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[10周年]小説「ヒナガール!!」コミュの第3話 気持ちのベクトル

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もともとは、中学からの同級生だったぼくとゆずるが、SNSでバンドメンバーを募集したのがきっかけだった。

 ゆずるはベースと曲づくり。ぼくはドラムと作詞をすこし。
ふたりともコーラスぐらいならできるけど、華のあるボーカル(かわいい女の子だったら言うことない)は必要不可欠だったし、できればギターのうまいやつも入れたかった。

日記やコミュニティに、自分たちの音源をアップして、共鳴してくれる人をさがした。
ボーカルとギター、あわせて100人くらいの応募はきたんじゃないだろうか。

たいがいはメールの文面や経歴で首をひねるようなものばかりだったけれど、ゆずるは、もしかしたらとその全員に片っ端から会い続けた。

そうして見つけたのがヒナと、そしてタニっちだった。

タニっちはとにかく明るくてお調子者で、しかもイケメンだった。

ゆずるが彼の加入を許した理由のひとつは、たぶん、彼女持ちだったから。

一目会ったときから、そして会うたびにヒナのとりこになっていったゆずるにとって、ライバルになりえない、というのはかなり重要だったんじゃないかとおもう。

 ぼくらが会うのはいつもきまって渋谷のマクドナルドで、コーラの氷が溶けて紙コップがへにょへにょになるまで、うちあわせと称してたあいもない話をした。

全員が24歳で、同級生だったのも大きかったんだろう。
まわりはみんな就職してしっかり働いているのに、バイトをしながら確約のない夢を追いかけている自分たちを、ぼくらはどこかで恥じていた。

それでもあきらめられない、もしかしたら最後の賭けになるかもしれないこのバンドをどうしてもぼくらは成功させたかった。

「ひなまつりっていうのはどうよ」

 提案したのは、タニっちだった。

「俺らの売りって、やっぱりヒナの声だと思うんだよね。あと、笑顔。これ見て癒されないやつ、いねーべ」

「ちょ、ちょっと。タニっち、それ褒めすぎじゃない?」

「いやいや。ヒナはもっと自信もっていいよ。おまえの愛嬌はぜったいに武器だもん。俺たちはヒナをもりたてる祭囃子ってかんじ? なんだっけ、ほら、あるじゃん。そういう歌」

「それをいうなら五人囃子だろ。二人たりないよ」

 ゆずるがぶすくれていたのはたぶん、自分が言いたくても言えないことを、てらいなくタニっちがヒナに言ってのけたからだ。
そしてまんざらでもなさそうに、ヒナが頬を染めたから。

「細かいことはいーじゃん。ゆずるはほんとにマジメだなー」

「タニっちが適当すぎるんだよ」

「でもいいんじゃない、ひなまつり。楽しそうだし、覚えやすいし」

「だろ? さすがあっくん、わかってるねー」

「えー、じゃああたし、お雛さまってこと?」

「そうそう、名前もぴったりじゃん。姫、なんなりとわれら従者にご用をお申し付けください」

 芝居がかった調子で深々と礼をしてみせたタニっちに、ヒナは蕾がはじけたように笑った。
それが、決まりの合図だった。
 
あのころ。ぼくは3人をまんべんなく見ていたから、それぞれの矢印の向きが手にとるようにわかってしまった。

いつも明るいヒナが、タニっちを見るときだけ、タニっちが彼女の話をするときだけ、ほんのわずかに表情をくもらせる。
そんなヒナのわずかな変化に、誰よりも先に気づいてゆずるがほんのすこし黙りこむ。
そんなときタニっちは、きまっていつも以上におどけていた。

空気を壊さないくらい微妙な、だけどたしかに存在する揺らぎを、たぶん、みんなが肌で感じとっていた。

だけどみんな、とりわけ傍観者でしかないぼくには、それをどうすることもできなかった。

「なんかすっごくセンチメンタルな気分になって、友達とケーキバイキング行ってきた!! そのあと定番のプリクラ→カラオケコース。やっぱりあたし、歌ってるときがいちばん好きだなー。はやく歌いたい。ゆずぽん、新曲できるの待ってるからね!!」

 ヒナがSNSにそんな日記をあげたのは、タニっちが、彼女の誕生日だからといって路上ライブをはやばやと切り上げた次の日だった。

「どうしたー? ヒナが笑ってないと心配になるよ。なんかあったらいつでも相談してな〜」

 タニっちがそんなコメントを残した下に、「鋭意努力します」と簡素なひとことをゆずるが書き込んでいた。

 微妙なトライアングルを象徴するかの日記にぼくは、うへえ、となんともいえない気分になった。

 同時に心配にもなった。

 たしかに新曲の仕上がりは遅れていた。まったくつくれていなかったわけじゃない。
いくつかあがっていた曲はどれも悪くなかったし、だからこそ路上ライブも続けていられたのだ。
でもその「悪くない」感はゆずるにも伝わっていたんだとおもう。

どうしても納得がいかないと、ゆずるは曲をつくりは捨て、つくりは捨て、しだいに家にこもりがちになっていった。

次の曲はレコード会社にもちこんでみようというという話になっていたから、なおさらプレッシャーになってたはずだ。
ゆずるは案外、小心者だから。

 ヒナのセンチメンタルは、なかなか歌えない焦りのせいでもあったんじゃないだろうか。

結果を出したい。
がんばらなきゃいけない。
でも、どうしていいかわからない。

歌ができるのをただ待つしかできない、フラストレーション。

 でも、差し入れにいくたび殻のなかにとじこもっていくゆずるの姿を見ていたぼくは、はやくしろ、なんてとても言えなかった。

あいつが誰よりも繊細で、生みの苦しみを味わっていることは知っていた。

曲づくりに専念しなきゃいけないと必死な一方で、ヒナとタニっちのことが気になってしかたなくて、ふたりのやりとりには必ずといってもわりこんでいることも。
二重の螺旋で苦しんでいるあいつをそれ以上追い詰めるわけにはいかなかった。

 そんなときだった。

 タニっちが、バンドをやめると言い出したのは。


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第4話 片想いの代償
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=76000068&comm_id=6186117


コメント(3)

私もバンドやっててオリジナルはまだ作ってないな〜。すごくわかる〜!いろんな気持ち。

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