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ブルンジ共和国

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詳細 2018年10月2日 14:49更新

ブルンジ共和国(-きょうわこく)は、中部アフリカの内陸に位置する小さな国。ルワンダ、コンゴ民主共和国、タンザニアと国境を接している。 多数派のフツ族と少数派のツチ族の間で対立があり、1962年の独立以降たびたび衝突し、1993年には内戦にまで発展している。

1884年、ドイツの植民地(ドイツ領東アフリカ、ドイツ植民地帝国)の一部になる。1918年、隣国ルワンダとともにベルギー領になる。1962年にブルンジ王国としてベルギーから独立。66年に王制が廃止され、ミシェル・ミコンベロをリーダーとする共和国となる。その後、少数民族のツチ族による支配に不満をもつフツ族が、1972年に反乱をおこし1万人のツチ族を殺害する事件が発生する。この事件の報復として同年、4月から10月にかけてツチ族系の軍隊がフツ族10万人を殺害するという事件につながった。

1987年9月に、国軍による無血クーデターでツチ族のピエール・ブヨヤ政権が誕生。民族融和を推進するが、民族間の抗争を止めることはできなかった。ブヨヤ政権は事態を収めるため、フツ族から首相を指名する他、複数政党制を導入し、1993年6月には複数政党制で選挙を行った。

選挙の結果、フツ族のメルシオル・ンダダイエ大統領が歴史的勝利をおさめて大統領に就任するが、10月にはクーデター未遂事件がおこり、ンダダイエ大統領は暗殺される。その後も多数民族であるフツ族系の大統領が選出されるが、ツチ族系の国軍を抑えることはできず、報復合戦は継続された。

1996年7月には、クーデターでブヨヤ大統領が暫定政権をつくるが、国際連合もアフリカ統一機構もこれを認めなかった。ブルンジに対して経済制裁が行われたが1997年には緩和され、1998年から和平交渉が始まった。しかし現在も合意には至っていない。

2003年に近隣諸国の仲介で和平協定が成立した。各民族の武装組織は政党化し、総選挙を経て2005年8月に挙国一致政府が成立した。しかし、フツ族の反政府組織解放国民軍(FNL)はその過程を拒否し、武装活動を続けた。

2006年3月になって主流派が交渉姿勢を示した。18日、政府との即時停戦と2週間以上に包括的停戦協定を締結するという枠組み合意に調印した。

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