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ペーター・ホフマン[MIXI出張所]コミュの歌手と演出家 パトリス・シェロー

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パトリス・シェローは演劇と映画が専門で、オペラはあまり好きでないと言っているようですし、数も少ないです。オペラが嫌いな理由は、その悪しき習慣にあるということです。すなわち、リハーサル期間が少ないこと。リハーサルを嫌う歌手がいること。違うキャストで再演すること。

シェローによれば、オペラ歌手は三つのカテゴリーに分類される。
1.リハーサルのときもよくて、本番もいい。つまり、リハーサルで決めたことには忠実でありながら、更にその先まで進もうと努力してくれる人。これには、バイロイトの《リング》の歌手全員、《ドン・ジョヴァンニ》では、フルラネット、マルフィターノ、クベルリ等が含まれる。

2.演出にはまったく興味がなく、歌うことだけに関心があって、その歌っている人物像の中にロジックがあるかとか、演技をどうするかということに全く関心がない歌手。こういう歌手とは、仕事を初めからしない。

3.リハーサルの最初のときは、大袈裟なほどあなたと仕事ができて嬉しいなどと非常に協力的なのに、だんだん私の言うことを無視するようになり、本番では演技なんかどうでもいいと思う。これが一番悪いカテゴリーで、このカテゴリーにバルトリは属している。こういう歌手は、なるべくたくさん本番とリサイタルをやって、お金を稼ぐことしか考えていない。
(以上、シェローの発言は、シェロー監督の映画「王妃マルゴ」のプロモーションで来日したときの宮本亜門のインタビュー記事、音楽の友及び、宮本亜門著のインタビュー集にあったものです。写真はその音楽の友から)

しかし、1976年〜1980年のバイロイト音楽祭の「ニーベルングの指環」四部作の新演出以来、オペラ演出でも注目を集めるようになります。これより前のオッフェンバック「ホフマン物語」、ロッシーニ「アルジェのイタリア女」ももちろん高い評価を受けたそうです。この他の主なオペラ演出は、ベルクの「ルル」「ヴォツェック」、モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」「ルーチョ・シッラ」、今年2005年の夏エクサンプロヴァンス音楽祭で上演中の「コジ・ファン・トゥッテ」

シェローの演出を一言で言うなら、「歌手自身が自らの意志で動いているという気分にさせる」ということでしょが、これはあらゆる人間関係の理想でしょう。これができれば、教育にしろ、仕事にしろ、うまくいくこと間違いなしですが、なにしろ簡単にできることではありません。また、この才能の発揮の仕方や場を間違えると、怖い結果も招きかねません・・・ いわゆるカリスマ性というものでしょうか。

ペーター・ホフマン:
「シェローの下では、骨の折れる仕事が待っていることを知りながら、喜んでリハーサルに行った。彼は、非常に数少ない演出家にしかできないこと、つまり、長期間にわたって私たちにやる気を失わず意欲的に参加させることに成功した。実際、私たちは彼と共に、1976年から、夏ごとに、1980年まで、仕事に没頭した。いかにして彼がそれをやり遂げたのかを、究明しようとしたが、結局のところ今日に至るまでわからない。これが芸術というものだ。内部者の立場から見た芸術だ」

ギネス・ジョーンズ:
「シェローは歌手たちと大いに共働していますが、愛があります。そして、歌手はそれを感じています。彼は仕事が好きですし、芸術家たちが好きです。そして、芸術家たちは彼が気に入っています。彼が言うことをとにかくやりたいと思うのです」

パトリス・シェロー:
「.......歌手たちには、自家撞着、思い込みの解消、考えを変えること、見られることに対する感性と興奮を教えることが必要だと思う。歌手たちがその身体と歌唱によって、物語の暴力性や残酷さを支えるように、要求しなければならない。歌手たちには、心の動揺や痛手はすっかり自分のものとしてもらいたいし、孤独をただ単に演じるのではなく、それを感じてもらいたいし、そして、当然のことながら、同時に、演じること、舞台で生き、存在することの変わらぬ喜びを感じてもらいたいと思う。その時、その場を支配している音楽的歓喜に相当する喜びがあるはずだ」

歌手たちは自分の出番のないところでも練習を見たりしていたようです。「ラインの黄金」のリハーサルでの話です。
「神々のワルハラ入城のところで、斜に渡した一本のロープで、神々のマントが引き上げられて、ハンガーに掛けられることになっていた。私たちは笑いをこらえていたが、ぷっと吹き出してしまった。私は「うまくいかなかったら、観客は怒って座席を壊すかも・・」と不吉なことを言った。シェローは、私たちがどれほどゆゆしい問題を見つけたかということを理解した。そして、後で、空飛ぶマント作戦?をすっかり取り止めにしてしまった。しかし、それを試してみるこの勇気・・・今私が話すのは、あとになってから天才的なものが裏にひそんでいたということがわかったということだ。中がからっぽのマントたちを引っ張りあげるとは! いずれにせよ、この神々は、からっぽの存在で、そこには実もふたもないに等しいわけで、身体が上昇しようが、身分をあらわす衣服だけだろうが、全くどうでもいいのだ。しかし、これは伝わらず、このシーンは神々の奇妙な一生を通じてお蔵入りになった。そこでは「リング」全体の中でも、まず葬送行進曲に匹敵するほどの、最高に華麗な音楽が響き渡っている。それは示威的かつ虚栄に満ちていて、そこではそれ以上のどんなクライマックスも設ける必要などありはしなのだ」(ペーター・ホフマン)

コメント(2)

パトリス・シェローは、今年(2005年)7月から、エクサンプロヴァンス音楽祭で、モーツァルト作曲「コジ・ファン・トゥッテ」を演出しました。およそ十年振りのオペラ演出だということです。

ネット・ラジオで、中継放送を聞く事が出来ました。ヨーロッパではテレビ放送もあったのですが、ほとんど客席で演じられるという公演で、テレビで観るのには不適当だったようです。

実際に舞台を観た人たちの感想を読むと、興味津々というところです。テレビでもいいから、観てみたいものです。

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