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トルコ井戸端会議。コミュのエルマ白書

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エルマ白書

ELMA(エルマ) それはリンゴ。
姿形はふぞろいでも一つ一つに味わい香りの個性あり。旅もしかり。

あ〜の〜日、あ〜の〜時、あ〜の〜場所で・・・・。

あなたのトルコ紀行をご紹介ください。

コメント(34)

Michiyoさんの旅行記。

もう皆さんにも御馴染みだね。
でもエルマ白書にも第一号としてご紹介です。

素敵な写真がい〜っぱい。


まるかじりトルコ まんぷくトルコ周遊8日間
http://toc.route196.com/drive/turkey/index.html
お邪魔します。^^
こちらに旅行記の紹介をさせて頂きますね。
トルコでエルマティーを飲んだ時はインスタントな
感じがして少しがっかりだったので、リンゴの破片を
乾燥させたナチュラルなやつを土産に買ってきて、
たまに自宅で楽しんでます。リンゴの良い香りがして
気分がリラックスできますよ。

http://photo.www.infoseek.co.jp/AlbumPage.asp?key=1011583&un=121333&id=29&m=2&s=0
ひがしさん、ありがとう。
全部見ましたよ〜。みんなすごく自然です。
「こんなものがトルコに。私これが欲しい。」
と、思ったらエディルネだった。
写真はひがしさんのアルバムからです。
私も全部写真みましたぁ〜!!
市場の雰囲気とか、地元のニッコリした人などなど、本当に素敵ですっっ!!
私は寝台列車でアンカラからイスタンブールへ行ったのですが、イスタンブールのハイダルパシャ駅でも床屋さんを発見!!
地元の人がカットしてもらっているのをチラ見してました^^
私も数枚、トルコで子供たちを写真でパチリッッとしたので、
この場をお借りして、掲載させていただきますm(_ _)m
御覧頂きありがとうございます。
駅の床屋ではエイやっと髪を切ってもらいましたよ。
いきなりテロリストのようになったのはご愛嬌でしたね。^^

では今日はエルマティの写真を貼り付けておきますね。
ではでは
>ひがしさん

おお〜
WITHOUT SUGARのエルマティ!!
いいですねぇぇ〜^^
トルコでは激甘のアップルチャイを飲む機会しかなかったので、写真でエマルティに出会えて嬉しいですっっ!!


>飛んだイスタンブールさん

エディルネは、スパゲッティーに入れる他、どんなお料理にしていますか??
トルコの食卓を飾るエディルネ料理を教えてくださいm(_ _)m
でも実は・・・
一度も食べたことないんですが^^;
エディルネってカラスミの事なんですか?

私は台湾在住なのでカラスミを良く食べてますよ。
さっと炙ってダイコンの薄切りなんかと合わせれば
最高です。

トルコで見たときは驚きました。あそこのは台湾のものと違い、蝋で周りを固めてありました。^^

http://freett.com/higashi03/fromtaiwankarasumi.html
>スズさん、ひがしさん写真アップありがとう。

からすみのトルコ語は・・・?わかりません。

でもエディルネは地名なのよ〜。
ひがしさんがそこで撮った「からすみ&干物」の写真でござる。
私からすみはよくわからないけど、お魚の干物が食べたいなぁと。
トルコに干物があるんだなぁと思ったの。
わかりにくい文章でごめんね。

このままいくと井戸端では「エディルネ=からすみ」になりかねなかったね。(笑)

旅紀行以外ならば「ナザール・ボンジュウ・ギャラリー」に写真貼れるよ。
おみやげの写真などもあちらで募集してま〜ス。
>飛んだイスタンブールさん、ひがしさん

てっきり写真を見て“からすみ=エディルネ”と勘違いしてしまいましたっっ>_<

ご指摘ありがとうございますっっm(_ _)m

コレを機に、トルコ語習得するぞぉぉぉ〜!!

日本語もたまに間違えるスズより。。
了解しました。
そーいう意味ですね。^^

土産物屋で試食しましたが、トルコでもカラスミは
同じ味でしたよ。値段が高かったので買いませんでしたが・・・
>頑張れ、スズさん。
私も日本語頑張りますです。

>ひがしさん
カラスミって高いのかぁ。
益々私には幻の味になりそうだわ。

旅行記の中でナザール・ボンジュウを見つけた!
うちのナザール・ボンジュウ・ギャラリーにご招待させていただきますわ。
こんばんは。
からすみはたぶんBALIK YUMURTASI (バルック・ユムルタス)でいいんじゃないかと。たしかに魚卵だし。イスタンブルのガガラタサライ高校の前、チチェッキパサジュの横の市場で売ってました。

>ひがしさん
写真のからすみ、ぽってりしていてすっごくおいしそーですねぇ。さっと炙ってだいこんの薄切りと。。というのは知りませんでした。ぜひやってみたいですが、次いつ手に入るかわかりません。
飛んだイスタンブールさん>
ナザールなんとかって、ひょっとして
あの目玉の事ですか。ではアチラの方に
写真を貼り付けておきますね。

ruyaさん>
カラスミ。本当に美味しいですよ。日本にいる時は
高級品なので食べたことありませんでしたが、こちら
台湾では良く食べますよ。^^
昨日はいいお天気でした。
久しぶりにオルタキョイまで行くことにしましたわ。
相棒はイズミールに留学中のサニーデイ君。

エミノニュからのボアズトゥルではオルタキョイには立ち寄らないらしい。
バス一本で行く方法もある。でもせっかくだから海路から行きたい。
エミノニュからウシュクダル、船を乗換えウシュクダルからベシュクタシへ
ボスポラス海峡をジグザグに遊覧。
ベシュクタシの青果市場をひやかし、その足でオルタキョイまで歩く事にした。

チュラーンパレスを右手に観ながら大きな(幹が迷彩色の)並木の下を歩く。
新緑が鮮やかで目にも映える。左手はユルドゥズ公園。
その為だろうか、大通りで車も多いのだが、空気は新鮮。
ベシュクタシから歩く事15分弱。ボスポラス橋が見えてきた。
オルタキョイは橋のすぐたもとにある。
大通りを渡り右の小道に折れるともう正面にみえる海。
相棒はこの時点ですでに2,3回驚嘆していたのだがまだまだこんなもんじゃない。
『まだ驚かないで下さい。』と相棒に釘を刺し、視界の広がる広場に到着。
『はい、どうぞ!』
『うわ〜ッ!』   いや違った。
『おおおおおお!』 と相棒は言ったのだった。(笑) 

そこはベストショットポイント。
広場を手前にして右は海峡、左手には軒を連ねるオープンカフェ、
広場の奥にはオルタキョイ・ジャーミィ、その背景を飾るボスポラス大橋。
天気良好日差し燦々。言う事なしの好条件。

ジャーミィの裏手まで散策しながら目に付いた
オルタキョイ名物、クンピル(ほかほかポテトにトッピングいろいろ)。
軒を連ねるクンピル屋さん、呼び声高らかに客を引く。
料金は一律。トッピングの種類も殆ど同じ。

一番おしとやかに商売していたお姉さんの所から頂く。
一個のジャガイモはそれはそれは大きくてそこにまたいろいろ、
チーズやバター、コーンにソーセージ、クスルに漬物、
ケチャップにマヨネーズと増量しているわけで二人でシェアしてもお腹が膨れる。

座って食べる我々の脳天から照りつける日差しはそれはそれは強烈で
居たたまれなくなり少し日陰に移動。
食べながら行き交う人々を眺めていると外国人観光客とともに
トルコの若い学生達や恋人達、近所のおじさんおばさんに、
子供達と一般市民も一杯。
ここはイスタンブルっ子の愛する街の一つなの。

クンピルを骨までいや皮まで味わい大満足。
広場周辺のわき道のお店屋さんを覗きながら気に入った品を値切りながら購入。
広場に戻って行く手を阻むカフェの客引きに応じてチャイで一服。ふぅ。
私も久々オルタキョイを満喫してしあわせ。
相棒は来た道で見かけた絵描きさんからオリジナルの
オルタキョイ風景を購入。ナイス!!

帰りはバスにて相棒はエミノニュへ、
私は途中下車してベシュクタシからウシュクダルへ。
案内役なんて大義名分。私の方がおおいに観光してたかもしれないわ。
おみやげ一杯買っちゃったし。(笑)
ああそうだ。私この間の日曜日。
BUYUK・ADA( ブユック・アダ)に行ったんでしたわ。

お天気が良く、イスタンブルッ子達もいっぱい。
いっぱい過ぎてエミノニュ発カドゥキョイ経由の船は満杯状態。
船長は、もうこれ以上人を乗せるわけにはいかぬと
「カプ。カパ〜ッ!」扉を閉めろ〜!と叫ぶくらい。(笑)
見てても今にも沈みそうで怖い。

ここから乗るのを断念しブユック・アダにいちばん近い、BOSTANCIまで移動。
ボスタンジからの船は小型なりにもみんな座れて快適。
風になびかれ気分良く発進〜〜!この勢いでレッツ・ゴー

と、思いきや海上の風は冷たく40分ほどの間に
指先まで冷たく凍えてしまいましたわ。。。(笑) 寒っ。

イスタンブールに住みながらマルマラ海の島に来るのは初めて。
リッパな観光客な私。
落ち合ったグループ目指す島の天辺へ。
歩く人ももちろん有り。30分の距離だという。

天気もいいし、じゃあ!ってんで私は迷わず馬車選択。(笑)

この島に自動車は存在しない。
在るのは馬のタクシーPHAITON号。
距離によって料金が乗り場に表示されている。

知り合いと便乗して道すがらの家並みに目を奪われる。
あら、ここは何処?
オスマントルコ時代の家様式を誇る町並み。
造りはいたって瀟洒。ゴージャス。
車の排気ガスのない島の空気はただひたすら走り続ける馬が残す
土埃とxxの香り。のどかだねぇ。

この島の天辺には小さな教会があるの。
トルコ人たちはこの教会に4月23日、願掛けに押し寄せる。この日に来ると願い事がかなうとか。

そこへは馬も入れないので歩かないといけないらしい。
30分くらいの距離らしい。
せっかくここまで来たのだからと行かないとね。

延々と続く急な上り坂。
心の中で心臓破りの坂と名付けさせて頂いた。

着いた所は島の頂上。
目の前に広がるマルマラ海を眺めながらお目当ての教会、

AYA YORGIの中へ。
質素でこじんまりとしたその教会。
壁に沿ってシンプルな壁付けのイスが。
そこに座って私もお願い事をした。

このブユックアダには頂点が2つ。
そのどちらにも教会があるんだって。
どちらも歴史はビザンスにさかのぼるらしい。
島で伝染病が流行った時にもこの教会がその避難所ともなったということだ。

教会を出てしばらくその絶景を眺めながらティータイム。
実を言うとピクニックに来たのだった。
ケーキや紅茶も仕込んで来てたのでした。(笑)

馬車で着いた地点にあるレストランでバーベキューをし
ラムチョップや焼き鳥に舌鼓。
帰る前にちょっとお散歩で目指した教会。
行ってよかったな。

私の心臓破りの坂で捨てたろかと思ったカバンに潜むある物が、
結局食べきれないでそのまま持って帰る羽目になったのが
唯一お間抜けでしたわ。

小さいくせに重かったんだ。丸ごとメロン。
ひがしさん、写真全部(食事も)見ましたよ。
凄い食欲ですね、僕も美味しいトルコ料理を沢山食べて来たいです。うーん、あれほどは食べられないかも。
トルコの海で忘れられない思い出がある。

マルマリすからクルーズで出かけたダリアンでのこと。
崖に残る古代遺跡を眺め、泥パックを楽しみ、葦の茂る湿地を抜けてたどり着いた見渡す限りの砂丘海岸。

珍しく波が寄せるその海で海女と化した私は一人広い海を泳いでいたのさ。
波が立ち砂底の砂を巻き上げるせいで見通しはあまり良くない。

沖へ向かう私の右手にぼんやりと黒い影が。
岩だわ。

進行方向を変えてそちらへ向かうと岩も私に近づいてくる。動く岩だ!

急接近して気が付いた。

亀だ!海亀だ!
うわ〜い!亀が私の下を泳いでる。

甲羅につかまろうと思ったけど亀、結構底に近く航路をとっているようで深いのよ。
塩の濃度が高くて身体は浮き気味。
思うように潜れない。
仕方ないから亀の上を泳いで付いて行く。

みんなに見せたくて旦那や息子を呼ぶけど奴らには遠すぎたらしい。
亀はじっとはしてないから私もずんずん泳いでいく。
息子ははなから怖いと言い、旦那は努力の甲斐なく間に合わず。
彼らには幻と化した海亀。

上からじっと見ていて気が付いた事。
海亀の手の途中には爪があった。

カレッタ・カレッタ
このダリアンの砂丘が彼らの産卵場所なのだ。
産卵シーズンには砂の下の卵を保護するために入場規制がしかれパラソル使用禁止となります。
真冬のさむーい中にブルーモスクに
行った時の写真、貼り付けます。

今、思えば冬行って正解かも。

というのも、モスクの中に入るには
靴を脱ぎます。


そうすると、そうすると、、、

どこからともなく、かぐわしい匂ひが!!!笑
>8000さん
思い出話をありがとう。

ブユック・アダには馬のxxxの香り、モスクにはxxxの香り、
バスの中にはxxxの香りとトルコならではの秘密の香りがい〜っぱい。(笑)
全て夏はその香力を十二分に発揮します。(笑)
私何かしようと思ってた事が・・・・・。 ???
はっ!ボドルムだ!
里帰りボケで忘れてましたわ。
ボドルム・レポート!  ちょっと、待っててね。
トルコの地図で左下の角辺り。そこがトルコの底という意味を持つボドルム。

ここは今ではヨーロッパ人に大人気のトルコリゾート地。
右に見えますのはエーゲ海。左に見えますのは地中海でございます。とくりゃ。

その若い活気に溢れたその街は昔、昔の遥か昔「ハリカリナソス」と呼ばれていたのさ。

そこには世界の七不思議さえも存在していた。。。。


遠い遠い遥か昔。
気も遠くなるような紀元前のお話です。

紀元前484年生まれの「歴史の父」として知られる、ヘレドト(HEREDOT)によれば
その地、ギリシャ人の祖先ドル達によってつくられた後、
カリヤ人やレレグ人が移り住んだといわれ、
紀元前650年頃にメゲラル人よって都は拡張され名前も
「Halikarnassos」と名付けられました。

紀元前4世紀、マウソルス王がこの地をカリヤの首都とし最盛期を迎える。

古代の七不思議のひとつとされる
「ハリカルナソスのマウソルス廟〔びょう〕」は
この時代に王の妹であると同時に妻であるアルテミシアの命により
王の碑として造営されたのだった。(写真右)


ながい文だと分け解らないので箇条書きにするとこうです。

むっちゃ大昔:ギリシャ人の祖先ドル達によって町が作られる。
カリヤ人やレレグ人が移り住む。
紀元前650年頃:メゲラル人によりこの地、「HALIKARNASSOS」と改められる。

紀元前485年:「歴史の父」として知られるヘレドト(HEREDOT)誕生

紀元前386年:イオニア諸都市
紀元前550年ごろから侵攻略を繰り返していたペルシア軍に再度服属。
紀元前353年:マウソルス王、カリヤの首都とし最盛期を迎える。
「ハリカルナソスのマウソルス廟〔びょう〕」造営。

世界の七不思議はとっくの昔に壊れてしまいその石を使って
ボドルム城が造られているらしいよ。
彫刻の施された歴史的価値のある物はイギリスに行ってご鑑賞ください。
ブリティッシュ・ミュージアムにありまする。
1856年にイギリス考古学者のC.ニュートンさんがお持ち帰りになりました。(笑)
飛んだイスタンブールさん

ボドルム、まだ行ったことないんですけど、
そんな昔からある古都も古都だったんですね。
勉強になります〜。

それにしても、いろんな民族が入れ替わり立ち替わり...
カリヤ人・レレグ人・メゲラル人、って、どこから来た人たちですか?
>やんばらーさん
あ、読んでくれたのね。嬉しいザンス。

何処から来たか?陸から、海から。

紀元前6500年。(想像も出来ませんが。)
コンヤの集落、チュタルヒュユクってところがアナトリア初の文化中心地に発展してたんだって。
神殿。陶器。フレスコ画や小像。
新石器時代にだよ〜。

それってトルコ。(笑)
前出21に誤記あり。
世界の七不思議ではなく古代の七不思議。失礼。

古代の七不思議って何だろう?  の方へ。 はい、どうぞ。
http://www002.upp.so-net.ne.jp/sgun/nana/naA00.html

おおすげぇ〜!(笑)今このサイトを知ったぞ。!

アタシャ、こっちバッカリ見てたよ。英語版
http://ce.eng.usf.edu/pharos/wonders/list.html
おっ!Yohey隊長、早速のリポート! ありがとう〜。
『トルコに来る人も行かない場所探検隊』隊長


YAZILI KAYA(ヤズル・カヤ)
隊長、意味省いたね?日記にはキチン〜と書いてあるのに。(笑)
YAZILI=書いてある、記録された、筆記試験
KAYA=岩

写真・援護射撃します。勝手に彼の写真から3枚フォロー。w

エスキシェヒール界隈。
名前からして意味は『古き都』さ。
歴史をずんずんさかのぼれるタイムトリップスポットである。


これを見た瞬間、思い出しました。
飛んだ・・・が書こう書こうと思ってたお話。
それは又あらためて書き込もう。


隊長!次はいずこへ?(笑)
やった!隊長すばやい対応!ブラボ〜〜!

そして日記アド添付作戦。←ヨシッ!

こちらの日記、素適なキュタヒヤ・タイルの写真がいっぱいで〜す。
HAND PAINTING ッぷりがよく解ります。(^v^)
タイル好き必見!
はじめまして、お邪魔いたします。
アイラン懐かしいです!!私もトルコでは毎日チャイやエルマチャイやアイラン飲んでました。
トルコは本当の目的はボランティアだったのであまり
観光地は巡れなかったのですが・・・;;
19歳トルコ経験ゼロの2人だったのでイスタンブルの旅では、
tree of lifeの皆さんに助けて頂いたのを覚えています。
20日間のうちの14日間友達はメルシン、私はキュタフヤに滞在しておりました。
そして2週間後にカッパドキアで合流予定だったのですが、
私のバスが遅れてしまったため会えないといぅ騒ぎになって、大騒動でした。
最終的には4時間後に奇跡的に会えてよかったのですが、
やっぱし携帯の便利さを思い知りました;;;
イスタンブールとチャナッカレも旅してきました。
この写真は、カッパドキアのCD屋サンでのワンショット。
あと、この場所へ行ったのですが、ここどこかわかります?
キュタフヤのどこかだと思うんですけど名前忘れちゃぃました;;

ほかの写真の更新のほぅできあがり次第またご連絡させていただきます。
年末イスタンブールに旅行へ行ってまいりました。
そのとき、観にいったトルコ人歌手のYALIN年越しコンサートの様子をレポートしますー。

飛んだサン、、ここに載せちゃいますね^^;

* * * *

あれは年末イスタンブール旅行、12月29日、
同じYALIN病患者であるイスタンブル在住マイミクのESMAさんに会いに行ったときのことであります。
彼女の口から信じられない一言が。
昨日YALINファンクラブから無料のカウントダウンコンサートの知らせを貰った、と。

ぃええぇぇえっっ??

YALIN(ヤルン)とは、私が恋焦がれているトルコのシンガソングライター。

詳しくはESMAさん管理人のこちらを参照↓↓
http://mixi.jp/view_community.pl?id=529265

今、イギリスに留学中のはずなのですが、、、こんなタイミングよく、トルコでコンサート?

なんだかあまりにできすぎた話なので、最初はどうもぴんとしませんでしたが、暫くすると、来ました来ました、ジワジワと感激がやってきましたああ!!。

ESMAさんに会わなかったら、家に来てたはずのそのメールを帰国後に知り、地団駄を踏みまくっていたに違いない...。
とにかくESMAさんがヤルンのファンであることに感謝。

今回初トルコの友人S(マイミクsatomi女史)も旅行前にすでにヤルンの曲を聴いてもらっており、なかなかに気に入っていただいたため、CDをお買い上げ。決して無理強いさせたわけではなく(強調)、彼女の意思で、コンサートも喜んで行くと言ってくれました。(といっても狂喜する私たちを見たあとでは断りようもなかったかもしれません...。笑)


* * * *


時は、カウントダウン1時間半前。 我々2人とESMA夫妻の4人(旦那さんもヤルンの大ファン)で、会場へ向かう。
その場所はオルタキョイのジャーミィ前広場。
タクシムからタクシーに乗るも、ドルマバフチェ宮殿手前辺りで、「この先渋滞してるからいや!!」ということで乗車拒否られ、しょうがないので、オルタキョイまで徒歩で行く。

こんなギリギリに通知を出して、人は来ているのか心配だよねー、
いや、それはそれで近づけるチャンスが大きくなるということだ、などと、
ファンの身勝手な期待と不安を語りつつ、半信半疑のまま会場につくと、 、、

おうっ。そこはすでに浮かれた人たちでいっぱい。。
ぎゃー、遅かったかー?


ステージではDJがずーっとダンスミュージックを流しており、その下では大勢の人が思い思いに飲んだり踊ったりしています。

ちょっと高いところから前のほうを眺めると、いけそうな、いけなさそうな...微妙な人だかり。
ああ、前に行きたい!!はるばるここまで来たからにはできるだけ前に行きたい!それがファン心理。
無理なら引き返してこよう、ということで、四人ステージ前に突入を試みることにする。

すると、思ったより込んでおらず、するすると前へ移動できるではないですか。。あれよあれよと言う間に、なななんと、前から二番目の位置に。
あらま!こんなに近くで見られるんですか!?? 案外誰が来るのか知らないで騒いでいる人がほとんどなのかも?!

ESMAさん夫妻はビデオを撮影する使命があるということで、なるべく人に押されず手ブレなしで、マイクの陰に隠れないで本人全身がきれいに画面に収まる、しかも、ギターの角度が美しいという会場左側へ移動。
そこまで考える!!?
プロの心意気です。本当に頭が下がります。トルコではカメラ撮影禁止などということは一切なし。撮り放題らしい。中国と同じです。
お2人に申しわけなく思いつつも、私らはど真ん中に陣取りました。

私たちのすぐ前、一番前には、すでに中学生くらいの女の子が数人柵にかぶりついていました。むむ、これはさすがにヤルンファンに違いないな、と思っていると、彼女たちから「今日ヤルンのために来たの??」と聞いてきました。「そうだよ!」というと、大喜びです。そうよ、ヤルンはワールドワイドな魅力を持ってるのよっ!。

すると、女の子の一人が、私のすぐ脇にいた別の女の人のことを指差し、「私のお母さん」と紹介。
おわっ、親子でヤルンファンか!お母さん、見かけもずいぶん若いけれど、気も若い。
が、まだまだ出てきた。
その後ろには、彼女のお兄さんが。「ハーイ」
さらに後ろからお母さんの弟さんが出現。「ハーイ」
そしてその奥さん(これまた美人)が。「ハーイ」
お父さん以外の家族が全員集合していました...。9時頃からすでに来ているとのこと。ま、参りました〜。
また、もう一人の女の子は自他共に認める「ヤルンキチガイ」と自己紹介。コンサート中もそのきちがいぶりを発揮することになりますが、後ほど。

* * * *

時刻は予定の23時。
ステージの上にはギターがセッティングされ、コーラスやバックバンドの人たちがスタンバイ。ヤルンはまだ出てこないけど、会場の雰囲気はだんだんヒートアップ!

さらに15分。皆で、まだかまだかと首を長くしているそのとき、
現れました!
本物のヤルン!!

ものすごく、近―――い...。
幸せっっー!!

それなりに、みんなキャーキャー叫んでたのですが、
人一倍大きな声を出していたのは、例の女の子。

ぎゃおおーーーーーーーー!

(と、私には聞こえました。)
やるぅーん、やあるううん、大好きいいいいいーーーーやるーん大好きいいいーー!!と両手を彼に向け、髪を振り乱して連呼している彼女。

....こ、こりゃ、すごい。

その迫力には目を見張るものがあります。
彼女は曲の合間はずっと叫んでました。彼女のなりふりかまわないアピールは、思わず皆と顔を見合わせて笑ってしまうほど...。しまいには、彼女は柵の上に登ってしまい、セキュリティーの人に注意を受けて周りの人に引きずり下ろされる場面もあり。んー、パワフル...。


* * * *

それはさておき、

ヤルンは、とにかくステキでした。
目がつぶらで、頭はなんだか孫悟空みたいで、笑った顔が、くぅ〜、かわいい〜っ。
まあ、ルックスに関してどう思うのかは人それぞれですが、なんてったって、歌がいいです。歌が。
彼の作る曲はシンプルだけど、心にしみるメロディーなのです。私、歌手の好みはルックスや歌詞よりも楽曲重視派ですから!!。

本人の曲だけでなくGulsenや Mor ve otesi、kargo の曲も歌ってくれましたー。これまた盛り上がり!!

会場中の人は、皆一緒に大合唱。この一体感がコンサートの醍醐味です。みんなヤルンのことが大好きなのね〜。
私も負けじと一緒に合唱〜。ヤルンにマイクを向けられても歌えますともっ!!毎日日本で歌たって歌詞を覚えた甲斐がありました!!こんな日がいつかくると思って、、、。健気な私(イタイともいう..)。
目が合えばみんな、ヤルン最高ね!!ってニコニコするし。ああ、楽しい〜。

そしていよいよ年越し。ヤルンとみんなでカウントダウン。
5,4,3,2,1、


その瞬間、紙ふぶきがぶわあああーっと舞って、

花火がどーんどーん...!!。
(いや、その前から上がっていたかな?)



ロッキーのテーマのような曲が流れ、ガッツポーズのヤルン。年越しを喜び合う会場。抱き合うカップル。私たちは後ろにいた女の子2人組と4人で大笑いしながら肩を組んでぴょんぴょん飛び跳ねながら、そしてなぜかそのままグルグル回転。意味不明。

あ、ESMAさん夫妻にもおめでとうを...!と思い、二人のいる方へ目を向けました。
なんと、その先には、みんなが盛り上がっているその中で、微動だにもせず、真剣なまなざしでしっかりヤルンを撮影中の2人(注:新婚)が。
おおお。。。感動。。。。
思わず、「あっぱれ」と口を突いて出た。
ある意味、あの自称ヤルンきちがいの子よりも、きちがいですよ。あなたたち...。


私たちもコンサート中、持っていたデジカメで写真を撮っていましたが、まず、最初に話しかけてきた女の子のお兄ちゃんが、「その写真、送ってくれない?」とリクエストを。それで、メールアドレスを書いてもらうことに。
しばらくすると、後ろにいたさっきの女の子2人組からも、同じことを頼まれ、それで、またアドレスを書いてもらいました。ヤルンファンの頼まれごととあっちゃあ、断れませんよ。



そんなこんなで、歌って踊ってあっという間に過ぎ去った約2時間。
アンコールがなかったのがちょっと残念でしたが、最後の曲を歌って、新しい年の幸せを祈った後、ヤルンは手を振ってステージを去っていきました。
ヤルーン、楽しいときをありがとうううう。。


* * * *


祭りの後......。

夢から覚めて気が付くと、すべてのバッテリーを消耗しつくしたようで、あらゆるエネルギーを先ほどのコンサートに注ぎこんでしまった後は、疲労感でぐったりでした。
大声で歌いすぎで喉はガラガラです。
飛び跳ねすぎて、足は棒のようです。アホです。


通りは人で込んでるから、ちょっとビールでも飲んで帰ろうということになりましたが、実は今思い返すと、疲労と眠気で記憶がところどころ飛んでいます。帰りのタクシーでも乗っていたのは10分もなかったと思いますが爆睡。

後日、ESMAさんに送ってもらったその時の写真、確実に目がイッてしまっているのでした。
我ながらキモい...。
こんなんでいいのか?、三十ウン歳の年越し。
(いいんです。もう、、、)



おしまい。
こんにちは。
昨年秋に知人を訪ねる気ままな旅をしてきたのですが、
長らくかかってようやく日記がほぼ完成しました。
訪問地は、イスタンブル、カイセリ、アンカラです。
皆さんのご旅行のお役にたてば幸いです。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=50141001&owner_id=306399
書き込み21番 ボドルム関連記事です。

ココで問題です。 さぁ、なんて書いてあるのでしょうか?!w


Sular çekildi Kral Yolu çıktı

Yaşar ANTER / DHA

Bodrum’un Gümüşlük Beldesi açıklarındaki Tavşan Adası çevresinde suların yaklaşık 1 metre çekilmesiyle, tarihi Kral Yolu günışığına çıktı.

Antik Myndos Kenti’ni kuran Halikarnassos Kralı Mousolos’un kız kardeşi Artemisa ile vakit geçirmek ve Ege’nin eşsiz günbatımını seyretmek için sık sık kullandığı 150 metre uzunluğunda, 2.5 metre genişliğindeki Kral Yolu’nun ortaya çıkmasıyla birlikte Liman Mevkii’nden Tavşan Adası’na yürüyerek ulaşmak mümkün oldu. Yılbaşı ve bayram tatili için Bodrum’a gelen yerli turistler olayı duyunca Gümüşlük’e akın etti, yürüyerek adaya geçti. Bir günde yaklaşık 2 bin kişi beldeye gelerek Kral Yolu’nun fotoğrafını çekti.
今年1月4日の新聞記事です。

水位が下がって『王の道』出現。

ボドルムの ギュムシュルック市沖のタヴシャン(うさぎ)島周辺で 
水位が1メートル近く下がり 「古代の王の道」が日の目を見た。

古代のミンドスの町を作ったハリカリナソスの王マウソルスが
妹・アルテミシアと一緒にエーゲ海唯一の日没を観賞するためにしばしば利用した
長さ150メートル、幅2.5メートルの 『王の道』の出現にともなって
港からうさぎ島に歩いて行く事が可能になった。

年末とお祭り休暇でボドルムを訪れた観光客達はニュースを聞いて
ギュムシュルック市に押し寄せ、歩いて島へ渡った。
一日で約2千人が訪れ『王の道』を写真におさめた。

とさ。

もう水位は上昇したことでしょう。。。

ちなみにこのマウソルスさんは紀元前4世紀ごろの人。

参照

紀元前4世紀、マウソルス王がこの地をカリヤの首都とし最盛期を迎える。

古代の七不思議のひとつとされる
「ハリカルナソスのマウソルス廟〔びょう〕」は
この時代に王の妹であると同時に妻であるアルテミシアの命により王の碑として造営されたのだった。

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トルコ井戸端会議。 更新情報

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