当初は、前番組『なぐりこみ歌謡七人衆』に続き、月曜日から日曜日まで毎日の放送。1973年4月改編で日曜日枠が無くなり、土曜日までの放送となった。
番組内のコーナーには、笑福亭仁鶴の曜日に『バチョン落語大学』があり、このコーナーで当時リスナーだった北野誠が「真打ち」を獲得した。また、リスナーへのプレゼント(ノベルティ)には「バチョンバッグ」などがあった。
1974年6月で終了。その3か月後に『バチョン』の名を残す形で『サタディ・バチョン』がスタートする。また、バチョンを平日に復活させる形で1976年4月5日から『わっしょいスペシャル・ハイ本番! ○曜バチョン』がスタート、1年間放送されていた。
パーソナリティ「ヒットでヒット バチョンといこう!」
月曜日:桂春蝶、真弓圭子
火曜日:正司敏江・玲児
水曜日:笑福亭仁鶴、板垣晶子 → コメディNo.1、服部三千代
木曜日:浜村淳、小鹿ミキ → 浜村淳、任啓子 → 浜村淳、横井くにえ
金曜日:桂小米(のちの桂枝雀)、吾妻ひな子
土曜日:コメディNo.1、服部三千代 → 笑福亭仁鶴、板垣晶子
日曜日:桂三枝、高橋真弓(1971年9月まで) → 桂春之助、石川香代子(1971年10月〜1973年3月)
「わっしょいスペシャル・ハイ本番! ○曜バチョン」
月曜日:若井ぼん・はやと
火曜日:青芝フック・キック
水曜日:横山ノック、月亭可朝
木曜日:桂べかこ、笑福亭福笑
金曜日:白川和子、桂小米
放送時間「ヒットでヒット バチョンといこう!」月曜日〜日曜日 23:00〜25:30 (1970年4月1日〜1970年6月29日)
月曜日〜日曜日 23:00〜25:00 (1970年6月30日〜1973年3月) - ※『オールナイトニッポン』のネット開始により、30分短縮
月曜日〜土曜日 23:00〜25:00 (1973年4月〜1974年6月)
「わっしょいスペシャル・ハイ本番! ○曜バチョン」月曜日〜金曜日 23:00〜25:00
サタデーバチョンは、ラジオ大阪で放送された深夜番組。放送時間は、毎週土曜日〜日曜日の23:00-1:00、メインパーソナリティは浜村淳。
元々は深夜帯番組「ヒットでヒット バチョンと行こう!!」という番組が母体だった。それが編成上の関係で打ち切られた後、同番組のパーソナリティの一人だった浜村淳司会の週末ワイド版としてスタートした。
番組進行は、まず映画の試写会招待を兼ねた新作映画の紹介からはじまる。浜村お得意の熱演や殆どラストまで語ってしまう詳細な説明(「アホにものいうような」とも評された)は、特にファンから好評だった。その後、番組テーマ曲の『女が町にやってくる』(演奏:ホルストヤンコフスキー楽団)に乗せてタイトルコール。
番組本編は時事の話題が中心だが、他に『源氏物語』や『古事記』、リスナーから寄せられた怪談などをテーマにしたラジオドラマも放送、いずれも浜村自身が主演していた。
また、番組ではリスナーから寄せられたアニメソングのリクエストにも応えており、このためこの番組はアニラジに分類される事もある。曲をかける際には、エアチェックするリスナーの便を計って「いちにのさん音楽スタート!」という掛け声をかけるのが恒例。
ただ、浜村にアニメの知識があるわけではないので、投稿されてきたネタで月刊OUTのウソ企画である「世界のアニメは今」というネタ(バリバリ伝説が、中国では自転車レースになっていたり、蒼き流星SPTレイズナーがソ連では赤になっていたり、アメリカでは天才バカボンが大人気で若い女性の間では『フールボンズ・ファーザー』のファッションが流行、など)を真に受けて本当のこととして放送したりしていた。
宝塚ファンからの葉書も多数よせられたが、浜村は、宝塚ファン向けの番組もあるだろうと、やんわりとそちらにさしむけた。
24:00には『午前零時のバチョンクイズ』というコーナーがあり、リスナーと電話をつないでのクイズを行っていた。
24:30頃には『思い出は映画と共に』のコーナーがある。このコーナーは、リスナーから寄せられた映画にまつわる思い出話をニニ・ロッソの『夜明けのトランペット』をBGMにして、情感豊かに読み上げるというもの。
また、年二回、聴取率調査にあわせて、アニメソングベストテン、漫画の本全巻プレゼントという行事も行っていた。
関西圏のラジオファン、アニメファンから好評を博した番組だったが、1991年9月に惜しまれつつ終了した。
アシスタントの「ひさやん」の結婚、妊娠を浜村が知った回は、浜村も腹が立ったのか、ひさやんが放送中「イタイ」と叫ぶこともあり、浜村がつねるか何かしていた。
ひさやんの実家がとんぺいやきの製造発売元であることも、ネタとなった。