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ペーター・ホフマン[MIXI出張所]コミュのバイロイト音楽祭デビュー

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1976年新演出の「ニーベルンクの指環」、バイロイトでは、通常より相当早くけいこが始まりました。その前から、演出について、なんと蒸気機関や本物の馬が登場するらしいとか、神々の長ヴォータンがフロックコートを着ているというのはとんでもないことだとか、様々のウワサが飛び交っていたそうです。

もしかしたら、ペーター・ホフマンとしては「水着姿の写真」の一件で、何をさせられるかますます気になったかもしれません。

ジークフリート役のルネ・コロは、カラヤンとのローエングリン事件で懲りていたので、演出概念については、シェローに徹底的に確認したということです。それでも、1979年には、一部公演を休みたいと申し出たコロとW.ワーグナーが衝突、結果以後の全公演をキャンセル、そのせいかどうか、テレビ用録画映像は超かっこいいはずだったジークフリートを失ってしまったわけです。

さて、大勢の(八人で、ペーター・ホフマンは多い!と思ったそうです)部下を引き連れて、バイロイトに乗り込んで来た若いフランス人に、歌手たちははじめは振り回され、反発し、ついには信服します。

「最初のリハーサル。そこにひっきりなしに爪をかんでいる、うそみたいに若く見える若い男が座っていた」とペーター・ホフマンはパトリス・シェローの第一印象を語っています。シェローが数ヶ月若いようですが、二人は1944年生まれの同い年です。

最初の摩擦の原因は、シェロー御一行様のヘビースモーカー振り。次が「しょっちゅう床にひざをついた状態で、狂ったみたいに身体を使わなくてはならなかった」こと。これでは良く歌えないと大いに抗議したけど、この件に関しては、シェロー、全く譲歩しませんでした。

こういう強烈な個性と影響力にすっかり降伏して、独善に陥ることの危険性もホフマンは指摘しています。それでも、「驚くほどつまらないが、同時に非常に居心地がよいのは、歌手たちがおそらく気分がいいのだ」と観客に安易な安心感を与えるだけのオペラは嫌だと言います。

ひょっとしたら、ますますそういう傾向が顕著になっているのかもしれませんが、「一部の演出家は無意識にか、あるいは、無能だからか、歌手を無視して演出する」のに驚かされるとホフマンは言います。ホフマンによれば、シェローはこの誤りを犯さず、作品自体を質的に変えることなく、ましてや一種のギャグのために何かを紛れ込ませたりすることをしませんでした。シェローは、演劇にとっては当たり前でも、オペラではめったにないこと、つまり「物語の筋を細部に至るまで完全に論理的に形作ると同時に観客の心をとらえる視覚的表現の中でそれを実行した」のです。

シェローと歌手たちが妥協点を見つけてからは、シェローは要求を控えめにし、逆に歌手たちは、シェローが要求する以上のことを成し遂げようとするようになります。

ブリュンヒルデのギネス・ジョーンズは最初から非常に協力的だったそうですが、「彼が言うことをとにかくやりたいと思うのです」と言っています。まさに理想的な関係が築かれたわけで、歌手も「あまりにも上出来だったので、あれ以上うまくやることはほとんど不可能なように感じた」のでした。

この公演は1976年には、非難の叫びを浴びせられ、棍棒で殴り倒されんばかりだったが、翌年には受け入れられ、翌々年には、ほとんど天才的と言われ、最後には、早くも後光が差すに至ったのでした。もちろん最後まで絶対に受け入れない人たちも存在しました。
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写真1)たばこをくわえたパトリス・シェロー

写真2)ワルキューレのリハーサル風景、向かって左からP.シェロー、P.ホフマン、G.ジョーンズ 

写真3)シェローと話すホフマン

コメント(2)

上記のところはワルキューレの死の告知をするシーンですね。
ギネス・ジョーンズは第二幕の前半からの活躍で立ち振る舞いで少女である事を物凄く感じさせてくれました。
 ジークムントに上着を脱がせ汚れをふき取り死に装束にさせるシーンは圧巻でシェローの凄い所だと・・・総てが彼の計算のうちなのでしょうけれども。
おにぎり村正さん、こんにちは^^

>死の告知
そうですね。あのシーンはほんとに美しいです。ギネス・ジョーンズがその時のことを語っています。

....稽古を始めた時、自分達を待ち受けているものがどんなものか、まったく考えもしませんでした。たとえばペーター・ホフマンとの死の宣告の場面の時、シェローの素晴しいところは、自分が内をしようとするかを、きちんと知っていたところです。そして彼はそれを鉄のような固い意志で私たちに教えました。

ペーターとの初めてのこの稽古のことを今でも覚えています。パトリスは、私にペーターの服を脱がせて、彼を洗うようにと言ったんです。そうしたらもちろんペーターは笑い始めました。それから私は、パトリスの考えの中にものすごい集中力と深い愛があることを見ました。それでペーターに言ったんです。「さあ、笑うのをやめて、あなたの身体を洗ってみましょう」それから、まあやはりちょっと変な気がしましたが、突然気がついたんです、できるってことに、うまくいきそうだ、うまくいくんだ、と。それから私たちの心をとらえ始めました。もともとはこの場面は全くちがうふうに計画されていました。私が馬を使うはずで、稽古でも実際馬を使ったんです。バイロイトでそのためにわざわざ乗馬も習いましたし、稽古中この馬のことでずいぶんおもしろい場面も経験しました。私は馬で登場するはずで、この白い布を馬の背中に掛けておく予定でした。そしてその布を取ると、洗う場面が始まる。よし分かった。いよいよ馬で舞台に登場すると、馬はおとなしくありませんでした。それでこれは駄目だということになったんです。

ウィーンの名歌手 II 音楽之友社 p.136

写真、載せます....... 

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