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【星空】清書コミュの【本編】第5話☆MAGIC(前篇)

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コメント(33)


  困難は時に
  関係を‘ぎゅっ’と強く
  結びつける為に そう
  あるもんだって!


【第5話】

《1月13日》

本来ならば既に三学期の始まっているこの日、牛久栄進高校の生徒である星助や桐也や美弥子は、他の機動警護部のメンバーと共にガーデンの食堂で一つの大きな丸テーブルを囲んでいた。
午後の訓練が終わったばかりの、言わば親睦タイムのようなものである。
掃除の行き届いた清潔なテーブルに肘を乗せて、リザが話す。

「まぁ無理もねェわな。
 校長があんな殺され方をしちまったんだ。
 どうせ文句を言う事しか能のないPTA共があーだこーだと学校に対して五月蠅いんだろ」

「リ…リザちゃん……」

テーブルの真ん中に置かれたクッキーに手を伸ばしながら、リザの剣呑な物言いに眉をひそめる美弥子。

「まぁ、確かにリザの言い分も分かるさ。
 実際、人が死んだ事実を無視して通れないのは仕方ないが、事態を鎮圧したスタンド使いである俺や星助には何のお言葉もないわけだからな。
 褒めてほしいわけじゃないが、そういう事実もあるってこった」

指にはめたシルバーのリングを外したりはめたりしながら、桐也が声の調子を落としてそう言った。

「でも、お前は大して役に立たなかったんだろうが」

「ぐ……」

リザの言葉が桐也のハートに突き刺さる。

「そんなふぉとふぁいよ!
 きいあがいああっあら、ふぉくえったいにいんえあおん!!」

ハムスター顔負けのレベルでクッキーを頬張る星助の言葉だが、何を言っているのか誰にも分からない。
ただ一人を除いて。

「‘そんなことないよ。桐也がいなかったら、僕絶対に死んでたもん’だとさ」

左手に持ったティーカップに注がれているアールグレイを一口啜り、右手に携えたハードカバーへと視線を戻す俊介。

「なんで分かるんだよ……」

驚嘆する桐也へ、俊介は目で活字を追いながら言った。

「読唇術を身につける事だな。
 思いのほか役に立つ。
 応用も利くしな」

「ドクシンジュツ……?」

「相手の唇の動きだけで、何を言っているのかを判断する技術のことだよ。
 私も…一応は習得してるけど、結構難しいよ」

クッキーへと手を伸ばしながら、美弥子がそう言った。

「唇の動きだけで!?
 そいつはクールだな……
 いや、まぁ美弥子は記憶力がいいから、そういうのも出来るんだろうけどよ……」

「っていうかオイ猫!!
 お前いままで食べたクッキーの枚数を覚えているのか?」

【猫】とは、リザが美弥子を呼ぶ時の呼称である。
美弥子→みやこ→みゃーこ→みゃ〜→猫。
さらにそれに名字である【葵】が付いて、青い猫となる。
閑話休題。
リザの指摘を受けて、美弥子ははっとして口元を手で覆う。

「ご…5枚くらい……」

「ほぉ、ならあたしの記憶違いかな。
 十の位に2が付くはずなんだが、記憶力じゃお前には敵わないだろうからなぁ」

目を細めて、美弥子のふわふわした体へと視線を這わせるリザ。

「だ…だって…!!
 ……………………………美味しいんだもん…」

項垂れる美弥子のうしろ、食堂の厨房の中から、一人の背の高い外国人が姿を現して、機動警護部のメンバーが陣取っているテーブルへとやってきた。

「あ、ありがとうございます。
 僕は、と、取り柄が料理くらいしかないもので」

金髪、碧眼、身長は185はあろうかという痩身、歳は星助と同じ頃。
ガーデンの厨房を任されている3人のうちの一人、チェリー・コールドシティ。
神経質そうな喋り方ではあるが、穏やかで気持ちの良い青年だ。

ちなみにチェリーの他の厨房のメンバーは、大田さん(52)と盛田さん(52)の、大盛コンビである。
気さくで笑い上戸な親しみやすいおばちゃん二人組だ。
3人が3人とも栄養管理士の資格を取得しており、この3人によってガーデンのメンバーの栄養管理は徹底して行われている。

とまぁ、チェリーに関してはまたいずれ詳しく述べるとして、ここで話題に取り上げるべきは、チェリーが持って来た一枚のビラであろう。

「そ、そうだ。
 みんな、これ知ってるかい?」

チェリーがテーブルの上に置いたビラへと、俊介以外のメンバーの視線が集まる。
そこにはデカデカとこう書かれていた。

‘驚愕!!全世界初、豚のサーカス!!’

「ふたお、ふぁーふぁう?」

クッキーを詰め込んだ口で、星助が言った。



【第5話/MAGIC(前篇)】
《翌日》

プレアデスガーデンからそう遠くない場所に、下根運動公園という施設がある。
大きな体育館の中には、ジムやプールだけでなく、自由に使えるシャワー室なども完備してあり、平日でもここを訪れる人は少なくない。
脇には大きなグラウンドとテニスコート、隣りの森林の中にはアスレチックもある。
今この運動公園のグラウンドに、大きなテントが立っている。
『MAGIC PIG CIRCUS』という大きな文字が掲げられたアーチを潜って中へ入れば、そこにはまさに夢のような光景が広がっている。
ナイフ投げ、火の輪潜り、空中ブランコ。
集まった人々を容赦なく非日常へと誘う驚天動地な技の数々。
それだけ聞いても、わくわくしてしまいそうなものであるが―――
さらに驚くべきは、このサーカスのメインキャストは豚であるということだ。
豚がナイフを投げ、豚が火の輪を潜り、豚が空中ブランコをする。
「そんなバカな」と冗談半分で訪れた客の全てを呑みこむ、奇跡の世界。
愛らしい豚が2足歩行で並んでお客さんへと手を振る光景に、老若男女問わず心を奪われてしまうのだ。

そんな豚サーカスのテントの前に、3人の女の子が並んでいる。
一人は、青いロングヘアの上からキャスケットを被ったふわふわした子。
一人は、栗色のくるくるヘアーにピンクと白のフリフリした服装の子。
一人は、黒いツインテールがみょーんと伸びた2人よりも少し背の低い子。

「い…いいのかなぁ……」

「大丈夫ですよ。
 ちゃあんと小鳩ちゃんが面倒見るですよ」

「豚!!
 豚のサーカス!!」



**********

時を遡る事10数時間。
機動警護部とチェリーの会話から、『豚サーカス』というキーワードを耳にした一人の少女がいた。
向嶺 亜由美(むこうねあゆみ)―――かつて星助&星夜と闘いを繰り広げた、麻薬組織の組員だった少女。
【エトワール】でスタンド能力を奪い、彼女の記憶を調査した結果、彼女はただ(義理の)父親であった糸賀俊彦の指示を受けて行動していただけで、人の命は一度として奪ったことは無いという事実が判明した。
さらに、彼女自身は組織のことを何も知らないということも分かった。
(ちなみにこれらの調査は、普段はスタンドを使いたがらないリザ・ローレンス・デルタのスタンド能力で行われた)
スタンドが無くなった為に、スタンド使い更生施設へと送るわけにもいかず、プレアデスガーデンで身柄を拘束していたのだ。
まぁ身柄の拘束といってもガーデンのリーダーである御剣煌は、「好きにさせてやれば良い、その子は悪ではないからな」と言っている。
それを受けて、ガーデンの幹部である空静星夜も、亜由美に関しては寛容であり、それを実感していた亜由美は、機動警護部のメンバーの中で一番緩そうな美弥子と、星夜の付き人である小鳩へと、相談を持ちかけた。
相談といっても、何の事は無い。
亜由美は、豚サーカスに行きたいだけのことだった。
そう、彼女は動物が大好きなのである。



************

「だって豚のサーカスなんて信じられない!!
 今を逃したらきっと一生後悔する!!」

はしゃぐ亜由美。
確かに、このMAGIC PIG CIRCUSは全世界を転々とするサーカス団であり、ひとつの場所に留まっているのは長くて2週間しかないという、非常に活発な一座なのだ。
亜由美の言うとおり、車で行けるような近場にやってくることは二度とないと言っても過言ではない。
ちなみに、運転してきたのは小鳩だ。
ガーデンの人間が16歳から普通自動車の免許取得が可能である。

「まぁ、来ちゃったものは仕方ないし、中に入ろうか」

美弥子がそう言うと、全速力でテントの入り口へと走る亜由美。
と、小鳩。

「ちょ…ちょっと…待って……」

夢の時間が始まる。
3人の席は中央少し左寄りで、並んで座って開始を待つ。

「見た感じは普通のサーカスですねー。
 小鳩ちゃんサーカス初めてですけど」

「あ、私もサーカスって初めてかな…
 テレビとかでは良く見るけど、実際に行く機会ってなかなか無いよね」

そう言いながら、売店で買ったポップコーンを口へと運ぶ美弥子。

「青いお姉さんはホントに良く食べるね。
 少しは痩せないと、男できないよ?」

真ん中に座った亜由美が、絶えずポップコーンを口へと運ぶ美弥子に対して強烈な口撃を放つ。

「う…うう……」

「みゃーちゃん、言われてるですよ!!」

「アンタは趣味に走り過ぎ」

「このガキ!!
 大人しくしてりゃあつけあがりやがってですよ!!」

「しっ、始まる!!」

テント中央のステージに一人の女性が姿を現したのを受けて、騒がしかった観客が水を打ったように静まり返る。
驚くべきは、その女性の両脇に二層歩行の豚がくっ付いて歩いているということだ。
真っ白なアフロヘアに、黒いタイトなスーツボンテージを身につけた女性は、丁寧なお辞儀をしてから、両手をばっと大きく開いて話し出す。
もちろん、2頭の豚も両手を前に揃えてお辞儀をする。

「レディース&ジェントルメン!!
 ようこそMAGIC PIG CIRCUSへ!!」

観客からどよめきと歓声が湧き上がる。
テント内を一望してから、素晴らしく良く通る声で女性は続けた。

「ここは不思議な国、魔法の世界。
 今日、たった今から!
世界中どこを探しても見る事の叶わない、驚天動地で摩訶不思議な光景を、余すことなく皆様にご覧いただきましょう!!」

割れんばかりの拍手を浴びながら、女性は2頭の豚とともに袖へと戻って行く。

「きゃー!
 もう、今日まで生きてて良かった!!」

痛くはないのかと心配になるほどに手を叩きながら、亜由美が歓喜の声を上げる。
両脇に座る美弥子も小鳩も気分はすっかり高揚しており、ステージに釘付けになっている。
これから一体何が起こるのかという期待に胸を膨らませて、目を輝かせて、3人の女の子はひたすらにわくわくしている。

サーカスとは、動物を使った芸や人間の曲芸など複数の演目で構成される見世物の総称。
一般的に円形劇場や天幕などで催され、舞台を群集が取り巻いて見下ろす形態が取られる。
古代エジプト時代に始まり、ローマ時代にその原型がなされた。
近代サーカスで上演される演目は無数にあり、多様化の一途を辿るが、一般的な演目としては以下のものが挙げられる。
『動物曲芸』・・・馬を使用した曲馬芸が最も一般的で、その他ライオン、象、クマ、トラなどが使用される。調教された動物による火の輪くぐりや三輪車、自転車、縄跳び、シーソーなどを使用した芸が披露される。
『空中曲芸』・・・綱渡りやトランポリン、空中ブランコなどを使用した空中での技の難易度や美しさを見せる曲芸。
『地上曲芸』・・・ワイングラスを重ね、足や額に乗せて平衡感覚を見せるものや、人間同士が重なり合ってその重厚な美しさを見せる(人間ピラミッドなど)曲芸。
『道化芸』・・・・道化師(ピエロ)が手品や軽業などを見せながら時折失敗を混ぜつつ、観客の笑いを誘うなど、主に観客の緊張を解くことを目的として上演する曲芸。

このサーカスでは、それらの演目をあろうことか豚が演じるのである。
まず最初の演目は、火の輪潜り。
サーカスではお馴染の演目ではあるが、それを豚がやるのだから驚愕である。
赤いアフロと赤い衣装に身を包んだ団員がてきぱきと用意を始め、瞬く間にステージの上には、激しく燃える火のわっかが3つ連なって設けられた。

「豚の足であんなの跳べるわけないですよ!!」

「燃えちゃう?
豚さん燃えちゃうの!?」

「豚足かぁ…」

三者三様の言葉を漏らす小鳩、亜由美、美弥子。
ステージの脇から、3頭の豚が奇麗に整列して2足歩行で行進してきた。
その光景に、客席のあちらこちらから「かわいー!」とか「いや〜んプリティ〜」とかの声が聞こえてくる。
それらの声に手を振って応える豚達。

「な…なかなかに訓練された豚ですね…」

「アンタより利口そうよね」

「このガキ!!」

10歳に弄ばれる悲しい16歳。
そんなやり取りをしているうちに、一頭目の豚が火の輪へ向かって走り出す。
走る時はなぜか4足歩行だ。

「行った!!」

華麗に一つ目の火の輪を潜り抜ける豚。
さらに2つ目、3つ目と見事無事に潜り抜けてみせた。
勇敢な豚に、観客からは拍手喝采。

「ふぃ〜
見てるこっちも緊張するですよー」

「ポークソテーには…ならずに済んだね、良かった」

「ポークソテー!?」

続いて2頭目の豚も、奇麗に火の輪を潜り抜ける。
飛び終わって、体操選手の様に両手を上げて観客へとアピールをする。

「なかなか俊敏な豚ね…」

そして3頭目が4足歩行で果敢に走り出す。
1つ目の火の輪を飛び越え、2つ目の火の輪を潜る。
が、着地に失敗した豚は、バランスを崩す。
しかし止まることが許されない豚は、踏み込みが甘い状態での跳躍で3つ目の火の輪へと向かう。

「あれはヤバいですよ!!」

小鳩の予感は的中し、豚が3つ目の火の輪を潜り抜けて着地をした時、豚のくるりんとした尻尾の先に火が灯っていた。

「あ…」

ブヒーーー!!と悲鳴を上げた豚は、ステージの上を右往左往して尻尾の炎を消そうと躍起になるが、なかなか消えない。
尻尾を掴んでフーフーしているところに、水が張られたタライが運ばれて来て、豚は勢いよくその中へと飛び込んだ。
ジュウ…という消化音がして、しばらくしてから豚はタライから這い出るやいなや両手を上げて観客へとフィニッシュのポーズをとった。
その滑稽な振る舞いは客席を爆笑に包みこんで、第一の演目は終了する。

「危なかったね…私ハラハラしちゃった。
 もうちょっとであの豚さんはポークソテーだよ…」

ホッと胸を撫で下ろす美弥子。

「みゃーちゃんは食べ物から離れるですよ…
このままだと食いしん坊キャラになるですよ」

「あ〜もう、豚って超可愛い!!」


続いての演目は、豚によるピラミッド。
規則正しく折り重なって行く豚達に、観客は皆釘付け。
一番下で土台となっている豚が苦しそうにギュム〜と声を出せば、観客は大爆笑。
見事5段のピラミッドを完成させた。
さらに続いて、平行な台の上に置かれたワイングラスの上へと一頭の豚がそっと乗っかり、さらのその上へと二頭、三頭と続いて乗り重なっていき、その絶妙な豚のバランス感覚に客席の人間は一人残らず下を巻いた。

三つ目は豚によるジャグリング。
十数頭もの豚が一堂に介して、ありとあらゆるものをジャグリングして見せた。
基本的なバトン、ボール、火の付いたたいまつ、ビール瓶、ナイフ、豚の貯金箱でジャグリングをしている豚もいた。

最後に披露されたのは、豚による空中ブランコだった。
初めは人間と豚でやっていたが、最後には豚と豚が手を繋いで空中ブランコをするという驚きの展開を見せた。
これに対して亜由美は「豚の手をどうやって繋ぐのよ…」と突っ込んでいたが、そこは不思議の国、魔法の世界、突っ込みはご法度である。

全ての演目が終了して、最後にこの豚サーカスの団員が全員揃って、沢山の豚と一緒にお辞儀をして、夢の時間は終わりを告げた。

「信じられない光景のオンパレードでした…」

「楽しかったね〜。
 豚ってすごいんだね…美味しいだけかと思ってた…」

「今日からあたしは豚の虜よ!!」

客席で満足げな笑顔の3人。
おもむろに席を立ちあがり、人の流れに沿って出口へと歩いて行く。
出口付近で何か騒がしいと思えば、なんとテントの外で無数の豚達が観客を見送っていた。
手の届く距離に立って手を振る豚に、人々は誰しもが夢中。
3人も例外ではなく、こぞって近くの豚へと握手も求めたり頭を撫でたりして、別れの時を惜しむ。

この後に、耐えがたい屈辱が待っていることなど、露ほども知らずにはしゃいでいた。
≪プレアデスガーデン・総合情報部≫

沢山のぬいぐるみが並べられたベッドの上に女の子座りをして、壁一面に設置された大型モニターと、その下に並んだ複数のディスプレイを眺める女の子がいる。
栗夢スピカ。
プレアデスガーデンの総合情報部に属する彼女だが、属するも何も総合情報部にはもともと彼女一人しかメンバーがいない。
それは人手不足ということではなくて、ガーデンの全ての情報を処理するのに一人で十分なほどに彼女が優秀だということを意味している。
それはもう優秀などというレベルではなく、言ってしまえば異常なのであろうが、それもそのはず、彼女は賢人である。
運動能力に先天的な障害があり、扉を開いたり、階段を降りたりといった日常的な行動が一人では行えない障害を持つ。
その変わり―――変わりというのもどうかと思うが―――栗夢スピカは若干14歳にして情報処理能力にかけては日本で五指に入る存在だ。
故に、総合情報部と彼女の部屋は統合されてひとつの部屋になっており、彼女は日常生活を送りながら仕事をしている。
ベッド、デスク、本棚、窓、照明、クローゼット、などの普通の部屋に置かれるような家具類に並んで、何台ものスーパーコンピューター、ガーデンメンバーのルクスと繋がる通信機器、ルクスの現在位置が映し出されるモニターなどの無機質な道具達が所狭しと並べられている。
これらを全て自由自在に使いこなせるのは、世界中でも栗夢スピカだけである。
それもそのはずで、スーパーコンピューターをはじめとしたこれらの機器はほぼ全てスピカの手によって作り上げられたものであるからだ。
ひとつ言っておくと、もちろん窓や壁はガーデンで一番頑丈に造ってある。
ここはガーデンの頭脳といっても過言ではない程に重要な場所であるため、最高レベルの防衛システムが施されている。
たくさんのぬいぐるみは、彼女の趣味だ。

「下根運動公園に反応が出ています」

ピンクの髪色をしたスピカが、抑揚のない声で言う。
その手には大きなクマのヌイグルミが抱きしめられている。

「ふむ…
 まぁ美弥子くんが付いていれば問題ないとは思うがな。
 で、スピカくん、問題というのは」

くしゃくしゃの銀髪と鷹の様に鋭い目が印象的な長身の男、御剣煌。
ガーデンのリーダーだ。

「はい、MAGIC PUD CIRCUSですが、良くない噂が立っています。
 件のサーカスが興業を行った場所では、時を同じくして行方不明者の数が増えると」

「噂などという言葉に頼るのは君らしくないな」

「既に調査済みです。
 事実、そのサーカスが興業を行った過去34地区の、周囲半径100キロメートルでの行方不明者の数をデータにしてあります」

スピカがキーボードをタタッと打つ。
すると、モニターにいくつものグラフが表示された。
時間、場所、条件ごとの各地区の行方不明者の数を算出したものだ。

「御覧のように、確実に行方不明者の数が増加しています。
やり口が巧妙ですので、これらの一連の失踪事件に関連があることは、メディアはまだ気付いていないでしょう。
さらに、行方不明者の性別と年齢層をも調べた結果、こちらは非常に分かりやすい結論が導かれました。
このサーカスは、未成年の女性ばかりを狙っているようです」

一通りの説明を受けながら、煌は目を細めてモニターを眺める。

「美弥子くんと小鳩くんが、亜由美くんを連れてサーカスへ向かったのは何時間前だ」

「目的地へと到着したのが、およそ4時間と24分前です」

「すると、もうサーカス自体は終わっている可能性が高いな。
 するとマズイぞ」

「どういう意味でしょうか」

煌の真意を計りかねるといった様な表情で、スピカが煌に尋ねる。

「ふむ、おそらくサーカスの人間は観客の中から人を攫っている」

「つまり、3人が危険であると?」

「その可能性は無視できん。
すぐに美弥子くん以外の機動警護部に連絡をしろ。
 サーカスへと緊急立ち入り調査を行うように指示を出せ」

「了解しました」

スピカがベッドから起き上がり、キーボードを叩きながらルクスとの通信機器のインカムへと顔を近付ける。

「機動警護部、応答してください。
 機動警護部、応答してください」
************

しんと静まり返った部屋。
照明も落ちて、ときおりどこか遠くから話し声が聞こえてくる程度である。
そんな陰鬱な室内に、2メートル四方の個別ボックス型の檻が幾つも並んでいる。

「ブヒ…ブヒブヒ……(信じられない……)」

「ブーブーブヒブヒ!
 (小鳩ちゃん…鳩から一転、まさかの豚ですよ!)」

「ブ!ブ!ブヒヒ!!
 (あんた達スタンド使えるんでしょ、なんとかしなさいよ!)」

ここは、サーカスのテント内の一室。
美弥子、小鳩、亜由美の3人は、サーカスが終わった後、出口付近で豚と戯れている隙を突かれて、豚にされてしまった。

豚に、されてしまったのだ。

「ブゥ……(スタンド出ないですよ…きっと豚だからですかね)」

項垂れる豚。
否、小鳩。

「ブゥ…ブヒヒ…ブヒブゥ……
 (そりゃあ私…痩せてはいないけど…いくらなんでも豚になるなんて……神様ひどい…)」

傷心の豚。
否、美弥子。

「ブヒ!!ブヒブヒブヒ!!
 (とにかく、きっとこのサーカスで演じていた豚もみんな元は人間なのね、納得だわ)」

一人元気な豚。
否、亜由美。

「ブッヒブッヒブゥ。
 (十中八九スタンド使いの仕業ですよ。
でも大丈夫、こういうときの為に私達にはルクスという文明の利器が……)」

小鳩が得意げにそう話す。
ルクスとは、ガーデンが私財を投じて開発した超高性能通信情報端末のことである。
外見は携帯電話のようでありながら、イヤホンと連動した通信機能から、ガーデンが保有するデータベースの照会、外部端末へのアクセス機能などなど……
ガーデンの二大頭脳であるリザ・ローレンス・デルタと栗夢スピカによって作り上げられた次世代のスーパーマシンだ。

「ブゥ……(確かポケットに入ってるですよ)」

「ブヒブヒ!!
 (素っ裸なんだからポケットもクソも無いわよ、この愚豚!!)」

「ブ…ブブゥ〜!!
 (ほ…本当だ、服着てない!!イヤぁ!!)」

「ブブブブブブブ!!
(アンタ達うるさい!!豚なんだからいいでしょうが!!
まずは脱出を考えるのが先決でしょう、常識的に考えて!!)」

亜由美は思った。
この2人、頼りにならないと。
一人脱出の手立てを考える亜由美、10歳。


「ワン!!」

犬の鳴き声だ。

「……ブヒ?(犬の鳴き声?)」

「ワンワン!!」

声のする方を見ようと、自分の檻の鉄格子からなんとか外を覗き見る美弥子。
鉄格子に押し付けた顔が痛い。

「ブ…ブヒブヒ。
 (あ…犬がいるよ、白い紀州犬)」

「ブ?
 (豚サーカスに犬がいるですか)」

「ブーブッヒブゥ!!
 (きゃあー犬がいるの!?見たい見たい)」

今度は動物好きの亜由美がはしゃぎ出した。
この3人で脱出計画を企てるのは到底無理かもしれない。
そんな考えが、密かに盗み聞きしていた室内の他の豚達の間に広がり始めた頃―――

「ブ…ブヒヒ……
 (しっ、誰か来るよ)」

美弥子が、階段を降りて来る人の気配を察した。

「お前達、出な!」

それは、空中ブランコの演目を担当していた、青いアフロの女性団員。
手には鋭いナイフが何本も握られている。
餌を与えに来た…という風には見えない。
女性は一人一人の……いや、ひと豚ひと豚の檻を開けて回り、沢山の豚達を一定の方向へと進むように促した。
豚の姿でスタンドを発現することも叶わず、逆らう術を持たない3人は、言われるがまま歩いて行く。

「ワン」

その途中、数えきれない豚の群れの中で先程の犬と隣り合った。
白い紀州犬で、利口そうで、どこか間抜けな顔をしている。

「フア〜……」

欠伸をして、目頭に涙を溜める犬。

「ブブウ…(この犬…なかなかの大物ですよ)」

「さぁ、この中に入りな!!」

青いアフロの女性団員が指し示したカーテンを潜ると、そこはショーが行われるステージの中央だった。
本日の公演は全て終了した為に、片づけが終わった後であり、広い土のスペースが広がっているだけである。
ただ、2本の高い台が立てられたままであり、おそらくは何かの演目の練習に使用するのだろう、その間にはロープがピンと張られている。

「ブ…?(あれは…)」

その台を見上げた美弥子の視界に映るのは、見覚えのある影。

***************
プレアデスガーデンより程遠くない下根運動公園に設置された大きなテントの前に、4人の人物が並んでいる。
皆、それぞれ指には個別のモチーフがなされた指輪をはめている。
星、薔薇、火炎、ディスク。
ガーデンのスタンド使いである証のリング。

「ここか、豚サーカス。
 まさか昨日の今日でこんなことになるとは思わなかったぜ」

そう話すは火炎のモチーフを持つ桐村桐也。
機動警護部、特攻担当。
昨日、ガーデンの厨房を任されているチェリーから、この豚サーカスの話を聞いたばかり。

「まぁ、一か所の滞在期間が短いからな。
こういうことも有るんじゃねェの?」

ディスクのモチーフも持つリザ・ローレンス・デルタ。
機動警護部、情報担当。

「僕も行きたかったなぁ」

星のモチーフを持つ宝井星助。
機動警護部、お気楽担当。
いつものように、星模様のロングマフラーを首に巻いている。

「おしゃべりは後だ。
 任務はもう始まっていると思え」

そう言って、一人先に歩いて行く松山俊介。
薔薇のモチーフを持つスタンド使い。
機動警護部、なんでも担当。

彼らはプレアデスガーデンの機動警護部のメンバー達だ。
ちなみに残る一人のメンバーは現在、豚になっている。

「近くで見ると大きいね〜」

テント正面入り口まできた4人。
見張りをしていた団員が寄って来て、愛想のよい笑顔で話しかけて来た。
顔にペイントのされた、愛嬌のある顔だ。

「あれれ、お客さんかな?
 ごめんね〜、今日の公演はもう終わっちゃったんだよね。
 また明日もやってるからさ、チケットを持って是非来ておくれ!」

「あ、そうなんだ…
 今日はお終いだって、残念だね…」

そう言って、本当に残念そうな顔をする星助。

「アホか、あたし達は客じゃねぇっつうの」

星助の頭を小突くリザ。
ちなみにリザの年齢は星助のひとつ下だ。
悲しい主人公である。

「俺達はガーデンの人間だ。
 故あって、このサーカスを調べさせてもらう。
 なに、物を荒らしたりするようなことはしないから心配するな」

そう言って俊介は、ガーデンのスタンド使いの証であるリングを見せる。

スタンド使いについて定められた法律というものが存在する。
6年前に幽波紋省の設立と時を同じくして施行されたものである。
その中に、ガーデンのスタンド使いは、裁判所の許可を待たずして、独自の常識と良心に基づき、私有地への立ち入り捜査を認めている項目がある。
つまり、警察が家宅捜索をするときの様な令状は必要ないのである。
これは、スタンド使いが関わる事件は、通常のそれよりも緊急性や即時性という面において、抜き差しならない状況に陥りやすく、早い話が急がなければ手遅れになり兼ねないことが多い為とされている。
つまり、4人がサーカスへと捜索に入る事は、法律上何の問題も無いのである。

「ちょ…ちょっと待ってくれ…!!
 一応団長に連絡を入れさせてくれ。
 ほら、ウチのサーカスは団員に女が多いからさ、そういうとこ気を使うんだ。
 まさかガーデンの人間がのぞきで捕まる訳にもいかないだろ?」

「まぁ、捜査中ならばのぞき程度で罪に問われることはないがな、いいだろう。
 さっさと団長とやらに連絡を入れておけ」

俊介の言葉を受けて、少し距離を置いて携帯電話を取り出す団員。
おそらくはサーカスの団長に連絡を入れているのだろうが、話し声までは聞こえてこない。
「おい、さっきのマジか。
 任務中ならのぞきもオッケーみたいな……」

信じられないといった目をして、桐也が俊介に尋ねる。

「なぜ俺に聞く。
 法律に詳しくなれとは言わないが、せめて自分達の行動に関わる項目くらいは知っておけ。
 ガーデンの憲章にも載っている」

「俊介はやっぱり頼りになるね〜
 僕はガーデンの憲章?を読んでいたら眠くなるんだよ」

「お前は少し緊張感が足りねェんだよ、長マフラーが」

そんなやり取りの間も、俊介の視線は携帯で話す団員へと注がれている。
声は聞こえないが、その口元へと鋭い視線は突き刺さる。

「………行くぞ」

俊介がテントへと走り出す。

「あ、おい待てよ!!」

「俊介、まだあの人が電話してるよ」

「あいつ、団長とやらに証拠の隠滅を提案しやがった。
 俺達に見られたらヤバい何かが存在する証拠だ」

「なんでそんなこと分かるの?」

「読唇術だ。
 あの団員の唇の動きを読んだのさ」

「お前、動くな」

電話をしていた団員の手から携帯電話を奪い取り、それをへし折る俊介。

「スタンド使い活動規制法第3条第2項に基づき、このサーカスの内部を隅から隅まで調べさせてもらう」

真っ二つになった携帯が、地面に落ちる。

「行くぞ」

「フン、偉そうに」

ぶつくさと文句を言うリザ。
俊介に続いて、4人のスタンド使いがサーカスの内部へと足を踏み入れる。
カラフルなカーテンを潜ると、円形の通路に差し掛かり、通路は左右に分かれていた。

「二手に分かれるぞ、桐也は俺と来い。
 星助とリザは左へ行ってくれ」

「分かった!」

やる気満々の星助。
ただし緊張感は皆無。

「あたしをリザって呼ぶんじゃねェ!」

そんなリザの大きな声でのぼやきを無視して、俊介は通路を右へと折れて走る。
それに続く桐也。

「敵にスタンド使いはいると思うか?」

「いるだろうな。
 しかも、おそらく一人ではなさそうだ」

円形の通路を90度分程進んだ所で、今度は上へと上がる階段と、さらに通路を進む道とに分かれていた。
下の階、つまり現在2人がいる階の通路は観客用で、上へと続く階段の先は団員専用なのだろう、『DO NOT ENTER』のプレートが掲げられている。

「俺は上へ行く。
 桐也、お前は下の階を調べてくれ」

「クールだねェ。
こちらの戦力を分割する作戦かもよ?」

「なら勝てばいい」

そう言って俊介は階段を駆け上がる。
またしても二手に分かれた機動警護部。
桐也はそのまま通路を進んで行く。

しばらく行くと、通路の脇に扉が設けられており、またしても【DO NOT ENTER】というプレートが掲げられていた。

「‘入るな’ってか。
 そういうところを調べなくっちゃな」

ドアノブを回そうとしたが、鍵がかかっていて開かない。
そこで、桐也はスタンドを発現する。

「センチメンタル・マキアート!!」

【センチメンタル・マキアート】は、手から振りまく火の粉が触れた部分を内側から溶かす能力。
ドアのカギを内側から破壊して、先へと進む。

「触れずに溶かす、それがオレのセンチメンタル・マキアート!!
 クールだぜ……」

ビシィィと決めポーズ!!

周囲には誰もいない。
それが幸か不幸かはさておき……
進んだ先は、どうやら資材庫のようだった。
かなり大きな空間に、サーカスの演目で使用する種種雑多な道具が保管されている。

「へぇ…いろんなモンがあんだなぁ」

側にあったジャグリング用のバトンに手を伸ばす桐也。

「オイオイオイ、勝手に触るんじゃあねぇよ」

ハッとして、声がした方へ体を向ける。

「アンタ、ガーデンのスタンド使いだね。
 こんなところになんのようさ」

赤いアフロをした女性だ。
かなり長身で、赤いサーカス用の衣装に身を包んでいる。

「捜査だよ、捜査。
 このサーカスが訪れた地域では、未成年の女の子が行方不明になるって事件が相次いで起きてんだ、知ってんだろ」

「知らないね、そんなことは。
 でも……」

女はジャグリング用のボールを2つ拾った。

「アンタをここから生きて返す訳にはいかなくなったよ!!」

途端、女が手に持ったボールが炎に包まれる。

「あたしは、水底あさり(みなそこあさり)!!
 獄炎使いのあさりだよ、覚えて燃えなッ!!
 ソウル・オン・ファイア!!」

あさりの背後に、雄牛の頭部を持つ勇ましいスタンド【ソウル・オン・ファイア】が姿を現す。
あさりは手に持った火の球を投げつけて来た。

「やれやれだぜ……
 同じ炎使いとは親近感が湧くが、手加減はできねェな。
 センチメンタル・マキアートッ!!」

飛んできた火の球に火の粉を浴びせ、空中で溶かし切る赤い格闘家【センチメンタル・マキアート】。

「クールに行くぜ」

************

桐村桐也、17歳、高校2年生。
彼がガーデンに入るまでの経緯はいたってシンプルである。
彼は弟を探しているのだ。

もともと桐也には――まぁ当たり前のことではあるのかもしれないが――家族がいた。
父、母、桐也、そして弟の4人家族で、桐也の父は生体研究家であった。
桐也が12歳の時――当時スタンドというものが世間に認知され始めた頃のことであるが、桐也の父はスタンドの研究の最前線に立つ人物であり、設立された幽波紋省やガーデンとの連携を図ることによりスタンドの科学的解明に向けて大きな転換期を迎えていた頃――彼の家族は不運に見舞われる。
‘不運’という表現が適切かどうかは定かではないが―――桐也の家族は、父の研究成果を妬んだ研究者達によって、強奪される。
スタンド研究は国を上げた一大プロジェクト、どれだけ切望しようとも、その舞台に上がることさえ叶わない研究者は数えきれない程に存在していた。
そんな研究者の中のとある一派が、桐也の父の研究成果に、言ってみれば嫉妬したのだ。
そして、その研究成果を奪った。
桐也の両親の命と共に。


その日、桐也は通っていた中学校の宿泊学習で家を留守にしていた。
翌日、彼が家に帰りついて見たものは、ベッドの中で眠る様に死んでいる両親の姿だった。
眠っているその上から、鋭い刃物で心臓を一突きにされて殺されている両親の姿だった。

こみ上げる嗚咽感を堪え切れず、桐也はその場に吐瀉物を吐き出す。
両親の血に濡れた手で流れる涙を拭い、顔が血で汚れる。
そのまま桐也は、這いずり回る様にして家の中を見て回った。
弟を探す為に。


弟、桐村断手(だんて)。
桐也の4つ下の弟であり、当時まだ8歳で小学3年生。

震える脚を僅かな精神力で立ち上がらせ、桐也は家の中の全ての部屋を探し回った。
が、どこにも断手はいなかった。

誰かに助けを呼ぼうと、ほとんどほふく前進のようになりながら玄関から外へ出ようとしたが、そこで桐也の精神力は尽きる。
体が動かなくなり、声も出ず、涙が乾いて瞳が乾燥する。
桐也は思った。
このまま眠りたい、と。
このまま眠りについて、目の前の現実が嘘なんだと、夢なんだと、そう思いたいと。
しかし、桐也がそっと目を閉じたその時、玄関の扉が外側から開かれた。
そして、声がした。

「これは……
 あなたは桐村博士の御子息ですね、一体何があったのです…?」

黒いローブに、黒い帽子。
奇麗な顔に、奇麗な髪。
そんな人物がそこに立っていた。
歳は、桐也より幾つか上だろう。
しかし当然その時の桐也の頭の中には、そんなことは何も入ってくることはなく、只々呟くように、うわ言のように、こう繰り返すだけだった。

「弟を…オレの…弟………」


 ――――――――――

     ――――――――――

         ――――――――――



次に桐也が目を覚ましたのは、プレアデスガーデンの医務室だった。
スタンド研究の第一人者である桐也の父を訪れたガーデンのスタンド使いである空静星夜によって、桐也はここまで、プレアデスガーデンまで運ばれてきたのだった。
当時、その星夜は17歳。
若干17歳にして、桐也が見て来たどんな大人よりも上品な落ち着きを身に纏っており、深遠な知恵を持っているように感じられた。

そしてその日から、桐也はガーデンに住む事になる。
行く場所がないというのも一つの理由だが、それ以上に、桐也にはやらなければならないことがあった。
弟を探す事。
幸か不幸か、桐也にはスタンドが発現していた。
両親を失った悲しみの淵で、桐也の中に眠れる才能が目覚めたのだと、星夜は言った。



それから5年、彼は未だに弟を探し続けている。

桐也は、自分を助けてくれた星夜を心から慕っている。
また、ガーデンで培った仲間との関係を何よりも大切に思っている。
家族という絆を無理やり断ち切られ、ばらばらにされ、散り散りにされた桐也だからこそ、人と人の繋がりを尊く思う。
栄進高校の終業式で共に戦った星助はもちろん、同じ機動警護部に配属になった俊介でさえも、桐也にとっては既に掛け替えのない仲間なのである。
そんな仲間が、美弥子や小鳩が、サーカスに攫われてしまったと聞けば、黙っているような男では桐也はない。
スピカからの連絡を受けて、誰よりも早く仲間を助けに行こうとしたのは桐也である。

‘仲間’

それが桐也の心に屹立する無限の原動力であり、最大の行動原理である。



ちなみに、『クール』というのは、そういった桐也の過去とは全く関係のない掛け値なしにただの口癖である。

**************
続けて2つの火の球を放り投げて来るあさりだが、同じ手を喰うほど桐也は未熟ではない。
というか、そもそも一度目からして通用していなかったはずだ。

「いつまでキャッチボールを続けるんだ?」

向かってくる火の球を【センチメンタル・マキアート】で燃やし尽くして、桐也が人差し指をビシッとあさりに向ける。

「もう終わりさ、次はこれだよ!」

威勢の良い声でそう言いながら、あさりは壁際で束ねられていたカーテンを引いた。
天井に張ってあるカーテンレールに沿って、シャーと気持ちの良い音と共に、桐也とあさりの間をカーテンが遮る。

「この程度!」

桐也がカーテンを突き破ろうとした時―――

「ソウル・オン・ファイア!!」

カーテンが燃え上がる。
ボワッと瞬く間に、カーテンの表面を燃え盛る火炎が覆い尽くす。
只のカーテンが、一瞬にして炎に壁と化す。

「いい!?
一瞬でこれだけの面積を…!?」

桐也は数歩後退りをして、カーテンが崩れるのを待つ。
所詮はたった一枚の布切れ、炎に晒されていれば、燃えて崩れるのに時間は要らない。
しかし―――

(燃え尽きない……?)

桐也がカーテンをまじまじと見ている、その時―――
一振りのナイフがカーテンを突き破って飛んできた。

「うおッ!?」

桐也は咄嗟の出来ごとに、体を大きく翻してそれをかわす。
続けざまに2本目、3本目と投げられてくるナイフ。
しかし、只のナイフでは無い。
では何なのかと言うと――桐也を必要以上に驚かせた理由でもあるのだが――ナイフが燃えているのだ。
金属でできているであろう、曲芸用のナイフの刀身が、炎を帯びているのだ。
それが、燃えるカーテンを突き破って、向こう側から桐也目掛けて投げてこられたのである。

「どうなってんだ……?
 ナイフを熱すれば、精々溶けるのは関の山だ……
 あいつのスタンド、一体どれだけの温度の炎を操るってんだ…」

桐也は部屋の隅に行ってしゃがみこむ。
すると、カーテンを突き破って飛んでくる炎のナイフは、全て見当違いな方向へと飛んで行く。

(やはり、相手にもオレの姿は見えていないみてェだな……
 するってェと、当てずっぽうに攻撃してるってことだ)

一息ついた桐也は、未だ激しく燃え盛るカーテンを確認する。
しかし、少しも燃えて焦げたり崩れたりする様子は無く、何も変わらずに赤い炎が波打ってカーテンの表面を覆っている。

(もしかして、カーテンを燃やしているんじゃあないのか……?)

桐也は思い出す。
初めにあさりが、曲芸用のボールを炎で包み込んだ時のことを。

(あの時確か……
 ボールの下から、じわじわとインクが染みるみたいにボールが炎に包まれていったな…)

そこで桐也は閃く。

(もしかしたら…)

桐也が【センチメンタル・マキアート】を従えてカーテンへと接近する。
なおも止まずに投げられてくる炎のナイフをかわして、カーテンへと【センチメンタル・マキアート】の手から生み出される火の粉を振りかける。

「触れずに燃やすッ!!
 センチメンタル・マキアートォ!!」

【センチメンタル・マキアート】は、その手から生み出す炎を浴びせ、生物非生物問わず、内側から温度を上昇させて燃やしたり溶かしたりすることができる。
その炎を浴びたカーテンは、すぐに燃えてしまう、焦げて床に落ちて、崩れてしまった。

「ふぅん…
 さすが、アンタも炎使いって訳ね」

カーテンを突破されたことをあさりは何とも思っていないような素振りで、桐也に向けて炎を纏わせたナイフを投擲する。
それを叩き落として、桐也は得意げな顔をしてあさりに向かって言い放つ。

「お前のスタンドの炎、実際に物を燃やしてはいねェな。
 対象の表面を炎でコーティングするような感じに覆うだけで、対象そのものは燃やさねェんだろう」

「うん、そう。
 やっぱ気付くよね」

「え…?」

素っ気ないあさりの返答に、肩すかしをくらう桐也。
桐也としては、相手の能力の全貌を解明した気になっていて、このまま相手にどうやって降伏を宣言させようかなんてことを考えているところだったのだ。

「いやさ、だって…
 普通気付くでしょ、こんなの。
 誰だって気付くよ。
 そんなことは、あたしにしてみたら何でもない訳よ」





【ソウル・オン・ファイア/水底あさり】
破壊力・A
早さ・A
射程距離・E(2m)
精密動作性・A
持続力・C
成長性・E

ビジョン・雄牛の頭部をした人型スタンド。関節部分から炎が噴き出している。
能力・触れたものの表面を炎で覆う。炎で覆われている物そのものは燃えはしない。





(つ…強がってるのか……?)

「言っとくけど、別に強がってる訳でも何でもないから。
 単純に、私の能力の真価はまた別にあるってこと」

あっけらかんとしているあさり。
ちなみにこの水底あさりというサーカスの女団員、‘年上のお姉さん’って感じで、桐也からしてみれば実はストライクゾーンど真ん中なのであった。
しかも相手はサーカスの衣装を身に纏っており、ボンテージのデザインを基調としたその衣装がまたなかなかに際どい代物で……

閑話休題。

誇り高く名誉高いプレアデスガーデンのスタンド使いである桐村桐也は、ただ一心に恒久的平和と人々の笑顔の為に、いかにして敵を制圧したものかと思考を巡らせている最中である。

(ええい、難しいことは考えるな。
 オレのスタンドもあいつのスタンドも近距離型なんだ。
 ここは、接近戦しか道はねェ!!)

【センチメンタル・マキアート】を発現させて、桐也が一気に駆ける。
あさりまでの距離を一瞬で縮める為に、床を蹴って真っ直ぐ突き進む。

「発情した牛みたいに分かりやすい突進だね!!
 ソウル・オン・ファイア!!」

あさりの前に現れたスタンド【ソウル・オン・ファイア】。
雄牛のような頭部をしており、関節部分から炎が噴き出している、雄々しい外見のスタンド。

「化け物みてェなスタンドだな!!
 オレのクールなスタンドとは大違いだぜ!!」

桐也の前方には、本体をガードするように【センチメンタル・マキアート】が腕を構えている。
真紅の髪がたなびく、赤い格闘家の姿をとる勇ましいスタンド。

「あんた結構お喋りね。
 お喋りな男はタイプじゃないから、燃えな!」

「なんだって!!?」

あさりにとってはバトルの中での掛け合いの一つにすぎない何気ない一言が、今日という日において桐也の心を一番傷つけた一言であったことは、あさりには知る由もない。

またまた閑話休題。

「さっさと燃えな!!」

【ソウル・オン・ファイア】によって炎のコーティングをされた種種雑多な曲芸用の道具が次々に桐也目掛けて飛んでくる。

「もうお手玉は見飽きたぜ!」

桐也があさりへと肉迫する。

「そうかい?
 じゃあこんなのはどうかい」

【センチメンタル・マキアート】の拳が届く射程内へとあさりを捉えた桐也。
一撃で仕留める覚悟で拳を握る。

「悪りィが次はねェよ!!
 しばらく、大人しくおネンネしててもらうぜ!!」

「うるさい小僧だね……
 ちょっと黙って燃えなッ!!」

「!!」

桐也は、出しかけた【センチメンタル・マキアート】の腕を直前で引っ込ませた。
そのまま振り下ろしていれば、確実に命中していたであろう拳。
否、考えてみれば、あさり始めから少しも避けようとしていなかった。

「なるほど……
 そいつが隠し玉ってわけか。
 敵ながらクールだぜ…」

桐也の目の前には、全身が炎に包まれたあさりが飄々とした佇まいのまま、そこに立っていた。
「熱っつゥーー!!」

咄嗟に大きく後ろへと飛んだ桐也。
数メートルの距離を取って、炎に身を包むあさりを見据える。

(なるほど……
 あれなら、本体は無傷のままってわけか…)

火炎の鎧を脱いだあさりが、口角を上げて不敵な笑みを浮かべる。
自身たっぷりといった様子で。

「ふふ、あんたのスタンドも近距離型なら、これで攻撃は封じられたも同然ね」

そう言われて、桐也は何か言い返そうとしたが、悔しい事に何も言葉が出てこない。
あるいは俊介やリザなら、何か咄嗟に機転を利かせたハッタリの一つでも言ってのけるのだろうが、生憎と桐也はそういったテクニックとは無縁の頭脳をしている。

「マジかよ…」

呟きながら、桐也は考える。
思考を巡らせる。

桐也の【センチメンタル・マキアート】も、直接に拳を命中させるよりは幾らか長い射程を有している。
それは、【センチメンタル・マキアート】の掌から生み出される火の粉による攻撃を意味するが―――ここで問題なのは、‘火の粉’レベルの火炎しか生み出せないということだ。
実は、本気を出せば、その気になれば、【センチメンタル・マキアート】は結構な威力の火炎を生み出すことができるのだ。
できるのだがしかし、【センチメンタル・マキアート】自身に、自分自身の炎に対する耐性が皆無の為に、一定以上の威力の火炎を生み出すには、桐也は自らの腕を犠牲にする覚悟が必要になってしまうのだ。
そういう点では、現在相対している水底あさりの【ソウル・オン・ファイア】とは全く逆の性質を有していることになる。
当然、あさりのスタンドの真価は『対象そのものは燃やさない』という点である代わりに、炎の威力で言えば全力の【センチメンタル・マキアート】には及ぶべくもない。
しかし、炎の威力で勝つためには、犠牲が必要。

(いや、あきらめるのはまだ早ェか……)

そこで、桐也に残されたもう一つのカード。
【センチメンタル・マキアート】のもう一つの性質である、『対象を内側から熱する』という能力。
これを生かして、道を切り開くしかない。

「まぁ、ちょっとばかしの火傷でうだうだ言ってられねェよな。
 仲間を助ける為の戦いなんだ」

桐也は再びあさりへと特攻をしかける。
数メートルの距離を一息で詰める、無駄のない足運び。
ガーデンでの訓練の賜物である。

「あんたって結構さ、物分かりが悪かったりするでしょ?
 あたしに近付くってことは、燃えたいってことね!」

再び、あさりの体が炎の鎧に包まれる。
同じように【ソウル・オン・ファイア】の全身までもが炎へと包まれ、一片の隙間もなく炎の塊となってしまう。

「火事で家を失ったりして、火に対してトラウマがある子供なんかにとっては……
 今のアンタの姿はまるで悪魔に映ることだろうな」

軽口をたたく桐也。
しかしあさりは何も言わず、何も喋らず、何も語らず、向かい来る桐也を受けて立つ姿勢を取る。
燃え盛る紅蓮の鎧。
接近戦における絶対防御。

果たしてなす術があるのか。
打つ手が存在するのか。

(間違いねェ……
 ひとつ気付いた事があるが、試してみる価値はありそうだぜ)

桐村桐也。
彼には、星助のようなずば抜けた体術や天性の勘はない。
俊介のような、圧倒的な回転の速さを誇る頭脳を持つ万能家(ジェネラリスト)でもない。
リザのような、天才的な情報技術力を操る分析家でも決してない。
美弥子のような、神に選ばれたような絶対的な記憶力を持っているわけでも到底ない。
しかし、彼には、熱いハートがある。
誰よりも熱く燃えたぎる心。
それは時に、仲間を助ける為に燃え上がり、目の前の敵を倒す時に燃え盛り、どんなピンチに陥っても決して諦めることなくほとばしる。
それが、桐村桐也の才能。
それが、本人いわく‘クール’である、桐村桐也の本質なのだ。
つまり―――
例えどんな状況に陥ろうとも、桐也が‘諦める’ということは、太陽が西から昇るよりも遥かに在り得ないことなのだ。
再びあさりへと接近する桐也。

「炎と炎の対決だ!」

【センチメンタル・マキアート】が【ソウル・オン・ファイア】へと腕を振るう。
が、桐也の接近に合わせて、あさりはまたしても全身を【ソウル・オン・ファイア】の炎で包みこむ。
こうなると、直接触れるのは憚られる、が。

「んなモンいちいち怖がってられるかっつぅの!!」

今度は桐也はそれを恐れない。
一度経験した上で、情報を得た上で、それを理解して再度あさりに攻撃を仕掛けたのだから当然といえば当然ではあるが―――別段、桐也にはこれといって作戦があるわけではなかった。
そのまま【センチメンタル・マキアート】で殴り抜ける桐也。

「頭がイカれてんのかい?
 だったらさっさと燃えて消し炭になりな!!」

【センチメンタル・マキアート】の拳に対して、あさりは【ソウル・オン・ファイア】の拳を突き出させる。
突きを、突きで、相殺する。
しかし、あさりの【ソウル・オン・ファイア】は全身を炎で覆っており――それでいて本体は一切の火傷をしないというのが彼女の能力なのだが――もちろん【センチメンタル・マキアート】へと突き出された腕も高温の炎でコーティングされている。
拳と拳がぶつかり合って、相手の拳へと直に触れた桐也は、当然ながらその炎の小手から逃れる事は出来ない。

「うあぁぁ!!」

ジュウゥとささやかな音がして、桐也の右腕に炎で焼かれた跡が生まれる。
分身である【センチメンタル・マキアート】がダメージ受けたために、本体である桐也へとダメージがフィードバックしたのだ。
ちなみに桐也は桐也で【センチメンタル・マキアート】の炎で以て攻撃を仕掛けはしたのだが、あさり及びそのスタンドである【ソウル・オン・ファイア】を包む赤い鎧に、炎同士で掻き消されて無効化されてしまっていた。
故に、今の競り合いでダメージを追ったのは桐也の方だけということになる。

「分かりきったことをいちいち試さないと気が済まない性質なのかい?」

そう言いながらあさりは、火傷のダメージでひるんだ桐也へと追撃を放つ。

「あんた顔立ちは悪くないけど、頭が悪いってのは致命的さね!!」

【ソウル・オン・ファイア】の燃え盛る腕が、ガラ空きになった【センチメンタル・マキアート】のボディを射抜く。
寸前で腕をクロスし、それをガードする【センチメンタル・マキアート】、だが。

「今の一撃を止めるってのはなかなかのスピードだね。
 でもね、そもそもあたしを相手にガードするっていう選択肢自体がアウトなんだよ!」

あさりの言った通り、【ソウル・オン・ファイア】の追撃をガードした【センチメンタル・マキアート】の腕を、炎が焼く。
それに伴い本体である桐也の腕にもさらなる火傷の跡が刻まれ、次第に爛れ始める桐也の二の腕。

「つ…つぅ…!!」

一瞬、気が緩んだ。
上体を、折ってしまった。
その隙に、【ソウル・オン・ファイア】の踵が【センチメンタル・マキアート】の後頭部へと炸裂した。
僅かな隙を突いて、刹那のタイミングでの、踵落とし。
ゴスゥと鈍い音がして、頭から床に叩き付けられる桐也。
その衝撃は凄まじく、軽い脳震盪を起こしてしまい立ち上がれない桐也。

「あんた達は毎日ガーデンで訓練とか受けてんのかね。
 まぁ知ったこっちゃあないけど……
 あたし達は、毎日毎日体を張って、命を張って、サーカスの訓練してんだよ。
 基本的な瞬発力がそもそも違うのさ」

そう言って。

「あんたに恨みはないけど、燃えてもらうよ。
 このサーカスにちょっかい出した時点で、あんたの運命は決まったんだよ」

炎を解除していた【ソウル・オン・ファイア】が、今度は両手にのみ炎を纏う。
両の肩口から、轟々と燃え盛っている。
それで、桐也に止めを刺すために。



「ふざけんなよ…
 なにがサーカスの訓練だ、笑わせるぜ。
 テメェらがサーカスに張ってんのは、体でもなけりぁあ命なんかでもねェ……
 攫ってきた子供達だろうがッ!!」

桐也が立ち上がる。
長く、床に伏していた桐也が、機は熟したかのように起き上がる。

「仲間は返してもらうぜ…!
 サーカスの団員さんよォ!!」
「おらァァ!!」

起き上がるやいなや【センチメンタル・マキアート】の猛攻が始まった。
相手の鎧で自分の体が焼ける事など露ほども厭わない、躊躇いのない連撃の雨。

(こいつ……燃えて死ぬつもりか?)

そのあまりの非論理的な桐也の行動に一瞬たじろぐあさりだが、すぐにその迷いは雲散霧消する。
あさりには、自分の防御に対する絶対の自信があるからだ。
『攻撃は最大の防御』という言葉があるが、あさりにしてみれば『防御は最大の攻撃』なのである。

「熱くねェ!
 ちっとも熱くなんかねェ!!
 クールなオレとってみりゃあ、これしきのチンケな炎は夏のそよ風同然のぬるさだッ!!」

そう言って、まるで壊れたおもちゃのように攻めの手を緩める事のない桐也。
もちろん桐也の言っていることは虚勢であり、実際には桐也の腕や足には、次々と炎に晒された跡が確実に増えている。
それでも、あさりの真価が’守り’ならば、桐也は攻めるしかないのだ。
攻めて攻めて攻めて、その防御を突き崩すしかないのだ。
故事成語にあるように、絶対に貫かれないと豪語する盾にであろうと、矛を突き立てるしかないのだ。

(くッ…!!
 こいつ……!!)

桐也が、【ソウル・オン・ファイア】の炎を気にさえしなければ、純粋な格闘へと持ち込める。
そして、それは桐也にとって得意な分野であった。
プレアデスガーデンに登録されているスタンド使いの中で、桐也は五指の入る格闘センスの持ち主なのである。
もちろん星助には及ぶべくもないが、どうやら、目の前の女よりは自分の方が優れた技術を有していると、桐也は次第に実感していた。
それは、センスなどという涼しい言葉では片付けられない、片付けてはいけない――弟を探す為に、桐也が必死になって積み重ねた努力の賜物なのである。

「どうした!!
 サーカスの団員ってのも、思ったよりスッとろいもんだな!!」

【センチメンタル・マキアート】の攻撃は止まない。
右手で突きを繰り出すが、それは【ソウル・オン・ファイア】の腕でガードされる。
またしても桐也の腕には焼き跡が刻まれるが、既に、とっくに、焼けて爛れている桐也の腕には感触が無い。
攻撃に使用している両腕が全身の中で最も損傷が激しく、皮膚が焼かれ、神経までも焼かれてしまっている。
今の桐也の両腕は、只の武器だ。
圧倒的な痛みによって、さらなる痛みを感じなくなった両腕で、桐也は攻撃を止めることなく繰り出し続ける。
腕の先は死んでいても、関節と筋肉は生きている。
攻撃性能が損なわれている事は無い。

「あァァ!!!」

止められた腕で逆に相手の腕を掴んだ【センチメンタル・マキアート】は、そのまま【ソウル・オン・ファイア】を引き寄せて、その腹部にひざ蹴りを見舞う。
今度は膝が焼ける。

(痛ゥ…!!)

グッと腹部に力を入れてそれを堪えるあさりだが、次第に焦りが生じていた。
焦り、ある理由による焦り。
そんなあさりの心情などお構いなしで、桐也は攻めの手を休ませない。
引き寄せてひざ蹴りを見舞った【ソウル・オン・ファイア】のボディへ、全身を使った強烈な当て身を喰らわせ、吹っ飛ばす。

(距離を……距離をとらなければ…!)

そう画策するあさりにとって、当て身で吹っ飛ばされたことは――ダメージは大きいが――まさに幸運だった。
かに見えた。
が、一度離れた距離を、桐也はすぐさま駆け寄って詰める。

「逃がすかよォ!!」

自分吹っ飛ばしておいて『逃げるな』とは随分だが言い草ではあるが……
距離を詰めながら、桐也は転がっていたサーカスの用具入れを足場にして、高く跳躍する。
そして天井に固定されていたカーテンレールを掴み、そこから前方下のあさりへと跳びかかる。
カーテンレールを掴んだ腕が軋むが、気合と根性で堪える。

「これで決めてやるッ!!」

その常態から宙返りをして体を回転させ、二度目の宙返りの際に下半身に捻りを加えることにより、上空からあさりへ、予測することが難しい角度から桐也は鋭い蹴りを放つ。
体操競技で『月面宙返り』――ムーンサルトと呼ばれる技術を組み込んだ攻撃。
桐也が一時期、クールな必殺技を研究した際に辿り着いたオリジナル技であり――ちなみにこの技の練習中に桐也は着地に失敗して足を骨折している――仮面ライダーのライダーキックを彷彿させる、派手な技だ。
しかし派手ではあるが、とても実用的とは言えない。
が、桐也は敢えてこの技を用いた。
只々’クール’の決めたいというだけの理由でだ。

(なんだこいつは…!!)

が、そんな派手な技が、意外にもここでは功を奏した。
距離を取れずに焦るあさりの視界に飛び込んできた、回転をしながら上空から降る桐也の姿はとても衝撃的であり、あさりは一瞬の間ではあるが脳から思考する機能を奪われたのだ。
そして、桐也の攻撃――ムーンサルトキックは、見事に【ソウル・オン・ファイア】の側頭部に命中した。

「おらァ!!」

微塵の躊躇いもなく足を振り抜き、敵スタンドを蹴り飛ばす桐也。
常人ならば、それで意識を刈り取られる程の強烈無比な蹴り。
ではあるが、さすがに常人ではないスタンド使いだけあって、あさりは未だ意識を保っている。
それでも、見事に脳を揺さぶられてしまい、視界がぼやける。

(もう…駄目だ……
 距離を………
 このままでは……あたしが持たない……!!)

ふらふらと立つあさり。
着地した桐也は、またしてもすぐに距離を詰めにかかる。
自分も火傷でボロボロの体をしているにも関わらず、接近することを決して止めない桐也。

(クソ…!!
 やっぱりこいつ…気付いてやがる……!!
 もう…駄目だ…!



  息 が も た な い … !!)

【ソウル・オン・ファイア】と、本体であるあさりの全身を覆っていた炎が解除される。
そして――

「ブハーーッ…!!」

あさりは思い切り空気を吸い込んだ。
今のままで、水の中に潜っていたかのように、ほとんど反射的に息を吸い込む。
酸欠。
それが、あさりの弱点だった。
絶対を誇る炎の防御の、地味な弱点。
それは、全身を炎で覆ってしまうと呼吸ができなくなるということ。
炎は周囲の酸素を燃料として燃え上がる性質を有する為に、全身を炎で包み込めば、たとえ火傷をすることはなくても、呼吸をすることもできなくなってしまうのだ。
それに気付いていたから、桐也は攻め続けた。
だから、あさりの息が限界を迎えるまで身を賭して攻撃を浴びせ続けた。
炎の鎧を一瞬でも解除されてはならないと。
一瞬でも呼吸するチャンスを与えてはならないと、【センチメンタル・マキアート】は攻め続けたのだ。

「おらァァ!!」

その隙を桐也は見逃さない。
見過ごさない。
ついに、【センチメンタル・マキアート】の拳が直にあさりのボディを捉えた。

「おかしいと思ったんだよ。
 テメェ、全身を炎で覆っている間は一言も喋らねェからな」

あさりのボディに、【センチメンタル・マキアート】の火の粉が、赤い拳とともに命中する。
対象の内側から温度を上げることにより、内部から熔解させ、内部から燃焼させる【センチメンタル・マキアート】の炎。
それが、あさりの胴体に降り掛かった。

「ゲホォォ!!!」

【センチメンタル・マキアート】の能力によって、肺の中の全ての酸素が強制的に燃焼させられ、あさりは絶息状態になり、足元から崩れ落ちた。
あさりは、死を覚悟した。



「ふぅ…
 任務完了だな」

しかし、それ以上の追撃はこなかった。
それで、桐也の攻撃は終了を迎えたのだ。
桐也にとって、戦闘は終了したのである。
なんと生ぬるい――あさりは思った。

「殺さない…のか…」

ムーンサルトキックにより引き起こされた脳震盪が未だ抜けきらず、さらに絶息状態になり全身に力の入らないあさりだが、なんとかそれだけを言葉にした。
桐也の能力ならば、今の一撃であさりの命など簡単に奪えたはずなのだ。

「別に…
 オレはガーデンのスタンド使いであって、人殺しじゃあねェからな」

そう言いながら、桐也は羽織ったジャケットの内側からピルケースを取り出して、中身を一錠だけあさりに呑みこませた。
ガーデンのスタンド使いのみが携帯することを許可された、即効性の超強力な睡眠薬。
医学的にも法律的にも、一般的な用途で用いられることは憚られる代物。
ガーデンのスタンド使いが、制圧した敵を、捕縛が可能な際にのみ用いることを許された薬である。
例えガーデンのスタンド使いが、戦闘による敵スタンド使いの殺害を法律的に許可されているとはいっても、むやみに命を摘み取るような事は、ガーデンのリーダーである御剣煌の本意ではない。
ゆえの、薬である。
それを桐也は、あさりに使用したのだ。
自身は火傷まみれにされ、すぐにでも治療を受けなければ感染症の危険すらある程に火傷のダメージを負いながらも――桐也は始めから最後まで、全く相手を殺そうとはしていなかったのだ。
薬が効果を発揮して、意識がまどろんでゆくあさりは、最後までそんな桐也の考えが理解できなかった。
とても不思議なものを見るような視線を最後まで桐也に向けながら、あさりの意識は沈んでいった。


【水底あさり/ソウル・オン・ファイア ―――リタイア(桐也によって捕縛)】


あさりが意識を失う瞬間まで、その双眸から怪訝な眼を向けられていた桐也は、既に意識のないあさりへと、当たり前のこと言うような何気ない口調で、こう言った。

「どんな奴にだって、仲間がいて、絆があるもんさ。
 そこに関して言えば、オレもあんたも変わらないだろ」


【桐村桐也/センチメンタル・マキアート ―――大火傷により重症(迅速な治療が必要)】


「くゥ…… 
 こりゃあ、早いとこ星夜さんに治してもらわねェと、ちょっと辛いな…
 ハハハ……痛て…」



**************

階段で桐也と二手に分かれた俊介は、そのまま二階へと上がっていた。
桐也や星助や、他にメンバーからしてみれば、回転の早い頭脳を持つ俊介は何事に対しても即座に最良の決断を下せる人間なのだろうと認識されている。
しかし、そんな他人の評価とは裏腹に、今の俊介は後悔をしていた。
二手に分かれたことに対する、後悔。
4人から、2人ずつに分かれるのは確かに効率的だろう。
しかし、そこからさらに1人ずつに別れるというのは、危険でしかない。
ましてやここは、敵地も敵地、敵の本拠地。
外から見た感じでは、このサーカスのテントというフィールドはそこまで広くない。
ならば、2人ずつで行動しても取り返しがつかない程に、事態の集束が遅れるとは到底思えない。
ハッキリ言って、これは俊介の判断ミスだ。

(俺は…いつまでこんなことをやっているのだろう……)

否、判断ミスというのは些か語弊がある。
俊介は、その判断が’間違っていると分かっていながら’、桐也と別れたのだ。
それは、俊介にとって致し方ない理由に因るもので、俊介の心を蝕む’ある病’のためであった。
俊介は、仲間と一緒には戦えない。
もし桐也と一緒に行動している最中に敵スタンド使いと遭遇しようものならば、それでお終いである。
俊介も、桐也も、お終いなのだ。
だから、俊介は桐也と別れざるを得なかった。

(他のメンバーは大丈夫だろうか…)

もちろん、仲間の安否を気遣わない訳ではない。
自身の身勝手な判断によって、個別行動をとってしまっている仲間達に少しでも危険が及ばないように、俊介はこのサーカス内に存在する敵スタンド使いは全て残らず自分一人で片付ける覚悟である。
それだけの想いを持って、俊介は独り、闘ってきたのである―――


二階へと到達した俊介は、そこが高所に設置された綱渡りや空中ブランコのステージへと渡る為の、舞台袖のような場所であると気付く。
現在俊介がいる場所――階段を上って到達したこの場所から、サーカスのステージの上方へと抜ける通路があり、その先には、ステージに高く聳え立つ2つの台が見受けられた。
俊介はそちらへと歩みを進める。

(豚サーカスか……
 なら、どこかに大量の豚がいるはずだな…
 地下か、あるいは、テントの外という可能性もあるか)

そんな考えは、すぐに掻き消される。
なぜなら、豚がいたからである。
一匹ではない、大量の豚が。
所狭しと、俊介が上から見下ろしたサーカスのステージに、まるで敷き詰められたようにひしめき合っていたのである。

「………?」

俊介は、綱渡りの片方の足場まで歩みを進め、下を見下ろした。
なんとも、壮絶な光景である。

「…ッ!!」

ナイフが飛んでくる。
不意を突いたつもりであろうが、相手が悪い。
即座に発現させた【ローゼン・メイデン】の赤い剣で以て、そのナイフを弾き落――とそうとした瞬間、俊介は気付いた。
弾き落とせば、下でブーブー言っている豚に突き刺さる可能性がある。
落下によって速度を増した刃物で、さらにターゲットは逃げる事を知らない豚であり、さらにさらにぎゅうぎゅうにひしめき合っているのだ――刺さる可能性はそう低くは無い。
そう判断した俊介は、咄嗟にそのナイフを素手で受け止めた。
俊介は刃物使いである――馬鹿正直に向かってくるナイフの一本や二本くらいならば、手に傷を負う事も無く受け止める事は造作もない。

「挨拶代わりにしては、物騒だな」

見れば、反対側の足場に人がいる。
ステージから生え出るように、高所20メートル弱の高さに設置された二つの足場。
そしてその間に張られた拙いロープ。
綱渡りの舞台が、そのまま戦闘ステージとなることを確信する俊介。

「ああ、ああ、ごくろうさん。
 君、ガーデンのスタンド使いでしょう?」

反対側の足場にいる女――胴回りが丸くなった動きづらそうな衣装を纏い、青いアフロを被っている。
いや、地毛かもしれないが。
手には鋭いナイフが何本も握られており、統一されたデザインのそれらは、サーカスの演目用の道具であろう。

「分かっていることを聞くな。
 スタンド使い活動規制法第3条により、このサーカスのありとあらゆる品を証拠品として調査、解析させてもらう。
 もちろん、下にいる豚もだ」

「ああ、それはマズイねェ……
 そんなことされたら、あの一見普通に見える豚が、全部元々は人間だってバレちゃうじゃないか」
「………」

「おっと、うっかり秘密を喋ってしまったーー。
 これはマズイーー。
 証拠隠滅、証拠隠滅っと」

女が、両手に持った幾つものナイフを構える。

「私は水底ほたて。
 空中曲芸担当の、千枚使いのほたてさ。
 よろ死く〜」

ふざけた喋り方をする女だと、そう俊介が思った途端―――

「………!?」

右掌がズシリと重くなるのを感じた。

「ああ、ああ。
 君、私のナイフを手で触っちゃったね」

ほたての言葉を受けて、俊介はすぐに受け止めて握ったままになっていたナイフを、相手の足場の軸へと投げて突き刺した。
下へと落とす訳にはいかないために、ナイフを捨てるにはこうするしか方法がないのだ。

「ああ、駄目駄目。
 一旦触っちゃったらもう遅いよ。
 私のラブミー・ホールドミーは、触れたらオッケー」

(触れたら……?
 すると、アイツが持っているあのナイフがスタンドなのか?)

俊介は思考を巡らせる。
もし、仮にほたての言うことが真実だったとして――

(あいつが持っている大量のナイフを…一体どうしろっていうんだ…)

俊介の眼には、今にも無数のナイフである【ラブミー・ホールドミー】を投擲しそうなほたての姿が映っていた。
「命中するかな〜。
 自信ないなぁ〜」

なんてことを言いながら、体を揺らしてナイフを投げる構えを見せる。
片手に3本ずつの【ラブミー・ホールドミー】が両手に計6本。
それが、綱渡り用のロープのあちら側から、俊介のいるこちら側へと投擲される。

「…時間は与えない」

俊介がほたてへと走る。
一本のロープの上を命綱も無しに真っ直ぐに突き進む。
もちろん俊介に綱渡りの経験がある訳ではないが、所詮は綱渡り用のロープであり、そこには人間が足を運ぶに足る幅と強度が備わっている。
ならば、あとはバランス感覚と高さに恐怖しない精神力の問題だと、俊介に言わせれば――もっとも、そのバランス感覚と精神力を身につける為に世界中のサーカス団員がそれほどの努力をしているかといことに想像を働かせれば、少々残酷な思考ではあるが――やってできない訳は無いという結論に達する。

「思いのほか安定しているロープだな」

そう言って、【ローゼン・メイデン】の剣を両手に握る。
詳細は不明だが、ほたての投げて来たナイフに触れたことにより重くなってしまった右掌の重量の増加分を考慮しながら、左右のバランスを保ちつつ敵へと接近する俊介。
多少敵の能力が未知であっても、早急に決着を付けなければならない理由がある。

「ああ、そんなに焦るんじゃあないよ。
 キミってせっかちさん?」

ほたての手から【ラブミー・ホールドミー】が放たれる。
両手合わせて計6本のナイフが俊介へと真っ直ぐに迫る。
横への移動が全く効かないロープの上をこちらから進む俊介へと、180度反対側から空気を裂いて向かって鋭い金属の刃の群れ。

(左右へ避けることは無理だ。
 さらに、弾くことも不可能……)

そうすれば、下でステージ広間に閉じ込められている豚にされた人間達に落下したナイフが突き刺さる。

(受け止めるしかないか…)

俊介は、両手に握る2本の剣以外の5体のドール達を全て薔薇の花びらへと変換し、それらを前方に盾のように集め、ナイフを掴み取る。
薔薇の花びらとなっている【ローゼン・メイデン】へのダメージは、本体へは返らない。
たとえ千切られようとも、燃やされようとも、重くされようとも、本体である俊介は涼しい顔をしていられる。

「おや、私のラブミー・ホールドミーを喰らっても平気な顔をしていやがるね」

俊介とほたての距離はおよそ20メートル。
射程距離15メートルの【ローゼン・メイデン】の赤い刃はまだ届かない。

「雑魚に用は無いんでな」

実にドール達5体分もの大きな薔薇の盾を前方に構え――もちろん手で直接持っているわけではなく、射程距離内で自在に操れる性質によって自分の正面に浮かせている――両手に携えた2本の剣を握ったまま、ロープの上を進む速度を落とさない俊介。

「ああ、困ったな……
 せっかく6本も投げたのにさぁ……

 もっと投げなきゃいけないじゃあないか」

ほたての手の中にさらに大量の【ラブミー・ホールドミー】が発現する。
今度は両手に6本ずつ。
常人ならば、まず片手に6本ものナイフを持つことが難しいが、ナイフを得物として扱うほたてにはその程度朝飯前だ。

「なるほど……
 ‘千枚使い’とかいう二つ名も、あながちハッタリじゃあないってことか」

**************

松山俊介、19歳。
彼の現在の立ち位置は、一口で簡単に説明のできるものではない。
全ての始まりは高校二年生の冬。
17歳だった彼の人生は、唐突に奈落へと突き落とされた。
明朗快活、頭脳明晰、容姿端麗――小さい頃にテレビで正義の味方に憧れて以来、弁護士を目指した純粋な少年は、運命の悪戯によって見る影もない人格へと変貌を遂げる。

親友の純潔を暴力によって汚した教師を発作的に発動したスタンドで殺し、2人の親友を失い、2年という月日を冷たいスタンド使い更生施設の牢屋の中で過ごし、家族の下へと帰ることも出来なくなっていた俊介――そんな彼にガーデンへ入ることを勧めたのは、他でもない空静星夜だった。
プレアデスガーデン調査部所属にして、ガーデンの創設に大きく関わった人物。
しかし俊介は、例えそれほどの大物直々の勧誘であろうとも関係なく、もう誰とも関わることを望んでいなかった。
自分が他人に近付けば、誰であろうと傷つけてしまう――それが2年という月日の間、絶えず暗闇だけに祝福され続けた彼がこの先、死ぬまで抱えて生きなければならなくなってしまった十字架。
そんな俊介が、誘われて『はいそうですか』とガーデンに入るとは、誘った本人である空静星夜でさえ思ってはいなかった。

だが――始めは乗り気ではなかった俊介が、現在こうしてガーデンのメンバーとなって動いている理由は、ひとえに宝井星助の存在があったからだと言える。

俊介は、星助と夢見を一目見た瞬間に、感じた。
懐かしい親友と良く似た雰囲気。
もう2人ともこの世にはいないというのに――それでも俊介は、かつての親友の面影を、星助と夢見の2人のあどけない笑顔に確かに感じたのだ。


  自分はもう、あの頃へ戻ることはできない
  でも、この2人だけは、この2人にだけは
  このままで、そのままで、ずっといてほしい


俊介は、そう思った。
それが、俊介がガーデンに入った理由。
2人を守るため。
死なせてしまった親友の代わりになどなるはずもないが、それでも。

もしかしたら、星助と夢見を傍で見ていれば、自分もあの頃へと――屈託のない笑顔を振りまけていた自分へと、戻れたりはしないだろうか――と、そう思ってしまうのは、誰にも止められる事ではないだろう。

俊介は今日も、目的とすら言えないような目的を胸に抱いて、ガーデンで暮らしている。
誰かを傷つけないように、誰とも関わらずに、ただ闘う為に、ガーデンで暮らしている。

いつか力尽きて倒れるその日まで、消え去った面影の背中を追って、生きて行く。



*****************
両脇に2本の剣を従え、右手には花びらの盾を携え、ロープの上を渡る俊介。
距離を詰める為に一気に駆け抜けるが、正面で待ち受けているほたての両手に握られた大量のナイフである【ラブミー・ホールドミー】が放つ威圧感は少なからず俊介に躊躇いを覚えさせる。
恐怖しての躊躇いではなく、全てのナイフを受け止めることに対する自信が揺らいでの、躊躇い。
下でひしめき合っている(元々は人間の)豚たちを、全員無傷でこの戦いを終わらせなければ、完全勝利とは言えない。
その為にも、多少の無理は承知で早期決着を試みるしか俊介が選び得る手段はない。
花びらの盾を正面に構えて突っ込む。

「それしかしようが無いよね、うんうん。
 でもさ、その奇麗な盾でどこまで私のラブミー・ホールドミーを受けられるかって疑問さね」

言うやいなや、両手合わせて12本の【ラブミー・ホールドミー】が俊介目掛けて投擲される。
だが怯むことなく俊介はそれに盾から突っ込み、全てのナイフが幾重にも重なった薔薇の花びらの中へと沈んで行く。
本体への影響は無い。
もう少しでほたてへと剣が届く距離だ。

「おお、おお、結構やるね!!」

12本の【ラブミー・ホールドミー】が防がれたことなどなんとも思っていないような口ぶりのほたて。
そしてそれはハッタリでも何でもなく、ほたては両手に6本ずつの【ラブミー・ホールドミー】を発現させて投擲。
その直後にさらに両手に6本ずつ発現させ、続けざまにそれを俊介へ投擲。

「ほらほら、どんどん出るよ!」

さらにさらに両手に6本ずつの【ラブミー・ホールドミー】が現れ、間断なく俊介へと投げられる。
計36本のナイフが俊介を襲う。

「36本だと…!」

俊介は、右側で構えていた剣を薔薇のはなびらへと変え、盾をさらに大きくする。
これで剣の形態を保っている【ローゼン・メイデン】のドールはわずか1体のみ。
他の6体は全て花びらとなりて、俊介を【ラブミー・ホールドミー】から守る盾となっている。
俊介すら隠す程に大きくなった【ローゼン・メイデン】の盾が、36本ものナイフを受け止める。

「もっと欲しいかい!?」

花びらの盾が、俊介とほたての間の壁となる。
姿が見えなくなった俊介へと、さらに【ラブミー・ホールドミー】を投擲しようとするほたて。

「そうだな、36本程度じゃ俺には届かない」

声がしたのは、ほたての頭上。
見上げたほたての目に映るは、高く跳躍して左手の剣を振り上げた俊介。
薔薇の盾をほたての正面に残したまま、それを目暗ましに使っての、上空という視覚からの攻撃。

「小細工ッ!」

反射的に【ラブミー・ホールドミー】を投げつけるほたて。
風を裂いて、一振りのナイフが上空の俊介へと放たれる。

(素手では触れない、盾は離れてる、止めるにはその剣を花びらへ変えるしかないさね!)

しかし――

「一本くらいなら問題ない」

そう言って、俊介は向かってくる【ラブミー・ホールドミー】を、剣を握っている左手とは逆の右手で、止める。
指で挟むようにして、その勢いを完全に殺して、止める。

「馬鹿な!!」

「鬱陶しい」

片手で振り下ろされる【ローゼン・メイデン】。
ほたてが立つ足場へと着地しながら、鋭く袈裟がける。

「なめるなァァ!!」

振り下ろされた剣はほたての右の肩口を切りつけ、鮮血が一筋、宙に描かれる。
しかしそれを物ともせずほたては、立っていた足場から逆の足場へ――俊介が始めに立っていた足場へと、ロープの上を渡って向かう。
全力でロープの上を走りながら、振り向いたほたては、両手の中に【ラブミー・ホールドミー】を発現させてそれを手当たり次第に投げつけて来る。

「ああ、最初からこうすりゃ良かった!!
 もう豚なんざ知ったことかい!!」

「やけになったか……マズイな」

正確に狙いを定めていた先程とは違い――それでもナイフの達人だけあった素早い所作ではあったが――とにかく‘投げる’ということに重きを置いたほたての放つ【ラブミー・ホールドミー】は、狙いが俊介から外れてしまって下の豚へと降って行くものもある。
【ローゼン・メイデン】の射程は15メートル。
高さ20メートル以上の足場に立っている俊介では、届かない。

「やるしかないか……」

俊介は、意を決して足場から跳び下りた。
足場から跳び下りた俊介は、左手に握っていた赤色の剣を薔薇の花びらへと変えて盾の一部にしてから、それとは別に金色の剣を盾の中から引き出した。
金色の剣は、【ローゼン・メイデン】の七振りの剣の中で最も大きく幅の広い一振り。
それに――それに俊介は、乗った。

「あいつ……何しようってんだい」

足場の上から見下ろすほたての双眸は、剣に乗って宙を舞う俊介を捉える。
スノーボードのように器用に剣に乗って、落下する【ラブミー・ホールドミー】を盾で吸収していく。

「まだ訓練段階ではあるが、そうも言ってられない状況だからな」

【ローゼン・メイデン】は、本体である俊介から15メートルまでの空間を、俊介の意思一つで自在に動き回ることが出来る。
わざわざその手に握らなくても、である。
つまり、スタンドでもない俊介本体が【ローゼン・メイデン】に乗って、それで空を飛ぶという事は理論的には可能なのだ。
人間はスタンドに干渉できない為に、俊介がスタンドである【ローゼン・メイデン】に乗ってもスタンドパワーはほとんど消費しない。
だが、剣という特異な形状をした物体に乗るというのは簡単なことではなく、さらにそれで戦闘行為にまで及ぶというのだから、流石の俊介でもそれ相応の訓練が必要だった。
まだ俊介の中では満足のいくレベルまで乗りこなせるようになっている訳ではないが、今回はそんな練習不足をおしてでもそうせざるを得なかった。
一般人を――豚を、傷つけるわけにはいかない。

「器用なことをするもんさね。
 ウチのサーカスで十分働けるよ。 
私から団長に頼んでやろうか?」

キヒヒっと笑い、【ラブミー・ホールドミー】を両手の中に発現させながら、そう言ってみせるほたて。

「興味ないな」

金色の剣に乗って、サーカスのステージ空間を飛び回る俊介。
薄っすらと毛の生えているピンクの肌を擦り合わせて鳴き声を上げる豚の上空を、飛び回る。
上手い具合に【ラブミー・ホールドミー】を盾で吸収していく俊介――だが、涼しい顔をしている表情とは裏腹に、限界は近い。
盾が吸収しているナイフがゆうに100本を超えている。
盾と言っても、所詮は薔薇の花びらが超密集してその中へとナイフを取りこんでいるに過ぎない――飽和状態はじき訪れる。
足場から飛び降りたのも、ただ下にいる豚を守ろうとしただけの事であって、ほたてのスタンド能力への対抗策が思いついた訳ではないのだ。

(……どうする…
 このままじゃあジリ貧だ、押し負ける)

下にいる豚を見捨てて、ひと思いにほたてへと突っ込んで行けば、一太刀で斬り伏せられる自信はある。
だが、それはガーデンのスタンド使いとして、それ以上に俊介の人格として、選ぶことは無い選択肢だ。
人殺しという十字架ばかりが他人の目について、ついつい本人の人格は蔑ろにされてしまいがちだが――俊介は、自分よりも他人を重んじる人間である。
ゆえに、たとえ自らの身が危うかろうと、その為に他の何がしかを犠牲にするような選択肢は、そもそも選択肢として彼の脳裏には浮かんではこない。

つまり、ほたての人質(豚質)作戦は、みごとに功を奏しているという訳である。

(人質も守る、任務も遂行する。
 両方やらなくっちゃあならないのが、ガーデンのスタンド使いとしての辛い所だな)

取り留めもなくそんな事を考えて――俊介は反撃の手段を思索する。
一つの負傷もしていないにも関わらず追い詰められている俊介。
2本の足場が聳えるステージの周囲を滑空して、ほたての投擲する【ラブミー・ホールドミー】を防いでいく。

(しかしあのスタンド……生み出せるナイフに制限はないのか…?)

俊介の脳がそんな思考に走るのも、八方塞がりの現状をよく証明している。



そんな彼を、下からじっと見上げる生き物がいた。
それは3匹の豚と――なぜか場違いに存在している1匹の犬だった。

**********************

「ブッブブー。
 (あれって……)」

普段なら観客で一杯になるはずのステージに押し込まれた豚の中に一匹、葵美弥子は宙を見ながらそう呟いた。
自分達をこのステージに連れて来て閉じ込めたほたてと戦闘を繰り広げる人物が、ガーデンに人間であることに気付く。
自分と同じ

「ブブブブブブブブ!!
 (助けがきたですよ!!)」

小鳩が声を上げて、諸手を上げて――もちろん豚の手だが――救助が来た事に歓喜する。
さり気にこのまま豚として生きる事に覚悟をし始めているところだったのだ。

「ブー…ブ、ブブブー。
 (あ〜、あの人見た事ある。人助けとかするのね)」

小鳩はギクッとする。
亜由美の父親代わりだった俊彦を殺したのは俊介だ。
だが、それは亜由美に知らない事実――ではあるが、小鳩が一瞬肝を冷やすのは無理もないことだ。
そんなやり取りをしながら、豚にされてしまったことによりスタンドを使えない3人は、首を上げて戦闘の経過を見守る。
首を上げるのが――豚のされている為に――結構つらいのだが、それでも見上げ続ける。
3人の隣りでは、一匹の白い犬が3人を真似て俊介を見上げている。

2つの足場の此方と彼方にそれぞれ立つ、ほたてと俊介。
ロープの上を走り、ナイフを防ぎながらほたてに接近して切りつける俊介―――が、ほたてはロープを逆へと走り逃げながらさらに大量のナイフを俊介へと投擲する。
それでも薔薇の盾でそれらを受け切る俊介――が、狙いを外れて下へと落下するナイフがある。

「ブヒブヒーー!!
 (ナイフが降ってくるですよーー!!)」

「ブヒ…ブゥブゥブ…!
 (どうしよう…スタンドを使えない私たちじゃ…止められない…!)」

うろたえる小鳩と美弥子を知ってか知らずが――いや、知らないだろうが――俊介は綱渡りの足場から一息の躊躇いもなく颯爽と飛び降り、金色の剣に乗って滑空し始めた。

「ブーーー!?
 (ええええええええ!?)」

下半身を軸にすることによって両足で体を支え、両腕でバランスを取って、見事にサーカスのステージという派手な空間を舞う俊介。
ときおり下を確認しながら、右手の前に掲げた薔薇の花びらの盾で降り注ぐ【ラブミー・ホールドミー】を吸収して回る。
そんな俊介の姿を見て、小鳩はある考えに至る。

「ブブ……ブヒブヒーー!!
 (もしかして……薔薇さんは私達を庇っているですよ!!)」

まるで壮大な謎でも解明したかのような大げさなアクションと大きな声を上げる小鳩――だが、美弥子と亜由美からは白けた反応が返ってくる。

「ブゥ…ブゥヒーブブヒー。
 (え…もしかして小鳩ちゃん今気付いたの…?)」

「ブブブブブブブ?
 (アンタ脳まで豚レベルになったわけ?)」

押し黙る小鳩。
しかし小鳩が押し黙った所で、俊介が置かれている戦局がひっくり返る訳ではもちろん無い。
美弥子の目にも、亜由美の目にも、俊介は――宙を飛ぶなどと言う芸当をやってのけてこそいるが――敵であるサーカスの団員に押されているように映る。
敵の放るナイフを取り込み続ける花びらの盾が、次第にその原型に歪みを見せ始めているのもすぐに見て取れた。
そして、次の瞬間―――

ブワッ!!と一斉に、ある種芸術的なまでの華々しさを伴って、許容量を超えた花びらの盾から大量の【ラブミー・ホールドミー】が放出される。

一瞬苦虫を噛み潰したような顔をした俊介は――咄嗟に急降下して、降り注ぐナイフの下へと潜り込むが、考えがあってのことではない。
もう一度花びらの盾に取り込むのももちろん不可能であるし――剣で弾くことによってステージに屹立する2本の足場へとナイフを突き刺して行こうとしても、途中で足場が倒れてしまえばやっぱり豚が確実に危険にさらされるし、それに加えて剣で直接【ラブミー・ホールドミー】を弾けば、その能力である『重くする』効果が俊介を襲う。

「どうする…考えろ…」

今にもその身へと降りかからんとするナイフの雨を見据えて、俊介がそう呟く――が早いか、その出来事が早かったか――突如、ステージ空間に巨大な木が姿を現す。
地面から堂々と生え出た一本の木。
何が起きたのか理解できずに呆気にとられているほたてとは違って、俊介はその木を見るやいなや、すぐさま載っている剣を旋回させた。
そしてほたてと同じように唖然としている豚3人の横で、白い犬が大きな欠伸をしていた。
花びらの盾を解除し――盾となっていた6体の内の2体はドール形態へ、他の3体は剣の形態をとり――俊介と2体のドールズがそれぞれ手に握る。
3人の剣士が並んで、降り注ぐ【ラブミー・ホールドミー】を見据えて、突っ込む。
しかしそのまま【ラブミー・ホールドミー】を直に剣で弾いたのでは、本体である俊介が重くなってしまう――そのため、残った1体が薔薇の花びらへと姿を変えて、3本の剣の表面へとひたっと張りついて、薔薇の花びらの赤いベールで以てその刀身を覆った。
それならば、直接【ラブミー・ホールドミー】に触れることなく剣で弾くことが出来る。
【ローゼン・メイデン】の花びら形態へのありとあらゆるダメージや効果は、本体へは返らないのだ。


「はァァァァァ!!!」


花びらによって保護されている剣を携えた3人の剣士(俊介と2体のドールズ)が、重力にまかせて容赦なく落下に落下してくる【ラブミー・ホールドミー】を次々と弾いて行く。
弾いて、弾いて、弾いて――何の前触れも脈絡もなくステージ中央へと途端に生え出た大木の幹へと【ラブミー・ホールドミー】を突き刺していく。

「な……なんでいきなり木が生えるんだよ!!
 どう考えてもあの薔薇の野郎の能力じゃあないし……
 かと言って、しじみのスタンド能力で豚にされてる奴らはスタンドなんて使え無いし……」

あまりにも予想外の事態に逡巡するほたて――そんな彼女を余所に、俊介は手当たり次第に【ラブミー・ホールドミー】を大木の方向へと弾いて行く。
ハーフパイプの上で磨き抜かれた技を披露するスノーボーダーのように金色の剣を乗りこなして、宙を自在に滑る。
そんな俊介の姿を見てほたては、更に【ラブミー・ホールドミー】を投擲しようと両手の中にナイフを発現させるが、無駄だろうと判断して取りやめる。

「やれやれ…意味わからん」

そう嘆息して、ほたては只々宙を舞う俊介を鳥瞰するだけだった。



「そのスタンドのナイフ、手元から離れたら操作は効かないみたいだな」

全てのナイフを――掛け値なしに降り注いだ全てのナイフを大木へと突き立てて、大剣の上に立ったまま、ほたてが立つ足場の高さまでゆらりと上昇する俊介。

「ああ、それがどうした。
 んなモンは見りゃあ分かることだろうさ」

「別に。
 ただの手続き的な言葉だ」

「っていうか、なんで普通に飛んでんだよ」

2体のドールとそれが携えていた剣、さらに刀身に纏わりついていた花びら――4体が俊介の下へと返り、まるで剣の翼のように本体の背後で浮いたまま制止する。

「で、あの木はなんなのさ」

首をすくめながらそう尋ねるほたて。

「言う必要はないな」

白を切って見せる俊介。
実際には俊介も、ほたてと同じように何が起こっているのかは分からない。
が、それをおくびにも出さずにブラフを張って、相手の精神を揺さぶる心理作戦へと昇華するのは俊介の得意とするところ。
余計なことは言わない。
相手の想像力を無駄に働かせてこそ、最大の効果が期待できるというもの。

「どうした。
 来ないのならこちらから行くぞ」

剣を構えて、俊介を支える剣が滑る様に宙を舞う。
ほたての上空へと舞い上がり、周囲を旋回しながらほたて本体へと落下する。
2度に渡ってほたての【ラブミー・ホールドミー】を受け止めた右手が重い――が、立てなくなるほどではもちろん無く、左右でバランスをとることのできるレベル。
俊介にとって誤差の範囲内だ。

「ああ、かかってきな!!
 私のラブミー・ホールドミーがこれだけのスタンドだと思ったら大間違いさね!!」





【ラブミー・ホールドミー/水底ほたて】
破壊力・C
早さ・C
射程距離・A(ナイフが届くまで)
精密動作性・C
持続力・A
成長性・C
ビジョン・1000本の投げナイフ
能力・ナイフの触れた対象のその箇所に5キロの重量を付加する。手元を離れたナイフを操作することはできず、一日1000本までしか出せない。
事実上、人質(豚質)を気にしなくても良くなった俊介は、あとは接近して斬り伏せるだけ――下から見上げる3人は誰もがそう思った。
しかし俊介だけは、ほたてが発した「私のラブミー・ホールドミーがこれだけのスタンドだと思ったら大間違い」という言葉を頭の中で無視できずにいた。
ほたての顔は、とても追い詰められた人間のそれではない。
他人の心理を読み抜く技術――心理眼が抜群に優れている俊介だけに、それはおそらくブラフなどではないだろう。
只のポーカーフェイスならば、俊介の眼の前では何の意味も成さない。

(だが、それに臆して攻めあぐねるのは敵の思う壺だ
 ここは……決断力がものをいうと判断しよう)

両手に赤と銀の剣を携えて俊介は、綱渡り用の足場で待ち受けるほたてへと宙を滑る。
ほたての両手の中にそれぞれ6本ずつの【ラブミー・ホールドミー】が現れ、見るからに気合の入っていない所作でそれを放る。
もちろんそれは俊介の握る双剣によって、次の瞬間には大木の幹に突き刺さる大量のナイフの仲間入りを果たす。

「もう一つ。
 お前は一度に片手から6本までのナイフまでしか出せない。
 つまり両手合わせて12という数が、お前が一息に放てるナイフの最大数だ」

これは俊介も確証があっての発現ではない。
観察から導き出した推論――ほたての余裕が、一体何に起因するものなのかを見定める為の布石程度の意味合い。

「ああ、ああ、あんた目敏いね。
 イヤらしいほどに」

「鬱陶しい」

大きな円形のステージフィールドに屹立する2本の足場。
高さ20メートル以上あるそこでほたては、空気の波の上を滑りながら降下してくる俊介を待ち受ける。
2本の剣を携えた敵が急接近してくるにも関わらず、不敵な表情を崩すことなく、不遜に、傲岸に、手を開いて見せる。

「ほぉら来なよ、フライングモンキーちゃん」

ほたての言葉を鼓膜でシャットアウトして、俊介は上空から燕のように鋭い降下を伴って剣を閃かせる――その刹那。
何かが体に巻き付く。
紐――鞭――否、それは連ねられたナイフ。
鎖のように繋がった【ラブミー・ホールドミー】。

「キャッチ!!
 アンドノーリリースゥゥゥ!!!!!」

ほたての両掌から、鈍い銀色の光を放つ鎖が伸びている。
一瞬前までは確かに存在しなかったそれが、今はしっかりと俊介の細い胴体を何重にも締めあげている。
さらにナイフの刃が体の至る所へと喰い込んで、肉をしっとりと裂いていく。
全身から噴き出す鮮血が、俊介本体をまるで一輪の儚い薔薇へとゆっくりと仕立てあげて行くようでさえある。
危うく剣から落下しそうになるのを堪えることで精一杯になり、俊介は数えるのも嫌になるような【ラブミー・ホールドミー】に体に触れられてしまう。
問題は締められていることや、体に刃が喰い込んで行くことじゃあ無い。
胴体を締めつける力そのものは――抜け出せはしないが――大したことは無い。
気掛かりなのは……

「く……ッ!」

ズ シ リ と体が重くなる。
【ラブミー・ホールドミー】のナイフは――俊介はその正確な数字は知らないが――触れる度に5キロという重量がその箇所に加えられる。
【ラブミー・ホールドミー】の鎖に巻きつかれた俊介の体を一瞬にして襲った付加重量はおよそ――180キロ。
体重が一気に4倍近い数字に膨れ上がったことになるのだ――とても耐えられるものではない。
いくら俊介の頭の回転が早かろうとも、瞬発力が優れていようとも、屈強な精神力を有していようとも、圧倒的な重量の前では無意味。
さらに、180キロという重量が、体のあちらこちらに散らばる様に付加されたために、上手くバランスを取ることが叶わない。
剣という不安定な足場の上で――さらに空中――俊介はついにバランスを崩して、その体を空気中へと預ける。
落下―――していく。
俊介の全身から流れる鮮血と、ひらひらと舞い落ちる紅の花びら――それらが美しいまでの一筋の赤い軌跡を残して――俊介は落下していく。
木霊するのは、ほたての声。

「一度に6本?
 ああ、ああ、そうさ!!
 だけどね、それはあくまでナイフを投げる場合の話しさね!!」

振りかぶって投げるという動作には、少なからず――短くても1秒から2秒ほどの時間が必要であり、そのために次のナイフを投げるまでにどうしても時間的に隙ができてしまう。
その隙を埋めて、一瞬で大量のナイフ【ラブミー・ホールドミー】を手から出すには、‘投げなければいい’。
つまり、ただ立っていればいいのだ。
ほたての両手は、言わば『銃』のようなもの。
ナイフを投げるというのは、リボリバー(回転式連発銃)で弾を撃つのに似ている――6発撃ってしまえば、次に撃つ為には弾を込め直す時間が要るということ。
しかし、ただ手からナイフを出すだけの行為は、ガトリングガンで一気呵成に弾を放射するということになる。
予備動作が全く無しであり、ナイフが手から離れた0.001秒後には次のナイフは既に手の中――たった一瞬で【ラブミー・ホールドミー】を大量に発現させ、そしてそれは‘手元から離れていない’為に操作が効くのだ。
ほたての意思一つで自由自在に振り回る鎖が出来上がる。
触れるだけで相手に重量を付加する、不可触の鎖。
それを振り回せば、相手はとても近付けはしない――鞭や鎖と言ったように柔軟な軌道を描く武器による攻撃程に、受ける側にとって読みにくいものは無いのだ。

「偉そうな講釈お疲れ様さね。
 ま、また剣に乗られても面倒だし、落下する前に串刺しにしてやるよ!!」

ほたての両手から伸びる鎖が――ほたての声に応えるかのようにしなり、うねり、くねって、落下する俊介目掛けて襲いかかる。
まるで意思を与えられたかのように躍動感の溢れる動きで、俊介が落下する速度を遥かに上回る速さで、さながら槍のようにその胴体を狙う。
あとは、突き刺さるだけ。





「その程度か」

はぁと溜め息をつく素振りを見せる俊介――額から滴り落ちる血を気にもせず、その目は鋭い視線で以てほたてを見据えている。

「強がりだね」

「鬱陶しいと…俺は何度も言っている」

俊介が左手をクイッと引くような動作をして見せる。
それに合わせて、ほたての体がグイッと下へ引っ張られる。

「鞭だか鎖だか、まぁどっちでもいいが……
 その程度なら俺にもできる」

俊介の左手――剣が握られていたはずのそこには既にそれは無く、ただ柄のみが握られている。
そして注目すべきはその先であり――握られた柄から、薔薇の花びらが幾重にも折り重ることにより、一筋の真紅が形を成していた。
薔薇の鞭(ローズウィップ)――それは既に、ほたての足首へと巻きついている。

「い…いつの間に…!」

「俺のローゼン・メイデンは、薔薇と剣を司るスタンド。
 剣から花びらへと姿を変えるなど、0.0001秒あれば済むこと」

俊介が鞭を引く。
それに足をとられ、綱渡りの足場から滑り落ちたほたては、さらに短くなっていく鞭に体の自由を完全に奪われる。

「俺が床へと落下する前にお前を斬れば、この状況、何も問題は無いな」

「い…ちょ…待っ…t!!」

空中で手繰り寄せられたほたて。
俊介の体に巻き付いた【ラブミー・ホールドミー】の刃がさらに体へと深く食い込んで、果物から搾り取られた果汁のように滴り落ちる――が、俊介は意に介しさえせずに、左手に握った蒼色の幅広剣を振り上げる。

「初めに言っただろう」

そして――剣は振り下ろされる。

「雑魚に用は無いと」

空中で2人がクロスする瞬間――鈍い音がして、ほたては床へと叩きつけられた。
豚の上に落下したが、その豚が大型だったために豚に怪我は無く、大きく跳ね上がったほたては、次は冷たい土の床にべたりと落下した。
その瞬間、俊介の体を支配していた鎖も、付加されていた重量も、奇麗さっぱりと消え去った。

「………結構痛いな」

落下する前に、なんとか再び金色の剣の上へと乗ることが出来た俊介――その瞬間の襲ってきた痛みが、全身の斬り傷が想像以上に深刻であることを痛感させた。
ひとつひとつの傷は大したこと無いが、数が多く、斬り傷の上からさらに別の傷が重なっている箇所もあり――これが最も深刻なのだが――出血が酷い。

「とりあえず止血だな…Rose(ローズ)」

囁くような俊介の声に、【ローゼン・メイデン】の中で最も小さく、最も心配性で、最も甘えん坊な桃色のドールが、花びらとなり、俊介の全身の傷の上へとそっと貼りついていく。
そして俊介はゆっくりと床へと降りて、豚が全員無事なのを見て――

微笑んだ。
「ブビブビブビブビブビブビビーーー!!!!!
 (覚悟しやがるですよこのあばずれがーーー!!!!!)」

「ブッヒブッヒブッヒブッヒィィーーー!!!!!
 (豚になったなんていう汚名を一生背負って生きて行かなければならない可哀想な可愛い私のこれからの人生に対して責任を取りなさいよォォーーー!!!!!)」

床へと落下したほたてへと――小鳩と亜由美を含む――豚達が一斉に襲いかかった!
牛や虎と違い、角や鋭い牙こそないものの、その体重だけで十分脅威――数百キロにも及ぶ巨体が、幾つも幾つもほたての体へと突っ込んで、何度も何度もほたての体を突き飛ばし、まるでバレーボールのようにあちらへこちらへとほたてを弾き飛ばしていた。

「……俺がみねうちにした意味がなくなったか」



【水底ほたて/ラブミー・ホールドミー ………全身骨折(リタイア)】



暴れ回る豚を見ながら、独り言ちる俊介。
そんな彼に、後ろから声がかかる。

「おう、無事か」

振り向けば、桐也がふらふらと、よたよたと、力無い足取りでこちらへと歩いて来ていた。

「おお…!
お前がそんな血塗れになるとは、相手はなかなかの使い手だったと見える」

全身血塗れの俊介を見て、そんな軽口を叩いてみせる桐也。
言われた俊介は、「豚を庇って戦った」などとは決して口には出さない。

「お前こそ酷い火傷だ。
 できるだけ早く星夜に診てもらった方がいいな」

桐也の両腕の火傷を見て、俊介は心が痛む。
自分勝手な判断で、個別行動を取った結果だ。
もしかしたら仲間の命を失っていた可能性すらあるという重圧が、彼の精神に重く圧し掛かって離れない。

「桐也…すまな 「しかしナイス判断だったな、俊介。クールだぜ」


……………?


「…意味が分からない。
 俺は……」

「お前がバラバラに行動する指示を出してくれたから、敵を各個撃破できたんじゃねぇか。」


……………え?


「一刻も早く、罪の無い人たちを助けてやりたいからな。
 一気に敵スタンド使いの数が2人も減ったってのは大きいぜ!」

グッと親指を突き立てて俊介に見せる桐也。
その指は焼けてしまっているが、とても――とても力強く、俊介には感じられた。
桐也の、仲間を想う心、決して諦めない前向きな心――それが、俊介の後ろ向きな考えを、内側から温めてくれているようだった。


「おお、そういえば、あの豚って人間か…?
 なんか妙に暴れてんな……」

ほたてで仲良くバレーボールをする豚達を見て、桐也が嘆息する。

「ん?
 よく見りゃあ、中心になってるリーダーっぽい豚が2匹いるな…」

言わずもがな、それはきっと助けに来たガーデンの仲間であろう。

「ん?
 さらによく見りゃあ、犬がいるじゃあねェか」

そう言って桐也は白い犬の方へと歩いていく。
おそらく紀州犬であろうその犬は、精悍な顔つきをしているようで、どこかとぼけ顔にも見える。
ワフゥ〜と大きな欠伸をして、その場に体を落として眼を閉じてしまった。

「こいつ眠る気か!?」

焼けた両腕を振り上げてのオーバーリアクションをみせる桐也。
うしろから俊介も犬へと近付いて、そっと頭を撫でてやり、そして耳元で囁いた。

「助かった、ありがとう」

小さくワンとだけ言って、犬はまた瞳を閉じた。

「おい、こいつ首輪してるぜ。
 なになに…ホワイト・ベリータルト……
 とぼけ顔の犬のくせに、偉く洒落た名前だなぁおい!
 お前なんてシロで十分だ、シロ。
 ほら、シロ!!
 お手、おかわり、ちんちん!!」

「シロ、シロ」と連呼するも無視され続ける桐也を傍目に観ながら俊介は、これからどうするべきか考えていた。
2人とも負傷が酷い。
しかし、人間を豚にしているスタンド使いも探さなければならない。

「一度ルクスで連絡を取ってみるか…」

斬り傷でズタボロになった黒いロングカーディガンとパンツ――そのポケットからルクスを取り出して、収納されているイヤホンを装着する。


そんな俊介の一部始終を――バレーボールに参加していなかった――美弥子は見ていた。
そう、美弥子は、はっきりと見ていたのだ。

俊介が、微笑むところを。

(あんな顔して笑うんだ…)

それは美弥子にとってとても意外なことだった。
人を殺し、2年間の更生施設暮らしのせいで、心を閉ざし切った殺人鬼――世間一般に認知されている俊介のイメージからは、その微笑みはあまりにも遠いものだったからだ。
まるで星助のように暖かくて柔らかな笑顔――この時美弥子は、人知れずにそう感じていたのだった。
そしてそれは、これからの美弥子の人生を大きく動かすことになる、最初の歯車でもあった。



【第5話/MAGIC(前篇)】

To be continued…
《Interlude》

「小鳩ちゃんさすがに怒っているですよ。
もう今回はいつもみたいな『ハローエブリワン☆』なんていうあざとい挨拶もナシですよ。

前回のInterludeで小鳩ちゃん、次の話は出番があるって喜んでいたのですよ。
でもそこは乙女のたしなみとして謙虚さを前面に押し出してですね、『どうせ豚にされる役に決まってる』なんて憎たらしいことも言ったりしましたですよ。
それは事実です、認めますですよ。







ホ ン ト に 豚 に な っ た だ け じ ゃ な い で す か !!!!!

しかもなんですか!
途中ではなんか、諦めて豚として生きて行こうとしているですよね!?
小鳩ちゃんの体重はわずか41キロですよ!!
成人男性なら片手でひょいと持ち上げられるくらいにスレンダーボデーですよ!!

それに途中で『ローズウィップ』とか出てきましたよね!?
どこの妖狐さんのパクうわなにをするやめろ



………ふぅ。
もういいです、もう諦めてるです。
だんだんこの物語の中での自分の立ち位置ってやつが、小鳩ちゃんにも分かってきたですよ。
いいですよーだ。
死亡フラグとかは立たないから、最後まで出続けてやるですよ!!

へ ん !!



さて、第5話のテーマ曲は……
【Fall in Life 〜Hallelujah〜/GARNET CROW】ですよーだ」


――ぶっとんじゃって 今君とこの世界を泳ごう 走らせた心の感じるままに
     Hallelujah また会える 笑ってまた会える その日はもうきっと待ってる――
《第5話・初登場キャラクター紹介》

【水底あさり(みなそこあさり)】
MAGIC PIG CIRCUSを運営する水底4姉妹の三女。
結構勝気な性格。
別名『獄炎使いのあさり』
サーカスでは、火の輪くぐりなどを担当。


【水底ほたて(みなそこほたて)】
MAGIC PIG CIRCUSを運営する水底4姉妹の二女。
変な喋り方をする、マイペースな性格。
別名『千枚使いのほたて』
サーカスでは、綱渡りや曲芸を担当する。


【ホワイト・ベリータルト】
謎の白い犬。
紀州犬。
おそらくスタンド使い。
よく寝る。





《第5話・初登場スタンド紹介》

【ソウル・オン・ファイア/水底あさり】
破壊力・A
早さ・A
射程距離・E(2m)
精密動作性・A
持続力・C
成長性・E

ビジョン・雄牛の頭部をした人型スタンド。関節部分から炎が噴き出している。
能力・触れたものの表面を炎で覆う。炎で覆われている物そのものは燃えはしない。
元ネタ・ポップンの曲とその曲のキャラ





【ラブミー・ホールドミー/水底ほたて】
破壊力・C
早さ・C
射程距離・A(ナイフが届くまで)
精密動作性・C
持続力・A
成長性・C
ビジョン・1000本の投げナイフ
能力・ナイフの触れた対象のその箇所に5キロの重量を付加する。手元を離れたナイフを操作することはできず、一日1000本までしか出せない。
元ネタ・加藤ミリヤの曲名
《登場済み人物紹介》
宝井 星助(たからい せいすけ)―――――1番星
爽野 夢見(さわの ゆめみ)―――――――天衣無縫
空静 星夜(くうじょう せいや)―――――運命論者
松山 俊介(まつやま しゅんすけ)――――人殺し
燕条寺 小鳩(えんじょうじ こばと)―――甘ロリ
桐村 桐也(きりむら きりや)――――――男子高生
葵 美弥子(あおい みやこ)―――――――猫好き
御剣 煌(みつるぎ こう)――――――――正義
栗夢 スピカ(くりむ すぴか)――――――サヴァン
チェリー・コールドシティ―――――――料理人
向嶺 亜由美(むこうね あゆみ)―――――みなしご
ホワイト・ベリータルト――――――――シロ


比具洲 正晃(ひぐす まさあき)―――――咬ませ犬
上地 伸也(うえち しんや)―――――――噛ませ(ry
岩戸 列斗(いわと れっと)―――――――薬中
糸賀 利彦(いとが としひこ)――――――父親
山田 鮎奈(やまだ あゆな)―――――――盲目
水底あさり(みなそこあさり)――――――獄炎使い
水底ほたて(みなそこほたて)――――――千枚使い


皇 天次(すめらぎ てんじ)―――――――大臣

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