなくなったと云われる。《だが聞いてみろ。そこにはまだ呟きが聞こえるのだ。ほれ、聞こえる。非常にさだかならぬひそやかなところに−》まことそこに偽りなくしてなんらの論理もあり得ない。

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2005年7月24日

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