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ペーター・ホフマン[MIXI出張所]コミュの歌手の田舎暮らし

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ペーター・ホフマンは、ごく最近、バイロイトのもっと近くに移ったようですが、1980年ごろから、バイロイトから車でおよそ30分のところに、古い狩猟用の城館を買って、修理、改築、増築をして、住まいとしてきました。マネージャーである弟、フリッツ・ホフマンによれば、「秋が最も美しい。霧が上のほうにあがっていき、木の葉は紅葉して、物音ひとつしない」ということです。

以下、1983年刊の伝記からです。

 「バイロイトから車で30分の距離にあるオーバープファルツ地方の一番奥地のこの場所に今までずっと住んできたこの城館の住人はちょっと頭が変だと自認している。

そう、庭園に巨大な岩山が立っているのだ。まるでこの地方には岩山が相当不足しているといわんばかりだ。地形的にも的外れではないが、形と素材ばかりは並ではない。ポリエステルにスプレー塗装した巨大な舞台装置のそれは祝祭劇場の舞台から直接城館の庭園にやってきた。もともとはシェロー演出のワルキューレの岩山だったのだ。

自分たちも舞台装置をほしいと望んでいて、がっかりしたシェロー・ファンたちが疑っているようにプレゼントされたのではなく、買ったのだ。空き地といっしょに買った。「リング」への郷愁にふけるだれかさんはホフマン兄弟商会よりもすばやくて、最後の公演後の夜に柱の装飾部分を取外した。

 彼が気にいってしまった衣装のひとつ「ワルキューレ」の革のチョッキも劇場備え付けの衣装一式から、彼の洋服ダンスに移動していた。そんなことを知らない人は、舞台の物語の切れ端を彼が隠し持っているなどとは思いもしないだろう。 

こういう規範からの小さな逸脱は容認されている。それは「ホフマン氏」は特別土地の住民の好みに合ったやつだからだ。村の人、全員が、1460年に建てられた城館への引越しパーティに招待された。運がよければ、テラスの上の最後の大グリル会のイノシシの歯に気がつくだろう。夏にはそういう機会がふんだんにある。特別の栄誉は祝祭劇場のオーケストラ仲間たちによるペーター・ホフマンの名誉ホルン奏者指名だった。

それにまた、村の農民たちは、何と言っても、このテノールさんは、自分の馬を自分の手で、まさに言葉の意味通りに、「くそまみれの仕事」で、激しい腹痛から救ってやることを心得ているということで、共感していた。

それからまた庭園の生け垣は自分で剪定しているが、出来栄はたいしたものだ。バイロイト音楽祭の期間中は、「2ヘクタールの芝刈で、たとえ血豆ができても」庭師なしで済ませようという野心を持っている。

 バイロイト周辺の食堂のテーブルでは、「あれこそ男の中の男だ・・・」という言葉が聞かれる。こういったイメージには、おそらく田舎暮らしに対する彼の態度も含まれているのだろう。「年寄りになりたい場所を選ぶことができるなら、都会ではなく田舎がいい。それにホテルの贅沢な隠れ家を楽しむとしても、そこには600人の従業員が客を快適にさせるためにだけ存在している。違いが私に刺激を与えてくれる。ニューヨークから戻って、泉の水面を一時間も眺めていると、自分についてじっくり考え、精神的に充電できる。大都会では心がからっぽになる。」

 それから、彼が「アウトサイダー」として特徴づけている、彼の十八番の役であるジークムントのメンタリティーが多少かかわってくる。「真実を無条件に暴こうとして、絶対にごまかすことなく、抵抗する反逆者として、ジークムントはまったくもって感じの悪い、耐え難い現代人というところだ」

 「『私が何か正しいことを勧めると、他の人たちはそれを悪いことだと思った』とあるように、ジークムントは意識的にしょっちゅう世間の価値から逸脱しているのだから、権力や権威に目がくらむことは決してないはずだ」(パトリス・シェロー)

 ペーター・ホフマンは自分の役についてこう述べている。「ジークムントには矛盾がない。彼は何も命令され得ないし、自分自身を可能な限り高く<売る>」それでも、文字どおりの意味で「オオカミのように」生きている男ではない。ワーグナーは、彼はオオカミと共に生活して遠ぼえしているのではなく、放浪生活を送っているものと考えている。彼の生き方の流儀は確かに疑問視されうる。しかし、それは彼に教養がないということではない。何も学んだことがない野獣がどうしてあのような美しい叙情詩をつくることができるだろうか。どうして春の讃歌を歌うことができようか。結局のところ、彼はヴォータンの息子であり、このことが全てを説明している。彼は「普通の」人間より、多くを知っており、その教養はもっと包括的なのだ。

 ペーター・ホフマンも時にだれにでも安易に調子を合わせることをしない現代人である。彼の妻、デボラ・サッソンはこのように見ている。「ペーターは常に、実際に可能なことより一歩先に進もうとしているのです」彼のことが好きな人々は「思っていることを、言う人だ」と言う。パートナーシップというテーマに関する「個人的な」見解を、ペーター・ホフマンは詳細に語る。「多大な要求を内包する」という、トーマス・マンの命題が彼に深い感銘を与えている。「だれでも秘密を持っているにちがいないが、それらは同じ価値であるべきだ」彼自身にとって、誠実という概念こそが、関係の中心にある。「多すぎず少なすぎず与えるられる誠実さこそ要求すべきものだ。そして、与える気がないなら、要求もするべきではない。自分の本性に従って私は忠実である。話し合いによって、関係を緩和して納得できるものにすることを取り決めることは当然できる。相互にそのようにして、非常に多くの自由を認めることができる。しかし、こういった自由を除外するという取り決めがなされれば、これにも忠実であるべきだ」

コメント(6)

ホフマンは是の舞台では演技をした事が無いのですよね。
この舞台はジークフリートだけに許されたものですもの。
最初はブリュンヒルデの愛を得たとき。
最後はブリュンヒルデを己の欲望の犠牲にし、裏切り、精神的に暴行したとき。

あのままジークフリートをホフマンが演じてくれたらどんなに良かったでしょうかと思うくらいです。
映画のなかでは親子というのをWキャストで演じるという物が良くある話ですし。

パトリス・シェローの凄いところは時代背景を分析し、舞台美術で、ワーグナー夫妻の招聘の叶わなかったベックリーンの絵を起用している所が憎いです。

一枚目「死者の島」二枚目
二枚目「死者の島」最初
三枚目「生者の島」

>「『私が何か正しいことを勧めると、他の人たちはそれを悪いことだと思った』とあるように、ジークムントは意識的にしょっちゅう世間の価値から逸脱しているのだから、権力や権威に目がくらむことは決してないはずだ」(パトリス・シェロー)

ジークムント自身の生き方はパトリス・シェロー自身の投影のような気がします。
彼の作品の画き方は当に「横紙破り」あるものをあるものと捉え、下手な幻想で誤魔化したりする場所を、敢えて現代調に整えたり。
でもロマンスは「決して忘れない」ところが私個人としては壷であり、ジークムント自身を「投影している」点ではないかと。
Ludwigさん。
すみません。
ヴァラリンさんの指摘する個人情報に関する問題でしたので、削除させて頂きました。m(_ _)m
おにぎり村正さん

「死者の島」の絵、なるほど・・です。
知りませんでした。興味深いです。

そういえば、ジーバーベルクの映画「パルジファル」にも
このシェローの岩山が挿入されてますね・・・
ワーグナー自身がベックリーンの画風に惚れたのかコージマが惚れたのかは不明ですが、1878年2月2日付けでベックリーン宛てにコージマからパルジファルの舞台装置の下絵依頼をパルジファルの台本と伴に送ってます。

因みに夫妻はイタリア、イスキア島の温泉に旅行してます。
 そのイスキア島はベックリーンの「死の島」のイメージの元です。
しかしその頃はまだ「死の島」が世には現れていません。

 1879年ベックリーン自身はヴェスピオ火山登山中に酷い風邪に罹り烈しい関節炎に悩まされ、その保養先にイスキア島を訪れる。
翌年の春マリエ・ベルナ夫人が「夢を呼ぶ絵」を描いてほしいと依頼それが「死の島」となって夫人に引き渡される。その絵の終了後再び静養の為イスキアに訪れる最中ナポリに立ち寄り、ワーグナー夫妻と会見する。

 コージマの日記のベックリーンの描写は

・・・夕方、画家ベックリーン来訪。風変わりな、気骨ある人、様々な体験を経た御蔭で気難しい性格になった人

ベックリーンもワーグナーに負けず劣らずの自尊心の高い男だったので、ワーグナーを嫌っていたようです。
 河村錠一郎氏の文献では、この手紙はワーグナー自身が出していたならば事態は変わっていたであろうと推測してます。

そういう意味ではベックリーンの絵柄はパルジファル使われるのが正しい運用なのでしょう。

あの画像はワーグナーの憧れがシェローの指環で叶えられ、ジーバーベルクのパルジファルで実を結んだ結果なのでしょうか?

どちらにせよ、この二人のワーグナーの研究振りは凄まじいものが在ります。

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